第90話 四割の向こう
タイタンズとの三連戦初戦、ライガースは山田を先発に持ってきている。
だがどんな人間にでも、バイオリズムの波というのはある。
それを上手く調整し、修正するのが早いのが、一流選手の条件なのかもしれない。
この前の二先発、山田は珍しく初回から失点して、両方を落としている。
初回からいきなり援護をもらったが、その裏にはランナーが出てしまって、三塁まで進めたのをどうにか乗り切る。
今日も調子が悪い。
球が走っていないのは、キャッチャーの滝沢からもはっきりと分かる。
今年は柳本の代わりに開幕からずっと、エース格としてローテを守ってきた。
18先発9勝4敗で、間違いなくエース格の内容ではある。
だがそれだけに、八月に入ったこの時期に、疲れが出てしまったか。
なおチームの勝ち星のトップは13先発で12勝1敗と、完全に勝敗の星がついている真田である。
勝っても負けてもここまで結果が出ると、この先全敗でも新人王は間違いない。
なお二度の離脱がありながら、柳本は12先発10勝無敗と、リリーフ陣にも打線にも、完全に愛されている。勝っていない二つは引き分けなのだ。
野手では金剛寺の離脱があっただけで、ほとんどは問題なくきているのだが、投手陣はあちこちポロポロと崩れている。
柳本が開幕直前にアウトになった以外も、山倉が調子を落としてずっと二軍で調整中、真田とロバートソンも一度落とされた。
もっとも山倉はようやく調整が終わり、また一軍のローテに戻ってくるらしいが。
そんな合間を縫って、高卒一年目から大活躍の真田は、やはりこいつも主人公体質なのだろう。
この試合も山田は六回四失点ながら、どうにか10勝目を上げた。
だがそれと同時に、一軍を抹消である。
少し疲れを抜いて、ここからはプレイオフを見据えていこうという判断なのだろう。
調子が悪いと言うなら、琴山もあまり良くない。
二戦目の先発に登板しながら、五回を四失点で退く。
そこからはリリーフ陣が打たれたこともあり、試合も敗北した。
ライガースは今年は、先発が試合を作ってリードしないと、なかなか勝利につながらないらしい。
逆に言うとそこまで先発がしっかり投げれば、確実に勝ち星もつきやすいのか。
第三戦は大介の44号ホームランなどもあり、序盤から圧倒。
ここで投げた真田も六回まで無失点であり、点差がついたために交代。
逆転などされることなく、13勝目を上げる。
もう新人の成績ではなく、準上杉級、つまり他のチームならエース級と言ってもいい。
次のレックスとの試合は、初戦はエース柳本。
ここまで勝率などはともかく、先発数が少ないため、力を入れて六回までを投げる。
その後はリリーフ陣がしっかりと仕事をして、点は取られたものの柳本の勝ち投手の権利は消えず、11勝目を上げる。
エースが投げれば勝つという点では、山田はまだ柳本には及ばない。
むしろ真田が、ほとんどエース格である。
まだ誰にも話していないが、今年のオフにポスティングのつもりでいた柳本は、やや複雑なところがある。
上杉だけではなく他にも、自分よりも強そうなピッチャーがいるのだ。
それでも上杉がいる限りは、タイトルは取れないのだろうが。
二戦目はロバートソンであるが、こいつも復帰したとはいえ、完全には安定していない。
おそらく日本の暑さが影響しているのか、五回までで集中力が途切れがちになるのだ。
この試合も四回までを投げて二失点と、投球内容はそこまで悪くない。
だが監督の島野は、ここからピッチャーを使っていく。
ロバートソンの扱いもともかく、せっかく調子を上げてきたリリーフを、たくさん使いたいのだ。
もっともこの試合は結局、そのリリーフ陣が打たれて負けてしまうのだが。
ただこの試合は負けたものの、ライガースは投手陣の様相が、おおよそ見えてきた。
絶対的なエース柳本の他にも、計算出来るピッチャーが育ってきている。
いや、既に育った状態で入ってきてくれていたと言うべきか。
去年の大介に加えて、今年の真田。
ライガースは間違いなく、この三年のドラフトは間違っていない。
二年前の一位で取った大江も、おおよそスタメンに定着し、六番あたりを打っている。
今年のライガースが強い要員の一つとしては、キャッチャーとピッチャーを除いては、ちゃんと点が取れる能力を持っていることだろう。
それにキャッチャーにしても、風間も滝沢も、打撃はそれほど悪いものではない。
真田が勝てるのは、自分でも打てるからだ。
高校時代はクリーンナップを打っていたのだ。あの選手層の厚い大阪光陰で。
プロに入ってからも、甲子園で一本、神宮で一本とホームランまで打っている。
もちろんピッチャーとして傑出した才能ではあるが、肩を壊してもバッターで再生できそうなぐらいの打力を持っている。
自分でも打って勝つというのは、上杉と似たようなところがある。
元々プロのピッチャーというのは大概、高校時代は四番も打っていたりするのだ。
そして広島との三連戦は、そのトップに先発に戻ってきた山倉を持ってきた。
少し疲れのたまっているらしい山田は、最短ではあるが二軍で調整である。
広島は去年こそクライマックスシリーズ参加を果たしたが、今年はタイタンズに負けていて四位の位置にあり、五位のレックスとの差もほとんどない。
おそらく今年もペナントレースは、ライガースが優勝する。
しかし日本シリーズへ進めるかどうかは話が別だ。
タイタンズの調子が上がってきたのは、不調の先発陣に替わって、調子の上がってきた本多を持ってきたことが大きい。
本多は相変わらず、そこそこ打たれて失点をすることは多いのだが、かなりコントロールが安定してきた。
それに何より大きいのは、本多の投げる試合では、リリーフや代打があまりいらないことだろう。
高校時代は帝都一で四番を打っていたのだ。
九番固定のピッチャーのくせに、ヒットを打って打点を稼いでいる。
高校時代も投手でありながら、控えが投げる時は野手として、ポコポコホームランを打っていたのだ。
高校での通算ホームラン数は、上杉や真田よりも上である。
プロの世界でもその打棒は通用するらしく、下手をすれば他のピッチャーの時に代打として出てくるのではないかと言われるほどだ。
上杉と同じようなことをしているが、本多との違いは自分の打たれた点を、自分で取り返していることだろう。
勢いづいたらまずいと分かっていた選手が、ついに一軍に定着してきた。
ライガースはまだタイタンズとの間に、八試合を残している。
そこで本多がどういうポテンシャルを発揮しているのか、見極めなければいけない。
勝負したいピッチャーが出てくると、テンションの上がるのが大介である。
そんな大介は、とりあえず目の前の試合に全力を尽くす。
復帰した山倉に花を添えるために、三打数三安打の猛打賞をプレゼントだ。
二戦目の琴山も、最近調子が微妙なところへ援護弾。
そして三戦目は、また真田が完封した。14勝1敗と、まさに上杉さえいなければ、という成績である。
今日などは七回までノーヒットノーランを続けていたので、ファンも期待していたのかもしれない。
ただ点差はそこそこあったので、どうせ出来ないなら一点取られて、リリーフに早く替えるべきであった。
真田は平気な顔をしているが、プロ一年目のルーキーだ。
出来るだけ疲れは溜めさせず、若くして故障などという事態は避けなければいけない。
相当に強いピッチャーだということは、当然ながら大介も分かっていた。
だが真田には、運命の力が働いている。
ここまで投げた試合で、全て勝ちか負けがついているのは真田だけである。
上杉が今年は中四日を何度もしているので目立たないが、上杉を除けばこの10年ぐらいは、ルーキーで真田ほどの成績を残したピッチャーはいないだろう。
甲子園で夏の熱い戦いが行われている中、ライガースはロードが多く、広島の次は東京へ。
ここでレックスとの三連戦である。
なお高橋がまた帯同していて、先発の三戦目で出てくるのではないかと言われている。
さすがにもう、という声がファンの間からさえ聞こえてくる。
高橋の投げた試合は、彼に負けがつかなくても、試合自体が負けることは多い。
あと三勝で200勝だが、その距離が遠い。
ちなみにここしばらく不調のロバートソンも一時的に二軍に落ちている。
ただ彼の場合は、確実にシーズン終盤で戦力になってもらうための、積極的な意味での休暇だ。
第一戦は柳本と東条の投げあい。
さすがにそろそろ負けるかと思っていたが、先制したのはライガース。
大介のタイムリーツーベースで、まずは一点。
だが助っ人外国人のワトソンにスリーランを浴びた柳本は、五回で降板。
まだここから逆転の可能性もあったのだが、結局一点を返しただけで、ようやく柳本の無敗記録にも土がついた。
なおレックスはここ最近、クローザーを二年目の金原に任せたりしている。
それでセーブ機会を七回全部成功しているのが、上とのゲーム差を縮めている理由だ。
まさか金原にこんな適性があるとは。
ただそれも、リードしたまま最終回までもちこませなければ関係ない。
二戦目は今年は不遇な飛田が先発のマウンドに上がる。
大介の47号ツーランホームランで先制したものの、六回3-3でリリーフにつなぐ。
ここからリリーフ陣が奮起して、大介は歩かされた後に足でかき回して、5-4で試合は勝利した。
そして、第三戦は高橋の先発である。
先発としてローテで使ってもらったとして、回ってくるのは今日も合わせてあと五回ほどか。
197勝までしておきながら、あと三勝が通い。
七月の序盤に三勝目を上げた時は、このまま一気にいけるのではないかとも思った。
だがそこから一ヶ月以上、勝ちがつかない。
他のピッチャーが離脱したこともなどあって、ようやくローテに入れてもらっているのは分かる。
自分の成績が、チームとしても期待されているのは分かるのだが、老醜は晒したくない。
幸いチームはペナントレースを無事にトップを走っているので、山田とロバートソンが調子を落としている間に、どうにか勝ち星を上げたい。
ここまで援護をしてもらって、200勝出来ないのは申し訳なさすぎる。
今日の試合がダメなら、よほど谷間のローテ以外は、若手に譲ろう。
それぐらいの覚悟をもって挑むのだが、初回から失点する。
若い頃からの球威はもうない。
せめて短いイニングだけでももつのなら、足立のようにクローザーかリリーフに転向していただろう。
だが自分に残っているのは、投球の技術だけだ。
五回の終了した時点で、2-4とリードされている。
普段ならお役ごめんで六回からはリリーフ陣の出番だ。
だが、今日はどうなることか。
ツーアウト満塁で、打席に入るのは三番の大介。
実はこれまでに、もうプロで100本以上のホームランを打っている大介だが、満塁ホームランは一度しか打っていない。
それだけランナーがたまった時に勝負するのは、無謀と思われているわけだが。
満塁でも敬遠されるかと思ったが、キャッチャーは座っている。
歩かせるにしても、やや危険なところに投げてくるつもりなのか。
外に大きく二球外した、その次の三球目。
胸元を抉るようなコースへ、スライダーが投げ込まれた。
それは大介にとっては、打てるコースだ。
バットの根元で打った。
打球は高く上がったように思えたが、それは普段の大介の打球の軌道と比べた場合のこと。
理想的なホームランの軌道を描いて、ライトスタンドに飛び込んだ。
逆転のグランドスラム。
これで高橋に勝ち投手の権利が生まれる。
六回の裏を無失点で切り抜けた高橋は、あとはもうリリーフに任せるしかない。
二点差を抑えてくれるかというのは、かなり都合のいい考えである。
そう思っていたら、九回に大介の二本目。今度はツーランホームラン。
実は一試合に固め打ちの少ない大介は、これで今季四度目の、一試合複数ホームランである。
それをまさか、こんなありがたい場面で打ってくれるとは。
高橋の198勝。
マジックの点灯。
だがそれよりも注目されるのは、大介の打率であろうか。
八月も半分を過ぎて、暑さの中大介がバテることは全くない。
まるで夏に戦うために生まれてきたかのように、この日49号のホームランを打って、打率を0.421に上げたのであった。
そしてこの暑い中、何度もフォアボールで歩かされたり、清々しく申告敬遠をされたりと、去年の127個に比べて既に122個の四球プラス敬遠。
ランナーがいない場面でも歩かされることが多かったため、盗塁も増えてリーグトップに躍り出る。
日本はおろかMLBまで含めても、戦後に今のような数字になってから、三冠王が盗塁王までも達成した例はない。
出塁率なども当然トップであるので、これで打撃でトップではないのは、安打数だけになっていた。安打数だけはリーグ三位と、かなり首位からは離れている。
それはここまでホームランを打ちまくっていては、まともに勝負される数が少ないため当然である。
いくらなんでも超えられないだろうと思われていた、自分自身の一年目、打点記録更新の目はかなり大きい。
二試合に一本のホームランが打てれば、そちらも60本を超える。
正直なところ、本塁打記録を外国人選手が持っているのが気に入らない方々は、大介にホームラン記録を更新してほしいと思っている。
だがここまで長打力があり、さらに打点を稼ぎまくっていては、勝負しろとも言えないのが現場の判断なのである。
熱い夏のさなか。
甲子園がまだ終わる前に、今年の日本ではプロ野球が話題を独占しそうである。
それは大介だけではなく、上杉の記録にもよる。
24先発20勝無敗。ルーキーイヤー以来二度目の、無敗記録達成なるか。
おそらくそれに土をつける可能性があるライガースとは、当たっても二度投げるのが限界であろう。
もしもの話であるが、ここで上杉に二度土をつけられれば、今年一敗しかしていない柳本か真田が、最高勝率のタイトルを取る可能性は残されている。
タイトル争いは意外なところで、盛り上がりそうであった。
×××
なお、首位打者、打点、出塁率、安打数、OPS、盗塁で一位を取った選手はいるそうですよ。
イチローっていうんですけどね。
あの人明らかに、何かバグってる。
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