第89話 デス・ロードの前に

 大介は自分では気付いてはいないが、けっこう気分屋なところがある。

 盛り上がった試合、特に開幕戦などでは、集中力が増してすさまじい力を発揮する。

 普通の試合でもアベレージでぽんぽん長打を打ってはいるが。

 今年のオールスターも大暴れして大活躍したが、その勢いが後半戦にも残っている。


 後半戦が始まりは、広島との三連戦からであった。

 大京に追いつかれかけていて、どうにかここも勝ち越したかった広島カップス。

 だがオールスターでスカッとホームランを打ってきた大介は、ここでもホームランを量産する。

 三連勝の最後の試合には、真田がローテーションに戻ってきた。

 二戦目は琴山が崩れかけたところに、飛田がリリーフして勝ち星を上げたりと、あとは金剛寺が戻ってくれば完璧である。


 大介が最近思うのは、セ・リーグも全体の半分ぐらい、DH制を使ってみてはどうかということである。

 バッティングも期待できるピッチャーはその日を避けたり、逆にピッチング特化のピッチャーはその日を避けたりと、色々と取れる作戦が変わってくると思うのだ。

 だが一選手がどう思おうと、それがすぐに実現することもない。

 ただ真田が自分の投げる時は、自分でもバットを振っていくのを見てそう思った。

 神奈川が勝てるのも、上杉というピッチャーがいるという事実もそうだが、上杉がいざとなれば自分で打って点が取れるピッチャーであるからだ。

 真田と投げ合ったあの試合、上杉の逆転ツーランを食らった真田は、しばらく機嫌が悪かった。


 次は神奈川と向こうのホームで三連戦であるが、残念なことに上杉の投げる番ではない。

 上杉はオールスターにも出ていたので、他の選手と違って完全な休みを得られなかったわけだ。

 この横浜との三連戦は、柳本、復帰したロバートソン、そして高橋となる。

 高橋があと三勝すれば、名球界入りとなる。

 だがここまでフロントも含めて高橋を特別扱いだと、さすがにレジェンドレベルの選手だけに、内輪の話でも批判などは出てこないが、本当にいいのかと思ってくる者もありうる。


 いっそのことリリーフで投げた方が、勝ちがつきやすいのではないか。

 そんなことを考える者もいる。


 大介としては首脳部やフロントがどう思っていようと、自分はただ打つだけが仕事である。

 ただあまりにも勝てないピッチャーが先発にいると、バッターの方にだってその不調が蔓延してくるのだ。

 でも関係ないさ、とホームランを打ってしまうのが大介である。

 結局負けている状態からでも、五回以降はリリーフにつなげなければいけないのが、今の高橋である。

 せっかく追いついても、勝ちパターンの中でのリリーフが使えないので、せっかくブレイクしかけた飛田に負けがついてしまったりもする。


 野手はまだしも、ピッチャーには色々と考えている者がいるのではないか。

 もしも今年、真田が入ってこなければ、飛田はローテの一角を務めることになったわけだ。

 そこで去年の勢いをそのまま持ってきていれば、どれだけ年俸が上がったことだろうか。

 いっそのこと先発の外国人を、持って来る必要さえなかったかもしれない。


 ただ後ろが強いというのは、ありがたいことではあるのだ。

 レイトナーが一点差では厳しいので、青山のほかに誰か一人はほしかった。

 そこで活躍しているので、かえって先発ではなく、リリーフの中に組み込まれるというのが、本当に皮肉なものであろう。

 ピッチャーは先発だろうがリリーフだろうが、投げなければ給料に反映されないのだ。




 大介としては守備とバッティングで貢献しているなとは思うのだが、チーム自体は今年二度目の三連敗をしたりと、なかなか調子が上がってこない。

 やはり金剛寺がいないと、打線が上手くつながらないのだ。

 チャンスを与えてもらっても、黒田と大江の両若手は、これ以上に一気に伸びる様子は見せない。


 六月までの貯金が大きかったとは言え、七月に入ってからはほぼ勝率が五割で、追いつかれることはないのだが突き放すことが出来ない。

 このまま勝率を五割で最後まで保っても、ほぼ確実に優勝は出来るはずだが。

 クライマックスシリーズに出場するなら、一位で通過する方が圧倒的に有利であるし、試合もホームで行えるために、興行的にもおいしいのだ。


 やはり金剛寺がいないと、打線がしまらない。

 七月は結局12勝9敗3分という結果であり、チームとしては格段に落ちてきている。

 この状態では大介の成績も連動して落ちてしまう。

 いや、大介が打たないと、それでチームが負けてしまうということだが。


 大介の打率は、七月も四割を割ってしまった。

 七月は打率0.365 出塁率0.525 OPS1.282と、これまでに比べるとひどいものであった。

 ……出塁率が五割を超えていて、ひどいも何もあったものではないが。

 また五月と同じく月間MVPは獲得できず、通算成績もかなり悪化した。

 だがそれでも、打率0.410 出塁率0.556 OPS1.480と、相変わらず異次元の数字である。

 打率が下がったと言っても、それだけ四死球の数は増えている。

 なのでOPSは上がっているということだ。

 ただ打点もホームランもリーグトップである。130点と41本であり、ぶっちぎりのトップではある。

 本塁打記録だけは、ひょっとしたら追いついてくる者がいるかもしれないが。


 他の選手のやる気を削がないために、なんとか理由をつけて他の選手に月間MVPを取らせるあたり、いろいろと苦労しているのだなと思わされる。

 月間MVPは契約のインセンティブに入ったタイトルではないので、特に興味はない。

 ただチームが勝てないのは問題だ。

 このまま五割の勝率を維持しても、最終的な勝率はほぼ六割。

 まず優勝出来るだけの数字ではあるが、もう少し余裕を持っておきたい。




 七月が終わってもまだ四割を維持しているということで、色々な取材が入ってくる。

 その中で言われるのが、まずは夢の四割への挑戦である。

 大介としては別に、こんなものは挑戦でもなんでもないのだが。


 あとは打点と安打の数も、言及される。

 185安打の190打点という去年も凄かったが、今年も129安打で130点を取っている。

 これはつまり大介が、チャンスに強いということでもあろうか。

 だが取材の時に言及されるのは、大介には固め撃ちが少ないということだ。


 大介は今年の猛打賞は、ここまで四回しかない。

 四回もあれば充分すぎるとも言えるが、実際にはバランスよく毎日ヒットを打っているのだ。

 たとえば連続安打記録や、連続出塁記録。

 なんと今年はここまで全試合において、出塁出来なかった試合が二度しかない。

 安打においては19試合連続、17試合連続、15試合連続などで毎試合打っている。

 高いレベルで安定している上に、いざという時には爆発力もある。

 どう警戒しようと違った方向に爆発するし、歩かせても走られるという、異次元の厄介さを持っているのだ。


 過去の偉大なホームラン王たちは、ここまで走力ののある選手はいなかった。

 だが大介は90%近くの盗塁成功率を維持しているので、ランナーに出ただけでも失点の確率が跳ね上がる。

 これに加えて外国人選手の中でも、志龍が一番いい働きをしている。

 センターを守って肩は強く、一番打者としては三割近くを打って出塁率が四割を超える。

 ただこれだけ打ってしまうと、来年はメジャーでの契約はまとまるだろうな、とも思われてしまう。




 八月はデス・ロードに突入する。

 高校球児の甲子園期間中、ライガースはロードの連戦となる。

 大阪ドームが使わせてもらえると言っても、やはり勝手が違うのだ。

 ただホームランの出やすさでは大阪ドームの方が上なので、大介のようなスラッガーは本来有利と言われるが、大介の打球の質はあまり甲子園の浜風を苦にしない。


 甲子園が始まるまでに勝ちを重ねて、少しでも余裕がある状態で挑みたい。

 かといって無理をして、甲子園後に影響があっては本末転倒だ。

 ペナントレースは終盤はおおよそ順位が決まってからは、選手の調整期間となる。

 ただしタイトルがかかっている時などは、話は別だ。

 だが今年の大介の場合は、少し話が違う。

 規定打席に到達すれば、そこから試合に出ずに、四割達成という可能性が出てくるのだ。


 残念というか当然というか、そんなことをすれば打線が一気に弱くなるため、現実的な選択ではない。

 だが終盤までこの調子であれば、選択肢としては残されている。

 四割。

 それだけを打ててホームランを40本打てるなら。

 ここまで大介はホームラン40本と40盗塁は既に達成している。

 もし打率四割を達成出来れば、それは単なる四割ではなく、三冠にトリプルスリーならぬトリプルフォーを加えた四割達成となる。


 かつてベーブルースは、ホームランを捨てるなら自分も四割打てると言ったらしいが、ここにホームランを50本以上打って、さらに四割を打ちそうなバッターが出現している。

 なお盗塁の数は本塁打を上回っており、走れるし打てる。それもミートも飛距離も備えている。

 さらに言えばゴールデングラブを今年も取りそうだ。大介とのコンビでゲッツーを量産している石井も、地味に今年は取りそうである。


 チームのためにプレイするということを、大介は重視している。

 だが自分のプレイを通すことが、チームのためになるならこれ以上の喜びはない。




 八月の初日は、広島との三連戦の最後。

 この日の先発は真田である。

 真田はここまで12先発で11勝1敗と、全ての先発に勝敗のつく、珍しい状態にある。

 それはとにかく、相手をロースコアで抑えているからだ。

 スーパースターになるには、ある程度の運もいる。

 間違いなく今年の真田は新人王を取るだろう。運命が味方している。


 真田のために援護をと大介も頑張るのだが、敬遠されると難しい。

 間もなく金剛寺が戻ってくれば、もう少し勝負してもらえるようになるのだろうが、今はただ塁に出た後、盗塁を積極的に狙っていくしかない。


 この日も真田は一失点に抑えて、リリーフ陣も一点は取られたものの、終始リードしたまま終わらせた。

 これに真田は12勝。ハーラーダービーでもトップ5に入ってきている。

 ただ大介の打率はわずかずつ下がっていく。

 三打数に一つはヒットを打っているのに、それで下がっていくのだからたまらない。

 四割を打つというのはそういうことなのだ。


 甲子園の開催を前にして、最後の三連戦は、中京フェニックスとの三連戦。

 一時期はよくなりかけたりもしたが、フェニックスは五位のレックスとも差を空けられて、最下位街道を突っ走っている。

 フェニックスの今の弱さの原因は、だいたいドラフトの失敗と言ってもいい。

 大阪光陰の加藤を一本釣りしたが、同じ二枚看板の福島が今年もセットアッパーとして機能しているのに対し、まだ一軍に確固としたポジションを築けていない。

 もっとも中京はピッチャーよりも、バッターが貧打であることの影響が多いのであるが。


 ただそんな弱いチームであっても、それなりに勝つのがプロの世界。

 ロバートソンが立ち上がりが悪く、いきなり大量点を取られるという試合があった。

 そこから飛田がロングリリーフを行い、自分の失点は0で七回を投げる。

 だからといって打線が奮起して逆転してくれるわけでもないのだが、それでも数字の登板数は増えて、イニングは多くなっていく。

 ここで存在感を示したことで、飛田はまたローテ入りの可能性を示す。


 離脱から戻ってきてからのロバートソンは、はっきり言ってあまり調子が良くない。

 とは言ってもリリーフで成績を残してしまっている飛田は、今は中継ぎの一本として存在感を示している。

 高橋よりは飛田だろなどと言われてもいるが、首脳部だって考えながら選手は起用しているのだ。




 大介は贅沢すぎる悩みを持っている。

 打率はまだ四割を維持しているが、ホームランが伸びないのだ。

 去年はこのあたりからガンガンと打っていったホームランが、打点重視のために伸びてこない。

 それでもホームランダービーのトップを走っているのだから、何をいわんやではあるのだが。


 だが次の三連戦は東京ドームである。

 ホームランの出やすい球場であり、またヒットも打ちやすい。

 そして金剛寺が復帰してきた。


 やはり三割を打てる長距離打者がいるというのは大きい。

 年々走力は落ちていると言われる金剛寺だが、それはリスクの高い盗塁を避けているだけであって、走ることが遅くなっているわけではない。

 たださすがに、盗塁を試みることはもう、ほぼなくなってきているが。


 今年のペナントレースは、一位はまたライガースが突出しているが、タイタンズが少しずつ二位スターズとの差を詰めている。

 四位の広島が調子を落とし、五位のレックスを意識しているのも、都合がいい状態なのかもしれない。

 ここでタイタンズを叩いておけば、さらにペナントレースの優勝は近付いてくる。

 去年のことを考えても、クライマックスシリーズで神奈川と対戦するのなら、ホームのアドバンテージを持っておくことは重要だ。

 相手に一勝が与えられて、しかも上杉が短い間隔で投げてくれば、また大介が抑えられてしまうかもしれない。


 監督やコーチの首脳陣も、そして選手たちも気合を入れる。

 去年の優勝の味を知っていれば、何度も味わいたくなるというのがプロ野球選手だ。

 自分の成績が第一の個人事業主であっても、その成果がどう全体的に組みあがるか、見たいと思うのは当然だ。


 大介にガンガン打たれているだけに、もうタイタンズは加納を出してはこない。

 だがトレード期限のぎりぎりで、福岡から手に入れたピッチャーを投入してくる。

 なんとかして、大介を抑えないといけない。

 投手王国と言われたジャガースの去年の日本シリーズでの完敗を考えれば、大介をどうにかして抑えるのが、ライガースに勝つためには必要なことだ。

 今のままのピッチャーでは足りないと思ったからこそ、金食いの外国人を切って、さらに補充をしたのだ。


 とにかく選手を手に入れるのに、金をかけるなあと思うのが大介である。

 タイタンズは既に実績を残している選手がFAになった時などは、真っ先に手を上げるイメージがある。

 それにドラフトにしても、制限近くまで大量に指名する。

 だがドラフトは、とにかく多く取ればいいというものでもないと、大介は思っている。

 あと単純に、金を持ってる相手は気に入らない。


 そんな気分のままに、またホームランを打つのが大介であるのだった。

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