第148話 超越

 残暑の厳しい九月に入る。

 地元に迎えたフェニックスとの三連戦、ここでも大介には記録の更新への期待がかかる。

 どうせ記録の達成を見るなら、甲子園球場で見たい。

 そう思っているファンは多いだろうが、なかなかそうそう上手くはいかないものである。

 

 三試合で四打点を上げた大介であるが、ホームランはない。

 だが打点が増えた方が、バランスはいいのではないかと思っている。

 今年のライガースは、確かに大介のホームランは増えた。

 だが打点はかなり減少しそうなのだ。


 大介の離脱やスランプなどもあったが、それでもホームラン数は増えている。

 それなのに打点が増えていないことが、リリーフ陣が打ち込まれること以上に、勝敗の結果へとつながっている。

 次の三連戦は広島で、アウェイでの試合だ。

 ここでホームランが出なければ、次の神奈川との三連戦も、そのまた次のタイタンズとの三連戦も、ホームでのゲームとなる。

 そこでの記録達成を、ファンは願っている。


 61号ホームランを、自分たちの本拠地で打たれたくないと、他の球団は思っているだろう。

 だが統計的に見れば、甲子園以外の球場でその記録が達成される方が、ほんの少しだが高いはずなのだ。

 たとえばこの、広島市民球場。

 ほんの少しだが、甲子園球場よりはホームランは出やすい。

 ちなみに出やすいのは、東京ドーム、福岡ドーム、神宮球場などで、最もでにくいのはNAGOYANドームとなっている。




 今シーズン、山田は不調もあって、ある程度二軍で休むことが出来た。

 あくまでも結果的には、という話だが。

 だが全くローテを外れずに投げたものもいる。

 おかげでリリーフ陣の不調も、どうにかその先発の力で相殺したようなものだ。


 神奈川との五連戦で、リーグ優勝は決まると考えていい。

 それまでに先発には、ある程度休んでもらっていいのだ。

 真田、大原、山倉の三人は、ローテのピッチャーとして完全に機能した。

 特に真田は一番貯金を稼いでくれたので、勝利への貢献度はピッチャーの中で一番高い。

 あとは完投数で言えば、実は大原も多いのである。


 同点のまま終盤に突入すると、大原は点差があれば、そのまま投げきってしまう。

 体力と耐久力に関しては、真田以上とも言える。

 真田は切れ味が鋭いぶん、起用はある程度慎重にしなければいけない。

 優れているがゆえに、本当に大事な場面でしっかりと使いたいのだ。


 大原は鈍い感じで、全く疲労を感じさせない。

 そもそも天性の素質として、体が頑健なのだろう。

 だが山倉は大学野球で鍛えられても、そんな大原より耐久力が低い。

 才能の有無というのは、こういう形でも出るものなのだ。




 広島との第一戦は、山田の先発である。

 WBCの影響があったとはいえ、イマイチな数字の今年は、八勝四敗である。

 16先発しかしていないので、来年の年俸はそう劇的には上がらないだろう。

 だが勝ち星が先行しているのは確かなので、どうにか二桁勝利には持っていきたい。

 四年連続二桁勝利なら、少なくとも年俸が下がることは絶対にないはずだ。


 山田はそんなことを考えているが、貯金があるだけで充分に年俸を上げる条件にはなる。

 球団のフロントとしては、出来れば20先発してくれたなら、そのあたりもはっきりするのだが。

 だが目指す先は日本シリーズ制覇の日本一であり、そのためには神奈川相手に勝たなければいけない。

 九月の終盤は、雨天などで順延になった試合の消化のため、移動が多くなる。

 選手の実力をはっきりと引き出すためには、首脳陣も色々と考えなければいけないのだ。


 広島の先発は細田である。

 大介との対決では三本もホームランを打たれて、高校時代の苦手意識は払拭されたかと思えた。

 だがこの試合においては、カーブがよくキレていた。

 元々今年の新人王の有力候補なのだ。

 広島はFAなどで打線の破壊力は落ちたのだが、ピッチャーの質は最近、毎年一人は戦力になる選手を取れてはいる。

 ただ内野手にいまいち打てる選手が少なく、ポジションが固定されていない。


 この試合も大介にはヒットこそ打たれたものの、ホームランは打たれなかった。

 それどころか今季最初の、一試合二三振というピッチングの出来である。

 山田は七回までを投げたが、2-2の同点でリリーフへつなぐ。

 そこで追加点を取られて、ライガースは敗北した。

 

 山田や真田だけではないが、とにかく今年のライガースは、リリーフ陣がいまいちぴりっとしなかった。

 長年セットアッパーを続けていた青山もであるが、レイトナーとオークレイも、やたらと一点差の勝っている場面から追いつかれることがある。

 そこでそのまま負けるならともかく、打線が追加点を取って勝ち星をリリーフ陣につけたりすると、先発としてはその勝利は自分のものだという気分になるのだ。




 そんなちぐはぐなチーム事情を抱えながらも、大介の勢いは止まらない。

 対広島三連戦の二戦目。

 二打席目に打ったボールはレフト方向に高く上がって伸びる。

 そして入った。スタンドに。

 60号ホームラン。

 ついに日本記録に並んだのであった。

 この日の先発は、大介の同期であり、高校時代はボコボコに打たれていた大原。

 20登板で12勝6敗と、とてもいいペースでの勝敗のつき方であった。


 125試合目での日本記録到達。

 当然ながらあとは、ここからどれだけ記録を伸ばしていくかである。

 三連戦の最終戦には出なかったが、おかげでホームでの新記録達成の可能性が出てきた。126試合目はホームランが出ず、本拠地甲子園に戻る。

 次の三連戦は、神奈川とのホームゲームなのだ。


 まだシーズン中であり、神奈川とのゲーム差は2に縮まっており、全く楽観できる状態ではない。

 だがここまでの実績的に考えて、また上杉との勝負で怪我でもしない限り、記録更新は間違いないだろう。

 街中が大騒ぎであり、甲子園球場近くの商店街や、親会社の関連デパートは、とことんこのお祭り騒ぎに便乗しようとしている。

 ルーキーイヤーの三冠王や、二年目の四割に続いて、もう大介は関西圏の経済への影響が大きすぎる。

 ○○の経済効果は○○億円、などということはよく言われるものだが、まさにそのレベルなのである。


 打率と打点は塗り替えたのだから、ホームランもいずれは塗り替えられるだろうとは思っていた。

 だがそれがこんなにも早く、順調に到達するとは思っていなかったのだ。

 大介はシーズン前半が終わった時点で、怪我でもしない限りは大丈夫だと思っていた。

 それでもここまで順調にいくとは思わなかった。

 残り試合数は17試合。たとえ打つのが三試合に一本でも、66号ぐらいまでは伸びる。

 だが不安はある。

 残りの17試合の中に、神奈川との試合が八試合も残っているのだ。


 他に残っているのが、三連戦を含めたタイタンズとの四試合。

 広島と中京は二試合ずつで、大京が一試合。

 移動が多いため、ここで疲労をためていては、プレイオフで勝つのが難しくなる。




 神奈川との三連戦、第一戦の先発ピッチャーは真田であり、あちらは玉縄を出してくる。

 玉縄も今年は既に二桁勝利をしていて、これで新人王を取ったルーキーイヤーから、二桁勝利を四年連続に伸ばしている。

 玉縄は、真田のことが嫌いである。

 逆恨みに近いのだが、玉縄の高校最後の夏を終わらせたのが、当時一年生の真田であった。

 四強とも言われたチーム同士の対戦であり、それが甲子園の初戦で当たったのだ。


 高校通算20本以上を打ったバッターが六人もいた強力打線を、真田は完封した。

 プロに入って今さらなんだと言われるかもしれないが、玉縄としては自分よりも、チームメイトのことを考えてしまうのだ。

 あの夏、玉縄や同じチームの実城にとっては、本番は甲子園が終わった後にあった。

 U-18ワールドカップで、実城と玉縄は高校生活最後にして、最高の栄冠を手にすることが出来た。

 他のチームメイトは、甲子園で負けた時点で、高校野球は終わっていたのだが。


 プロに入ってからは一年目、新人王に選ばれたと共に、チームも日本一になった。

 だがその次の年にはライガースに敗退し、さらにその次もライガースに負けた。

 クライマックスシリーズでは真田との対決となり、その試合は引き分けに終わった。

 引き分ければ引き分けるほど、ペナントレースで二位だった神奈川は不利になったのに。


 初回を三人で切った真田に対して、玉縄も毛利と大江を凡退させた後、大介に対しては申告敬遠である。

 舞台は甲子園、当然ながら激しいブーイングと野次が飛ぶ。

 だが玉縄は断固たる決意をもって、大介には打たせないと決めている。

 ゲーム差2の二位。

 ペナントレースに勝てれば、クライマックスシリーズも有利となり、上杉を酷使しなくて済む。

 鉄人と言われる上杉であるが、全くパフォーマンスが落ちないわけではない。


 今年はここまで既に28先発という、一人だけ中四日か中五日の日程で投げている。

 23勝1敗という異次元の数字を残しているが、ペナントレースを制したらクライマックスシリーズのファイナルステージまでに、充分な休養が出来るはずなのだ。

 幸いにも今年は、ライガースとの直接対決が多く残っている。

 おそらくその対戦成績で、今年の優勝は決まる。




 試合は緊迫したものになった。

 真田は気を抜くことなく、神奈川の得点を許さない。

 ほとんど二塁さえ踏ませないというピッチングで、打線を圧倒する。


 対する玉縄も、ランナーは三塁までは行かせるが、決してホームは踏ませない。

 二打席目の大介との対決では、ヒットこそ打たせたものの、打点はつかない場面である。

 そして三打席目は、またも敬遠。


 難しい試合になった、と島野は思う。

 真田は完璧に近い投球をしているが、今のライガースはリリーフからクローザーまで、決して強いメンバーではない。

 対して神奈川には現在セーブ数リーグ二位の峠がいる。

 上杉と共に防御率ではトップレベルのピッチャーであり、セーブ機会の失敗が今年は一度しかない。


 一点でも奪われれば負ける。

 ライガースとしてはそんな雰囲気のまま、大介の第四打席が回ってくるのだ。

(さて、今度はどうくるか)

 また敬遠されてもおかしくないなと思うのは、ツーアウトで二塁に毛利がいるからだ。

 しかし一試合に三度も敬遠させれば、士気に影響があると思うのだが。


 キャッチャーは外に構えて、ボール球先行。

 ボールスリーとなっても、大介は集中を解かない。

 ツーアウトからならば、普通のヒットでも毛利は帰ってこられる。

 ならばライガースは、真田が完封して勝てる。


 ボール球を投げる玉縄は、最後まで油断しなかった。

 大介も無理矢理ボール球を打つということはなく、素直に歩く。

 みっともなくても、野次られても勝つ。

 玉縄には覚悟が決まっている。




 ライガースとスターズの試合は、0-0というピッチャーと守備が万全に機能した試合となった。

 引き分けなのでゲーム差は縮まらず、そして発表される明日の予告先発。

 ライガースは琴山、そして神奈川は上杉である。


 ピッチャーの差で、おそらく神奈川が勝つ。

 ほとんどの人間がそう思ったが、大介は違うことを考える。

 上杉ならば、大介とも勝負してくる。

 記録となる61号を打つなら、上杉から打ちたい。


 それは大介だけでなく、ほとんどの野球関係者が思った。

 甲子園で、大介が、上杉から打つ。

 そんな劇的な場面は、おそらく今年のプロ野球においては、最高の場面となるだろう。

 もちろんあの上杉が、そんな情景を力尽くで制圧するということもあるだろうが。


 今年の大介は上杉と対戦し11打数の3安打で2ホームラン。

 数字の上ではおそらく、勝っていると言ってもいいだろう。

 だが最初の対戦では、打った衝撃で手首を捻挫している。


 上杉から一シーズンで、三本のホームランを打ったバッターはいない。

 この後にもまた、あと一試合ぐらいは、対戦する試合があるはずではある。

 だが、ホームランの記録を作るのに、これほど相応しい相手はいない。


 まさに巌流島の対決。

 進化し続ける怪物同士の対決が迫っていた。

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