第147話 ホームランの神様

 ライガースのエース。かつては足立と高橋がその両輪であり、なんでこの二人がいるのに優勝できないのか、などと言われたものである。

 時代も下ってその二人も、あるいは立ち位置を変えて、あるいは衰えた。

 FAで移って来た柳本がエースと思われて、それがMLBにチャレンジするとなって、育成の星山田が次のエースだと思われていた。

 今年も八月の半ばを終えた。

 この時点で誰もが認めるライガースのエースは、高卒二年目の真田である。


 中学時代U-15のワールドカップで優勝し、大阪光陰に入った超エリートコースを歩んでいた真田。

 だが高校生にとっての最大のイベントである甲子園では、一度も優勝出来なかった。

 一つ上に人知を超えた化け物がいて、同期にも史上屈指の化け物がいたからだ。

 だがそれでも評価が落ちることはなく、複数球団の競合指名の後、高校時代から因縁深いライガースに入団した。

「本当はプロで今度こそあの人に逆襲したかったんですけどね」

 これは真田がよくインタビューで言うことだ。


 新人一年目は、16勝1敗という、とんでもない勝率を叩き出した。

 上杉がいなければ、勝ち星と防御率はともかく、勝率のタイトルは取れただろう。

 新人王は取ったし、二年目の今年には開幕戦の先発となった。山田がローテの関係で回ってきたとはいえ、期待は大きい。

 今年はここまで19先発の10勝1敗と、一年目はフロックではなかったことを証明している。

 もっとも打線の援護に波があるため、勝ち星がいくつか消えている。

 リリーフ陣に対しても、少し不満がある真田である。

 

 上杉のような、世界史を見てもおそらく最強レベルの怪物と比べると、まだしも現実的な存在。

 だがそれでも間違いなく、準上杉級とも言えるエースである。

 こいつがエースで優勝できなかったのだから、甲子園というのは恐ろしいなどとライガースの先輩選手などは思うのだが、大介が一つ上にいたというのは同年代の高校球児にとっては悪夢である。

 その相棒が直史であったのだから、よく直史が登板出来ない状態だったとはいえ、春日山は優勝できたものである。

 化け物が二人いても、負けることがある。それが甲子園なのだ。




 この日の中京フェニックスとの一戦、先発は11勝目を狙う真田。

 フェニックスの先発はプロ四年目の紺野。

 ドラフトとしては織田や本多などの、ワールドカップ組と同期であるが、甲子園には出られなかった。

 それでもローテーション枠をしっかり埋める、フェニックスとしては若手の中でも有望株だ。


 同期の一位で入ったのは、同じ高卒で、そして真田の先発であった加藤である。

 だが今はそのドラフト一位は、一軍にこそ上がってきたものの、ロングリリーフや中継ぎなどの、便利使いをされている。

 それでもしっかり試合に出ていれば、活躍の場は与えられる。


 一回の表に、ライガースは必ず大介の打席が回ってくる。

 状況によってどう対戦するかが、ピッチャーにとっては重要である。

 ツーアウトであれば当然ランナーはおらず、歩かせてもいいかという感じで勝負する。

 ワンナウト二塁であれば、間違いなく敬遠。

 ワンナウト一塁となれば、ランナーを得点圏に進めることになるので、判断は難しい。


 最近のライガースはMLBにかぶれたわけでもないが、二番に打てる打者を置くようになっている。

 石井は二番ではなく、完全に守備力に特化した下位打線に置かれているのだ。

 それでも打率が二割五分を切ることはない。

 二番打者に入っているのは、黒田と六番を争っていた大江だ。

 五番にグラント、六番に黒田という打線であるが、これに山本までいるため、外野は激戦区なのだ。

 その中でセンターで守備範囲の広い毛利は、一番打者として活躍している。打率はそれほど高くはないが、しぶとく粘って球数を使わせ、最後には出塁するという、大阪光陰の一番バッターの、次点の使われ方をしているのだ。

 これを二番の送りバントなどで進めるというのは、大介を有効活用出来ないことになる。

 そのため二番には小器用なバッターではなく、普通にある程度打てて走れるバッターを置いたのだ。


 結果としては、実はあまり勝敗の結果にはつながっていない。

 だがそれは金剛寺の離脱が大きいし、あとはリリーフ陣の数値の悪化が同時期にあったことにもよる。

 二番にも強打者を置こうという視点自体は、間違ってないのだと思う。




 一回の表には、毛利が粘って出塁した後、大江がヒットエンドランをまるで高校野球のように決め、ノーアウト一三塁から大介の打席である。

(今日は調子悪いみたいだな)

 紺野の様子を見てそう判断する大介だが、フェニックスは今年も投手がよく離脱するため、ローテがやや短めになっているという理由もある。

 あとは時期的に、夏バテする選手もいたりする。

 紺野はあの夏の甲子園を経験していない。

 あれを経験しているかしていないかで、ピッチャーの基本性能はかなり変わると思う。


 大介に対しては、外に外れるボールを投げてくる。

 真っ向勝負というのは完全に考えていない。

 当然の話で、そんなことをすれば100%打ってくる。

 大介は勝負どころでは必ず打つのだ。それこそ上杉が投げでもしない限りは。


 わずかに甘く入ってきた球を流し打ち。

 レフト線への長打で、まずは先制点。

 夏場のアウェイ続きでも、全く失速することのない大介である。


 着実に点を積み上げるライガースに対して、フェニックスは快音がなかなか聞かれなかった。

 5-0とリードしたところで、そろそろ普段ならリリーフの準備を始めるのだが、この試合は特別なものになってきている。

 ここまで味方のエラーが一つとフォアボールが一つで、ノーヒットノーランを継続中なのだ。


 残り三イニング。

 だが意識したところで、たった一発のクリーンなミートで、ボールがスタンドまで運ばれてしまう。

 先発投手の早めの継投が目立っている現代のプロ野球であるが、真田は既に何度も完封を経験している。

 高校野球のノリで、まだ投げることが出来るのだ。


 次の登板のことも考えて、真田はここでお役ご免。

 だがなんとなく不穏なものを感じて、そのままベンチで試合を見守る。


 そんな予想は正しく、今日もリリーフが捕まった。

 青山もレイトナーも、前年までの成績に比べると、明らかに今年は落ちている。

 一イニングに一点ずつを失点し、二点差となったところで抑えのウェイドにつなげる。

 ウェイドはここもまでセーブ失敗は二度しかなく、それも負けにつながった試合は一つしかない。

 かなり優秀なクローザーなのだが、リリーフが七回と八回で同点に追いつかれたりすることが多く、そこがセーブ数が増えない原因である。

 ただ今日は間違いなく働き、一失点でぎりぎり逃げ切った。

 自分の勝ち星が消えないか、真田は心配していただろうが。




 フェニックスとの三連戦は二勝一敗という結果に終わった。

 次は山田も復帰する、レックスとの三連戦だ。

 フェニックスとの三連戦では、大介が打ったホームランは一本。

 これで55本となり、確実に過去二年の自分の成績は超えそうである。


 またチームも二位のスターズ相手に三ゲーム差をつけて、ペナントレース制覇に向けて、体勢は整いつつある。

 相変わらずリリーフ陣に不安は残るが、他のチームと比べても極端に悪いという訳ではない。

 全てにおいて満たされた戦力で戦うというのは、なかなかありえないことなのだ。


 そしてこのレックスとの三連戦が終わったら、夏の甲子園も終わる。

 あとは東京ドームでの三連戦のあと、本拠地でレックスとの試合となるのだ。

 夏の甲子園の開催されている中、白富東は準決勝までは残っている。

 去年は決勝まで残って準優勝だったのだから、今年は優勝を目指してほしいなと思う大介である。

 だが戦力の均衡がプロよりもよほど大きな高校野球の方が、優勝することはよほど難しいと言えるのかもしれない。


 レックスとの三連戦では、大介のバットからは快音が聞かれなかった。

 だが普通のホームランバッターでも、三試合や四試合の間、ホームランが出ないというのは当たり前のことなのだ。

 もっともホームランの比較的出やすい神宮で打てなかったのは、少し不思議な感覚である。

 なお大介の場合、実は球場別に並べたところ、ホームランを打つ確率はほとんど変わらない。

 強いて言うなら本拠地甲子園と、東京ドームではホームランが出やすい。

 右に引っ張る左バッターでは、比較的ホームランが出にくいというのが、甲子園の常識である。

 だが大介はそんな常識は通用せず、一番打っているのがそのライトへのホームランなのだ。


 ドームでの三連戦では、一試合に一本、まるで日常の業務のように、無造作なホームランを打った。

 これでホームラン数は58本となり、去年の自分の記録に並ぶ。

 だが打率は0.379と、首位をぶっちぎりで走っているのだが、去年の四割とはくらぶべくもない。

 打点も明らかにランナーのいないところでしか勝負してもらえず、こちらはほんのわずかだが、他の選手に逆転のチャンスが残されている。

 

 甲子園での三連戦が終わり、同時に八月の試合も終わった。

 この八月の大介の成績は、なんと今年初めて長打率が10割近いというものである。

 だが打率も悪く、出塁率も低い。

 それでもホームランだけはしっかりと打っている。


 打率0.375 出塁率0.521 OPS1.486

 打点137 ホームラン59


 もちろん打撃三冠部門ではトップである。

 残り試合は23試合。

 今年はとにかく、ランナーの多い場面では勝負されないことが多かったので、打点が伸びていない。

 ホームランはこの次点で、ルーキーイヤーの59本に達していて、もはや新記録の樹立は誰も疑っていない。

 あとはホームランの記録がどこまで伸びるかが注目点だ。

 あるいは試合数が圧倒的に違うというのに、MLBのホームラン記録を抜いてしまうかもしれない疑惑まである


 打率は去年より低下することは間違いないが、実はOPSは上がっていく見込みである。

 去年の最終的な1.474だったのだ。




 終盤とな九月の試合で心配になるとしたら、移動がまず一つ。

 雨などで中止になった試合があるため、一試合ごとに移動するというハードなスケジュールがある。

 そしてもう一つは、よりにもよって神奈川との五連戦が存在するのだ。

 もちろん球場は移動して行うのだが、こんな連戦が最後に残っているのだから、野球の神様は本当に性質が悪い。


 だが移動による疲労は、他のチームも同じなのだ。

 もっとも本拠がドームの球団は、比較的上手く試合は消化している。

「九月19日から二連戦のあと、二日空いて三連戦か」

 これからまださらに天候で順延はあるかもしれないが、おそらくクライマックスシリーズまでにはちゃんと全てが終わる。

 約二週間、休みの後にクライマックスシリーズが始まるわけだ。

 今年は随分と楽な日程である。


 ただそれはシーズン終盤で無茶をした上杉に、充分な回復期間を与えることでもある。

 大介としては望むところであるが、首脳陣としては上杉は消耗した状態で戦いたい。

「この五連戦で、一応は優勝がほぼ決まるわけやな」

「三ゲーム差で首位をキープしているライガースだが、逆転のチャンスはしっかりと残されているわけだ。


 ペナントレースを優勝しないと、上杉相手にアドバンテージを得られずに戦うことになる。

 そうするとおそらくは、ライガースは負ける。

「あるいは一年目みたいに、クローザーしてくるかもしれへんしなあ」

 そう、ルーキーイヤーで上杉は、終盤をクローザーとして一点差や同点のマウンドに立ち、九登板で七セーブという成績を残したのだ。

 ライガースとしては上杉がそんなことはしてこないように、リードした状態で試合の終盤を迎えないといけない。


 ここまで戦ってきて、まだマジックが点灯しないというのが、去年までと違うところだ。

 それにしても上杉はここまでに、27先発している。

 22勝1敗という化物めいた数字を残して、さらにそれを伸ばしていくのか。

 このペースならおそらく、32登板ぐらいは先発で投げるはずだ。

 しかも長いイニングを投げるので、その負荷は並大抵のものではないはずなのだが。


 真田も充分に怪物なのだ。本当なら今年は、各種タイトルを独占していただろう。

 だが上杉が同世代にいたのが、色々と残念なところである。

 あとはエースが投げる試合としては、やはり打線の援護が弱くなる。

 それとリリーフ陣の崩壊など、不運なところは色々とあるのだ。


 そしてあるいはペナントレース以上に大事なのが、大介の記録だ。

 打点や打率を更新した時、特に四割達成の時は盛り上がったものだが、今度はホームランだ。

 59本と、一年目と同じ、そして記録まであと一本というところまで辿り着いた。

 いっそのこと今後100年ぐらいは破れないような、とんでもない記録を作ってもらいたいものである。

「シーズンがここまで競ってしもたのはしゃーないけど、なんとか怪我だけは避けていかんとあかんしなあ」

 三連覇を狙うライガース。

 だがこの年のペナントレースは、ぎりぎりまで油断が出来ないものになりそうだ。

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