第105話 お祭り男

 今年のオープン戦以来、久しぶりの福岡ドームである。

 公式戦と言うことでは去年の交流戦以来か。

 大介にとって九州地方の印象と言うと、どうしても桜島となってしまう。

 甲子園の記録にいまだに残る、一試合五本のホームラン。

 今でも若いが、それより幼かった頃は、あの勝負がどれだけ馬鹿馬鹿しく、そして爽快なものだったかははっきり分かる。


 桜島と福岡では、同じ九州でも南北の端である。

 だがどことなく似た空気を感じるのは、ただの感傷であろうか。

 移動した日は、さすがにシーズン中とも違うので、遊びに出たりなどはしない。

 いや、出る人は出るらしいが。

 大介は首脳陣と一緒に、次のピッチャーの対策を考えたりするのである。

 正確には、首脳陣の会議に勝手に参加していたりするのだが。


 福岡の投手陣は厚いが、今年二桁勝利をしたのは武内だけである。

 武内が大エースとして君臨し、確かに最多勝を取ったが、福岡はどこかの年で二桁勝利しているようなピッチャーをそろえ、調子が良いものを次々に使っているのだ。

 つまり二桁勝利のピッチャーは少ないが、貯金を多く作ったピッチャーは多い。

 今年も二桁勝利出来そうなピッチャーはいたが、それよりもシーズンを通して消耗しないことを気にした。

 リリーフからクローザーまで、人材は豊富なのだ。

 それだけに武内で負けたのと、二戦目の継投失敗が痛いのだが。


 三戦目の先発は32歳の朝霧。

 20代のうちは毎年二桁勝利していて、30を過ぎたあたりからは技巧派に転向。

 そして左投手である。

 秋元が盛大に打たれてしまったが、大介の弱点と言われるスライド変化は、まだ残っているはずなのだ。


 なんだか大介封じのためだけに、左のピッチャーの需要が高まりそうである。

 大介からすると、単に左なだけであったら、いくらでも打てるのだが。

「実際のとこどうや? 朝霧とも当たってへんかったよな?」

「当たってませんね」

 だが大介としては、次の試合は勝てると思う。

 真田が投げるのだ。シーズン防御率で、今年歴代トップ10に入った真田が。


 大介としては二点あれば勝てるだろうと思っている。

 福岡の打線はセまで含めた12球団で、最強のものと思われているのだが。

 真田に言わせればどれだけパワーがあっても「当たらなければどうということもない」そうであるが。

「他の球団には、あんたはいないでしょうが」

 事実だが、そこまでの自信を持っているのか。




 真田にとっての屈辱は、やはりバッターに打たれることである。

 直史や上杉に投げ負けたことは仕方がないが、打たれなければ負けないのだ。

 その意味では投げ合いで負けて、しかも打たれた上杉に、一番屈辱を感じるということなのかもしれないが。


 ただ福岡相手には、今年の交流戦では投げていない。

 あちらは魔球のスライダーを使う真田のことは知らないのだ。

 六番でスタメンに入っている実城は、高校時代に痛感しているはずだが。


 ただ投手陣は、山田と琴山が不調であるので、他のピッチャーで回すと言われている。

 ちなみに去年も投手陣が無理をして崩れそうになって、四連勝でしか勝てないかもと思われていたのだ。

 一応首脳陣が考えているのは、柳本でもう一勝は確実に勝つということ。

 四戦目と五戦目はあまり重要視せず、甲子園に戻る六戦目で勝負を決めたい。

 それはこの試合、真田に勝利の期待をかけるということだ。


 確かに福岡は、強力なバッターが揃っている。

 ピッチャーもそうだが、20代前半の選手はあまりいない。

 20代半ばから30代前半の選手が多く、まさに働き盛りの選手でチームを作っているのだ。

 これで余剰戦力もたっぷりあるのだから、実城が三年目にスタメン定着したというのは、かなりすごいものがある。

 高校通算100本以上のホームランを打った実城が、他の球団ではどう活躍したかは、議論の余地があるが。

 まあ助っ人外国人が故障したというのもあるが、次代の主力も育てていかなければいけないということだろう。




 二連敗した後の、地元での日本シリーズ。

 ここのところ日本シリーズに進むのが埼玉が多かっただけに、福岡は燃えている。

 だがライガースのファンも多い。必死で旗を振っていたりする。


 この一戦は大事だ。

 山田と琴山を今年はもう休ませるとなると、第四戦と五戦は、山倉とロバートソンを使うことになる。勝てるかどうかは微妙であろう。

 ここで負けても第六戦を柳本で勝てれば第七戦にもつれこむが、その時は真田をまた先発で使うことになる。

 ただ真田も、今年準上杉級に働いた。

 本当なら一年目は、もう少し余裕をもって使うはずだったのである。


 キャンプではきっちり仕上げてきて、さすが大阪光陰と思ったものだが、完投の数が多すぎるのだ。

 おかげで他の先発は、リリーフを使ってそれなりに勝てたのだが。

 第七戦までもつれこませるのは嫌だ。

 福岡で一つは勝って、甲子園で決める。

 来年も戦えるように、少しでも無理はさせない。

 もちろん勝ってしまえるのなら、ここで四連勝をしてもいい。

 倒してしまっても構わんのだろう、というやつだ。フラグである。

 

 相手のホームということで、先行はライガース。

 先頭打者の志龍は、左対左ということだが、あまり左を苦手にはしない。

 それでもほんの少しは、左に対しての打撃成績は悪いが。


 大介に投げる前の練習とばかりに、志龍にスライダーを投げてきた。

 だがそれは当たりそうなコースからインローに変わっていくものではなくて、ゾーンからボールに逃げていくものだ。

 じっくりとそれを見て、これがゾーン内にきても打てるな、と判断する志龍である。


 他の変化球も使い、ストレートも150kmは出ていて、確かにいいピッチャーだ。

 このレベルのピッチャーをたくさん揃えていて、調子のいい者から優先的に使うのだから、今年の福岡は強かったのだ。

 投手王国と言われるジャガースに勝ったのは、打線陣の得点力の差もあるが、継投による負担の分散が大きい。

 それだけに第二戦が惜しいのだが。


 結局志龍は、ゾーンに入ってきたインローのスライダーを引っ掛け凡退した。

 ただ、ある程度の手応えはあった。

「どうよ」

「打てると思うよ」

 大介に対してはそう言って、志龍はベンチに戻る。


 スライダーか。

 大介が、そういうタイプの変化球が苦手だと気付いたのは、高校一年の夏、細田と対決した時からである。

 もっともあの時も、どうにかヒットには出来たのだが。

 大変だったのはやはり、今は味方である真田のスライダーだった。

 最終的にはホームランを打ったが、あれはボール球の外し方が甘かったのを打ったものだ。

 それで甲子園の風を突っ切って、場外まで飛ばしたので伝説になっているのだが。


 二番打者の石井が、上手くフォアボールを選んだ。

 今年は打率も上がったが、それよりもさらに出塁率が上がった石井である。

 そして大介の出番である。




 真田なら、二点あれば大丈夫だろうと思っている。

 実際真田は、さすがに大量点差がついた時はそれなりに抜いて投げて打たれたこともあるが、接戦の投手戦ではほとんど一点までしか取られていない。

 あと大介はさすがに言えなかったが、福岡なのでDH制とはいえ、真田にDHはいらなかったのではないかと思っている。

 むしろ甲子園で真田を使った方が、打撃に期待できるだけいいのではとも思ったものだ。

 真田も一年生の頃から試合に多く出ていたということもあるが、ピッチャーのくせに20本も公式戦で打っているのだ。


 そんな真田に、とりあえず二点。

 朝霧は志龍で試したように、スライダーを効果的に使ってくるはずだ。

 そう思っていると、際どいスライダーを外に逃がしてきた。

 これを下手に追いかけると、内角が打てなくなるということか。


 朝霧は、コンビネーションで勝負する。

 球威のあるストレートも、あくまでもコンビネーションの一つとして使うものであって、ストレートの球速に頼ったりはしない。

 そもそも170kmをホームランにするバッターに、150kmで堂々と勝負するほうがおかしい。


 カウントは整った。

 いや、大介が整えさせた。

 ここでスライダーを使ってくるだろう、ここで使わずにどこで使うというのだ。

 来た。

 見た。

 打った。

 そして入った。


 先制のツーランホームランは、ライトの最上段にまで届いた。

(福岡ドームは開閉式だけど、開いた状態だったらどれだけ飛ばせば場外になるんだろ)

 不可能なことであるとは分かりつつも、なんとなく考える大介であった。




 大嫌いだった人間、憎しみさえ抱いていた人間を、背中を預ける戦友とまで感じるようになる。

 真田がプロ一年目で抱いたのが、そんな感覚である。

 少なくとも一年の夏と二年の夏。

 まあ完全にこちらを抑えた直史はともかく、自分から場外ホームランを打った大介がいなければ、あの年は戦力的に春日山にも勝てたと思うのだ。

 甲子園優勝投手の称号は、結局得ることができなかった。

 明らかに今年、去年よりも劣った戦力で優勝したのは、甲子園の皮肉とでも言うべきか。


 この数年、具体的には上杉の登場から自分の引退まで、高校野球界はおかしかったのだ。

 そして去年からは、プロ野球界が完全にバグっている。

 究極のピッチャーとバッターの対決。

 これがあることによって、プロ野球界全体が大きく震動している。

 真田の一年目の成績もその中の小さな揺れの一つである。


 とりあえずは優勝だ。

 真田はシニア時代の経験があるため、大舞台の優勝経験がないわけではない。

 高校時代も神宮大会では優勝している。だが本当の意味で、日本一を実感できたことはない。

 しかし日本シリーズの優勝投手なら、充分であろう。

 いや、自分がそのマウンドに立っているとは限らないが。


 第七戦目まで、もつれたら。

 あるいは第六戦の終盤に、自分がクローザーに立ったら。

 その可能性はある。

 ライガースのクローザーであるオークレイは、それなりに信頼してもいいが、防御率は先発の真田の方が良いのだ。

 真田の防御率が良すぎるということは置いておいて。




 真田は飛ばした。

 一回の表は三人を三振に取って、もう少しペース配分を考えろと怒られたぐらいである。

 たしかに高校時代に比べれば、試合間隔は空いている。

 だが高校時代と違って、抜いて投げられるバッターが少ない。

 それに今日は福岡での試合であるので、DHがいる。

 普段なら少し休めるピッチャーの打席というものがない。


 二回以降、真田は抜いたボール球を見せていく。

 ベンチからの島本によるサインが多い。

 確かにスイングは鋭く、当たったら飛んで行きそうな振りをしている。

 しかしそれこそ、当たらなければどうということもないし、ミートさせなければ当たってもホームランにはならない。

 ……レフトフライと思ったらグリーンモンスターのスタンドに? それは何かの見間違いである。


 福岡は無理に先発に拘ることなく、ピッチャーを次々と代えていった。

 しかしこうやって、中途半端にピッチャーが自信を持っている時ほど、打ってしまうのが大介である。

 二打席目こそセンターフライに倒れたものの、三打席目がソロホームラン。

 そして四打席目がソロホームランと、この試合の五打点のうちの四打点を一人で稼いだ。


 パのチームは、ここにいたってようやく、大介の恐ろしさを感じたのかもしれない。

 その日に出てきて早々の、まだ元気なピッチャーに、葬送のホームランを浴びせてしまうのである。

 指にかかった一番のストレートが、アウトローやインハイの狙ったコースに行く。

 それなのに大介のバットは、ミートしてホームランにしてしまう。

 そして実際に、その打球を見た瞬間は、ホームランではなくフェンス直撃ぐらいかと思うのだ。

 しかし外野の定位置まで飛んでも、全く軌道がおちることはなく、そのままスタンドに入ってしまう。

 悪夢を見ているようであった。




 真田は六回までを無失点で抑えて、マウンドを降りる。

 本人は不満顔であったが、この時点で四点差であった。

 真田は福岡の強力打線にも通用する。それが分かったなら第七戦で使うためにも、疲れを残しておいてはいけない。


 七回はレイトナーが投げて一失点。

 八回は青山が投げて一失点。

 だが九回の表に大介のホームランが出てまた三点差となり、最終回にはオークレイが登場する。

 ここで一失点をしたものの、福岡の反撃もそこまで。

 5-3のスコアで、ライガースの勝利。

 日本一まで、三連勝で王手をかけたのであった。


「六回無失点でも、さすがにあっちがヒーローか……」

 真田は複雑な顔をするが、気持ちは分からないでもない。

 ただ大介が打ってくれる可能性があるからこそ、真田にもピッチャーとして月間MVPを取るチャンスが生まれるのだ。

 もっとも、やはりこの時代、セのピッチャーとバッターは、表彰されることが難しかった。

 投打の怪物が同じリーグにそろってしまうというのは、興行という面でも好ましくないのである。

 日本シリーズで、二人が対決する。

 それはそれで、盛り上がると思えるのだが。


 ともあれこれで、ライガースは三連勝。

 前年に続いて、四連勝の無敗優勝が見えてきた。

 そしておそらくと言うか絶対に、このまま行けば大介が、日本シリーズMVPに選ばれるであろう。

 11打数の六安打で五本塁打。残りの一本は三塁打。

 日本シリーズになってから、長打しか打っていない。

 OPSの計算もバカバカしくなるが、たとえ盗塁されるとしても、フォアボールで敬遠しておいた方がいい。


 去年も、クライマックスシリーズはともかく日本シリーズでは、シーズン中をはるかに上回る数字を残していた。

 つまるところ大介は、お祭り男なのである。

 第四戦の先発は山倉。

 同期のピッチャーを果たして勝ち投手に出来るのか、福岡はせめて一矢は報いるのか。

 プレイオフも終わりが近い。


×××


 群雄伝、投下してます。

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