第106話 窮地
参った。
ライガース首脳陣は、悩んでいた。
福岡での初戦で三連勝で王手をかけた。
だがそこからの連敗である。
舞台はホームの甲子園に戻る。
しかし状況はかなり不利になっている。
選手層というものがある。
ライガースは一軍のスタメンこそ強力であるが、控えの選手の層が薄い。
特にこの二戦は、ピッチャーの平均的な能力の差を思い知らされた。
四戦目は山倉。序盤は失点したが、大崩はせずに試合は進んだ。
こちらも得点が出来ないでもない緊迫した展開だったが、リリーフ陣が崩れた。
日本シリーズは勝利だけを目指せばいいので、リリーフ陣に求めるのは制圧力。
しかしシーズン中からある程度分かっていたことだが、レイトナーとオークレイには、真の意味でのセットアッパーやクローザーは無理らしい。
二人で合計四失点して、第三戦は敗退した。山倉が怒るのは当然であるが、彼も完調とは言いがたかった。
そこはまだいい。よくないのだがまだいいのだ。
五戦目はロバートソンが先発。こちらもそれなりに点は取られたが、終盤までは互角の展開。
期待できる青山をクローザー代わりに使ったところ、打球がふくらはぎに当たって負傷退場。
マウンドに登った飛田はさすがに心身ともに準備が出来ておらず、逆転を許してしまった。
そしてこの二試合、大介は四打数一安打で打点がついていない。
チャンスで大介に回さないように、回ったら歩かせるか、ほぼほぼ逃げるピッチング。
第三戦で頑張りすぎたのが悪かったのか。
少なくないライガースファンは怒っていたが、その前後をしっかり抑えられては仕方がない。
無理筋のバッティングをして、それでもどうにか一本ヒットを打っているところが、大介らしいと言うべきか。
ただ、これでピッチャーが危険域に達してしまった。
山田と琴山はシリーズ前から不調であったし、短期決戦にレイトナーとオークレイは信頼性が低い。
青山が離脱して、飛田は不安定な状況で投げさせてしまってショックを受けている。
山倉とロバートソンを短いスパンで回すのは、不可能ではないだろうが、長く投げさせるのは厳しい。。
「俺が完投するしかないか」
柳本の男前過ぎる発言である。
だが実際、それが勝率は一番高いのかもしれない。
柳本としても打算というか、ケジメがある。
自分の手でチームを優勝させて、そしてポスティング申請をしたいのだ。
どのみち中六日で、疲労は抜けている。
首脳陣としても、柳本の第六戦先発は当初予定だし仕方がない。
しかし、リリーフ陣が壊滅している。
勝ちパターンの時に投げていた、飛田、青山、レイトナー、オークレイ。
この四人が精神的にか肉体的にか、かなりのダメージを受けている。
それに山倉とロバートソンも、あまり調子は良くなかったというか、福岡の打線とは上手く戦えなかった。
つまり、使えないピッチャーが多くなっている。
山田、琴山、山倉、ロバートソン、飛田、青山、レイトナー、オークレイ。
主力として使っていたピッチャーのほとんどが、離脱か調子を落としているのである。先発だけではなく、リリーフからクローザーまで。
あれだ。なぜか主人公や味方の強キャラが負傷して、デバフがかかった状態。
去年も日本シリーズはピッチャーの調子が良くなくて、四戦目で決めなければまずいと思っていたが、今年はそれ以上だ。
完調の状態でいるのが、柳本と真田の二人。
残りは負けパターンのリリーフや、楽なパターンで行くリリーフ。
それに敗戦処理や、微妙な戦績を残した者ばかり。
一応二階堂や星野は、それなりには投げているが、あまり頼りにはならないだろう。
ここで首脳陣は思い切った作戦を採用する。
もしも失敗したらどうしようもないが、おそらくこれが一番勝てる可能性は高いであろう。
六戦目で決める。
七戦目はいらない。
打線陣の方も、少し雰囲気が悪い。
大介がいくらなんでもそれは、というボールを打ちにいったからである。
塁に出て、後のバッターに任せるべきだったのだ。
実際にこの二試合は、大介に打点がついていないが、四点、五点と点を取っている。
しかし、大介が打ちにいくのも分かるのだ。
不発に終わった二試合を足しても、15打数の7安打で9打点。ホームラン五本に盗塁三つと、優勝すればMVP級の活躍である。
第三戦で、打ちすぎたというのもある。
あれで自分は慢心したし、敵には警戒させすぎた。
ほどほどに打たなければ勝負されなくなる。
シーズン中にもあったジレンマである。
出塁率は高くなるが、ホームランと打点は増えないのだ。
一日の移動日は、休養にもなる。
だが大介は休まず、素振りをしてバッティングフォームを確認する。
大丈夫だ。二戦において無茶なボールを打っていったが、変なクセはついていない。
第六戦は、打てるボールを打つ。
ホームランにはこだわらない。そして塁に出たら走りまくる。
ここで優勝したら、ライガースは本当の長期政権を築けるのではないかと思っている。
柳本、山田、真田の三本の柱に、山倉、琴山、飛田、と外国人に頼らなくてもローテを回せる。ついでに高橋もいるし。
強いていうならリリーフ陣が微妙ではある。
青山は安定しているが、レイトナーとオークレイ、特にオークレイはシーズン終盤に調子を落としていると言うよりは、捉えられるようになっている。
打線についても今年二位指名だった山本が、シーズン終盤と日本シリーズでは代打で出て、打点を記録している。
優勝するチームが、さらに強くなりつつある。
大介としては高校野球とはまた違った面白さを感じている。
もちろん彼は、シリーズ終了後の柳本のポスティングを知らない。
第六戦を迎える夜。
大介はスマホを適当に見たが、いつも通りだ。
ツインズはこういう時、変なメッセージを送ってきたりはしない。
だいたいSNSは面倒なのでやっていない大介である。
このあたりの過度の情報を断絶していることも、大介が集中出来る原因かもしれない。
あのツインズは、大介のことをよく分かっている。
打てなかった時は具体的な内容を送ってくる。
第五戦で負けた時は「チームメイトを信じるしかないよ」と送ってきていた。
本当に、よく分かっている。
こういう時に頼りたいなと思える、高校時代の友人は主に二人。
だがその二人は、あえてこちらから聞かない限り、そういった話題は振ってこない。
父もそうだ。一年目のスランプの時以外は、ほとんど連絡もない。
19歳年下の弟が出来た時は、さすがに色々と長話をしたものであるが。
ベッドに寝転がって考える。
福岡はこの第四戦と第五戦、ショートスターターとショートリリーフの併用によって、とにかく大介周りで得点が入らないようにしている。
オープナー戦術とはちょっと違うが、結果的にこの戦術が功を奏し、二連勝となったわけだ。
大介も全打席歩かされるのと、それぞれのピッチャーが代わるのは、勝手が違う。
先発を三回ほどまで全力で投げさせ、第二先発につなぐ。
そこからはショートリリーフという使い方は、40人枠を全力で使ったものである。
ライガースにはそこまでの選手層の厚さはない。
初見のピッチャーが打ちにくいというのは、プロでは当たり前のことだ。
真田でさえ来年以降は、成績が落ちていくだろうと思っている。
誰が投げてくるのか。
頭の中で打席の想定をしているうちに、大介は眠りの中へ落ちていった。
決戦の朝が来る。
エースの柳本が投げるからには、ここで決めないと苦しい。
まだ真田がいるし、真田は完投も完封も、プロ一年目でしているスーパールーキーではあるが、第七戦で投げるとしたら中四日だ。
高校時代はもっと詰まった日程で投げていたし、中四日はそれなりに回復している日程である。
ただ元気に見える真田も、プロ一年目の疲労は蓄積しているのではないか。
クライマックスシリーズでは玉縄と投げ合った。
シーズン中での離脱もあったが、それでも三回ローテを飛ばされた程度。
19試合先発で投げているが、イニング数は多いし球数も多めだ。
ベテランの柳本と違い、蓄積された疲労はあるはずなのだ。
ここで下手に使い続けると、来年にいきなり壊れそうで怖い。
そこを判断しなければいけないのが、首脳陣の苦労である。
そして決断した。
「今日で決めるで」
島野はミーティングでそう言った。
「ヤナはペース配分考えんでいい。とにかく相手を抑えきったれ」
無言で頷く柳本である。
「そんで真田は、ロングリリーフの準備しとけ」
空気が驚きをもって動いた。
福岡は比較的左打者が多い。
左の柳本が、これを制圧できる可能性は高い。
そこへさらに左の真田を継投させて、完封リレーを目指す。
第三戦で真田が、それほどの球数を投げていなかったこそ考えられる戦術である。
だが当然、賭けでもある。
これを落としたら最終戦は、柳本と真田を連投させるしかないのか。
不調のローテ陣を、それこそショートリリーフとして使っていくぐらいしかない。
この試合で決める。
まさに背水の陣だ。
島野監督の覚悟が、選手たち全員に分かった。
福岡は先発に、第一戦で負けた武内を持ってきている。
この二戦を奇襲とも言える戦術で勝ちあがったが、ここでまた王道に戻しているのだ。
あるいは武内のあとは、またリリーフを短くつないでいくのかもしれない。
戦力の余力は、福岡の方が多い。
第七戦までもつれ込むと、よほどの点の取り合いにしない限り、ライガースに勝ち目はないだろう。
点の取り合いになった時、どれだけ大介が機能してくれるかで、ライガースの得点力は変わる。
第四戦と第五戦で見せた、ボール球を追いかけていく無茶なバッティング。
シーズン中はあれでもけっこう成功していたのだが、プレイオフともなるとピッチャーの集中力が違う。
ボール球でもしっかり投げることで、大介が凡退することが多いのだ。
いや、ボール球を打ちに行くなというだけの話ではあるのだが。
ホームに戻ってきたので、あちらの先攻で始まるこの試合。
柳本は全力で投げて、そして完封する気でいる。
確かに真田をリリーフというのは、左バッターの多い福岡には、左、左とつなげていくことで効果的だろう。
だが優勝の瞬間は、マウンドにいたいのだ。
日本シリーズを二勝したら、MVPが取れるだろうか。
大介は勝った試合で強烈な印象を残したが、負けた二試合が悪い。
普通ならピッチャーが二勝したら、日本シリーズMVPは決まったようなものだが、上杉が二年連続で三勝などしているので、二勝の影が薄くはなっている。
一回の表は、三者凡退に抑えた。
今日のスタメン捕手は滝沢であり、やや風間と差が出てきたような気もする。
だが共に成長していることは間違いない。
島本コーチの他に柳本なども、鍛えて育てているという実感がある。
あとは高橋だ。
なんだかんだ言いながら、技巧派投手の活かし方を、一番あの二人に教えているのは、高橋であろう。
あれだけの実績を持っているのだから、素直にコーチに入ればいいだろうに。
来年二勝して名球界に入れるのか、微妙なところである。
そして一回の裏である。
ここは先制点が欲しい。
福岡の先発武内は、間違いなく気合が入っている。
九回を完投するペースではない。完全にチーム全体が、継投して勝つという考えで動いている。
それも大介をちゃんと封じてだ。
前にランナーを置かせず、後ろにヒットを打たせない。
完全にチーム一丸となって、一人のバッターが機能しないようにしている。
これがサッカーやバスケットボールならば、一人のマークに二人がかりでつくといったところだろうか。
だが野球の場合は、ピッチャーとバッターは一対一。
ピッチャーが勝負を放棄すれば、バッターには何も出来ない。
甲子園の応援団が怒号を上げる中、ツーアウトから大介は歩かされた。
四番の金剛寺と、五番のグラント。
どちらもホームランを狙えるバッターで、特に金剛寺はケースバッティングでヒット狙いに変えることも出来る。
だがここで金剛寺を全力で抑えれば、長打以外ならなんとかなるのだ。
主軸を抑えることを考えた、戦力の回避作戦。
プロなら勝負する姿を見せろと観客は野次を飛ばすのだが、福岡はしっかりと意識を統一しているらしい。
逆の立場なら、ライガースファンは自軍のピッチャーにも野次を飛ばすだろう。
愛が深い故に、その要求も大きい。
それがライガースの厄介なところである。
敵にとっても、味方にとっても。
金剛寺はヒットを打ったが、長打にまではならず大介もホームに帰れない。
ツーアウトから出来ることなど、おおよそ限られているのだ。
五番のグラントは、ホームランこそ38本も打っているが、打率は0.267ほどしかない。
それでも勝負を避けられて、出塁率はそれなりに高い。
福岡も勝負を賭けてきた。
グラントまでも歩かせて、六番の黒田勝負である。
今年は130試合に出場して、打率0.280のホームラン14本を打った黒田。
考えようによっては、こちらの方がグラントよりも危険である。
しかも満塁ということは、歩かせたら一点が入るということ。
しかしここで、黒田は内野ゴロアウト。
先制点のチャンスを潰す。
まあ第一打席ということで、まだファンの応援は暖かい。
切り替えていかなければいけない。
一点を取れば、圧倒的に有利になるこの試合。
ライガース首脳陣は、祈りながら采配を取る。
×××
大谷さんが海の向こうで異次元の活躍をしていらっしゃる……。
来年は複数年契約でドカッと来るな。
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