第104話 闇金シライシ君
思ったよりも、まずいかもしれない。
大介がそう思ったのは、第二戦の福岡の先発秋元と対戦したからではない。
それより先に一回の表、山田が先制点を許してしまったからだ。
今年の山田のピッチャーとしての成績は、21先発の11勝4敗。
八月に入ってから調子を落とし、一ヶ月ほどローテに入っていなかった。
復帰してからは二試合で一勝無敗。そしてプレイオフでは二度の先発。
大介などから見たら充分な休息であるのだが、実際のところは違う。
山田はプロに入ってから今まで、精神的には休んだことがない。
少しでも休めば、そこから落ちていくと確信していたからだ。
実際にその姿勢があったからこそ、今はこうやって成績を残している。
しかし緊張感に晒されすぎた精神が、肉体を侵食しているのだ。
誰でもが不動のメンタルを持っているわけではない。大介だって、家族の不幸で成績を落としたことはある。
プロの一流選手でも、いい数字がずっと続くわけではない。
もちろん上杉のような例外はいるが、それでも二年目と三年目は、ほんの少し数字を落とした。
山田もまた、少し休むべき時期にある。
首脳陣はそれを察したが、とりあえずこの試合は中盤までどうにかするしかない。
琴山がいればロングリリーフだったのだが、琴山はもう今季はクライマックスシリーズで終わらせて、来年に向けて体を休ませている。
琴山も去年リリーフから先発に戻り、今年はローテーションを守った。
そしてシーズン終盤には、体のキレがなくなっていた。
一週間ほど休んでも、抜けないほどの疲労。さらに言えばその前に休んだ一ヶ月で、ピッチングの感覚が少しおかしくなっていたのか。
休んでいたといっても、夏場である。少し運動をすればあっというまに体力が減る。
そのあたり体の小さい大介は、しっかりと食事と睡眠さえすれば、あっさりと回復する。
このあたりの回復力も、才能の一つと言っていいかもしれない。
山田がそんな状況であるので、打線の援護は少なからず必要である。
だが第一打席の大介は、空振り三振である。
ボール球を見極め損なって三振というのはあるが、空振り三振は少ない大介だ。
今年は588打席シーズンの打席に入って、438打数の30回しか三振していないのだ。
一回の裏、ライガースには得点はなし。
首脳陣も難しい顔をする。
大介は少し首を傾げて、守りに就く。
今日の重要なことは守備だ。
山田のストレートがどうもいつもよりタレていた。ボールの上を打たれて、それが内野を抜けていく打球があった。
大介の守備範囲にくれば、アウトにしてみせる。
(はい来たーっ!)
サードの横を抜けた打球を、内野の一番深いところでキャッチ。
そこから足を軸に回転し、ファーストへと送球する。強肩ゆえに見事アウト。
こういった好守備もあって、二回の表は無失点。
だが福岡の秋元も変化球を操って、まともに前には飛ばさせない。
二回の裏、三者凡退。
そして三回も、山田はいい当たりをされる。
センターラインの強い球団は、ここでしっかりとアウトを取る。
もう一点ぐらい入っていてもおかしくはなかったが、三回も0で抑えた。
まずいな、と監督の島野をはじめ、ピッチングコーチなども思う。
琴山に続いて、山田も完全には信用出来ない。
継投を早めにしていかないといけないこともだが、第六戦なり第七戦までに、調子が戻っているのか。
第三戦、脅威の高勝率の真田の投げる試合で、確実に勝たないといけない。
ルーキーでここまで活躍するとは、さすがにライガースのクジ運はやばい。
今日負けたとしても、真田の投げる試合で勝てば、最悪でも二勝三敗で甲子園に戻って来れる。
第六戦と第七戦を、柳本と真田を先発にして勝つ。
柳本は開幕と、途中での離脱もあり、それで今年は逆に、やや余裕を残している。
そして真田は一年目の勢いで、このまま最後まで投げきれそうだ。
ライガースの場合、中継ぎで一番信用出来るセットアッパーが青山。
レイトナーは少し劣るし、あとはオークレイもクローザーと言いながらそれなりに失点する。
ライガースの先発は、他にもいないわけではない。
ロバートソンは途中から日本の夏の暑さに負けていたが、それでも18先発の9勝3敗と、確実な貯金を作ってくれた。
また山倉も14先発の7勝4敗と、白星先行している。
あとは去年先発ローテに入りかけて、今年は中継ぎで登板数を稼いでいる飛田も、かなり計算は出来る。
目の前の試合はもちろん大事だが、第四戦に誰を使うか。
先のことで頭が一杯になる島野であった。
去年の飛田は間違いなくブレイクしかけていた。
15先発の6勝4敗と、ほぼローテに入りかけていたと言っていい。
今年は藤田と椎名が引退した。琴山が先発ローテに復帰したとはいえ、二人分の席が空いたのだ。さらに開幕に柳本が間に合わなかった。
だが外国人と真田の出現により、先発登板数を一気に落とした。
今年は5先発の2勝1敗で、勝ちの展開をリリーフに潰された。
最初はリリーフだが途中からは先発ローテに回すと言われていたが、柳本の復帰に真田の活躍で、明らかに割をくってしまった。
もっとも先発としてはともかく、リリーフとして28登板もしているので、年俸が下がることはないだろう。
だからこそと言うべきか、飛田はこの回ってきたロングリリーフを、嬉々として受け入れた。
四回の頭から。点差はわずか一点。
珍しく空振り三振をしていた大介だが、二点ぐらいは取ってくれるだろう。
そんな気持ちで、リリーフ時と同じペースでガンガンと飛ばす。
福岡の打線もこの怖いもの知らずのピッチングに、やや面食らったようである。
球に勢いがあるので、内野フライや高い外野フライになる。
そして鋭い内野ゴロは、石井と大介の二遊間がアウトにしてくれる。
この二遊間は名字に石が二つ入っているので、ダブイシコンビとか呼ばれているが、はっきり言って語感は良くない。
飛田は飛ばす。どうせここで長いイニングを投げたら、第六戦か第七戦にしか出番はないだろう。
それに自分がいなくても、青山とレイトナーがいる。オークレイはクローザーとしては微妙だが。
今年は柳本に加え、真田の完投能力が極めて高かった。
だからリリーフ陣の数字はちょっと落ちているのだが、休んだ分の防御率などは上がっている。
ライガースのリリーフ陣は、先発と比べて疲れていないのだ。
そうやって飛ばしていた飛田であるのだが、ライガースの反撃が始まらない。
大介が二打席目をファーストゴロ、三打席目を三振と、上杉との対決でもそうなかったような結果になっている。
どんな強打者であっても、なぜか苦手なピッチャーというのはいる。
大介にとってはそれが真田……は普通に他のバッターからの被打率も極めて少ない。
上杉は打てなくて当たり前である。
だが、秋元の変化球がこれだけ効果的だとは。
サウスポーのスライド変化が効果的であることは知られたいたが、それにも増して相性が悪いと言えるだろう。
もっとも他のバッターも打てないので、今日の秋元の出来がいいだけかもしれないが。
一点差のまま、八回を終える。
ロングリリーフの飛田の調子が良かったので、次はこのイメージのまま、またリリーフに行ってもらおうと首脳陣は考える。
飛田としては点が入って、自分が勝利投手になることを期待していたのだが。
九回の表はオークレイが投げたのだが、ソロホームランを食らって二点差。
その後続は絶ったが二点差となって、最後の裏の攻撃となる。
バッターは七番の黒田からだったのだが、ここで先頭打者としてヒットを打ってランナーに出る。
そう簡単には終わってやらない。
ライガースの今年の特徴は、比較的幅広い打線で得点が可能ということ。
八番はキャッチャーの滝沢だったが、ここで代打が送られる。
二軍でヒットを連発しまくって、シーズン終盤に一軍に上がってきた高卒ルーキー。
真田の戦友である毛利である。
毛利が狙っていた球種はただ一つ。
スライダー。それを狙い打って、ライト前へ。
ノーアウト一二塁になった。
(まあサナーダのスライダーに比べれば、そりゃ打てるな)
他にカーブも真田の方が一流だろうと思った毛利である。
九番のオークレイのところにも、当然代打が出る。
今年ドラフト二位指名、大卒の山本は、これまた終盤に一軍で試されていた。
毛利に比べるとかなり打率は低いが、その代わりに長打が打てる。
この打席、深いライトフライを打って、二塁の黒田はタッチアップして三塁に到達した。
ワンナウト一三塁でバッターは志龍。
点差は二点。ゴロを打たせたら一塁でアウトを取ればいい。
そう考えていたら志龍もボールを高く上げて、またもライトフライとなる。
深い位置だ。これはタッチアップだ。
気をつけるべきは、下手にバックホームなどをしたら、一塁ランナーが二塁へ進むであろうということ。
二死になるとは言え、得点圏にランナーを進めたくはない。
特に二死二塁というのは、打ったと同時にスタートが切れるので、単打でもホームに帰ってこれる。
ライトからの返球は間に合わない。セカンドがカットする。
これで一点差に詰め寄ったが、ツーアウトである。
せめてランナーが二塁に進めていればとも思うが、ここからが石井の真骨頂である。
際どい球をカットしまくって、フォアボールで出塁。
一塁ランナーも進んで、これでツーアウト一二塁、そして大介の打席が回ってきた。
福岡はここまで、秋元に完投をさせるつもりだった。
と言うか、今日の秋元が良すぎたのだ。
しかしこの最終回は、ヒットにはならなくてもいい打球が多くなっている。
代えるべきは、もっと早く代えるべきであった。
ここで回ってきてしまうのが、白石大介である。
本日はここまで四打席で二三振の内野ゴロを二つと、秋元のボールには完全にタイミングが合っていない。
ストレートは使わず、完全に変化球だけで勝負。
ベンチから出た指示に、バッテリーも頷く。
ここで大介を打ち取ることの意味を、福岡の選手たちも首脳陣も、よく分かっている。
間違いなく日本最強のバッターを、封じられるということ。
それは今後の試合でも、大きな価値を持って来る。
秋元を、もつれこんだら第七戦あたりで先発させる。
そこでまた勝ちが拾えたら、日本一になれる。
秋元も自信を持って、スライダーを投げてきた。
その初球を大介が打った。
打球の方向も、確認せず、バットをそっと置いて走り出す。そして小さく呟いた。
「貸付金、回収完了」
打球はライトスタンドの中段に、いつものようなライナー性の軌道で突き刺さった。
逆転サヨナラスリーランホームラン。
ライガース応援団が爆発した。
本日のヒーローは、間違いなく五回を無失点で投げた飛田と、サヨナラホームランを打った大介。
特に大介は、それまで封じられていたところへの爆発である。
それまでは抑えていただけに、秋元のショックは大きいだろう。
だが大介としては、単純に目を慣らしていただけである。
真田のスライダーに比べれば、というのは大介も同意である。
だが狙ってホームランにするのは、さすがに難しかった。
しかしあの最後の状況ならば、ある程度は予測がつくのだ。
これまで一本もヒットすら打たれていないという安心感。
だがそれは大介による撒き餌であった。
他の打線も打てないので、おそらくまた第七戦あたりで投げてくるだろう。
その時勝負しやすいように、今日は無様に負けておこう。
しかし最後の最後で、逆転の機会が回ってきた。
言葉にはしないが、福岡はピッチャーの替え時を間違えた。
八回か九回あたり、それなりにいいリリーフ陣を使えば、勝てたはずなのだ。
特にセーブ王を争った助っ人外国人クラウンがいるので、あれで下位打線を封じられたはずなのだ。
もちろんこれらのことは口にしないが。
「初球にスライダーが来たら、思い切って打ってやろうと狙っていました」
狙い打ちが、ドンピシャとはまった。
それは本当のことだが、全てでもない。
わざと空振りする。わざと凡退する。
三振したのは、二度ともスライダーだ。
ならばこれで向こうも、スライダーを効果的に使ってくるだろうとは思った。
しかしそのスライダーを初球に使うというのは、なかなかいい選択だったと思う。
そもそもあちらの首脳陣が、継投をちゃんと考えていたら、打つ機会自体が回ってこなかったという前提があるが。
飛田は、今日、勝ちもホールドもつかないが、間違いないもう一方の主役である。
なにしろ山田とオークレイは、それぞれ一点ずつ失点しているのだ。
五回を投げて無失点のピッチング。事実上は一勝がついたのと同じようなものだ。
日本シリーズでのこの働きは大きい。
本居地での二連戦を連勝。
そしてライガースは、福岡へと向かうのである。
一日の移動日が休みとなって、そして福岡ドームでの戦い。
ここで一気に、王手をかけておきたいのがライガースである。
先発のピッチャーは高卒ルーキーの真田。
今年は上杉と投げ合った試合以外では負けていない。
勝ち星もリーグで四位、勝率はリーグで二位、防御率は規定に達しているピッチャーの中では二位。
完全にエースクラスである。
もっともこれらの数字全てを、上杉に上回れてしまっているわけだが。
しかし一年目の高卒ピッチャーとしては、上杉以来の成績である。
単に勝っただけはなく、長いイニングを投げて、しっかりと勝ち負けを付けていったのが大きいのだ。
去年と同じく、四連勝で日本一になれるか。
首脳陣は色々と考える中、とりあえず大介が考えるのは、三連勝まではしたいなということである。
そこから二回負けて、甲子園で優勝したら最高だ。
甲子園のホームアドバンテージは大きい。
あとは、チケットが売れる。
打席が多くなって色々と打てば、それだけ査定も上がる要素が多いというものだ。
(俺には関係ないけど、MVPは取らないといけないしな)
年俸を計算して、勝敗を考える大介であった。
×××
※ なお強打者の中では圧倒的に三振の少ない落合が、85年には三冠で40三振である。一年目の大介が50なので、まさにフィクションレベル。
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