第166話 接戦に強い?

 今年の日本シリーズは、二勝一敗でライガースが有利の展開となっている。

 だが実は得失点を見てみると、全体では7-8で負けているのだ。

 第二戦を三点差で敗北し、第一戦と第三戦は一点差で勝利した。

 ロースコアで接戦の試合であると、ライガースは勝つ。


 そう思って二年前のジャガースとの対戦を見ると、四連勝で勝ったうち、一点差の試合が二つあった。

 接戦には強いのかと言うと、たとえば今年のクライマックスシリーズのスターズとの試合は、一点差の試合が二つあったが、一勝一敗である。

 競った試合に強いと言うよりは、接戦になりやすい。

 別に意識しているわけでもないのだが、観客にとっては試合全体を見るのなら、接戦が繰り返される方が面白いだろう。

 大介のホームランだけに注目するニワカファンでも、最後まで接戦の試合を見て入れば、その面白さが分かる。


 競技人口の多いサッカーやバスケでは、ある程度の点差が開いてしまうと、もう勝敗は見えてくる。

 直史はどうしてバスケの競技人口が増えているのかは、比較的狭い空間で行えるスポーツだからと思っているが、それ以外にも残り一秒での逆転などという試合が起こりやすいからだとも思っている。

 たとえば武史にしてからが、そんなブザービーターを見て、野球から離れてバスケをやる理由になったのだ。

 サッカーはチーム力と戦術が競技の内容を決めることが多いため、例えば三点差がついていれば、もう残り10分になれば、現実的には逆転は無理だと判断出来る。


 そう思うと野球というのは、不思議なスポーツである。

 一点あれば大丈夫と思わせる絶対的なエースがいても、最終回のツーアウト満塁、三点差から一気に逆転サヨナラをする可能性さえ出てくる。

 普段は地道にランナーを進めて一点ずつ取っていくが、いよいよとなった時でも大逆転のチャンスがある。

 それが日本において、野球が好まれる理由の一つではないだろうか。

 だいたい日本の国民性として、普段は地道にやっているのに、いざという時には一発逆転を狙って失敗する傾向がある。

 ただそういうことを言うなら、四大スポーツが成立しているアメリカの国民性はなんなんだという話にもなる。




 ライガースファンのノリは、おそらく後天的に鍛えられたものである。

 日本一過激とも言われるが、戦争の原因になったサッカーなどと比べると、ずっと穏当なものであろう。

 過去を調べてみると、過去はともかくこの数年は、大差勝ちは多くても大差負けは少ない。

 ファンの声援も含めて、ライガースというのはそういうチームであるらしい。


 第四戦の先発は、ライガースが琴山、ジャガースが吉住である。

 吉住は大卒ルーキーの数年間は二桁勝利を続けていたエースであるが、ピークが若い時にきた選手ともいえる。

 怪我で球速が遅くなってからは、微妙な技巧派に転身した。

 それでも毎年ローテを回していて、二桁に近いほどの勝ち星と負け星を同じぐらい残す。

 全盛期を知っている人間からすると物足りないが、それでも充分に戦力にはなっているのだ。


 琴山は今年七勝五敗で、ローテでは20試合を先発として出ていた。

 シーズン終盤にはやや調子を落としていたが、それでも中継ぎから先発への配置転換は、いわば昇進である。

 この日本シリーズにしても、まず先発をさせて文句の出ない人選だ。

 ただ吉住に比べると、まだやや実力は落ちるかもしれない。


 去年の日本シリーズも、柳本と山田、そして真田で日本一を決めた。

 柳本が去り、真田が離脱し、明らかに先発陣は弱くなっている。

 今年も真田のような即戦力があれば良かったのだが。

 そこまで甘くないのは、どうしようもないことである。大介だけではなく真田も、高校野球史に残るような化け物選手であるのだ。




 この試合は打撃戦となった。

 だがどちらかというと、ライガースの方が有利であった。

 構造的な問題で、ジャガースは普段、DH制のあるパ・リーグで戦っている。

 甲子園球場が舞台となると、DH制がない中での試合となる。

 ピッチャーの打席でチャンスが回ってきたらどうするのか。

 ただライガースとしても、琴山は打撃もあるピッチャーではない。

 つまり普段通りの試合となる。


 ピッチャーのところで、打線が止まるということがあった。

 吉住は大卒でジャガースに入り、交流戦と日本シリーズしか、バッティングの経験がない。

 それでもある程度は気分転換でバッティングの練習をして、下手な野手よりも飛ばしてしまったりもする。

 野球においてピッチャーというのは、最高の才能であるからだ。


 練習と試合は違うということだろうか。

 ピッチャーは投げることが第一の仕事であるから、怪我をしないようにあまりベースに寄っては立たない。

 もちろん上杉や真田、あとは本多などのように、プロのレベルでも普通に打てるアマチュア時代は元四番という選手もいる。


 この試合で大介は、序盤から歩かされることが多かった。

 すると盗塁し、その後を金剛寺やグラント、あるいは黒田が打つことが多かった。

 普段はやはり大介が一番目立っているのだが、グラントは30本のホームランを打っているし、金剛寺がいない時はだいたい四番である。

 そして黒田は安定して二桁のホームランと、三割近くの打率を誇る。

 また今年も金剛寺は、途中離脱があったのにもかかわらず、三割20本を打っているのだ。




 そして事件は八回に起きた。

 二点差を追うライガースであるが、ワンナウト一塁からラストバッターのピッチャー枠に出した代打が出塁。

 また毛利もフォアボールで出塁した。

 とどめは二番の大江が、ライト前への打球を打ったこと。

 下手に打球に勢いがあったので、ライトゴロになる寸前であったが。


 ワンナウト満塁。

 そしてバッターは三番の大介である。

 スコアは9-7と、かなり点の取り合いとなっている。

 だいたい機動力を活かすジャガースに対して、ライガースは毛利や大介が出塁して、そこから点を取るという展開であった。

 しかし満塁となってしまえば、勝負しないわけにもいかない。

 多少はボール球であろうと、持って行ってしまおう。


 勇躍して打席に入った大介であるが、ジャガースベンチからは監督が出てきた。

 既に二人目のピッチャーを交代して、サウスポーの出番であるのか。

 そう考えていたが、違った。

 審判は大介にテイクワンベースを告げる。

 つまり、この満塁の状況で、申告敬遠である。


「マジかぁ……」

 告げられた以上、それが覆ることはない。

 期待値的に言うなら、確かに敬遠もありなのだろう。

 だが日本シリーズでそれをやっちゃっていいの、という話である。


 普通の敬遠のボールなら打ってしまう覚悟もある大介であるが、申告敬遠はどうしようもない。

 抗議の空振りをすることも出来ず、大介は大切なバットを置いて、一塁へ進むのみである。

 甲子園球場の全体から、すさまじいブーイングが起こっていた。

 ジャガースの花輪監督のみならず、選手全員がちゃんとホテルに戻れるのか、不安に思う大介である。


 ――ちなみに、敬遠をされることを承知の上で、バットを持たずに打席に入るというパフォーマンスを行った大打者というのも、過去にはいた。

 その時はちゃんと敬遠して、対戦するピッチャーも約束は守ったものである。

 申告敬遠は時間短縮とかにはなるのかもしれないが、野球の面白みを少し減ずる制度でもあると思う。




 だが、甲子園球場でこんなことをしてはいけない。

 怒りのライガースファンの野次は、球場周辺から苦情が来るぐらいに強烈なものとなり、ジャガースのピッチャーを委縮させる。

 そして打席に立つのは、勝負強さでは大介にもそれほど負けない、頼れる四番である。


 ワンナウト満塁なのである。

 だから別に外野フライを打っても、タッチアップで一点が入る。

 すると同点だ。

 確かにリリーフ陣の層はジャガースの方が厚く、延長に入れば勝率はジャガース有利になるのかもしれない。

 だがここは、何が起こるか分からない甲子園球場。

 高校野球のみならず、プロの試合においても、マモノはいい働きをするはずだ。


 外野フライでいいと判断した金剛寺は、リラックスして打てた。

 打球は伸びて、左中間のフェンスを直撃。

 三塁ランナー、二塁ランナーと帰ってきて、これでライガースは逆転である

 しかもまだ二塁と三塁にランナーがいるので、グラントが外野フライを打ってくれれば、もう一点入る。


 そう考えていたのだが、金剛寺に打たれて、甲子園のさらなる野次に晒されて、ピッチャーはかなり消耗していたようだ。

 グラントもまたセンター前にヒットを打って、これで一点追加。

 ランナー一三塁であるので、次の黒田が外野フライを打っても、またタッチアップが可能である。


 ただ、勢いは完全にライガースにあった。

 六番の黒田。さすがに金剛寺やグラントよりはマシだろうという配球であったが、黒田も自分で驚くほど、軽くバットが振れた。

 打球はぐんぐん伸びて、レフトスタンドに飛び込んだ。

 スリーランホームランで、ライガースは勝負を決めてしまった。

 あくまで結果論であるが、大介だって五割は打てていないのだ。

 サウスポーのワンポイントで使えるピッチャーがいるのだから、それに任せるべきであった。

 それを満塁から敬遠して押し出しというのは、やはり失敗としか思えない。


 プロ野球が興行だということを考えても、ここは勝負させるべきであったろう。

 満塁押し出しから一気に大逆転というのは、監督の采配を問うような事態である。

 元々花輪監督は、今シーズンで契約は切れるのだ。

 ただクライマックスシリーズを勝ち進んだので、ここで負けても契約は延長される可能性はあった。

 だがこの采配は、大介の持つ伝説をまた一つ増やし、監督の進退を問うものになるだろう。




 九回の表、五点の大量リードをもらって、マウンドに登るのは守護神のウェイド。

 これだけ大量のリードから逆転負けしたら、当然ながら戦犯である。

 だが普通に投げれば、普通に抑えられる状況だ。

 むしろウェイドを使わず、他の中継ぎに投げさせても良かったぐらいである。


 ジャガースの打線は、足の機動力を活かした得点力の高い攻撃をする。

 だがいくら走られても、四点を取られるまでにスリーアウトを取るというのは、さすがに簡単すぎるというものであろう。

 ウェイドは別に油断するでもなく、普段通りにボールを投げる。

 アウトが一つ積み重なるごとに、いや普通にボールが一球投げられるごとに、甲子園の歓声は高まっていく。


 ランナーこそ二人出したが、それでも全く問題ないこの場面。

 ウェイドはしっかりと、クローザーの役目を果たした。

 これにて対戦成績は三勝一敗。

 ライガースは三年連続の日本一に、王手をかけた形となった。

 まだ優勝したわけでもないのに、道頓堀川のフェンスをよじ登り、飛び込む馬鹿はいたらしい。



 

 三勝一敗で、甲子園球場での最終戦となる。

 二年前の四連勝と比べればまだマシであるが、ジャガースにとっては非常に苦しい状況である。

 単に負けただけではなく、負け方が悪かった。

 大介との勝負を避けて、金剛寺に打たれる。

 確かに確率としてはそちらの方が良かったのかもしれないが、あれで完全に空気が変わった。

 甲子園球場で、満塁から押し出しの申告敬遠をしてはいけない。

 これ以降はしっかり周知されるものになるかもしれない。


 そして最終戦であるが、ライガースは飛田、ジャガースは第一戦で惜敗した水沢を出してくる。

 ピッチャーの能力だけを言うなら、水沢の方が上だ。

 中四日経過しているんで、体力も回復しているだろう。

 ライガースとしてはここで負けてもまだ大丈夫であるが、せっかくならば甲子園で優勝を決めたい。

 投手陣は全員動員体制である。

 もっとも山倉と山田の二人は、六戦目と七戦目の可能性があるので、さすがに休んでもらう。

 あとは第一戦で先発した大原であるが、タイプからしておそらく、第五戦では出番はないだろう。


 ライガースもここまで僅差の勝ちが多かったのに、この第四戦はそんなジンクスもなくなった。

 下手に大介を敬遠しても、その後のバッターも怖いので、優勝を決める試合では打ってくれるだろう。

 甲子園での三連戦。

 優勝をかけた最終戦が始まる。

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