第249話 憂鬱な五月
五月に入った。
今年は少し雨が多いと言われ、ドームではない本拠地を持つチームは、少し不利になるかもしれないと言われている。
不利かどうかはともかく、中止になった試合があったため、ピッチャーのローテをどうするか、ライガースの首脳陣は悩んでいる。
単なるローテ級のピッチャーであれば、そこを抜いて次のローテに回すという、10日以上も投げない日があったりする。
しかしエースクラスであるとそんな甘えは許されず、スライドして登板となる。
ただでさえスライドして登板の予定だった真田が、さらにスライドする。
そこにスターズがぶち当ててくるのが、普通に中五日の上杉であるはずなのだ。
先発ピッチャーのローテーション間隔は、何日が正解であるのか。
実のところこれは、人による個人差があると言ってもいい。
野手ではあるが単純に大介の場合、人の倍以上の早さで骨折が直ったことから見て、回復力が異常に速いのではと考えられる。
ライガースであれば大原なども、割と平気だ。
彼は間隔こそ普通であるが、他の先発ピッチャーよりは、長いイニングを投げることが多い。
それでパフォーマンスが落ちないのだから、体の強さというのも一つの才能と言えるだろう。
勝ち星がかなり計算出来るはずの真田のところで、よりにもよって上杉。
あるいは一つもう一度ずらすか、とも思われた。
しかし真田自身の士気が高い。
単なる心意気とか男気とかではなく、もっとメンタル的に考えて、ここは首脳陣からの真田への信頼を見せるべきではないのか。
あるいは確実に勝つためと、もっと事務的に一つずらすべきだったか。
いや、上杉もここいらで、中六日をはさんでくる可能性もあるのではないか。
そんな迷いの末に、金剛寺は真田に任せることにした。
練習グラウンドでも、次の試合は上杉だと分かっていて、気合の入った練習をしている。
ピッチャーから勝負の気迫が感じられなくなれば、それはもうエースではない。
たとえ負けてでも、ここは真田でいかなければいけないのだ。
もっとも二点取られて終盤になれば、消耗を避けるために真田は降ろすだろう。そこは譲れない。
上杉が化け物なのはもはや言うまでもないが、その上杉はプレイオフになると、さらなる化け物に変化する。
過去にプレイオフにおいては、ほとんど無敵の存在であり、なんとこれまで二度しか負けたことがない。
徹底的に、勝負強いピッチャーと言えるだろう。
そしてそのうちの一つの敗北を刻み付けたのが、三年前の真田である。
1-0というピッチャーの極限のピッチング。
この絶大なパフォーマンスの引き換えに、翌年の不調があったのではとさえ言われる。
去年の真田は24先発で19勝3敗と、完封勝利さえ何度も達成している。
試合の序盤から、相手を0で抑えることを考え続ける。
そんな傲慢なほどのピッチャーは、そうそう存在できるものではない。
時代が悪かった。その一言で済めばどれだけ楽か。
過去にも支配的なピッチャーがいた時代はあるが、それでも年度によって好調不調の波はあり、極端なまでに一人が突出することはない。
どんな偉大なピッチャーでも、故障したりもする。
上杉も実際、わずかにローテから外れた時期はあった。
援護点も少ないピッチャーなのに、この成績は偉大すぎる。
おそらく無理をして投げても、壊れるのは真田の方が先だろう。
真田の骨格などを見ると、比較的肘や肩に、ダメージが行きやすい形をしているらしい。
そこで投球術を使って、少しでも全力投球を、しないようにしなければいけないのだ。
ただそれには、キャッチャーのレベルが足りていないとも言える。
風間と滝沢を中心に見ているとはいえ、毎年キャッチャーを全く新戦力で取っていないわけではないのだ。
島本がいくら可愛がるにしても、その次の代までも考えていかないといけない。
二人とも年齢は既に20代の後半。
さらに次の世代の育成は考えないといけないし、下手をすればその世代からキャッチャーが出て、二番手キャッチャーとして終わってしまうかもしれない。
プロというのは、本当に厳しい世界だ。
成功した選手である島本でさえ、正捕手争いは何度も経験している。
風間と滝沢も、当初は島本のポジションを脅かす存在だったはずだ。
(思えばあの時に、完全に序列をつけたのがまずかったのかもな)
島本はそうも思うが、選手であったころとコーチであったころ、考えが変わるのは当たり前のことだろう。
もしも二軍でいいキャッチャーが育っているなら、一度自分のポジションを、二軍のコーチに換えてもらった方がいいかもしれない。
自分がいつまでもベンチにいることで、二人をスポイルしている可能性もあるのだ。
天候はあまりよくない状態で、試合は始まった。
アウェイの神奈川スタジアムで、応援は圧倒的にスターズ有利。
ただしライガースはいきなり、大介の打席が回ってくるのだ。
上杉が相手だと、自分たちがまるで雑魚だな、と自嘲する毛利はそれでもカットして粘るだけのことはする。
170km/hオーバーを高めに投げられると、ボール球を振ってしまうのだが。
続く大江も三振し、大介と上杉の対決。
これだけは日本でないと見られないと、ライガースファンもスターズファンも、一斉に期待する。
大介が四球の日本記録を更新し、プロ野球ファンの間からは、一気に憤激の声が上がった。
これに対して「生活がかかった仕事だから勝負を避けるのも当然」などと言った野球人もいたが、ファンを楽しませることの出来ないピッチャーや球団は、辞めるか潰れてしまえと炎上した。
そんなに大介が怖いなら、MLBに逃げたらどうですか、というかなり皮肉なツイートもあったりした。
どうやって上手く、逃げていないように見せながら逃げるか。
それを考えるピッチャーが大半な中で、上杉だけは逃げてこない。
今年の対戦は二試合目で、一試合目では大介が、四打数一安打ながら、ホームランを打っている。
試合自体では負けたが。
この打席においても、ツーアウトランナーなしから、大介はフルスイング勝負。
上杉のストレートが優って、大介は三振した。
しかし上杉のスピードに反応できるだけ、大介はマシなのである。
最近の上杉はよほどの時以外、170km/hオーバーのストレートは投げないようになってきている。
それで普通に試合には勝ててしまう。
スターズの打力補強は、かなり微妙なものになっている。
アメリカからの助っ人外国人は、確かに長打力があったが、守備が脆かった。
せめてファーストかサードならとも思うが、ファーストだと守備の選択に時間がかかる。
英語で指示をとっさに出せればいいのだが、それもなかなか難しい。
かといって外野を守らせれば、打球音でのフライの判別が、感覚的に出来ないらしい。
守備を鍛えながら使うという、微妙な状態になっている。
相変わらず投手陣への負担が厳しいので、上杉は計算して投げてきているのだ。
年間を通してかなりの期間を欠場したとはいえ、大介に勝って首位打者となった堀越。
真田からもヒットを打てる、傑出したバッターではある。
だが怖いか、と問われれば怖くないのが真田である。
上杉に負けてたまるかと、真田もまた三者凡退で試合をスタート。
今日もまた投手戦になるのかと、観客たちは手に汗握る展開を待っている。
そして真田も上杉も、そんな期待に応えることを当然と思っていた。
上杉が一巡目パーフェクトのピッチングをすれば、真田もヒット一本とわずかな差でついていく。
そして二打席目の大介が回ってくるのだが、またランナーはおらずにツーアウトである。
(パーフェクトの期待とかがあると、守備だけじゃなくてバッターの方にもプレッシャーはかかるからな)
さすがにまだ早いかもしれないが、その可能性は早めに消しておきたい。
上杉のパーフェクトを達成させようと、相手の打線が気合を入れてきても困る。
チェンジアップに、上手くあわせた。
手を伸ばしたサードの上を、わずかに打球は越えていった。
しょぼいヒットだな、と自分でも思う。
だが試合全体の流れを考えるなら、まずは上杉のパーフェクトを防いでおくべきだろう。
スターズファンからではなく、遠征してきたライガースファンらしい者から「フルスイングでホームラン狙えや~!」と野次が飛んでくる。
いや、どこの桜島だよ、と大介は思った。
その後盗塁で二塁までは進んだものの、点には結びつかず。
裏では真田がまた一本ヒットを打たれたが、点にはつながらず。
時々散発の単打が出るという、よくあるタイプの投手戦になってきた。
おおよその人間が予想したのと同じような感じである。
首脳陣が気にするのは、真田の球数である。
三振を狙っている真田は、変化球も多用している。
右バッター相手にはスライダーはあまり使わず、カーブをストレートとのコンビネーションで使っている。
そしてしっかりと抑えているのだが、スターズの打線はかなり粘り強くなっている。
自分たちの打力が低くて、投手陣に負担をかけているのは分かっているのだ。
そのせいで上杉が、月間MVPをルーキーに奪われてしまった。
さらに言えば真田も、上杉を制して月間MVPを取ったことがある。
こいつからはどうにか点を取るという、気迫が感じられるのだ。
投手戦でありながら、中盤からは小技も使ってくる。
まさかの上杉本人がエラーしたりもして、チャンスを作り出したりもした。
しかしそこから、問答無用で170km/hオーバーを連発し、最後の一歩に届くことを阻むのが上杉だ。
三打席目、大介の大飛球は、伸びずにセンターのグラブに収まった。
ランナーがまたいない場面で、ホームランを狙っていった。
ヒットでつないで次の西郷につなぐのと、大介が一発のホームランを打つのは、どちらが得点の確率が高いのか。
それは分からないが、とりあえず三打席目も得点には結びつかず。
真田もまた、無失点のピッチングを展開している。
ライガース首脳陣は、頭が痛くなってきた。
正直ここで一番嫌なのは、真田が打たれて負けることではない。
延長に入ってしまって、真田を引っ張るかどうかの判断をすることだ。
以前にも小さな故障はあるし、高校時代にも故障はしている。
真田は上杉や大原のような、怪我をする気配を見せない鉄人ではない。
この試合に勝ったとしても、真田が不調に陥ったらどうするのか。
(0-0で引き分けになるかもしれないとか言って、登板を回避させた方が正解だったのか)
次からはそうしようと、金剛寺は考えた。
九回が終わる。
真田は最後まで投げて、被安打四本の無失点ピッチング。
だがこれで、完封勝利とはならない。
ライガース打線も、一点も取れていないからだ。
九回の表には、ワンナウトから大介の四打席目が回ってきた。
平然と完封をしている上杉であるが、本当にこの男は規格外すぎる。
そして上杉を一人で倒すとしたら、まず大介以外にはありえない。
ここで点が入らなければ、延長の真田は交代だ、と金剛寺と島本は考えた。
どうにか打って欲しい。
ホームランとまでは言わない。なんとかランナーに出て三塁まで進めば、西郷なら上杉からでも、犠牲フライか内野ゴロぐらいは打てるだろう。
そう考えていても、現実は非情である。
ジャストミートしたはずの大介の打球は、上杉のグラブにしっかりと納まった。
そんなわけでツーアウトになり、そこからはお察しである。
延長に入って、両軍はピッチャーを交代させた。
真田としては不本意であるが、上杉もこれ以上の無理はしないのか、先に交代したので、頷かざるをえない雰囲気になった。
上杉から以外であれば、意外と打てそうなライガース。
だがピッチャーが弱くなったのは、ライガースの方も同じである。
延長10回において先にランナーを出したのはスターズであり、ライガースは今のところセーブ失敗をしていない、社会人出身ルーキー植村を送る。
同点の場面で使うのかという意見もあるだろうが、ここで抑えなければその一点が怖い。
かなりの確立で点を取ってくれそうな、クリーンナップは次のイニングでさえまだ回ってこない。
なのでこの場面は、かなり大切なリリーフなのは本当であった。
スターズもまた、ここで勝負を決める気であった。
代走に代打、そして犠打と、ランナーを進める。
そしてまた代打を出すという、完全にここで決めるパターン。
逆にここで決めなければ、ライガースが勝つであろう。
そしてここで、プロのプレッシャーに、植村は負けた。
自責点ではないが、既にいるランナーを帰してしまっては、クローザーの役割を果たしたとは言えない。
ついに一点が入って、スターズ応援弾は盛り上がる。
今年最高のサヨナラ、と早くも言われたものである。
10回の表には、スターズのクローザー峠相手に、ライガースも代打攻勢を行ったが、得点には結びつかず。
つまるところはクローザーの質の差と言えば、イニング途中から投げた植村が気の毒であったろう。
この日無理をしたのか、真田は肩に痛みを発し、登録を抹消。
金剛寺たち首脳陣が考えていたとおり、真田はやはり無理をしてしまったのだ。
試合中には大丈夫だったのだろうが、試合後に一気に疲労が出る。
真田としてもやはり、上杉と投げ合うというのは、それぐらいの負担がかかるのだ。
ただし上杉もまた試合の翌日、登録を抹消した。
なぜかと言えば最後の大介の打球で、キャッチした左手の指を骨折していたのだ。
そこからもう一人に投げて、平然とベンチに帰っていったあたり、精神力のすさまじさを感じさせるが。
皮肉に言うならば、まさに試合に負けて、勝負に勝った大介であった。
もちろん本人としては、満足のいく勝利ではなかった。
そしてここから、レックスが攻勢を強めていくのである。
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