第33話 投手王国

 現在パ・リーグで最も投手の充実している球団はどこであるか。

 まずおおよそは、埼玉東鉄ジャガースという答えが帰って来るだろう。

 ここ二年連続でペナントレースを制しているのは、その投手陣の豊富さからだ。

 柳本がFAでライガースにやってきたのも、ジャガースが柳本にクローザーの役割をさせようとしたのだとも言われている。


 投手が充実している。それはライガースにとってはどういう意味を持つか。

 それは大介の餌食となるピッチャーが多いということである。

 まあセで一番投手の充実していると言われているタイタンズは、散々大介に打ちまくられてきたが。




 東北ファルコンズとの三連戦は、二勝一敗でライガースが勝ち越した。

 ついにいよいよ、交流戦最終カードとなる、ジャガースとの対決である。

 もっともこのジャガース、クライマックスシリーズでは二年連続で、福岡にファイナルステージで敗北している。

 そういう点を見ると、投手が揃っているのに短期決戦には弱いのかとも思えてしまう。

 だが投手を打ち崩すのが得意なはずの福岡コンコルズも、日本シリーズでは上杉一人の前に膝を屈しているということになる。

 さすが二年連続シーズンと日本シリーズでMVPを取っている男は違う。


 アウェイであったとはいえ、福岡には三タテを食らったライガースである。

 ここでパ・リーグのもう一方の雄、ジャガース相手にどういう成績を残すかは、ポストシーズンのプレイオフの行方を占う重要な要素となる。

 そしてこのジャガースとの第一戦に挑むのは、ライガースのエース柳本。

 古巣への恩返しなるかというところである。




 改めてジャガースのピッチャーを見ると、確かに勝ち星を大きく積み上げているエース級三人の他に、ローテーションを守るピッチャーがどれも故障に強く、リリーフ陣も防御率が良い。

 強いて弱点を挙げるとするなら、クローザーが固定していないということだろうか。

 それも今年は何人かを試し、ある程度の成果を得ようとしている。


 ローテーションから先発は分かっているので、まずはその研究をする。

 金剛寺が講師役であり、大介の他にも黒田や大江、そしてロイといった対戦経験のない選手に攻略法を告げていく。

「まずはこいつ、矢沢や。MLB帰りやから知ってるやろうけど、いまだに平気で150km台後半投げてきよるからな。カーブとスライダー、そんでその間みたいな球と、あとはスプリットが強力やねん」

 カーブとスライダーの両方の特徴を持つ、俗にスラーブなどと呼ばれる球であろう。

 横に大きく変化するパワーカーブと何が違うのだろう。


 ビデオを見る限り、確かにこれは打ちにくいだろう。

 だがそれよりも問題なのは、高速のスプリットだ。

 スピードの変化がストレートとあまりないため、見分けが難しい。

 遅いストレートであれば全く見分けがつかないのかもしれない。


「そんで第二戦で投げてくるんは種村やろうな。とにかく変化球が多いんや。一つ決め球持ってたら変化球投手は強いけど、こいつは幾つもある上にムービングも使ってくるから、なかなかミートは難しい」

 これが150kmを超えるストレートと混ぜられると、かなり打ちにくいだろう。

 さらにチェンジアップなどの、緩急も自在だという。

 大介が見た中では、一番直史に近いかもしれない。


「このカードでは投げへんやろうけど、あとは水沢かな。こいつも本格派で、シンカーとスライダーで左右にえげつなく曲げてくる」

 他にも中継ぎについても説明し、去年の数字も見せてくる。

 セットアッパーとして通用する中継ぎが何人もいて、先発が炎上した時にも第二先発のように、大差から逆転勝ちという試合も多い。

 確かにリーグ戦では強いだろう。どいつも凄いピッチャーではあるが、やはりMLB帰りの矢沢が、成績としては突き抜けている。

 ジャガースはとにかく、ドラフトで獲得したピッチャーを、ある程度育てるのが上手い。

 基本的には選手を若いうちに使い、どんどんと若手を前に出していく。

 少し年齢が上がるとFAやトレードで出したりするが、基本的にはあまりFAで選手を獲得することはない。


 第一戦はMLB帰りの矢沢と、柳本の投げあいになる。

 柳本は間違いなくライガースのエースであるが、それでもかなり分の悪い勝負になるだろう。

 あとは打撃がどれだけ援護してやれるかだ。


 大介としては気になるのは、MLB帰りというのはやはり、MLBでは通用しなくなって戻ってくるのだろうか。

 なんとなくそうではないかとは思っていたのだが、実際にMLB帰りの選手などを見ると、どちらかと言うと衰えたと言うより、怪我で戻ってくることが多いように思えるのだ。

「まあそれも間違いではないやろな。ピッチャーの登板間隔が短いし」

 MLBは試合数が多く、ピッチャーも中六日というのはまずなく、中四日から中五日が平均的なスパンだ。

 だがそれでもMLBには壊れない投手が多く、200勝を達成する者もまだ日本に比べると多い。

 あちらでは投手の球数制限がしっかりとされており、ノーノーでもしていない限りは五イニングか六イニングで替えることが多い、

「確かに日本人ピッチャーは壊れやすいように思えるけど、最近はそんなこともないねん。ただ数字は伸びにくくなったかもしれんな。矢沢の場合は単に契約が折り合わんかっただけやから、ほんまにメジャー級で間違いないわ」

 金剛寺さえもがそう認めるのだから、相当のものなのであろう。




 甲子園で迎えるジャガースとの対決。

 確かにジャガースは投手陣が豊富であっても、若手をどんどん使ってくる。

 大介と縁がある同期と言えば、まずは上杉正也であろう。

 甲子園で二度対決し、一勝一敗。

 アジア選手権ではU-18として共に戦い、優勝に貢献した。


 おそらく二戦目は正也が投げてくる。

 なので初戦のこの日は、見かける範囲ではいない。


 ジャガースの投手の使い方として特徴的なのは、中継ぎには比較的ベテランを多く持っていることだろう。

 若手の先発が炎上した時の第二先発。そこから試合を立て直すのは、やはりベテランの力が要る。

 防御率が1点台の中継ぎを何枚も揃えているのが、大介たち打撃を期待されている野手からすると面倒である。


 のんびりと相手チームを見つめていると、殺気にあふれた視線を感じる。

 ジャガースの野手陣だ。ジャガースにまた特徴的なところと言うのは、打線に入っている選手に、走れる選手が多いということだろう。

 トリプルスリーを狙えるタイプのバッターを育成するという目的が見えているような気がする。もちろん本当のところは分からないが。

 実際に三番の河原と、四番の咲坂は、トリプルスリーを達成したことがある。

 それだけに今年、トリプルスリーどころか打撃タイトルを独占しそうな大介には注意が集まるのか。

 リーグが違うとは言え意識はするのだろう。


(お、高橋がいる)

 ワールドカップで同じチームで戦った、福岡城山出身の高橋である。

 去年は序盤にチャンスを与えられたが活かせず、今年は中継ぎとしてそれなりに登板はしている。

 だがまだ二年目なのだから、見切られるには早いだろう。実際にこうして一軍にもいるのだし。


 オープン戦で当たった時とは、主に打線の雰囲気が違う。

 なんと言うか、体が引き締まってきていると感じる。

(打てて走れる選手か。まあそりゃそういうのを集められるなら理想なんだろうけど)

 ジャガースのドラフトは、走れる選手を指名することが多い。

 そして長打よりも、打率の方を重視しているそうな。長打は入団してから筋肉をつけていけばいいという考えなのだろうか。




 試合が近付くにつれ、ロッカールームでは柳本の周囲がぴりぴりしてくる。

 FAやトレードで移籍した選手が古巣を負かすのを恩返しと言うが、特に柳本はそういう意識が強いらしい。

 チームでも勝ち頭だったのがちょっとした怪我で中継ぎに回されたのを恨んで、というのがFAの真相だそうな。

 ただジャガースは確かにFAで出て行く選手は多いのだが、特別な選手だけは引き止める。

 柳本はその特別ではなかったのだ。

 と、いうような背景を大介は西片から聞いていた。


 ジャガースの打線陣は、他の球団とはまた違ったセイバーの指標を使っているらしい。

 元々OPSというのは出塁率は計算していても、走者の走力はそこに入れていない。

 また他の指標でそれも判定出来るのだが、実際の勝ち負けにはさほどの影響がないとも言われている。


 ジャガースの打線の戦略は、走るということだ。

 高校野球のように、一つでも前の塁を狙うという意識を、プロでもしている。

 長打を打てる打者がいる上に、塁上にも気を配らないといけないということで、それが相手ピッチャーを崩すことになっているのだろう。

 なんとなくどうして福岡には負けているのかが分かる気はする。

 あそこは得点を取られても、それ以上に取ればいいという考えであるからだ。

 ピッチャーも伸び伸びと投げられる。


 観客たちが球場に入ってくるざわめきが伝わってくる。

 甲子園というのは古い球場であるせいか、耐震性などには問題ないのだが、こういった雰囲気が遮断し切れていない。

 もちろんそれはいい効果もある。

 臨戦態勢が高まっていくのだ。


 ベンチメンバーの中では、島本が一番事前には気にかけていた。

 今日もスタメンは滝沢であるが、神経質になっている柳沢を、上手くガス抜き出来るのだろうか。

 あとはジャガースの大エース矢沢に、大介がどう対応するかが気になる。

 まだ現役レベルを保っている元メジャーリーガーというのは、さすがに大介にも初めてのはずだ。




 今日も満員の甲子園であるが、ジャガースファンもそれなりにいる。

 メジャー帰りの矢沢のピッチングを見たいのは、ライガースファンも同じである。

 いや、正確にはライガースファンが見たいのは、大介が矢沢からホームランを打つシーンであろう。

 一回の表のジャガースの攻撃を柳本が乗り越え、さあ裏のライガースの攻撃である。


 ジャガースのエース矢沢は、昨年は怪我でメジャーでは10試合しか投げていなかった。

 だがそれでも六勝したのだ。普通なら球団以外でも、普通に契約を結べただろう。

 年齢的にもまだ数年は使える。だが日本の古巣球団に戻ってきた。

 日本での実績を元に、また来年はメジャーへ再挑戦となるのかもしれない。今年はこれまでに六勝を上げている。黒星はない。


 この矢沢のピッチングで、西片と石井はあっさり凡退した。

 連続三振を取った矢沢であるが、まだそのピッチングの底は見せていない。

(日本時代はあんまりテレビで見てなかったんだよな)

 大介はネクストバッターサークルから立ち上がる。


 矢沢が甲子園で活躍していた時も、大介はその投球を見ていなかった。

 その頃は見るよりも、やる方で大介はいっぱいだったからだ。

 それでもある程度、プロに入ってからのオールスター中継は見たし、高校時代にピッチャーのタイプとしてセイバーに挙げられた選手の一人である。


 矢沢から見た大介は、小さい。

 そして標準よりも長いバットを持っている。

 いくら試合の映像を見ても、この体格であれだけのホームランが打てる理由が分からない。

(サイン盗みでもしてるんじゃないのか?)

 それならばまだ、納得は出来るのであるが。


 もちろん甲子園やプロになってからの成績を見ると、そんなことはありえないと矢沢には分かる。

 彼はアメリカで、あのワールドカップ中継を見ていたのだ。

 むしろあの時は、日本の大活躍を応援していた。




 矢沢には油断はない。

 見た目で判断すれば、自分もまた他のピッチャーと同じように、軽々とホームランを打たれるだろう。

 それこそ今期、まだ立ち直りきれていないタイタンズの加納のように。


 内角の低めに鋭いスライダーが決まった。

 大介はバットをくるりと回し、矢沢の表情を観察する。

(メジャー帰りって言っても、上杉さんとナオの方が上だわな)

 動揺もなく構える大介に、矢沢は厳しいコースを突いてくる。

 だが振らない。カウントは並行カウントのツーツーになった。


 ここまで変化球で低めを突いてきた。おそらく次のボールは、ストレートを投げてくるだろう。

 分かっていても打てない球というのはある。

 バッテリーの選択した球は、アウトハイの際どいボール。

 高めは危険と言われることが多かったが、最近ではホームランバッター相手には、むしろ高めのストレートが凡退にしやすいというデータもある。

 160kmの球速が出た外のストレートに対し、大介はバットのヘッドを走らせた。


 バットにボールが当たった瞬間、大介はバットでボールを切る感触を得る。

 打球は低い弾道で、バックスクリーンに向かう。

 バットをその場に置いて、大介はベースランニングを始める。

 失速しない弾丸ライナー性の打球が、バックスクリーンを直撃した。

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