第34話 怪物たちの戦い

 結局この第一戦、大介は他にも一本のタイムリーで二打点を挙げて、勝利に貢献した。

 それでも珍しく空振りの三振を奪われたのは、メジャーリーガーの意地だったのかもしれない。

 柳本は三点を奪われながらも完投し、さらに防御率を下げながら、上杉に次ぐ二番目の早さで二桁勝利に到達した。

 もっとも首脳陣は、柳本に完投が多く、イニング数が増えていることを心配していたが。


 続く二戦も大介は一本ずつヒットを打ち、投手王国に特に萎縮するようなことは全くなかった。

 結局ライガースは福岡に三タテを食らった以外は、他のパ球団には勝ち越した形になる。

 だがこの福岡に三タテを食らったことで、ライガースは交流戦の結果を10勝8敗で終えることになった。

 交流戦MVPは優勝チーム、即ち最も勝率の良かったチームから選ばれるため、福岡の主砲東村が選ばれることになった。

 だがその成績は全て、大介以下であった。

 優秀選手賞で100万円はもらったが、釈然としない大介である。


 この交流戦18試合における大介の成績は以下の通りである。


 打率0.426 出塁率0.533 OPS1.386


 打数  61

 安打  26

 本塁打 6

 打点  22

 盗塁  9


 頭がおかしくなりそうな記録であるが、特徴的なのは四球が比較的少なかったことである。

 リーグが違うため大介の脅威を過小評価していたのか、それとも日本シリーズに向けて大介の力を直接試したかったのか。

 まあ千葉は地元の圧力に耐えられず、全打席勝負をしてしまったが。

 あそこは三試合連続ホームランを打ってしまったので、お客さんは喜んでくれた。




 交流戦後、わずかに休みがあって、またリーグ戦に戻る。

 その間ももちろん練習を続ける新人たちであったが、さすがにここまで来ると、大介の頭のおかしな数々の成績がピックアップされてくる。

「お前、一試合に二本打ったのって、開幕戦だけなんだな」

「え、そうだったっけ?」

 大原が広げるスポーツ新聞には『白石大介のここがおかしい!』という記事が特集されていた。


・半分強の74試合が終わった時点で本塁打25本。従来の新人本塁打記録は31本。

・同じく打点が83点、従来の新人打点記録は96点。

・同じく盗塁記録が45。従来の新人記録は56。

・同じく四死球が70。従来の新人記録は97。

・同じく打率0.388。新人記録どころか、歴代シーズン記録と比べても二位。


 このあたりはほぼ確実に抜きそうな数字であるが、あとは得点や二塁打の数でも新記録は達成しそうである。

 さすがにこれだけ長打力があると、勝負の機会が少なくなるため、安打の数は達成出来るか微妙である。

 逆に凄まじく少ないのが、三振の数であろう。

 ここまでにわずか29回で、なんと打席に対して9.1%しか三振していない。しかもそのうちのほとんどが見逃し三振だ。

 俺は伝説と一緒にプレイしてるんだな~と遠い目をしてしまう大原であった。


 二年前の上杉も色々とおかしな新人成績であったが、ピッチャーは過去の起用法がおかしいため、数字自体は抜けないものが多い。

 年間42勝とかがおかしすぎる。まあひょっとしたら上杉なら出来るのかもしれないが、周囲がそんな起用法は許さないだろう。それでも新人で沢村賞は満票で取ったが。

 大介の場合は一時期年間130試合となっていた時代と試合数から比較しても、明らかにおかしすぎる。


 ここまで様々な記録達成が現実味を帯びてくると、球団としては広報が忙しくなる。

 そして首脳陣もフロントも、とにかく怪我だけはしてほしくないと思う。

 規定打席にさえ到達すれば、首位打者はほぼ確実であろう。

 トリプルスリーも盗塁は達成しているので、あとホームランを五本打ってもらうだけだ。

 四割打者の夢は、さすがに諦めるほうがいいだろう。それでもシーズン打率の更新はまだまだ狙える。


 怪我で一番ありえるのは、まず打席における死球である。

 だが大介はここまで避けられなかった死球が一度しかない。

 逆に当たるボールをホームランにしてしまったというのが三回もあった。

 お前は岩鬼かと言いたくなる、嘘のような本当の話である。


 あと大介は基本的に、怪我はしにくい。

 なぜなら体格が小さいからだ。

 骨太ではあるが、体脂肪率は低い。そして腱や靭帯は柔軟である。

 ショートとしてかなり体をひねるプレイをしても、体にかかる負担は少ないのだ。

 他にはクロスプレイなどに気をつけるべきだが、大介はとにかく敏捷なので体当たりもどきでもかわしてしまう。




 ここまで驚異的な成績を残しているのだが、球団は一つ不安がある。

 交流戦が終わってからの、リーグ戦の再開第一戦は、相手が神奈川である。

 つまり、上杉が投げてくる。


 上杉との初対決以来、しばらく大介は調子を落とした。

 右打席という手段である程度数字の下降は防いだが、今では右打席にした時、どうすれば大介に打たれにくいかは判明してしまっている。

 首脳陣としても、この対決は心配であるのだ。

 だが、だがである。

 それ以上に、単なる野球好きのおっさんの一人として、この対決が楽しみでもあるのだ。


 上杉はここまで12登板で10勝1敗。

 大介一人に集中して他のバッターに打たれたあの試合以外は、完全に復調していると言っていい。

 神奈川としても、単にリーグ優勝を狙うだけなら、上杉をあえて回避させるという手段さえあるのだ。

 もっとも上杉はそんなことには納得しないだろうが。


 甲子園球場なり二軍グラウンドなり、大介はとにかく体を動かす。

 強度の強い負荷を与えるのはそれほどでもないが、柔軟やストレッチをとにかく入念に行うのだ。

 そこには確固たる、自分は怪我をしないぞという意思表示が見て取れる。

 あと大介は、健康管理の面でも、かなり注意深い。

 煙草や酒をやらないのはまだ10代なので当たり前であるが、出来るだけ睡眠時間をたっぷりと取っている。

 練習中でも休憩の間に、グラウンドの芝生に寝転んでぐ~すか寝ていたりする。さすがにそろそろ暑い季節なので、近頃はベンチの中で眠っているが。


 とにかく野球が上手くなり、成績を出すこと以外に、全く何も考えてないようにさえ見える。

 野球をするためだけに生きている。まさかそんなわけはないだろうが、女性からの誘いさえいっさい乗らない。

 まあ巨乳レポーターなどに迫られた時は目が泳ぐので、そう言った欲望がないわけではないのだろうが。




 出来るだけ早起きを心がけている大介は、シーズン中に休日があると、二軍の選手と練習することが多い。

 その中でも一番多いのは、やはり古くからの顔見知りである大原である。

 大原はまだフォームの修正中で、二軍の紅白戦やウエスタン・リーグの試合にも出ていない。完全に未完の大器という扱いだ。


 だが、最初に大原と対決した時のことを、大介は憶えている。

 調子に乗らせたらやばそうだから、最初に粉砕しておこうと思ったのだ。

 実際に栄泉は大原卒業以来、全く成績を残せていない。

 私立と言ってもそれほど野球部の甲子園に期待するほどではなかったのだ。

 大原が入学した時は、一年で150km近いストレートが投げられるということで驚きであったが。


 そんな大原は、大介のバッティングピッチャーをさせられることが多い。

 させられていると言うよりは、頼まれているというのが正しい。

 なんでも大介曰く、大原の球質は柳本や山田よりも、上杉に近いらしい。

 もちろん球速は圧倒的に違うが。


 実は大原は最近、自分に適した変化球を使えるようになってきた。

 ボールの縫い目の持ち方で変化するムービングもだが、カーブが上手く使えるようになってきたのだ。

 ストレートと全く同じ振りから、ボールを抜くカーブ。

 すると変化の大きなスローカーブがふわりと決まるのである。


 もちろん大介には通用しない。

 大介はどんな緩急差でも、待って打つことが出来る。

 ぎりぎりまで体重を溜めて、それを腰の回転と共に爆発させるのだ。

 それでも単打でいいところは、体重のかかり具合を膝で抜いて、回転だけで打ってしまうのだが。




 大介は考える。上杉勝也に勝つというのはどういうことなのか。

 あの四打席で三三振の一本塁打という試合。

 世間的にはそれまで完全に封じられていた大介が、最後の打席で最速をホームランにしたことで、勝ったと思われている。

 試合にも勝てたし、上杉は今シーズン唯一の敗北を喫している。

 だが大介の感覚としては、あれは負けなのだ。


 試合が既に決まっていたからこそ、上杉は力勝負を挑んできた。

 大介はタイミングを合わせて振り切っただけだ。もちろんあんなスピードによく合わせられたなとは自分でも思うが。

 今度の試合は、上杉もプロらしく、勝負に徹した投球をしてくるかもしれない。

 ならばそこまでに三連続三振をしていた姿が、本当の実力差と言える。


 大介はまだ上杉を知らない。

 一年目の上杉は無敗であった。完全に全力で、全ての試合を取りにきていた。

 二年目は二敗している。だがチームはより強くなっていた。特に短期決戦の強さが異常だ。

 今度の試合は残念ながらと言うべきか、あちらでのホームゲームとなる。

 やはり上杉との対決は甲子園でやりたかったが、それはもう決まっていることなので仕方がない。


 特訓に付き合ってもらった大原などにも礼を言って、大介たち一軍は神奈川へ向かう。

 前日になればもう、上杉が登板することははっきりと分かる。




 上杉も超人ではない。

 超人だと思われているが人間だ。

 大介との対決で、肘や肩や腰といったあちこちに負荷がかかり、一軍登録を抹消された。

 だがこの男はそこから、さらに己を鍛え上げてくるのだ。


 人体の物理的な限界から、ストレートのスピードが一定を超えると、どうしても負荷の強い部分の関節や指先の毛細血管は切れる。

 上杉が普段は160kmそこそこのストレートしか投げないのはそれが理由だ。

 だがあの時は、大介との対決のために、本当の全力を出したのだ。

 測定機の故障ではなどと言われているため、神奈川はスピードガンの調整をしっかりして、上杉のギネス更新を裏付ける準備はしてある。

 白石大介ならば上杉のポテンシャルの最大を引き出せると、逆の意味でも期待しているのだ。


 この日、当たり前のようにチケットは完売した。

 VIP席とでも呼ばれるような席にも、多くの業界人が陣取る。

 あるいは普段は野球と関係がなくても、これだけ話題になれば注目は浴びる。

 同じリーグとは言えピッチャーにはローテーションがあるため、必ず当たるとは限らない。

 神奈川の首脳部としては、実は上杉は大介と当てずに、確実に勝てる試合をしてもらいたい。

 ライガースとしても上杉以外のピッチャーが来てくれるなら、勝率は上がる。


 だが、そういうことではないのだ。

 勝つためになんでもやっていいのでは、野球はつまらない。

 ルールの範囲の中で、多くのファンの期待に応える。

 それがプロ野球というものだ。


 神奈川の先発は上杉、そしてライガースは柳本。

 共にリーグで五指に入るピッチャーである。単純な勝ち星の数なら、ベテランの域に達している柳本の方が、もちろん格段に上である。

 だがこれまでの二年半で、上杉に黒星をつけたピッチャーは、今年の山田を除くとタイタンズの荒川と、レックスの東条だけである。

 ちなみにレックスの東条は、今期が終われば海外FAでメジャー挑戦と言われている。

 そうなるまでに複数年契約か、ポスティングで金にしとけよ、と擦れた野球ファンなどは思ってしまうのだが。

 レックスはそのあたり、スカウトも育成も上手いのだが、フロントにやややる気が感じられない。




 今期、神奈川との三連戦は全てここまで甲子園のホームゲームであったため、実はオープン戦でもこちらに来ていない大介は、初めての神奈川スタジアムの試合である。

 神奈川スタジアム。通称神スタは球場の特徴としては、比較的ホームランが多いことにある。

 あとは数年前までは、客席数が一番少なかった。

 上杉人気で爆発的に観客数が増えたため、去年拡張されたが、それでも甲子園に比べるべくもない。


 大介は観客が入場するまでの間、そんなスタジアムの中をうろうろとしていた。

 あまりうろうろとしているのもあれなのだが、広報の人間も一緒にお付きの人となってくれている。

 大介はまだ、自分がスーパースターであるという自覚に薄い。


 そんな中で、同期のピッチャーにばったりと会ってしまうこともある。

 160km右腕の大滝。交流戦あたりから、一軍に帯同している。

 まだリリーフで何度か使われただけだが、着実に数字は残していた。

 神奈川はローテーションピッチャーが弱いので、オールスター明けにはローテーションに入ってくるかもしれない。


 大介としては大滝には恨みがある。

 甲子園でバットを折られた恨みだ。

 もちろんそれまでに負荷がかかって折れやすくはなっていたのだろうが、まさか折れないと言われる素材のバットが折れるとは思わなかった。

 自分もまた未熟であるのだが。


 大滝の方こそ、練習試合も含めて甲子園でも、何本大介にホームランを打たれたことか。

 リベンジの機会は、早くも回ってくるのかもしれない。

 二人は擦れ違い、会話は交わさなかった。

 おそらく完投能力の高い上杉の第一戦では、大滝の出番はないだろう。

 だが第二戦以降は、おそらく出番もある。


 上杉ばかり見ているわけにはいかないのだろうが、それでもまずは上杉で、上杉意外は眼中にない。

 二度目の対決が迫っていた。



×××



 あんまり本編とは関係ありませんが。

 二軍にもウエスタンリーグとイースタンリーグというものがあり、二軍同士で試合を行っています。ただこれはセパの違いではなく、球団の所在地で東西に分けているのです。東に7チーム、西に5チームと偏っていますが、メジャーに対するマイナーのような関係と言っていいでしょう。

 もちろんここでの成績が、一軍への抜擢につながります。今ではその二軍も増えすぎて、社会人や大学と試合を行っているそうですが。

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