第58話 短期決戦
この日本シリーズにおいては、長期戦になればライガースが不利だとは言われていた。
単純な話で、ピッチャーの質の差である。
もちろんライガースもトップレベルは、ジャガースに劣るものではない。
しかし全般的には、ジャガースの方が優れているのは、数字を見ても明らかだ。
だが、だがである。
その中で一番厄介な矢沢を、初戦で撃破した。
ホームラン四本の七打点で、点を入れたのがホームランだけという偏った攻撃であったが、とにかく勝つには勝ったのだ。
ジャガースはこの結果を受けて、ライガースの戦力を再計算する。
だが計算と、この結果が合わない。
統計にはよくある、異常値というものだ。
ならば次は勝てるのかと問われれば、分からないと答えるしかない。
ただ、おそらくは勝てるだろう。
「白石を封じておけば勝てたな」
選手たちは休ませるが、首脳陣はすぐさまミーティングだ。ジャガースの花輪監督は、そう結論付ける。
注意はもちろんしていたが、まさか三打席連続ホームランを浴びるとは思っていなかった。しかも、矢沢を相手に。
今年さんざん、記録を更新してきたスーパースターであるというのに。
神奈川とのクライマックスシリーズでは、どちらかというとパッとしない成績であった。
あの対戦は主に、ピッチャーが頑張ったのだ。特にセーブ機会を全て確保した足立が。
実際にクライマックスシリーズのMVPは足立に送られている。
それとは別に、問題点がある。
ライガースの投手陣を見ると、昨日の試合は本来なら、捨てるはずの試合であったろうということだ。
ベテランと言えばいいが、もう完全に賞味期限の過ぎた高橋を、第一戦に持ってきた。
その後の継投も勝ちパターンのものではなく、足立は完全に温存出来ていた。
彼らはまだ、足立のパンクを知らない。
第二戦は試合後に発表されたが、山田鉄人。
今季は途中離脱もあったが、最終的には14勝3敗と、貯金の数だけならエース柳本よりも多い。
こちらもエースクラスの種村を持ってきたが、交流戦で山田は投げていないので、調子がどうなのかの実感が掴めない。
ジャガース首脳陣はまさかの初戦敗北に、渋面を作るのであった。
日本シリーズ第二戦。
完全に満席の観客席に、大介はほけーっとベンチから観客席を見つめる。
試合前のイベントなどもあるが、熱狂の渦は今日もすさまじい。
第一戦にただよっていた負けムードを、一人で払ったこの男は、今日ものんびりとしている。
先ほど見た感じでは、昨日と同じくチアのコスをしながら、ツインズが踊る準備をしていた。
受験勉強しろと言いたい大介であるが、どうせ何も勉強せずに、さらっと受かってしまうのがあいつらなのだ。
どうにか年収ではあいつらを超えたい大介であるが、おそらく今年の活躍で超えるはずである。……超えるよね?
ベンチの中で色々と準備をしているが、大介としてはミーティングのことを思い出す。
四連勝か、四勝一敗で、甲子園で勝つ。
明確に監督が言った。
やはり昨日の矢沢を打ったのが大きかったのだろう。
MLBの現役ローテーション投手で、あちらでは30億ほどの年俸でやっていたという矢沢を、大介は割りとあっさりと破壊した。
ホームランにするには、丁度いい球であった。
ただ、いい球を打てたという満足感はあるのだが、あれが今年のパの勝ち頭かと思うと、セの方が投手は優位ではないかとも思う。
同じチームの中でも、先発だけを比べても柳本と山田は、あれよりは上の気がするし、他の球団ならタイタンズの荒川も打ちにくかった。
(福岡のやつらも殴り合いで負けただけだしな)
確かに何人か打ちにくいと思ったピッチャーはいたが、やはり上杉ほどのピッチャーはいない。
それは安心することでもあるが、逆に残念なことでもある。
この世界で食っていくと決めたとき、全てのピッチャーを打ち崩していくと決めていた。
だが実際に戦ってみると、思ったよりも歯ごたえがなかった。
一年目と二年目の上杉も、同じように思っていたのではないだろうか。
しかしこの、ポストシーズンの空気はいい。
甲子園の時の、負けたらそこで終わりという雰囲気に近い。
自分はただ、自分の成績だけにこだわって、ひたすらホームランを狙えばいいだけではない。
一年目の選手などは、普通は自分の目の前の課題にだけ集中するのだが、大介には既にチーム全体が見えている。
今年、確かにライガースは勝った。勝ち続けた。
だがその中から見れば、大きな新陳代謝が起こっている。
大介が子供の頃から知っているようなピッチャーが、今でもずっと投げていて、しかしもう大きく成績を落としている。
藤田はこのシリーズ前に戻ってきてブルペンにいるが、椎名は戻ってこなかった。
キャッチャーの島本も、おそらく今年で終わりではないかと言われている。もし続けるにしても、バッテリーコーチ兼任だ。
それに足立だ。
クライマックスシリーズの勝利の時、未成年であるのでビールかけに混じれなかった大介は気付いた。
怖い顔でマウンドを降りた足立は、蒼白な顔でクラブハウスを後にした。
一匹狼タイプで、クローザーの割にはどこにいるのかが分からない足立だが、あの状況でさえいないのは明らかにおかしかった。
昨日の試合にしても、万全を期すなら最後には足立を持ってきたのではないか。
クローザー不在。
青山もかつて、中継ぎのタイトルを連続で取っていたセットアッパーだが、クローザーとしての実績は悪かったはずだ。
ただこれは本当に大介の考えすぎで、ロースターに入っている以上は、まだ投げられる状態なのか。
しかし日本シリーズまでの練習中にも、足立の姿は見なかった。
普段ならマイペースで、外野のフェンス沿いを走っていたりしたのに。
今日の先発は山田だ。今季は少し離脱機関があったが、それまでの成績は七試合先発の五勝0敗と、ほぼ完璧なものだった。
そして登板試合数が減ったにも関わらず、勝ち星の数は変わっていない。そして負けがはっきりと減った。
離脱して登板数は減ったが、これなら年俸もアップするだろう。
来年のことを考える。
ロイはアメリカでメジャー契約を探すと言っている。そもそもそのために実績を作りに日本に来たのだ。
チーム内打率は二位で、打点は三位と、文句のない助っ人であった。
レイトナーの方は条件次第だが残ってくれるのかもしれない。だが、意外と救援失敗のケースもあった。
今年はぶっちぎりでシーズンを優勝出来たからと言って、来年もそうとは限らない。
(そういやドラフトか。来年は誰が来るのかな)
フロントの編成についてなど、全く知るはずもない大介である。
ただ現状を考えると、ピッチャーがやはり必要なのかとは思う。
大卒で即戦力のローテを回せるピッチャーが入ってきたら、一気に楽になるのではないか。
ジャガースの先発種村は、シーズン中の交流戦でも対決した。
球速以外が劣化した直史と感じた。
なので充分に強い。
切れ味の鋭いスライダーと、緩急をつけるチェンジアップを、今日は使っているようだ。
(う~ん……)
交流戦でも思ったが、ヒットを打つのは簡単だが、ホームランに持っていくのが難しい。
今年のシーズン戦の大介は、およそ10打数に一度の割合でしか三振していなかったのだが、種村のスライダーには三振している。
チェンジアップは待てるし、カットすればいい。
球種の多い種村が、西片相手にはスライダー、石井相手にはチェンジアップと、上手い組み立てで連続三振を取る。
バッターボックスに入った大介には、ボール先行で組み立ててくる。
まあ昨日、メジャー帰りから三本連続でスタンドに叩き込んだ化け物とは、戦わないことを選ぶのが妥当であろう。
とにかく外角を中心に、ツーシームで出し入れしてくる。
上手くヘッドを走らせても、外に切れていきそうだ。
フェアグラウンドに落とすことを優先して打てば、単打にしかならないだろう。
ここでヒット一本を打って後ろにつなぐより、普通に歩かせてもらって、次の打席に賭けた方がいい。
そう思っていたところに、内角に来たので打ってしまった。
「あ」
打つ気はなかったが、明らかな失投だったので。
ライトスタンドに、平凡な軌道を描いて落ちた。
昨日から続いて、四打数連続のホームランであった。
1-0で決まるような安易な試合ではなく、ジャガースも足を絡めてすぐに同点に追いつく。
そして次の打席で、一塁が空いていた大介は当然ながら歩かされた。
ブーイングが起こるが、これが甲子園ならもっとすごいことになっていただろう。
しかし大介の後の打者でも、点を取るのが今年のライガースである。
ヒットと犠牲フライで二点が入り、3-1とまたリード。
山田はまた五回に一点を奪われるが、一点以内でピンチを終わらせる。
ジャガースはこの次の六回から、磐石のリリーフ陣を投入してくる。
ただリリーフ陣は、大介の恐ろしさをまだ実感していない。
六回、また塁に出ていた西片を、大介のタイムリーツーベースで帰す。
4-2と縮められた点差を開ける。
ここで差を縮められてなるものかと、追加点を奪った裏のピンチを、山田も必死で切り抜ける。
試合は終盤に入っていくが、ライガースは絶対にジャガースを追いつかせない。
山田をどこまで引っ張るか。
完投能力のある山田ではあるが、こんな大舞台を経験するのは、アマの時代から数えても初めてだ。
球威はまだまだ充分であるが、やや球が浮き始めているのか。
継投が重要だ。
足立が使えなくなった以上、他に確実な信頼感があるのは、青山一人。
(いや……ここも賭けに出るしかないやろ)
クライマックスシリーズから日本シリーズにかけて、これだけピッチャーの運用が難しくなるとは。
琴山を使おう。
いざという時のためにロースター枠に入れておいたのが役に立つ。
三戦目は柳本に投げさせ、四戦目を琴山という予定であったが、もう琴山を中継ぎで使っていく。
四戦目は山倉。ここで山田を少し早めに降ろせば、第五戦で使える。
ルーキーとは言え大卒即戦力として、九勝を上げているのだ。日本シリーズとは言え、ここでも期待したい。
あとは打線がどれだけ援護出来るか。
「山田、この回までや。ただもう一戦投げてもらうからな」
中三日はかなり厳しいが、完投まで求められないのならどうにかなるか。
七回は二点差があるというので、レイトナーをマウンドに送る。
二点差のレイトナーはあまり信用が出来ないのだが、今日は当たりの日であったようだ。
ランナーを一人も出さないピッチングで、八回の琴山の準備につなげる。
打線の援護はこのあたりでは追加されず、二点差を守りきれるかどうかの判断になっていく。
八回に琴山が出てきて、ジャガースの方は驚いただろう。
四戦目の先発に誰を使うのか。三戦目の柳本までは間違いないだろうが。
この意外性も効果的であったのか、琴山もまた無失点で八回を終えた。
九回の表も追加点はなかった。
ジャガース打線は下位打線ということもあって、代打攻勢をしかけてくる。
これに対して青山が出てきて、ジャガースは不思議に思い始める。
足立の練習している姿を見ていなかった。
青山もセットアッパーとしては優秀であるが、今年のセーブ王を取ったピッチャーを、どうしてクローザーとして使わない?
この辺りでようやく、足立の故障の可能性に思い至るジャガースであるが、もう遅い。
ランナーは一人出したものの、無失点にて4-2で決着。
敵地においてライガースは、貴重な二連勝を果たした。
移動に一日。これが最後の休息となるかもしれない。
新幹線で大阪に戻ってきた大介は、二軍のグラウンドでストレッチなどをして、時間となったら甲子園の方でバッティング練習をする。
試合は明日だよな、と勘違いするぐらい、前日から徹夜組のファンがいる。
チケットはちゃんと買っているだろうに、なぜに並ぶのか。
並びたいから並ぶのだろう。そこにボールがあるから打つように。
……いや、違うか。
ライガースが日本一になる姿を、ファンはもう何十年も見ていない。
今世紀に入ってからは一度もないので、若いファンは優勝を知らないのだろう。
それでもこの甲子園球場は、ライガースファンを魅了してきた。
親子孫三代のライガースファンもいれば、今年の活躍によるニワカのファンもいるだろう。
だが、この熱狂は甲子園の決勝に似ている。
テンションが違う。
もっとも上杉との対決で高まったままのテンションが、今も続いているのか。
大介は日本シリーズの前二戦、五打数五安打四本塁打の七打点という、化け物以外の何者でもない数字を残している。
そして三回も歩かされていて、それが得点にもつながっている。
二番に置いて、自動出塁マシーンにした方がいいのではないかなどとさえ言われている。
ジャガースはシーズンと、そしてクライマックスシリーズの様子を見て大介を分析したのかもしれないが、メンタルの部分を無視していたようだ。
大介はプレッシャー知らずのホームランバッターだ。
チャンスで自分に回ってきたら、これこそまさに運命だろうと、普通にホームランを打ってしまう。
甲子園で決めたい。
リーグ戦の日本一も、クライマックスシリーズの勝利も、それなりに感慨深いものではあった。
しかし日本シリーズの、本当の日本一は、この球場で決めたい。
大介がいるから、ここで決まるような気もする。
首脳陣は、ピッチャーの運用で悩みを抱えている。
野手陣も地味に、ここまで戦ってきて、細かい故障があるままにプレイしている者はいる。
特に島本などは、ここが最後だと決めているので、ぎりぎりまでプレイしてしまうだろう。
プレイオフはなんだかんだ言いながら、自分がマスクを被ってしまった。
クローザー、正捕手、そして先発ローテも抜ける。
何気に来年の戦力に不安はあるのだが、ここ数年言われていた打線については、ある程度目算が立ったか。
ただロイが来年も残っていてくれたら、本当にありがたいのではあるが。
練習をして、飯を食って、軽く素振りをしてから風呂に入る。
そして目が醒めれば、甲子園第三戦の朝である。
×××
本日2.5に群雄伝12 大介対策 が投下されています。
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