第182話 不調すぎる獣

 金曜日のナイターは、一般的なサラリーマンにとって、野球を楽しむのに丁度いい。

 残業禁止も叫ばれる会社が多く、甲子園は満員御礼。

 もっともこの三年間は、常に満員御礼なのであるが。

「地元開幕だからなあ」

 センバツ甲子園に占有されて、ライガースは変則的な開催にでもならない限り、開幕戦を本拠地で行えない。

 今年も例年通りの開催で、ようやく第三カードで、甲子園での初戦となる。


 ライガースはエースの山田。それに対してフェニックスは諏訪。

 大介と同年にプロ入りしたこいつは、三年目から本格的に一軍で使われだした。

 そのあたりは大原と一緒であるが、去年は主に中継ぎとして使われた。

 大介との対戦はなく、それほどひりついた場面で使われたイメージはない。

 ただ少ない登板機会で、ホールドポイントを稼いでいた。

 今年は開幕から一軍に完全に帯同し、ここで登場となるのだ。


 諏訪もまた、甲子園を騒がせたピッチャーの一人である。

 だが現在のライガース打線は、相手にするのはかなり厳しい。

 それに山田の安定感は、真田のいない現在のライガースではナンバーワン。

 ここで確実に勝っておかないと、残りの二試合が厳しくなる。




 今年のフェニックスは強くなったのだな、というのが大介の感想である。

 ただそれでも、まだまだ攻撃も守備も粗い。

 久しぶりにして、今季初めての、一試合複数ホームラン。

 それに加えて他のバッターも、諏訪をガンガンと攻めていった。


 六回までを投げて七点。

 ここでようやくピッチャーを代える。

 山田も失点一で、七回からはリリーフに任せる。

 真田に期待出来ない現在、山田は大切に使わなければいけない、

 さすがに六点差あれば、どうにかなると思いたいライガース首脳陣である。


 たまにであるが、そして打線がとにかく弱いと言われるフェニックスであるが、ちゃんとリリーフが機能することもある。

 山田としては無事に、今年二勝目がついた。

 ライガースファンも地元の開幕戦に勝利して、いい気分になっている。

 首脳陣としても、ほっと一息である。


 だが、次の日には頭を抱えることになった。

 真田が四回を投げて、ずるずると四失点。

 レックスとの開幕第二戦は、どうにか勝ち負けはつかなかった。

 だがここで、負け星が付きそうなのである。


 ライガースの打線は、相変わらず好調である。

 大介と西郷がアベックホームランなどを打って、五回までには四点を取っていた。

 だがフェニックスは五回の表に、五点目を取っている。

 真田の負け星が消えない。


 殴り合いになったが、打力の貧しさでは定評のあるフェニックス。

 それなのにしっかりと抑えられないライガースのリリーフ陣。

 はっきり言ってピッチングコーチなどは、悪夢を見ているきらいである。

 大介としては打順が多く回ってきて、それはそれでありがたいのだが。

 特に前にランナーがいなければ、ちゃんと勝負してもらえる。


 おかげでこの試合、またも複数ホームラン。

 大介は意外と、ホームランの固め打ちは少ない。

 だがこれで、二試合連続の日本のホームランであった。

 開幕ダッシュに失敗したホームランダービーであるが、やはり今年も打撃の成績は、この男を筆頭に数えられていくらしい。


 だが、ピッチャーの悪すぎる試合であった。

 打線は七点を取ったのである。

 だが真田の降板後も、まだ敗戦処理などとは考えず、ちゃんと勝ちパターンのリリーフを使っていった。

 それなのに結局、取られたのは13点。

 今季二度目の二桁失点である。


 ここまでの試合で、ピッチャーの防御率はなんと五点台。

 それでも得点力の方が上回るのだが、次の三連戦最後の試合も、なんと九点を取られてしまった。

 先発の琴山は五回で五失点と、微妙な数字である。

 だが打線が六点も取っているのだから、去年までのライガースであれば、どうにか勝てたはずなのだ。


 真田だけではなくリリーフ陣だけではなく、投手陣の悪い空気が全体に感染している。

 打線がこれに引っ張られていないのは、唯一の救いだろうか。

 大介は九試合を消化したところで七ホームラン。

 打率はなんと、五割を超えている。

 ただこれは対戦チームのピッチャーが、リードを充分にもらえているため、大介と勝負をする余裕があるのだ。

 皮肉なことにチームの状態が悪い方が、大介の成績は上向いてくる。


 しかし大介も、全ての個人成績が好調というわけではない。

 盗塁がしづらいのだ。

 金剛寺にあって、西郷にはないもの。

 それは足である。


 金剛寺はさすがに今ではそれほどでもないが、年間を見れば40歳を過ぎながら、五回ぐらいは盗塁もしている。

 30代前後の全盛期には、毎年20個ぐらいは盗塁を成功させていたのだ。

 大介が盗塁に成功して一塁が空くと、西郷は敬遠される。

 ほぼ盗塁の心配がない西郷は、一塁に置いておけばダブルプレイの可能性が高いのだ。




 四年目の若手選手ではあるが、大介はもうチームを戦略的に勝たせようとしている。

 現在の問題は分かりやすい。

 打線はなんだかんだ言って、ちゃんと点を取っている。

 全ては投手陣が悪いのだ。

 大介は三遊間を広くカバーしているが、ファーストの西郷は強い打球をキャッチする技術は優れていても、守備範囲自体は狭い。

 投手力ほどではないが、守備力もやや落ちていると言っていいのではないだろうか。


「つーわけで今、一軍はピッチャーがガタガタなわけだ」

 大介がそう話すのは、二軍でそれなりに順調な成績を残すようになっている、育成から支配下になった、高卒同期の園田と三谷である。

 育成は三年契約で、それで芽が出ないように見えたのなら、契約更新されないのが通常である。

 しかし今のライガースは、明らかにピッチャー不足。

 ある程度の成績を残している二人が、支配下登録されるのは普通であった。


 この二人と大原を除けば、大介の同期は全員が大卒であった。

 社会人からは一人も取っていないあたり、即戦力を求めているのか将来性に期待しているのか、分かりづらいところはある。

 もちろん大介の年上の後輩の中にも、年下の後輩の中にも、ピッチャーはたくさんいる。

 だが今年高卒で取った品川さえもが、リリーフで使われていた。

 大炎上していたマウンドに送り込まれて、ポコポコ打たれていたのは同情していい。


 大介がまず問題だと考えるのは、真田がどうにもピリッとしない状態であるということだ。

 本人も苦心して色々と試しているようだが、これはキャンプ中に終わらせておくべきことだったろう。

 他に代えるようなピッチャーがいないのでまだローテにいるが、おそらく次の失敗したら、二軍で調整となるだろう。

 真田の持つ実力自体は、間違いのないものだ。

 だが今は、その根底にあるものがずれてしまっている。

 まだ先の期待できるピッチャーなのだ。そもそも一年目からあそこまで投げさせるつもりもなかった。


 しかし真田がいなくなると、ローテの中から左が一人もいなくなることになる。

 一応二軍にはサウスポーはいるのだが、ワンポイントで使うならともかく、先発で使うのは実力不足だと思われている。

 あまり先発としては考えていなかったキッドを、先発に入れるか。

 少なくともメジャーでは、先発経験もあるのだ。




 それにしても野球というものの怖さを、散々に思い知る大介である。

 現在の惨状を見るに、引退した高橋に戻ってきてほしいぐらいのものである。

 野球はとにかくピッチャーだと言われ、まあそうだなと納得している大介であるが、汲んでも汲んでもこぼれる瓶に、水を入れている気分になる。

 次の三連戦は、広島を甲子園に迎えて行われる。

 そしてここはローテはこのままに、山倉が投げるわけだ。

 対決する広島の先発は細田である。


 大卒即戦力と言われていた細田は、今年も完全にローテに入っているらしい。

 そして大介の苦手なピッチャーである。

 ライガースは大介が打てないと、一気に得点の確実性が落ちる。

 試合をひっくり返すホームランを、大介は打ってくれるからだ。

 だがこの試合には全打席勝負してもらったものの、ヒット一本だけ。

 山倉は六回までを三失点に抑えていて、いわゆるクオリティスタートだったのだが、打線はこういう時に限って不調。

 交代の後にも一度も追いつけず、本人としては不本意であろう黒星がついた。


 本格的にまずい。

 先発が炎上して、早めにリリーフが必要になる。

 だがそのリリーフも失点を止めることが出来ない。

 先発が好投して、どうにかリリーフにつなげる。

 だが今度は打線の援護が満足ではなく、リリーフ陣の失点以上に得点することが出来ない。


 ただこういうピッチャーの崩壊の仕方だと、頼りになるタイプのピッチャーがいる。

 それが完投能力の高い大原である。

 フェニックスとの二戦目は、大原が力で押していくピッチングをした。

 ヒットは打たれて、少しは点も入るのだが、許容範囲だ。

 先制はされたが、終盤に珍しくここまで二三振の大介に、ランナーがいるところで打席が回ってくる。

 そしてここで、ちゃんと勝負してもらえる。


 スリーランホームランで逆転すると、また西郷がアベックホームランを打った。

 二者連続ホームランから、打線はさらに追加点。

 最終的には7-3で大原の完投勝利。

 ただ四点差もあるのに、リリーフ陣に任せられないところが、現在のライガースの状態なのである。




 先発陣の調子がとにかく悪い。

 順調なのは山田と大原であるが、それでもリリーフ陣の出来次第では、勝ち星を消される可能性がある。

 山倉と琴山はそれほど悪くはないのだが、五回までで勝ち投手の権利を得ることが難しい。

 そして真田は間違いなく絶不調で、飛田は対戦相手が悪かった。


 神奈川相手には勝ち越したものの、それ以外のチームには全て負け越しのライガースである。

 幸いと言うべきかは、三タテを食らってはいないということだろうか。

 だが次に甲子園で迎えるのは、目下セ・リーグ首位のタイタンズである。


 タイタンズはここ数年毎年、戦力の補強を繰り返してきた。

 しかしながら大介の入団した初年は四位、そして二年目と三年目は三位であった。

 かけた金と、獲得した選手の割には、どうにかAクラス入りというのは、明らかに釣り合っていない。

 しかし今年こそはオープン戦から好調で、ライガースがどうにかスターズからだけは勝ち越したこともあって、首位に立っている。

 ピッチャーもバッターも調子が良く、本来のスペックで試合が出来ている状態と言えるだろうか。


 ライガースのファンの応援は熱狂的であるが、負けて情けない姿を晒している時には、味方に対しても野次はひどい。

 ここ数試合のリリーフ陣への野次はひどく、あとはピッチングコーチへの野次もひどい。

 どうしてここまでピッチャーが悪くなったのかと言うと、まず一つには真田以降のピッチャーが、即戦力などと言われていたも、実際には即戦力ではないこと。

 あとはその真田の不調と、外国人の微妙さが、全体を悪くしている。


 外国人と言うと、レイトナーとウェイドの数字が、とにかく悪化している。

 中継ぎで去年は活躍した二人であるのだが、このオフの間に研究され尽くしたのか。

 正確な原因までは不明であるが、球質などは去年と変わっていないのに、成績だけは明らかに悪化した。

 対戦するバッターが慣れてしまった、というのもあるのかもしれない。

 それでもあえてシーズン中に解雇するほど、他のピッチャーがいいわけでもない。


 セットアッパーとして長年活躍してきた青山も、今年は逆転をされていたりする。

 飛田は既に二戦二敗であるが、上杉と投げ合った試合はともかく、もう一試合はそこまで悪くはなかったのだ。

 だがリリーフ陣が打ち込まれると、打線も気合が抜けていく。

 そんなわけでここまで、負け星が先行しているライガースである。




 タイタンズとの三連戦、初戦は山田、そして二戦目は真田。

 ここでいい結果が出なければ、本格的にチームとしてまずい。

 それは分かっているのだが、ここは逆に二軍で燻っているピッチャーにとっては、一軍の席をつかむチャンスである。

 今のライガース首脳陣の求める数字は、それほど高いものではない。

 むしろ去年まで、リリーフ陣までがかなり固定されてしまっていたのが、次のピッチャーが育っていない原因だろうか。

 タイタンズとの三連戦が終われば、一通りのチームとの対戦が終わったことになる。

 これで大きく負け越したなら、ピッチングコーチの進退問題まで出てくるというのは、さすがに判断が早すぎるだろうか。


 タイタンズとの甲子園での戦い。

 おそらく日本のプロ野球にとっては、最も伝統的な試合である。

 不甲斐ないライガースであるが、打線陣は気を吐いている。

 そして先発が山田となれば、今度こそは勝ってくれると信じているのだ。


 暗黒時代も応援して来たライガースファン。

 そのチームへの忠誠度が、また試される場面となってきてしまっていた。

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