第183話 投手崩壊

 NPBにおける金持ち球団というのは、間違いなくタイタンズである。

 そしてタイタンズは、人気という面でも全国的にファンが多い。

 ライガースもかなり高いのだが、それでも全国的な割合からするとタイタンズ。

 チームのブランドと高い年俸。これによってFAやトレード、またドラフトでも大量の選手を獲得する。

 だがこれだけやっても、この数年は全く優勝に手が届かなかった。

 

 上杉が神奈川に入ってからは、おおよそ年間20個の貯金を一人で作っていた。

 二連覇をされた後には、今度こそと思ってさらに補強をしたものだが、そこからライガースの三連覇が待っていた。 

 クライマックスシリーズではこの二年、スターズにファーストステージで負けている。

 今年こそをと思って、パの球団からFAやトレードで、これ以上はないという戦力を揃えてきた。


 そんなタイタンズは、あまり暗黒期のない球団ではある。

 チーム人気と高額年俸で、FA選手や外国人選手を、しっかりと補強することが出来るからだ。

 この五年間にしても、なんだかんだ言ってAクラスを逃したのは一度だけ。

 そしていよいよ今年、開幕ダッシュに成功して、現在は首位。

 一回り他のチームとの試合が終われば、本当に今年の調子も分かるだろう。

 

 クリーンナップクラスを三人と、エースクラス、クローザー。

 どれもこれも、金が正義の世の中である。

 福岡はまだもうちょっと、頭のいい金の使い方をする。

 三軍まで作って選手の育成に励む福岡は、選手の供給源としても評価が高い。

 福岡で育ててもらってはいるが、燻っている選手を、育成契約の切れたところでかっさらう。

 まあそう言いうやり方でも、強くなればそれでいいのだろう。

 弱くても愛されたライガースや広島とは、地元との密着度が違うのだ。




 タイタンズはこの数年、完全にライガースにはカモにされる負け越しが続いていた。

 強力な打線をどう封じるかが、ずっとテーマになっていた。

 解決策は他の球団が示してくれた。

 取られた以上に取ればいいのである。


 とにかくライガースの今年の不調の原因は、昨年のプレイオフで負傷した真田の、復帰が上手くいっていないことが挙げられる。

 リリーフ陣が弱いなどとは言われていたが、足立の引退後はクローザーを次々に外国人で埋めて、なんとかやっていた。

 しかし今年は補強の外国人がいまいち調子が出ず、リリーフ陣がさらに悪くなっている。

 理由はと言えば、とりあえず長年セットアッパーを続けてきた青山は、単純に年齢だろう。

 先発陣を若手で揃えて、リリーフはベテランと新人で試し、クローザーを外国人、という案だったのだろう。

 だいたい編成というのは、その思惑通りにはいかないものである。

 打てる野手が余るのではと思われていたら、ベテランが調子が上がらず開幕に間に合わず。

 結局新人が四番を打って、それで打線は機能しているのだ。


 層が厚くなったと思っていたライガースは、完全に錯覚であった。

 ある程度の結果を残せる控えは、打力的に言えばちゃんといた。

 だからこそ得点力は落ちていないわけで。

 しかし投手陣があまりにも、安定していない。


 今年の新人も西郷以外は、ほとんどがピッチャーであった。

 やや左を強めに志望していたが、サウスポーのピッチャーというのは早い者勝ちである。

 即戦力であるはずの大卒、社会人を多めに取ったのだが、開幕戦までには一軍定着した者は少なかった。

 だがこのタイタンズとの三連戦が終われば、今のロースターから下に落ちていく者は多いだろう。

 ライガースはレジェンド級の選手が引退してなお、いまだに再建の途中であるのだ。




 本格的にまずくなってきた。

 打線強化をしたタイタンズ相手に、ライガースはエース山田が初回から失点。

 先制のツーランホームランを打たれて、首を傾げながらベンチに戻る。

 いいコースに投げたストレートを、完全に狙い打たれた。

 キャッチャーの風間も、あそこなら分かっていてもホームランにはならないと思っていたのだが。


 対するライガースは、出塁率は今年も好調の毛利であるが、打率はやや悪くなっている。

 それでも一番バッターとしては、歩いてでもランナーに出ないといけない。

 必死で粘っていくのだが、最終的には内野フライでアウトとなる。

 そして長打も打てる大江は、ボール球に手を出して内野ゴロ。

 ツーアウトランナーなしの状態で、大介に回ってくることとなる。


 ピッチャーの不調の原因は、間違いなくバッターにも影響を与えている。

 毛利も大江も、普段はもっと余裕があるバッターなのだ。

 それが初回から二点を奪われたことで、気分があせっている。

 こういう時はもうチームのことではなく、自分の成績だけに集中したらよかろうに。


 ツーアウトでランナーなしというのは、大介と勝負していると見せつつ、歩かせることが簡単な状況である。

 普段なら歩かせれば盗塁で一気に得点圏に入ってくる大介であるが、それをすると西郷が歩かせられる可能性も高い。

 ランナーが二人溜まって黒田に回るわけだが、ホームランもヒットもそれなりに打てる。ただ現在の状況で、ヒットが打てるのだろうか。

(初回ぐらいは勝負してこい)

 そう思っている大介は、外れたボール球を強引に打ちにいった。

 ツーベースヒットをボール球から打ってしまうのだから、やはり規格外にいは違いない。

 ただ大介からすると、これでやはり西郷は歩かせるという選択肢も増えてしまったわけだが。


 西郷は外の球を打っていて、ファーストゴロに倒れる。

 やはり際どいところを狙われて、チャンスを潰してしまうのであった。




 ピッチャーが軒並悪い中でも、育成から這い上がってきた山田は、そう簡単に大崩したりはしない。

 だが五回の表までを初回の二失点だけに抑えていたのに、味方の援護がなくて負け投手の条件となってしまう。

 ただし首脳陣としても、まだ二点差のこの状況を、防御率の優れた山田を降ろしてリリーフ陣に任せる判断は取れない。


「さすがになんとかしないとな」

 五回の裏にはツーアウトから、三打席目が回ってきた大介である。

 ライガースはちゃんとヒットを打っているのに、得点につながらない。

 そして一番期待できる大介の打席なのに、ランナーがいないという状況なのだ。


 塁に出て西郷に任せても、それは悪くない、

 だがここはやはり、自分で決めたい。

(またかよ)

 外のボールを全力で叩くが、センターの一番深いところへのフライとなる。

 ぎりぎりではあるがセンターが追いついて、ここでは凡退となる。


 ピッチャーの継投が上手くいっていない状況が、打線のつながりにも影響していると言えようか。

 せっかくのチャンスを迎えても、ピッチャーを援護するという気持ちが強すぎて、打線がつながらない。

 これがチーム崩壊か、と大介は新鮮な気分でそれを見ていた。

 なんだかんだ言って大介は、高校時代はチームが完全と一丸になっていたし、プロ入り後もチーム状態が悪いことはあまりなかった。

 やはり金剛寺がいないと、チームをまとめる人間がいない。

 これまでにもそういうことはあったのだが、その時はチーム状態が良かったのだ。

 チームの動きがバラバラの時こそ、頼れるベテランの力が必要になる。

 実際、内野に守備崩壊が起こっていないのは、ベテランの石井と大介の二遊間が、しっかり機能しているからだろう。




 これはやはり、自分は塁に出ることに徹するべきではないだろうか。

 そう考えていたが、終盤に入ると試合の展開に苦しみ、山田は余計にプレッシャーからスタミナを消耗していく。

 三点目を取られたところで、打席が回ってきたところで代打を出された。

 そこで結果が出てこないのが、今のライガースの間の悪さというか。

「大介ー! なんとかしてくれー!」

 そう言われても、ランナーがいない状況では。


 九回の裏に、先頭打者として打席が回ってきた大介である。

 ここまで平均で5点以上は取ってきたライガースなのに、山田が好投している中で無得点。

 とことんまで間が悪いと言えよう。

 だが完全に無援護の状態で、負けるわけにはいかない。


 幸いにもランナーがいないということで、大介への配球も甘くなる。

 インコース高めに投げてくるなど、自殺行為にしか思えない。

 だがミートした瞬間、大介はこれがスタンドに届かないと分かった。

 その刹那の瞬間に、ボールを切る力の向きを変える。

 ドライブのかかった打球は、ライトの頭の上を越えて、フェンス直撃のツーベースとなった。


 ライガースの打線は六番までは、かなりの確率で点が取れる。

 ノーアウト二塁からなら、まず一点は取れるだろう。

 だが西郷に対しては、申告敬遠で塁を埋める。

 やっぱりこうか、と頭が痛い大介である。


 三点の差があるのに、西郷を歩かせた。

 それは西郷に足がないので、塁の上で刺した方が確実と判断したからだろう。

 五番の黒田も三割近い打率を誇るが、ここからは勝負しても打ち取れる可能性が高い。

 下位打線には代打を出していくのだろうが、ライガースはそれほど代打で打てる者がいない。

 本来ならば黒田あたりが、代打になってそれなりに頼れただろうに。


 大介はその後、バッテリーの隙を突いて三盗を決めた。

 そして外野フライの間にタッチアップで、一点を取る。

 ここまで上杉相手にさえ、一点は取ってきたライガース。

 なんとか一点以上を取るということは果たしたが、結局は3-1で敗北するのであった。




 第二戦、さすがにファンの野次がひどくなってくる。

 先発の真田は、五回を投げて綺麗に一イニング一点ずつの失点。

 ライガースも点は取るのだが、この黒星を消すほどではない。

 そしてこの日は、リリーフ陣がそこそこマシで、追加点は一点しか取られない。

 だが逆転も出来ないあたり、打線の方も空回りしてきた。


 スコアは4-6で、またも敗北。

 取られた以上に取ればいいというのは確かだが、先に点を取られすぎると、打者もあせって打率を悪くしてしまうのだ。

 真田は0勝2敗となって、去年たったの二試合しか負けがなかったのに、三先発でもう二敗。

 さすがの首脳陣もこれは一度二軍に落として、フォームの再調整からさせる必要を認めた。

 これでローテに入れるピッチャーだが、今年の開幕から期待されていたキッドが、ようやく投げられるようになったという。

 中継ぎで使う予定だったのだが、左がいない今は先発に回す。

 どちらにしろ、通用するピッチャーがリリーフ陣にももっと欲しい。


 第三戦はさすがに三タテは食らうわけにはいかないと、先発の琴山が奮起。

 試合の終盤まで点の取り合いでもつれこんだが、なんとか勝ち星がついた。

 リリーフ陣も点は取られたものの、抑えのウェイドはしっかりと封じる。

 どうにかファンの怒号は抑えたが、投手陣は悪い。

 琴山も四点を取られた微妙な内容だったが、そこから三点も取られていくリリーフ陣とはなんなのか。


 ここまで三連敗が既に二つもあり、連勝がまだ一度しかない。

 そもそも三連戦で勝ち越したのが、スターズ以外にはないのだ。

 そのスターズは現在、リーグ二位のところにいるが。

 六勝九敗というのは、リーグでも下にレックスしかいない五位。

 ただ打線陣の得点力は、リーグでも一位なのである。




 戦犯探しが始まる。

 まだ15試合が経過したばかりであるのに、ライガースファンは喜びも大きければ、怒りも大きいのだ。

 投手陣が山田と大原以外は、ローテとして失敗している。

 山田の場合は防御率が二点台なので、さすがにこれが悪いとは言えない。

 ただ打線の援護さえも、ちぐはぐになってきたところはある。


 大介と西郷の三番四番は、15試合を終えて二人で15本のホームランを打っている。

 この二人が長打を打って頑張っているのだが、ランナーのいないところでヒットを打っても、点が入らない。

 去年までを全く知らない西郷はともかく、大介はどうも打線陣まで、調子が悪くなってきたのではないかと感じる。


 二軍での調整で、金剛寺とグラントは、試合にも出てくるようになってきたらしい。

 とにかくピッチャーがどうしようもないのは確かなので、リリーフ失敗の中継ぎを落として、若手を上に上げてくる。

 また若手ではなくとも、安定感のあるピッチャーは上げてくる。

 本当にもうどうしようもなく、ピッチャーが足りていない状態だ。


 去年もリリーフは弱いと言われていたが、先発が軒並貯金を作っていた。

 その先発の調子が悪い今年は、一気にそれで試合に勝てなくなったというわけか、

 ピッチングコーチにも批判が集まりそうになるが、山田をはじめとして琴山や飛田などを、先発に育て上げた功績がある。

 やはり今年は、運自体も悪いと言えるのだろう。

「どうすっかな~」

 次の三連戦は、フェニックスとのビジターでの試合。

 日本で一番ホームランが出にくいと言われる、NAGOYANドームでの試合である。

 それでも大介は全く問題なく、これまでホームランを量産してきたのだが。


 相手のバッターもまた、ホームランを打ちにくい。

 打力が全く足りていないフェニックスは、本拠地とはいえ戦いにくい試合になるかもしれない。

 もちろん常識的に考えれば、普段から使い慣れているホームの球場で戦う、フェニックスの方が圧倒的に有利であろう。

 だがそんなことにさえ期待しなければいけないほど、現在のライガースの状態は悪い。

「どうすっかな~」

 まだまだプロ四年目の若手でありながら、チーム全体に影響を与える存在。

 大介は試合に勝つため以前に、チーム状態を良くする方法を、必死で考えるのであった。

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