第184話 苦難の四月、そして五月は……

 悪夢のような四月になるかと思ったが、そこまでひどくはなかった。

 もちろんまだ試合数が少なく、そして順位はやはり五位と、悪いことは間違いなかったが。

 10勝15敗というのは、負けが五つも先行しているが、やはり主力の多くが抜けていたからだ。

 そう、開幕に間に合わなかった金剛寺、グラントの二人は、ようやく四月の下旬に一軍に戻ってきた。

 だがこの時点で四番の西郷は三割超えで八本のホームランを打っていた。

 金剛寺は四番ではなく五番に入り、守備のポジションも黒田に変わって西郷がサードへ。

 そして黒田はベンチスタートという状態になる。


 またグラントも六番に入り、山本がスタメンから外された。

 しかし皮肉なことに、打率もそこそこで長打が打てる二人がベンチスタートになったことで、チャンスの時にピッチャーの打席が回ってくると、そこに代打として出せるようになった。

 またこの二人より早くキッドがリリーフ陣に入り、なんとかホールドを上げるようになってきた。


 だが打線は厚みを増しても、投手陣の崩壊は終わらない。

 真田に追加して、今季三連敗の飛田も、二軍落ちである。

 上杉と投げ合った試合はともかく、他の試合はそこまでひどい内容ではなかったのだが、防御率が五を超えてしまっては仕方がない。むしろ本格的におかしくなる前に、二軍で調整だ。

 あとは防御率が二点台の山田が二勝二敗であったり、五先発もしている琴山が一勝しか出来ていなかったりと、リリーフ崩壊も間違いないが、先発もいい形でリリーフにつなげることが出来ていない。


 そんな中で一人、圧倒的にいい数字を残している者がいた。

 四先発して四勝、そのうちの三勝で完投している大原である。

 とにかくスタミナがあるので、長いイニングを投げられる。

 そして失点はするものの、クオリティスタートは維持する。

 高校時代に白富東にボコボコに殴られているので、プロで打たれても平気なのだ。

 少なくとも平気だと強がることは出来る。




 チームとしてはボロボロの状態で、それでも野手部門の月間MVPを取っていくのが大介である。

 投手部門のMVPはほとんど上杉が取ってしまうが、野手部門では大介がほとんど取ってしまう。

 これも一度でも取れれば名選手の証なのであろうが、二人はむしろ取れない月の方が珍しい。

 打率0.397 出塁率0.557 OPS1.518

 31安打 34打点 12本塁打 13盗塁 28四球

 去年に比較すると、盗塁の数が減ったか。

 それと四球の数が圧倒的に増えている。


 去年までは下手に歩かされたら、その復讐のように九割近く盗塁を決めていた。

 だが今年になって西郷が歩かされるのを避けるため、一塁を空けないようにしている。

 打率と共に出塁率やOPSは向上したのだが、盗塁をしかけることが難しい。

 西郷が大介と共に歩かせられると、次の黒田の打率が悪くなってくる。

 あえて二人を歩かせてでも、お前相手ならば勝てると思われているような気がするからか。


 だがそれも金剛寺の復帰で、ようやく五番も確実性が高くなった。

 大介としては四番は、西郷ではなく金剛寺の方がいいと思うのだ。

 西郷は確かに四番の風格があるが、打率や長打はあっても、機動力に欠ける。

 金剛寺もあまり走らせるわけにはいかないが、それでも西郷よりは足は速い。

 五番に置いておいた方が、塁に出た金剛寺を返しやすい。

 もしくはグラントの調整次第では、六番まで下げることも考えていい。


 


 このように復帰した打線陣に比べると、真田はまだ本調子に戻るまでに時間がかかりそうだ。

 そして落ちた先発やリリーフ陣を見ていると、どうにも不安は収まらない。 

 それにこの五月、最初の三連戦は神奈川が相手なのである。

 しかもその三連戦の初日に、中六日の完全な休養を得て、上杉が投げてくる。


 今年のと言うべきか、今年もと言うべきか、上杉のピッチングは神がかっている。

 他のピッチャーが中六日で運用されている中、中五日で先発で投げるスタイル。

 休みが多く挟まれそうであれば、中四日でも投げてくるだろう。

 対するライガースの先発は、山倉である。

 山倉も四先発で、一勝一敗。

 防御率は四を超えているので、あまり期待は出来ない。


 強力なライガースの打線でも、かなり希望的に見て取れて二点ぐらいだろう。

 中六日の休養明けの上杉は、間違いなく強い。

 既に五先発で五勝している上杉は、山倉とは格が違う。

 それでも上杉に向かって、闘志をもって投げられるのは、真田ぐらいであろうが。

 あるいはポンポン打たれても仕方がないと考えるなら、大原でもいいのかもしれないが。


 大原のピッチャーとしての能力は、完投能力以外はまだ、それほどトップレベルというわけではない。

 真田や山田、また山倉や琴山と比べ、ひょっとしたら当初の先発ローテ陣の中では、一番低いかもしれない。

 それでもライガースの打線の力なら、どうにか援護はしてきた。

 しかし上杉はどうしても別格すぎる。


 日本プロ野球史上、間違いなく最強のピッチャーであろう。

 今のライガースにとっては、最悪の相手だ。




 対するスターズの方は、ここでライガースにいい感じで勝っておかなければいけない。

 今年不調のライガースに対して、三連戦で負け越したのは、現在リーグ二位のスターズだけなのだ。

 タイタンズはともかく最下位レックスまで、三連戦は勝ち越している。

 今は不調とは言え、ライガースの投手陣が復帰すれば、間違いなく打線の力は去年より上がっているのだ。

 

 後半戦を考えると、ここで徹底的に叩いておきたい。

 なんだかんだ言ってライガースは、今年もプレイオフには出てくるような気がする。

 いや、戦力の最大値を考えれば、出てきて当然とも言える。

 だからシーズン中は徹底的に叩いて、苦手意識を植え付けるのだ。

 特に西郷あたりには、ここらで新人に特有のスランプになってもらいたい。


 相手と自分の状況を考えると、とりあえず重要だと思えることは、大介も似ている。

 上杉に勝つことが出来るなら、プレイオフはもっと楽に戦えるのだ。

 ただ現実的に考えて、上杉から大量点というのは考えにくい。

 むしろ今の彼我のピッチャー事情を考えれば、負けることが当然とも言える。


 上杉以外のピッチャーをがっつりと攻略して、他のピッチャーならば勝って当たり前という状況にしたい。

 だがスターズのピッチャーは現状、リーグでもトップクラスなのだ。

 ライガースも今は、かなり打率も長打も優れたチームになっている。

 これをほとんど完全に封じる上杉が化け物なのだが、他のピッチャー相手には点の取り合いになるだろう。

 ただ第一戦で上杉にあまりに抑えこまれると、その後の試合にも影響してしまうかもしれない。




 大敵スターズを甲子園に迎えて行われる、今年の初戦。

 しかも相手は上杉である。

 上杉が相手だと、ホームであってもあまり恩恵を受けられないのが、彼の影響力の凄まじさを物語っている。

 上杉に負けるなら許される。そんな空気だ。

 だが大介は己を許さない。


 上杉と自分の年齢差は二歳。

 おそらく野球を続けていけば、メジャーにでも行かない限りは、ずっとこの対戦は続いていく。

 他のバッターに比べれば、大介の対上杉の対戦成績は悪くない。

 だが他のピッチャーに比べると、あまりにも打てていない。


 ずっと続いていく戦いだ。

 どちらかが引退するか、あるいはどちらかがアメリカに行くか。

 上杉はメジャーに全く興味を持っていないが、大介は違う。

 上杉がいるから、日本の野球で我慢していられるとも言える。

 考えたくないが、上杉が故障でもしたりして、今のピッチングが出来なくなればどうか。

 もちろん他にも、いいピッチャーはいる。天敵とも言える細田が入ってきたし、荒川や金原も戦うのが面白い相手だ。


 しかしあっちに行けば、柳本や東条がいるのだ。

 そしてそれらにも優るピッチャーたちが。

 ただチーム数が多いので、対戦の機会は少ない。

 それでも大介を日本に縛り付けているものは、あまり多くない。


 毎年成長しているが、それは上杉も同じ。

 それに毎年面白い新人が、どんどんと出てくるのだ。

 ただそれも、全世界から選手が集まる、MLBの方が比較して実力は上だろう。

 優勝というチームとしての目標も果たしてしまった。

 打率、打点、ホームランの記録も更新した。

 今年四度目の三冠王になれば、その記録も更新する。


 OPSで見れば大介は、他のどのバッターよりも突出している。

 突出しすぎているとも言うべきか。

 やがて野球が、大好きな野球が退屈になるのが、怖い。

(つってもまあ、この試合をなんどかしないとな)

 甲子園の改修はされたが、それでも普通に満員になるスターズとの対決。

 大介はノックを受けながらも、スターズのベンチの中を探っていた。




 山倉はヒットを打たれながらも、まず一回の表は無失点に抑える。

 とりあえず考えるのは、試合の勝敗ではない。

 おそらく負けることを前提に、自分の成績を落とさないように考える。


 そして一回の裏である。

 毛利も大江も、それなりに選球眼はある。

 だが、だからこそゾーンのぎりぎりに投げ込まれる上杉のボールに、手を出してもまともに打てない。

 剛速球投手にありがちなノーコンとは全く違う上杉。

 そのボールの力は、あっさりと二人を片付けた。


 そして大介である。

 上杉と真っ向勝負して打てるのは、大介だけだ。

 逆に言うと上杉も、大介を相手にする時には、全力を、あるいは全力以上を出さなければいけない。

 そう思っていたのに、大介には申告敬遠が告げられた。


 上杉からして、監督が自分の判断だけで、こんな指示を出すはずがない。

 つまりこれは、上杉も了解してのこと。


 確かに大介は、上杉から打てる。

 もちろん平均的な打者に比べては、の話であるが。

 それでも明らかに、大介は上杉とマトモに勝負出来る、数少ないバッターなのだ。

 スタンドからは野次が飛ぶが、上杉が注意しているのは次の西郷。

(そういうことか)

 前の試合で上杉は、西郷にホームランを打たれた。

 そして明確に、力を使って対する敵と認めた。

 だがそれは前の試合に、三振を奪いまくって終えたのだと思っていた。


 とどめを刺す。

 そこまではっきりとした感じではないだろうが、今年の新人としては、ホームランも40本ぐらい打ちそうな西郷を、ここで完封しておきたいのだろう。

 金剛寺やグラントが戻ってきて、これからライガースの打線は厚みを増す。

 その中で、次期四番が確定の西郷を、あえて大介を歩かせても抑える。

 ひどく傲慢ではあるが、成功したら効果的な選択だ。


 前の試合、確かに上杉は西郷を、戦うべき相手として認めた。

 だがそれでも、大介に対する時とは違ったはずだ。

 上杉の本当の本気を、西郷はまだ知らない。


 共に190cmほどの身長の、巨漢が二人マウンドと打席で対峙する。

 二人の間にあるのは、決闘の殺気で間違いなかった。

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