第96話 今年の成績は?

 シーズンが全て終了した。

 日程消化の関係で、大京と広島の試合が一つ残っているのだが、とりあえずもうタイトル争いには関係ない。

 名古屋での最終戦が終わり、本拠地へ戻ってきたライガース。

 ここからプレイオフに向けて調整をしていくのだが、とりあえず翌日の大介には、インタビューを受けるという義務があった。

 インタビューと言うか、まあ記者会見と言うべきであったか。


 ユニフォーム姿で、ただ一人座る大介は、まず最初に言った。

「ひどい成績を残してしまいました」

 何を言ってるんだこいつは? とほとんどの人間が思った。

「いや、通算で見たらそりゃいいですけど、九月の成績だけを見てくださいよ」

 日程が上手く消化されたために、九月の試合数は少なかった。

 だがその中でも、確かに大介の打率はあまり良くない。


 0.273


 確かの他の月では、最低でも三割台後半を打っている大介としては、急激な落ち込みと言っていいだろう。

 なお去年の九月は、0.440という打率であった。

 これにはまあ理由があり、ホームランを狙っていって、無理なボールにまで手を出していったというのがある。

 ただそれでも三振が極端に増えてはいないというのが、大介らしいと言うべきか。


 この年、五月と七月のMVPに大介が選ばれないのは、どう考えてもおかしいという意見はあった。

 だがこの九月の成績だけは、確かにそう言われてもおかしくはない。

 ちなみにそれでも、OPSは1を超えている。


 大介としては、あまりいい成績ではなかったと言える。

 だが総合的に見て、やはりとんでもない成績であったことは間違いない。

 打率0.404 出塁率0.549 OPS1.474

 これは去年よりもはるかに上回っている数値だ。

 そして去年よりも、四球敬遠が大増加している。

 結果的に去年より打数が30も減っているのだ。

 その中で、去年よりホームラン数は一本減っただけ。

 そして打点は一増えている。


 得点機会ということまで考えていなかった大介は、なるほどと頷いて機嫌を良くした。

 打てなかった自分ではなく、逃げまくった相手が悪いのだ。

 それと今年のライガースは延長戦が少なく、打席数自体も去年より減っていた。

 それはもう、更新出来なくても仕方がないというものだ。




 分かりやすい数字しか扱わない一般マスコミと違って、スポーツ紙面や野球雑誌の記者は、大介の恐ろしさについては分かっている。

 九月の成績こそ三割を切っているが、長打率は一番である。

 ボール球まで打ちにいって、それでヒットを打ち打点を増やし、四割を達成したのがすごいのだ。

 本人もそこまで分かっていないようだが、去年の大介の長打率は、日本記録を大幅に更新していた。

 そして今年はそれすらも軽く更新している。


 人間に可能な領域ではない。

 去年の時点で世界記録を抜いていたが、今年はリーグによるピッチャーのレベル差を考えても、圧倒的過ぎる。

 ヒットの数は減ったし、本塁打の数も減った。

 だがヒットの中の長打、そして本塁打の割合は増えているのだ。

 ボール球を打ってヒットを稼いでいるにも関わらず。


 九月の成績だけを見れば、確かに悪い。

 だが勝負してもらった回数に対して、どれだけの成績を残しているかを考えれば、立派なものなのだ。

 そういった説明を聞いて、なるほどと思う本人は、事態を全く理解していなかったらしい。

「史上初の四割打者として、達成できた要因とはなんでしょうか?」

「特別なことはしてないと思うんですけどね。まあ二年目になってピッチャーを研究する余裕が出てきたのと、ボール球でも打てる球は積極的に打っていってることかなあ」

 そしてボール球を振り切って、長打にしてしまうのが恐ろしい。

 普通なら泳いだ体勢からボール球を打てば、ゴロかポテンヒットが関の山だ。

 だが大介は片足が浮いていても、そこから腰の回転だけでスイングを加速させてしまう。

 圧倒的な体幹の力がなければ、不可能なことである。


 統計で見れば、さすがに外に大きく外したボールは、あまりホームランになっていない。

 対して当たるようなボールも、あまりホームランになってない。

 内か外に大きく外さないと、ホームランになるということか。あとは危険球。

 ベルトよりも高いボールゾーンでも、肩のラインまであたりなら打ってしまう。

 まさにバッティングの、神と言うよりは魔術師であろうか。


 打率四割のせいで目立たないが、打点でも自己の持つ最高記録を更新した。

 三冠王を取っておいて、そのうちの二つの部門で歴史上の記録を達成するなど、去年と同じことを今年もしている。

 白石大介は、何をしてもおかしくないと、誰もが思うようになってきた。

「来年の抱負などは?」

「いや、プレイオフが決まってから考えます」

 それもそうだ。




 リーグ優勝を果たしたライガースは、ここで休みを入れることが出来る。

 もっとも九月に入ってからは、ほぼ優勝の決まっていたライガースはピッチャーも無理に使わず、順調にシーズン中の疲労を抜いていった。

 試合の消化が全般的に早かったため、神奈川もそれなりに休んで、クライマックスシリーズのファーストステージをタイタンズを戦うことが出来る。

 短期決戦は、神奈川の得意とするところだ。


 結局のところ神奈川が、上杉のワンマンチームと言われるのは、短期決戦でピッチャーを酷使するからである。

 タイタンズもエース加納を使うし、首都圏なので荒川も出場出来る。

 だがまずは、上杉と加納の投げあいである。

 大介たちはその試合を、寮のリビングで見ていた。


 シーズン最後の登板試合から、10日以上の日が空いていて、上杉は完全に回復している。

 160km台をバンバンと出して、故障者がちゃんと復活してきた、強打のはずのタイタンズ打線を封じていく。

 一方の加納も飛ばしていく。短期決戦は、リリーフ陣まで人材を揃えているタイタンズも、全力を出し切る。

 なんだかんだ言って、シーズンの最後にはメンバーをそろえてきたタイタンズである。

 上杉からも、それなりにヒットを打つ。


 だがランナーが出てからが、上杉の真骨頂である。

 160km代後半のストレートに、チェンジアップを駆使すれば、よほどのことがない限りは三振が取れる。

 一人ランナーが出ても、そこから何も出来ない。

 タイタンズにとっては絶望的な展開だ。


 対するスターズは、さすがに終盤に加納を捉える。

 ツーアウトながらランナーが二人たまった場面で、四番の堀越。

 ここで長打を打って、二点を先制した。


 ランナーが二人溜まった時点で、ピッチャーは変えておくべきだったか。

 だがあくまで結果論だ。加納の球威は衰えていなかった。

 しかし二点あれば、上杉にとってはもう安全圏だ。

 そのまま点差は変わらず、2-0でフィニッシュした。




 スターズは上杉頼みのチームであるが、上杉が投げなくても強い。

 主に投手陣がそろってきて、それをベテランの尾田が上手くリードするからだ。

 尾田もまた、現代的なタイプのキャッチャーであった。

 特に優秀なのはその頭脳で、上杉と一緒に最優秀バッテリー賞を三年連続で取っているし、それ以前にも他のピッチャーと一緒に取っている。

 まあ上杉と組んで一年正捕手を務めるということが、それだけで有利にはなるのかもしれない。


 二戦目は、既に主力ローテになった玉縄が先発した。

 そして先制したところで、今年はそれなりに活躍している大滝がリリーフする。

 まだまだペース配分に課題が多いと言われている大滝だが、逆に短いイニングなら強い。

 クローザーに最後を任せて、スターズが二連勝でファイナルステージへの進出を決めた。


 去年と同じ面子だ。

 ただパの方は埼玉ジャガースと東北ファルコンズが、一勝一敗で三試合目にもつれ込む。

 こちらもある程度は注目している。特に今年は、福岡が優勝したからだ。

 ジャガースはやや投手陣が弱くなったのもあって、リーグ戦では福岡に負けた。

 しかしファルコンズも、まだ打力不足が言われている。

 弱体化したと言われているジャガースの投手陣に抑えられて、ファイナルステージに進出するのはジャガースとなる。

 順位は違うが、去年と同じ顔ぶれだ。


 セの方は順位まで同じで、去年と同じ対決となる。

 甲子園で、スターズを迎えうつことになる。




 プレイオフで勝ち、日本シリーズで優勝するために必要な事。

 それは第一に上杉対策である。

 先発で投げてくれば、ほぼ確実に勝てるピッチャー。

 それに勝てないにしても、どれだけ消耗させるかがポイントになる。


 去年のMVPは、柳本だったとも言える。

 一番大切な第一戦で、上杉と引き分けてくれたのだから。

 今年はスターズがどう上杉を使ってくるか。

 もちろん第一戦で使ってくることは間違いないのだが。

 ファーストステージから中三日でしかないが、上杉なら投げてくる。

 そしておそらくまた中三日程度では投げてくるだろう。


 ライガースの第一戦のピッチャーは、山田である。

 柳本か、今年の勝ち頭であるルーキー真田ではないのかという疑問もあるだろう。

 はっきり言ってしまえばライガースの首脳陣は、山田でもなく琴山をぶつけたかった。

 上杉には勝てないと割り切って。


 連戦で行われるクライマックスシリーズは、上杉をフル回転させても二戦に先発させるのが精一杯であろう。

 去年は中二日で投げてきたし、今年はさらに中一日で投げてくる可能性も考える。

 さすがにそれはとも思うが、クローザーとして使われることは考えておいた方がいい。

 神奈川は今年、上杉の同期である峠が、クローザーとして最多セーブを取っているので、そちらにも注意しなければいけないのだが。


 上杉は完投して勝利すると考える。

 あまり相手に余裕を持たせすぎて、上杉を途中で降ろされても困るので、ある程度の力のある山田は必要なのだ。

 それに最終戦までもつれこんだ場合、中四日で二度目の先発をする可能性も考えておく。

 しかし上杉は本当に大丈夫なのか。

 シーズン終了からはそれなりに休めたが、それでもファーストステージの一試合目から数えれば、中三日である。

 ここからファイナルステージで二試合に先発する。

 なかなかどころではないハードさである。


 ライガースには既に、一勝のアドバンテージがある。

 二戦目に真田、三戦目に柳本と、今年の勝率上位の二人を持って来る。

 あとは相手次第であるが、琴山やロバートソン、そして中継ぎ陣をフル活用してスターズに勝つ。


 去年苦戦したのは、初戦の上杉に抑えられたことにより、大介がその後も不調であったからだ。

 16打数の3安打で1打点というのは、シーズン中やその後の日本シリーズを見れば信じがたい低調な数字である。

 もっとも出塁は、20打席で7出塁。そしてそこからホームを踏むことがあったので、全く貢献していないわけではない。


 今年のシーズン、上杉を打ち崩すことが出来なかった。

 もちろん一本のホームランを打っているので、全く手が出なかったわけではない。

 野球がチームスポーツである以上、上杉以外のピッチャーを攻略していくというのも、作戦としては正しい。

「で上杉が四連投とかしてきたらどうしよう」

 大介がまた非現実的なことを言ったが、非現実的な存在が非現実的なことを言うと、現実的に聞こえてくる。


 上杉の四連投。

 そんなえげつないことは、甲子園でも行われてことはない。

 リリーフならまだしも、先発四連投はない。不可能だ。

 いや、本当に不可能なのか?

 あるいは先発として一試合、残りをクローザーで投げてくる可能性はある。

 クローザーとして使われていた峠を、セットアッパーに使えば、試合の終盤のピッチャーはかなり強力になる。

 そんなデタラメな起用法でも、上杉は結果を出しかねない。




 クライマックスシリーズ、ファイナルステージが始まる。

 今年も上杉と大介の対戦が見られるわけで、甲子園は超満員となっている。

 立ち見の観客も出てきていて、観客席壊れないよな、と選手の方が心配になったりもする。


 なんと言っても大介も上杉も、昨年よりもパワーアップしている。

 上杉などはそれ以上があるのかと言われていたが、確実に一年目以上の数字を残してみせた。

 そしてそんな上杉よりも、大介の成績は圧倒的である。

 去年自分が記録したシーズン記録を更新する、夢の四割。

 打点も更新し、ホームランこそ減ったものの、長打力と出塁率が増している。

 チーム全体も勝率を上げている。

 強いて不安要素を挙げるなら、シーズン終盤の大介の打撃成績であるが。

 最終戦で打点記録を更新するなど、勝負強いところは間違いない。


 ぐっすりと眠って、大介は早くに起きた。

 どうしても昔からの習慣で、少し試合の間が空くと、早くに起きてしまう。

 プロ野球の時間に体が慣れていないのだ。


 野球は青空の下でやるものという感覚が、大介の中にはある。

 その意味ではドームではない甲子園の球団に入れたのは、これまた運が良かったと言うべきか。

 だが黒い夜空にボールが飛んでいってホームランになるのも、あれはあれでいいものだ。


 周囲は騒がしい。

 だが球団もそこは配慮し、マスコミの制限はしてある。

 試合前の練習で体をほぐして、今日の調子も確かめてある。

 大丈夫だ。打てる。

 何も恐れるものはない。


 ゆったりとしたものに感じていたが、時間の流れは同じ。

 今年もまた、最終戦争へ突入する。


×××


 ※ 阪神佐藤君がマジバケモノすぎて引く。

   安打の中のホームラン率大介並やで……。現実は小説より奇なり。

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