第7話 連戦
ペナントレースの開幕戦というのは、その年のチームの行方を占うことになりかねない。
半ばはオカルトであるが、信じている者がいるのであれば、やはりそれは意味があるのだろう。
タイタンズの首脳陣はオカルトでもなく、純粋に最初の一勝を勝てなかったことを重視する。
エースを投入して、スターティングメンバーはベストな布陣で、調整も完了していた。
だいたいライガースというのは昔から、オープン戦ばかり強くてシーズンが始まればあっさり負け続けるということが多いチームであったのだ。
NPBにおいてはタイタンズと並んで名門のチームなどと言うが、その残した実績は隔絶している。
タイタンズは一時期、確かにNPB、つまりはプロ野球の中でも、圧倒的な人気を誇っていた。
田舎の野球少年は、大阪近辺と広島近辺、そして名古屋近辺を除けばほとんどがタイタンズファンという状況があったのだ。
パ・リーグなどは交流戦がなかった頃は、タイタンズとの試合がないために、圧倒的に観客動員数が違ったりした。
一時期ほど隔絶した人気を持っているわけではないタイタンズだが、少年時代にタイタンズファンだった者は高齢になってもタイタンズファンであったり、親子代々でタイタンズの選手のタニマチであったりと、単純に球団だけでなく、球団外の後援者も多い。
つまるところタイタンズは、無意識であってもライガースを見下すか、そこまでいかなくても区別化しようとしている者が多いのだ。
そんなタイタンズが地元で、エースを投入した開幕戦で、高校野球ならコールド負けの点差で敗北したことは、許されないことであった。
なにしろ大介の五打席目は、敬遠としか言いようがない明らかなフォアボールであったのだから。
たった一人の選手がチームを変えるという自体は、同じセ・リーグで二年前にも起こった。
上杉勝也の登場である。
甲子園においてはついに一度も優勝することなく、悲劇のエースとも言われた上杉であったが、プロ入り後は圧倒的な力を示し続けた。
ピッチャー一人の能力がそこまでチーム全体を強くするのかとも思われるが、神奈川はいまだにチーム力の数字では劣っていながらも、二年連続で日本一となった。
上杉一人がいることで、勝つべき時に勝てるチームになったのだ。
さすがに公には言えないが、権藤博のように、さっさと酷使で潰れてくれないかという声もある。
もっとも上杉は夏の甲子園でその耐久力を示しているため、現代のローテーション制では壊れないだろうとも言われてはいる。
プライドを突き崩されたエース加納もであるが、タイタンズ首脳部の苦悩も激しい。
確かに大介にホームランを打たれた後にドタバタと六点を取られたが、その後も全く勢いを止められずに完敗した。
よりにもよってピッチャーが柳本というのも問題だ。あれは確かにいい投手ではあるが、自軍が圧倒的に有利な時には、さらに調子に乗ってこちらを封じてくる。
攻防共に、全く良いところのない試合ではあった。
だが、開幕戦は大事と考えるか、開幕戦でもただの一試合と考えるか、既に負けてしまったからには後者の考え方をするしかない。
三連戦は明日もあり、当然ながら白石大介はまたスタメンで出てくるだろうからだ。
「もう一回、まとめてみようか」
監督の言葉で、ヘッドコーチが読み上げる。
「紅白戦とオープン戦の成績は54打席を与えられて、その中で27安打。ですが前半は28打数の7安打。そしてこの7安打が全て長打でした」
二割五分で打っていて、それが全て長打であれば、OPSはとんでもないことになっているだろう。
「この時はツーストライクまでボールを見てから、あえて打っていくというスタイルです。そして後半はこれと対照的に、難しい球をカットして、甘い球を好球必打で打率を上げています」
だがその後半も、八本のホームランは打っている。
「今日の一打席目は、加納の初球にインロー、二球目にインハイと配球した後に、アウトローを厳しく攻めています」
加納にコントロールミスはない。
ストレートだけの真っ向勝負というのは、シーズン終盤の強打者相手ならばともかく、大型ルーキーの鼻っ柱を折るという点では間違った選択ではない。
「白石はワールドカップで100マイルを打ってますけどね」
「球速だけなら甲子園で大滝も打ってる。球速の問題じゃないだろう」
コーチ陣にも意見の相違はあるのであるが、タイタンズの場合なんとなく派閥のようなものも出来てしまう。
だが今回は監督の一声で収まる。
「加納の件はもういい。明日の対策だ」
大介があの一発だけなら良かったものの、二連続でぶち込んだ後にも打点を上げているので、単なるまぐれ当たりとは言えない。
タイタンズはこの三連戦を、地元で三連勝を飾るために、二戦目三戦目も勝ち星の計算出来るピッチャーを持ってきている。
「白石は封じないといかんだろう」
一日だけの大当たりにしては、オープン戦の成績も良すぎるのだ。
スコアラーがまとめていた、オープン戦と高校時代のデータをバッテリーコーチが持ち出す。
「どうもオープン戦は本人も調整のために打っていたと思われます。ですのでトーナメントで手の抜けない高校時代の成績を分かる限り集めました」
残っているのは一年の夏からの成績だ。
地方大会から毎試合のようにホームランを打っている。
そして二年の夏からは、まさに一試合に一本ペースだ。特に甲子園では、桜島戦で一試合に五ホーマーを記録している。
この年の準決勝において、あの場外ホームランを打っているのだ。
二年の秋には、一時的にだが調子を落としている。
だが原因は家庭内での家族の訃報とはっきりしている。
「打ってる試合はいい。打ててないデータは?」
そう言われて比較的打たれていないデータは、公式戦においては大阪光陰、練習試合などでは部内の紅白戦のデータが残っている。
大阪光陰の真田は、大介から場外ホームランを打たれたピッチャーではあるが、統計としては大介をかなり抑えたピッチャーなのだ。
そのウイニングショットは高速スライダー。
そしてチームメイトの佐藤直史は、変化球投手として有名だ。
つまり、白石大介は変化球に比較的弱い。
と言うよりは速球に対しては極端に強いのだ。
なんで今更こんなデータを再確認しているのだろう、と思う首脳陣であった。
明日の先発は二枚目のエースとも言える荒川。いきなりローテーションを無理に崩さなくても、強力な変化球を使うピッチャーが投げることになっている。
「じゃあコーチの方からも、白石には変化球を主体でと」
「まあ荒川は変なプライドはないですから、期待に応えてくれるでしょう」
FAで移籍してきた荒川は、実力だけなら加納と大差ないというか、むしろ上回っている部分すらある。
だがとある事情により、起用方法で契約に縛りが入っている選手なのだ。それが勝ち星やイニング数が増えない理由になっている。
ある意味エリートコースから挫折無しに歩んできた加納より荒川の方が、タフな試合では頼りになる場合さえある。
プライドよりも実績を優先して、勝利のための投球が出来るピッチャーだ。
だがこの荒川まで打たれたら、いきなりもう投手陣は崩壊と言えよう。
方針は決まったものの、首脳陣の顔色は悪い。
楽しい食事を終えた次の日、大介は遠征先のホテルで、金剛寺の教えを受けながら荒川投手の投げる試合を見ていた。
サウスポーで最速150kmを超えるストレートを持ち、フィニッシュにはスライダーかチェンジアップを持っている。
このスライダーが大介の苦手な、変化量の大きなタイプなのである。
大介は自分の弱点を広言はしないが、だいたい分析されているだろうなとは思っている。
真田のスライダーは魔球なので大介以外の左打者も打てないし、右打者にも有効であった。
しかし大介自身の左のスライダーやスライド要素の強いカーブに対する苦手意識は、一年の夏に当たった細田との対戦からあるものだ。
そして一戦も負けられないトーナメントと違い、プロのリーグ戦では数字を積み重ねて勝てばいい。
はっきり言うとライガースには、荒川と投げ合って勝てるピッチャーがいない。
正確に言うと山田はほぼ互角だろうが、次の三連戦の頭、地元開幕の先発として決まっている。
首脳陣もここは負けると覚悟して、38歳の大ベテラン椎名を持ってきている。
だいたいここ数年はずっと負け星先行ではあるのだが、大きく試合を崩さないピッチングをしてくれて、怪我もせずに年間五勝ぐらいは上げてくれるのだ。
大介としては、この試合は自分一人では勝てないと思っている。
いや、もちろん野球はチームプレイではあるのだが、自分の得点力だけでは勝てないと思うのだ。
「荒川さんって、契約でジャガースから移ってきたんですよね」
「ああ、まあ大変やからな」
哀れみは禁物のプロの世界であるが、荒川は誰もが同情する背景を持っている。
はっきり言って上杉とはまた別の、判官びいきが荒川にはある。
病気で子供の出来ない夫婦に赤ん坊の時に養子に入った荒川は、この両親の愛情を一身に受けて育った。
だが養母が荒川の中学生の頃から、病気の悪化で自宅療養をせざるをえなくをなった。
週に一度は病院での検査。荒川は進学先を自宅から通える高校にして、練習の後には時間が許す限り母の看病をした。
三年生の時には甲子園に出場し準優勝。この背景がいかにもな語られ方をされて、荒川はお涙頂戴の好きな人々の圧倒的な支持を得た。
プロ入り時も在京球団以外は行かないと宣言し、幸いなことに埼玉のジャガースへの入団が決まった。
なおプロ入り後は入寮が義務付けられている新人だが、荒川は特別に、週に一度は実家に戻ることを許されていた。
ちなみに既に結婚して子供も二人いるが、嫁となったのは母の検査先の病院の看護師である。
プロ野球界における最強のマザコンピッチャーとも呼ばれるが、その響きに侮蔑の色が乗ることはない。
母の病気がなお悪くなった時に、FA権を獲得。
より在京での試合が多いセ・リーグに移籍し、その時の契約に関東圏以外での試合には出なくてもいいという条項を加えさせた。
普通にローテーションに入っていればさらに勝っていたのではないかとも言われているが、とにかく荒川というのはそういう人間である。
ほぼ女手一つで育てられた大介には、荒川にやや共感する部分がないではないが、ここまで壮絶な背景はない。
完全に浪花節ではあるが、金剛寺には違う見方も出来る。
「大介、お前らの入団する前に、球団は11人の選手に戦力外通告をしたんや」
豪放磊落をあえて演じる金剛寺であるが、この才能に溢れた新人に、プロの厳しさを知ってほしいとは思う。
一軍に定着するまでの自分は、いつ職を失っても不思議ではなかった。そのぎりぎりの苦しさを知っている。
「今のプロでやってる選手なんて、どいつもこいつも他の人間が落ちて行ったところに入るか、引き摺り下ろして昇ってきた選手ばっかや。荒川との対戦で変なことを考えたらあかんぞ」
「大丈夫っすよ。おれの親父もその切られた選手の一人なんで」
実力ではなく事故で、プロ野球界を去らざるをえなかった。
それに、大介はもっと切実だ。
「俺だって野球以外で食ってく方法なんて知らないっすから。貯金を切り崩して死ぬまで食っていけるだけを稼ぐまでは、絶対に負けてらんないっす」
幸いと言うべきか、母には新たな家庭が見つかった。
それに伝手をたどれば、別に今からでも他の生き方は出来なくもない。
だが自分が自分として、この世に足跡を残して生きていくためには、もうこの世界以外にはないのだ。
ただ、現実は現実として見なければいけない。
「ぶっちゃけ普通に無茶苦茶いいピッチャーじゃないすか」
「まあそうなんやけどな」
まともに勝ちにいっても勝てるとは限らない相手だ。
綺麗なストレートに、ツーシーム気味のストレートを混ぜて、曲がりの大きなスライダーを使う。
さすがに真田ほどの高速スライダーではないが、変化はあれぐらいあるだろう。
「ほんまやったらこの開幕三連戦、全部勝ってしまいたいんやけどなあ」
ライガースの先発椎名は、大崩れしないだけのベテランの技を持ってはいるが、だいたい六回まで引っ張れば四点ほどは取られる。
シーズンに一度は二軍に落とされて新人を試すのだが、その新人がことごとく失敗している。
二軍の育成環境に問題があるのかと思わないでもない。
巨神は神奈川から覇権を奪回するために、オフには打線もさらに補強した。
毎年のようにFAで選手も取ってくるし、資金力が違うのでセ・リーグでは一番高年俸の選手が揃っている。
柳本が完封したのはさすがにあの試合展開が強烈であったからで、この三連戦の二戦目を落とさないことの重要さは分かっているだろう。
しかしタイタンズは投手陣が豊富である。
資金力が違うので色々と集めることが出来るのだが、ローテーション投手が全員、貯金が計算出来る投手を揃えてある。
昨日の試合はもう完全に流れが決まっていたのでどうにもならなかったが、勝ってるときの中継ぎ二枚も強力である。
強いて言えば弱点は、クローザーがいまいち確定してないことだろうか。
竹内という、故障していなければ強力なクローザーがいるのだが、ここ二年ほどは休みがちで、二軍での調整期間が長引いていたりする。
上杉が一年目のシーズン終盤にクローザーとして勝負を決めたのは、やはりクローザーが重要だということである。
だが相手チームの心配よりも、むしろライガースの方がよほど選手事情はひどい。
高齢の選手が多く、そのくせ怪我がない時はそれなりに働くので、切り時が分かっていない。
(足立さんが休む時なんてクローザーどうすんだ?)
そもそもクローザーにつなぐ前の、中継ぎ陣も微妙なのだが。
セットアッパーの青山は最優秀中継ぎに選ばれるほどであるが、足立が離脱するとクローザーに回り、中継ぎが崩壊する。
この選手全体の若返りの失敗は、いったいどこにあるのだろう。
「まあ右の俺と違うて左のお前は、荒川を打つのは難しいやろうなあ」
「ヒットまでならそうでもないですけどね」
大介の言葉には、大言壮語はない。
それだけに理由は聞いておきたい。
「右で打てばいいだけですから」
「おいおい、お前スイッチやったっけ?」
「基本は左ですけど、右でもホームランは打てますよ。ただピッチャーの条件がかなり限定的でない限りは、あんまり意味がないんですけど」
単なる左ピッチャーなら普通に打てるし、角度をつけてくる左でもまず問題はない。
変化量の多いスライダー系が問題であって、いつかはこれも克服しなければいけないのかとも思うが、とりあえず右でも打ててしまうのだ。
プロ野球のペナントは、統計的な成績で勝つものだ。
少ない左ピッチャーで、しかも変化量の多いスライドするボールを投げるピッチャーはさらに少ないだろうし、それも右打席でそれなりに打ててしまう。
むしろやるなら、真田攻略が必須であった高校時代であったろう。
そして大介は、変化球投手と戦う時はこう思うようにしている。
直史に比べれば、どんな技巧派でも怖くはないと。
(俺が成功するためにはありがたいんだけど、それでもやっぱりプロで見たかったよな)
ワールドカップにおけるパーフェクトクローザー記録。
そして高校時代を通じても、クローザーというかリリーフに失敗した試合は一度もない。
勝つべき試合に勝つ、とてつもない技術と集中力。
高校最後の紅白戦で見せたあれが、敵にとっての直史の本当の姿だったのだろう。
野球の神様が本当にいるなら、もう一度対決の場を用意してくれるかもしれない。
それは限りなく少ない可能性なのかもしれないが、大介は夢見ずにはいられないのだ。
最強のピッチャーは上杉勝也である。
だがチームを勝たせる最高のピッチャーは、佐藤直史であると、大介は確信している。
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