第12話 スタートダッシュ
今年のライガースは違う!
新聞にはそんな記事が踊っているが、ライガースのファンでさえ、こっそりと内心では思っていた。
どうせ春先だけなんだよね、と。
ライガースはファンの期待を裏切るのが上手い球団である。
最初からドンケツにつけておけば期待もしないし、いずれはファンとしても離れていくだろう。
だがどうにかクライマックスシリーズにまで進んだり、年度の最初の方は勝っていたり、オープン戦だけは全勝したりということをするのだ。
そこから裏切る。
たちの悪いヒモに引っかかった女のように、どうしても切ることが出来ない。
それがライガースというチームである。
だがまあ、今年のスタートダッシュに成功したことは確かである。
開幕戦は万全の布陣であった巨神を圧勝。
この三連戦を二勝一敗で勝ち越すと、次は二年連続の王者神奈川と地元で対決。
これをなんと三連勝してリーグのトップに立つ。
そして次に当たった広島も、なんと三タテ。
八勝一敗という成績でもって、去年の上位三チームとの日程を終えたのである。
「なんやこれ……」
ビジターで中京と戦うための移動日、ライガースの一軍首脳陣は、嬉しいことは嬉しいのだが、当惑もしていた。
ライガースというチームはベテランが多いため、シーズン序盤に調整に失敗というのは少ない。
ただ衰えたベテランばかりのため、万全の若い力の他球団相手には、序盤は負け越すことが多かったのだ。
だがここまで、タイタンズが契約の都合で当ててきた第二戦以外、試合が崩れることなく勝っている。
神奈川と広島が、比較的弱いピッチャーを使って、こちらが強いピッチャーを使った。
または点の取り合いになった上で、打ち勝った。
笑えるのは中継ぎの琴山に、勝ち星が三つもついていることである。
基本的に一回か、投げても二回には満たない琴山のところで、チームが勝ち越すか逆転しているのだ。
「琴山は今年なんか持っとるんかもなあ」
「せやけど監督、この勝ちパターンは崩せませんで」
「そらそうや。けど飛田がまさか初登板初完投初完封はぶったまげたなあ」
「二年目でいきなりですからな。でもまあ、それよりは打線が……」
言いたいことは分かる。監督である島野が一番分かっている。
白石大介。今年のドラ一のゴールデンルーキー。
開幕戦で二打席連続ホームランというのにも驚いたが、その後のこの九試合までの成績が凄い。
もちろんたったの九試合という見方もあるかもしれない。プロのシーズンは長いのだ。
だがこの九試合で、確実に分かったことがある。
それは大介がクラッチヒッターであるということだ。
純粋に決勝打が多いというのではなく、印象に残るところ、つまり打ってほしいところで着実に打っているのだ。
「打率が0.517で出塁率が0.621か……」
「AB/Kが9.66って、かなりええよな……」
「その三振も見逃しやろ? 空振り三振はないってことやから」
「ピッチャーの球筋を見定めている、と」
しんと静まり返る監督室である。
ルーキーが素晴らしい成績を上げている。もちろんそれは喜ばしいのだ。
だがそれがあまりに凄いと、何か得体の知れないものを感じてしまうのだ。
白富東と対戦したチームの監督は、全てこうだったのだろうか。
29打数15安打12打点4本塁打9盗塁。
三割と30盗塁を入団会見で会見で言っていたが、このペースだとトリプルスリーどころか三冠王と盗塁王、そして最高出塁率やOPSでもリーグトップを余裕で取りそうである。
「地味に一度も盗塁に失敗してないのがえらいですわ」
状況にもよるが、歩かされた場合はほぼ確実に仕返しのように盗塁を決めている。
もちろんこんなペースが最後まで続くわけはない。
開幕戦の爆発的な数字も平均的に落ち着いていくだろうし、全球団との対戦が終わった頃には、研究されて打てなくなってくるだろう。
その時こそコーチが力になって、挫折の中から立ち上がらせる努力をしなければいけない。
高校時代の数字を見るに、大介にはスランプらしいスランプがない。
一試合に一本もヒットが出なければスランプというぐらい、トーナメントでも確実に打っている。
それだけにプロで壁にぶち当たれば、その挫折は大きなものになるかもしれない。
今のライガースは、間違いなく大介が中心になっている。
大黒柱の金剛寺がよく面倒を見て、ピッチャー陣が集まることが多い。
「選手たちが質問に来ることが多くなりましたね。それもどうしましょうじゃなくて、こういうのって分からないですかって、具体的に」
「野手よりも投手陣が積極的になってますね。山倉は五月には上に上げられそうです」
「野手も黒田がよく打ってきてますよ。同じ千葉出身には負けられないってことで」
「そういやそうやったか。甲子園で三本も放り込んでたんやもんな」
「白石の十分の一ぐらいですね……」
「……それは言うたらあかんやろ……」
そもそも一大会しか出ていない黒田と、四大会出ている大介を一緒にしてはいけない。
そしてまた編成からもいい報告が伝わってきていた。
どうしても弱い打線に、アメリカからの助っ人が入ってくるそうだ。
金額に比してかなりいいだろうと言われている。ホームランまではいかないが外野の頭を越える打球が多く、そういったバッターは日本に来た場合、長距離砲になることが多い。
「しかしどうせならシーズン前から取ってきてほしかった……」
「外国人は実力より先に、日米のカルチャーギャップに驚くからなあ」
だがここでさらに打線の中軸が固まれば、間違いなく去年の数字は上回るはずである。
「あとは怪我か」
「白石はアップと柔軟しっかりやってるからええけど、他のもんがあいつの真似しだしたら絶対故障するやろ」
「小さい体やけど、シャーシの頑丈さは折り紙つきやな」
「親父が事故で再起不能になったんが、かなり頭にあるらしいからな。なんや進学校出身からかもしれんけど、勝手に微調整して勝手に適応しとるし」
地味にそのあたりも評価は高い。
ただあの天才のやり方を周囲が全員真似しだしたら、それはそれで崩壊するだろう。
オーナーからは基本的に、大介には好きにやらせるように言われている。
スカウト部長の大河内とも話をしたが、白富東高校は白石の入学までは、県内有数の公立進学校で、野球部は部員が少ない割にはそこそこ強いという程度だった。
それが強くなったのは、もちろんSS世代の才能ということもあるが、指導者にMLB出身者が入ったからだ。
トラックマンはもちろんNPBの球団全てが導入しているわけだが、その活用の仕方を本当に理解している者は少ない。
大介は監督のいなかった時期には、キャプテンや佐藤直史と一緒に、計測機器をいじり倒して、自分の体の動かし方の最適解を考えたそうだ。
「大介は勉強は出来へんけど、頭はいいよな」
「まあ進学校出身ですしね」
今の二軍でくすぶっている連中は、どこかで爆発的に成長すれば、一気にベンチメンバーを変えてしまうだけのポテンシャルは持っていると思う。
だがその時は、今のライガースを支えるレジェンドたちが、全て去ることを意味するだろう。
ライガースがこの数年ほとんどBクラスであっても、まだ応援するファンが多い理由。
そのもう一つは、ライガースを代表する選手の顔が変わらないことだろう。
沢村賞を取った高橋に足立、それに藤田や椎名、青山といったタイトルホルダーは多い。
これらにずっと頼り切っているのは、戦力だけでなく人気もだ。
主にピッチャー陣には、タイトルホルダーが多いのだ。そしてそれが先発から、中継ぎやクローザーになって毎試合とは言わないが、登板することは多い。
中継ぎをバカにするわけではない。青山などはセットアッパーとして最優秀中継ぎ投手を何度も取っている。
勝った試合で、セットアッパーの青山や、クローザーの足立を見れることが、ライガースのファンには嬉しいのだろう。
ただ現場としては成績を残さなければいけないし、フロントの顔をうかがうわけではないが、次代のスター選手を育てることも重要だろう。
大介を中心として、若い力が目覚めようとしている。
それにフロントが珍しくFAで大金を積んで取った柳本や、育成から上がってきた山田は、話題性も充分だ。
中堅が完全に力になるまでに、勝つための体制を作らなければいけない。
ライガース首脳陣の苦悩は続く。
気が早いことであるがライガースが一位ということは、二位や三位のチームもいる。
その中で圧倒的な最下位街道を突っ走るのが、中京フェニックスである。
NAGOYANドームを本拠地とするフェニックスは、主軸のメジャー挑戦やFA移籍で、一昨年の三位から去年は、一気に最下位まで落ちた。
原因がはっきりしているので監督の首は契約最終年までつながったものの、今年も全く戦力補強が上手くいっていない。
Bクラスの長かったレックスもやや調子を良くしているため、一人負け状態なのだ。
フェニックスの弱点は、明らかである。
打撃力だ。得点力がワーストなのである。
抜けた中軸を埋めることが全く出来ていない。外国人は日本のピッチャーに対応出来ず、ドラフト即戦力は即戦力ではなく、二軍から育ってもこない。
中軸に長距離砲がいないと、やはりプロでは点が入らないのだ。
そんな悲惨な打撃陣の中で、雷同監督はよくやっていると思う。
投手の継投を繰り返し、少しでも失点を減らす。
負けと見たら敗戦処理に任せ、ピッチャーは出来るだけ疲労を残さない。
一軍と二軍の入れ替えが、セ・リーグでは一番多い球団だろう。まあ去年もAクラスが絶望的になってからは、積極的に下の選手を使ってきたのだが。
ちなみにドベから二番目に位置するのが、今年も大型補強をして、チーム力ではナンバーワンと言われたタイタンズである。
神奈川や広島と違って、ライガースに三タテを食らわなかったにもかかわらず、その後の試合でボロボロになっている。
一番の原因はエース加納が調子を落としたことであり、荒川が今期二度目の先発で投げて二勝したが、別にあの試合で投げたわけでもないローテーションピッチャーも、調子を崩したらしい。
まあ開幕戦はともかく、その後のスタートダッシュに失敗することはままあるチームなので、最終的にはもっと上がってくるだろう。
まだライガースに当たっていないレックスと、三タテを食らったスターズとカップスが、ほぼ差のない二番手。
長い長いシーズンの中では、この時点の順位など、ほぼ無視していいものだ。
それでもある程度は、その年の行方を占う要素が明らかにはなる。
スーパールーキー白石大介は、空前絶後のプロ生活をスタートしたが、二試合目以降はまだしも落ち着いた成績になっている。
ただここまでの九試合で、全ての試合においてヒットを打っている。
連続試合安打記録にはまだ遠く及ばないが、その安打数に比しても打点は多いと言えるだろう。
そして自身でホームを踏む回数も多い。
あとは四球で歩かされたら、報復のように盗塁を決めてくる。左ピッチャーからは三盗を決めたのには驚かされた。
次の打者が金剛寺なのに盗塁を許されるとは、かなりこの三番と四番の信頼関係は高いらしい。
ホームランはどうにか落ち着いてきたが、それでも開幕戦を除いて八試合で二本と、30本は打てるペースだ。打率が全然下がらないことを考えると、初年度からトリプルスリーはいくかもしれない。
いや、それに打点王もつくか。少なくともこの時点では、三冠王に加えて盗塁王でもある。
このルーキーを攻略する上でもう一つ注目すべきは、三振の少なさだ。
スイングスピードは確かに速いのだが、単に豪快なフルスイングをしているわけではない。
ぎりぎりまでボールを見定めて、鋭くミートする。そのポイントが確かであるので、単打も打てるし長打も打てるのだ。
こう言ってはなんだが、自分の体の小ささを上手く使って、小さい体を速く動かしているとでも見るべきか。
もしかしたら今後、小さな強打者というのが、ぽろぽろと出てくるのかもしれない。
さて、この弱点を探らなければいけない。
プロ野球選手というのは、毎年そのままの力を伸ばして、維持し続けるだけではやってられない。
バージョンアップ、あるいはバージョン変更が必要なのだ。
純粋に毎年能力を伸ばすというのではない。弱肉強食ではなく、適者生存なのだ。
いくらでも成長するものより、己を変化させられる者が強い。
その対応力も力の内だと言われてしまえばその通りだが。
白石大介の弱点は、サウスポー投手のスライダー系。
単なるサウスポーなら打たれている。しかし高校時代にまで遡っても、変化量の多いスライダーか、横の変化量の多いカーブには、あまり相性が良くない。
ただサウスポーの投手は普通に少ないし、横の変化量の多い投手となると、さらに少なくなる。
タイタンズの荒川がスライダーで有名だが、確かにヒットを打たれていない。
他には弱点と言うよりは、平均より低い数値は出てくる。
直球と大きな変化の変化球は長打にしやすいが、ムービング系は単打までで抑えられることが多い。
それでも平均的な打率より上なので、まだマシ程度ではあるのだが。
だがプロのシーズンは長い。
高校時代は天性のスラッガーだったのが、単打しか打てないとなれば、フラストレーションも溜まっていくだろう。
そしてその焦りが、本人にも気付かないフォームの乱れとなって出てくるかもしれない。
高校時代とは全くレベルの違う、情報の収集と分析。
大介がこれから戦う相手は、そういったものになる。
×××
AB/K 打数に対してどれだけ三振しているか。
これが高ければおよそ打率の高いアベレージヒッターである。
8でかなり良い。10で素晴らしく良い。
×××
本日より「第四部A 続・白い軌跡」が開始されております。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます