第11話 地元開幕
東京ドームでの三連戦の後、一日を休んだこの日、つい先日まで春のセンバツが行われていた甲子園で、ライガースの開幕戦が行われる。
地元開幕の先発は、育成の星山田。昨年は14勝を上げたこの25歳のシーズンは、名実共にライガースのエースを目指している。
チーム最多の17勝だった柳本は既に三十路。
生え抜きである山田にかけられる期待は大きい。
ホームであるこの日、大介は打席に入るより先に守備をする感覚が、なんとなく違和感になる。
高校時代は甲子園でじゃんけんに勝った場合、先攻を取っていたからだろうか。
試合前の練習でも、取材は多かった。
あの歪曲記事の後に大介が選んだマスコミへの対処は、とにかくどうでもいい情報をたくさん与えるということ。
金剛寺は将来的にどんな姿勢を見せるにしろ、一年目からマスコミ対策までしっかりしろとは言わなかった。
ただでさえドラフト競合一位指名の即戦力が、開幕戦から大活躍したのだ。何を言おうと記事にはされる。
マスコミにとって一番腹立たしいのは何も言わない選手なので、とにかくどうでもいい、しかし今までに話していない情報を、たくさん与えたのだ。
もちろん球団広報に対しては、まともな受け答えをするのであるが。
山田は一回表を三者凡退に抑えた。
神奈川は相変わらず、打線の貧弱さは補強されていない。
上杉を投げない日は野手で使おうかという話まで出ているが、それでも開幕は地元で三連勝した。
開幕戦を上杉で完投完封、二戦目を玉縄でつないで勝利、そして三戦目には上杉の同期からつないでつないでこれまた勝利。
ライガースにとっては地元開幕となるこの試合には、神奈川も今年最初のビジターゲームということで、ベテランの小畑を先発に使ってきた。
ここ数年は中継ぎで使われることが多かった小畑であるが、元はこれまたゴリゴリのエースで、神奈川が長い低迷期に入る前は、安定して二桁勝利を重ねていたのだ。
「あっちも色々と考えてるんやろな」
金剛寺に問われて、これまたベテランのキャッチャー島本が答える。
「上杉の同期のピッチャーが回復してきてるからな。それも複数。一応のローテーションは組み立ててくるだろうけど、シーズンの中で役割は変わると思うぞ」
特に島本が注目しているのは、上杉と同じ年、同じく高卒で入ってきた峠である。
一年目から上杉に次ぐチーム二位の15勝をして、今年の高卒はどうなってるんだと言わせたが、シーズンの終盤で肩腱板損傷に疲労骨折。その年どころか次の年まで丸々一年を手術とリハビリに費やした。
ただ三年目は二軍スタートながら徐々に調子を上げ、公式戦も二戦目と三戦目で一イニングずつ投げ、完全に復活したのではと言われている。
「神奈川のローテーションは上杉が強烈だが、藍本と三好が勝ち狙い、小畑はどちらかというと相手エースに当てるためのローテ投手になってる印象ではあるな」
若い頃にはストレートとスプリットとスライダーでバッタバッタと三振を取ってきた小畑も、ここ最近は衰えて、中継ぎで堅実な成績は残してきた。
ただこの小畑でさえ37歳であり、もしライガースのローテ―ションピッチャーに入るとしたら、上に三人も年上のピッチャーがいるのだ。
うちのピッチャーは本当に大変だなと思いつつ、ツーアウトランナーなしで打席に入る大介である。
前の三連戦や、オープン戦でも撒いていた布石が生きている。
大介の打球は速く、打ち取った場合でも速いゴロやライナーであることが多い。
つまり深く守っているわけだ。
(ツーアウトだし試してみっか)
小畑のスライダーを三塁線に転がす。ここまで全くバントなどしてこなかった大介だが、セーフティバントは得意であるのだ。
中学時代は送りバントで無理矢理自分も生き残ったことがある。
サードが追いついたところで一塁ベースを駆け抜け、完璧なバントヒットである。
「アホか~! お前はホームラン狙えばええんじゃあ~!」
塁に出たのに味方のファンに野次られる。
確かに大介はオープン戦でもホームランを打ちまくり、開幕のデビュー戦でも連続ホームランを打った。
その後の二戦でも着実にヒットは打っているのだが、期待しているものは違うのだろう。
(まあ確かに狙えなくはなかったけどさ)
オープン戦を経験し、そして開幕三連戦を終え、大介は考えている。
ただ勝つだけでは無理な、プロのシーズンを優勝する方法を。
金剛寺に対して外したカーブから入ったバッテリーから、あっさりと大介は盗塁を決めた。
上杉が入団した時の神奈川は確かに弱小球団であったが、一人だけ確実に計算出来る選手はいた。
正捕手の尾田である。
盗塁阻止率は10年以上常に上位三人に入り続け、インサイドワークに優れたベテランキャッチャーは、上杉の力を充分に発揮したし、その他の若い選手たちもそのリードを信じて投げ込んだ。
大卒ドラ一から三年目に正捕手となり、完全にレギュラー10年目のこの捕手は、確実に神奈川の守備の要である。そしてキャッチャーで打順は六番か七番を打つ割には打点が多い。
必要な時には、バッテリーの配球を読んで打てるクラッチヒッター。
決勝打を打つこの捕手を崩すことが、今年ライガースがシーズンを制するための第一歩である。
(つってもこの二年フル出場してるって言っても、その前は年間に少しは休んでるからな)
神奈川は上杉が伝説レベルの活躍を見せているが、その舞台の土台部分が不安定だ。
もっとも正捕手が欠ければよりきついのはライガースの方であるが。
捕手は本当に大切だ。
高校野球と比べても明らかに、ピッチャーよりもキャッチャーの重要度は増している。
(ジンのやつも頭脳面だけなら通用すると思うんだけどな)
もっともやはり、耐久力に不安は残るが。
大介が二塁に進んだことで、次の四番金剛寺は、ボール気味の球を選ばされてフォアボール。
バッターは五番の島本。キャッチャーとしては充分すぎる打力の持ち主だが、五番に置くにはやや物足りない。
だからその分は、ランナーがアシストする。
大介の出したサインに、島野監督はGOサイン。
島本への初球、大介は三塁目指して走り出す。
外しきれなかったストレートを、島本は引っ張る。内野の間を抜く安打。
大介は一気に帰ってきて、先制のホームを踏んだ。
均衡の取れたいい試合になった。
神奈川の打線もそれなりに機能して、一点差を追いつく。
同点に追いついた六回を終えて、先発の小畑に代えて、七回からピッチャーは峠がつなぐだろう。
七回の表に神奈川の得点はなく、これで小畑の勝利投手の権利は消えた。
そして七回の裏、先頭打者がピッチャーの山田なので、ここで代打が出される。
この回に得点できなければ、山田の勝ち投手の権利も生まれないということだ。
想像通りに神奈川のリリーフは峠。右打者相手なので右の峠である。
代打の甲斐なくワンナウト。そして打順は一番に戻ってリードオフマンの西片。
どっちかで打ってほしいと思っていたら、西片がさっそくツーベースを放つ。
石井は進塁打も打てず、ツーアウトでバッターは三番の大介である。
一回の攻撃は、バントヒットで得点に絡んだ。
ここは打ってランナーを帰す場面である。
初球、スライダーが懐に入ってきた。
右と左の差はあるが、真田並の鋭いスライダーだ。そしてMAXは真田より上。
上杉がいたとはいえ、どうしてこれが外れ一巡目指名で消えなかったのかと言うと、高校最後の一年を怪我で棒に振ったからである。あと甲子園にも行っていなかった。
それでも素材としては一級品で、ここで復活されたらまた難しいピッチャーが一枚ローテに戻って来てしまう。
非情であるが、ここはプロの世界。一発打ってもう一度二軍に落ちてもらおう。
(球種はスライダーが二種類に、ツーシーム)
初球スライダーで入ってきたということは、おそらく次はストレートか、ツーシームを外に逃がしていく。
(つってもこの人とは初対決だからなあ)
一年目の映像は古いし、復活以後の映像は少なすぎる。
反応して打とうと考えている大介に対して、ベテラン尾田はまた違った思惑を持っている。
上杉が入った年は、新人たちがそれぞれ小さな爆発を起こして、上杉がクローザーに回って優勝出来た。
去年も玉縄がローテーションで貯金を作って、チーム全体でどうにか勝ってきた。終盤には去年の故障組も完全に戻ってきた。
今年は若い力が充実している。その中でも峠が一年目の力を取り戻してくれれば、計算して貯金を作れるピッチャーが一枚増えるということだ。
上杉中心ではあるが、上杉頼みでないチームを作って、日本シリーズ三連覇を目指す。
自分が引退するまでに要の後継者が育ってくれれば、今後10年は神奈川のAクラスは保証されるだろう。
(そのためにも峠には白石を切って、復活に完全な手応えをえてほしい)
尾田は堅実ではなく、攻撃的なリードをする。
上手く組み立てて打ち取るのではなく、一球で見事に決めてやる。
峠の投じた二球目はストレート――に似たカットボール。
大介のスイングはタイミングこそ合っていたが、ボールの上を叩いて内野ゴロになる――はずだった。
バットがボールを追いかけた。いやボールに吸い付いたと言うべきか。
振り抜いた打球はライト前ヒット。ツーアウトで早めのスタートを切っていた西片が帰ってくるには充分。
(なんだ今のは? 体の軸自体が歪んだ? それで打ったのか?)
イカサマを見せられたような気分になった尾田であるが、それを考えるのは後だ。
西片に打たれて、そしてゴールデンルーキーに打たれた。
峠の表情はどうか。
頭を振った峠は、割とすっきりとした顔をしていた。
まだまだ戻っていない。そうとでも思っていそうだ。
おそらく首脳陣も、もう少し下で調整させようと考えるかもしれない。
だが峠はそもそも練習をしすぎるタイプだ。コーチ陣にも球威自体は戻っていると伝えたほうがいいだろう。
それよりも問題は、あのルーキー。
開幕戦でいきなりホームランを二連発し、度肝を抜いたものであるが、ここまで着実に打点を上げている。
リーグ優勝を競う相手としては、ライガースはチーム力が低すぎると思えるが、一人の選手がチームを変えてしまうのは、これまでにもあったことだ。
残した実績は投打の違いこそあれど、上杉クラス。
尾田は大介を要チェックリストに入れた。
ベンチに戻ってくると、あまり表情を変えない山田が、少し微笑みながら大介にグラブを渡す。
「あざす」
「サンキュ」
この試合また同点に追いつかれれば別だが、とにかくこの時点で山田に勝利投手の権利が発生した。
ライガースは八回をセットアッパーの青山、九回をクローザーの足立が〆て、これで三連戦の初戦を取った。
ヒーローインタビューは勝利投手の山田と、先制のホームを踏んで決勝打を打った大介である。
なんと言っても地元の開幕戦は、ファンの熱気が違う。
割と寡黙な山田であるが、今期初登板で一勝目ということで、それなりにしっかりと受け答えをしている。
そして大介にもその順番は回ってきた。
「これで開幕戦からの連続試合打点記録は継続ですが」
「え、そんな記録あったんですか」
言われてみればどの試合でも、バットで点を上げている。
「残念ながら無三振記録は途切れましたが」
「あ~、そんなのも数えてるんですね」
確かにタイタンズとの三連戦、大介は凡退の時も全て打っていた。
今日の試合は単に、相手の変化球の具合を見たかったからである。
打点にしてもこのままではまずいな、と思った場面で打っているだけだ。
「ただ、この三試合はホームランは出ていませんね」
「いや、プロの世界でそうそうぽんぽんホームランは打てないですよ。研究も足りてないし」
高校時代は相手チームのピッチャーを、存分に分析することが出来た。
そもそも四試合が終わった時点で、二本のホームランを打っているだけで上出来であろう。
「甲子園のお客さんは、ホームランを待ってると思いますが」
「そう簡単なものじゃないですけど、常に頭の隅では狙っています」
今日の決勝打の場面でも、球種がストレートだったら打てていただろう。
カットボールの軌道だったので、咄嗟に膝を抜いて上半身だけでミートしたのだ。
だが、やはりホームランは必要なのだろうか。
浜風の影響でホームランは比較的出にくいと言われている甲子園球場であるが、大介はあまりそう感じたことはない。
風というか、空気抵抗を貫いていく打球を打っているからなのだが。
「ホームランを打たないといけないところでは、もちろん狙いますけどね」
こういう発言が、ホームラン予告として拡大解釈されてしまうのである。
地元開幕を終えて、ほっと一息の次の日のことである。
なぜかピッチングコーチと一緒に、二軍のピッチャーを見てアドバイスを求められた大介は、首を傾げながらも指摘をした。
そして自分の練習もしてクラブハウスに引き上げてきた時、これまでになかった系統の人物に捕まったのである。
「白石選手! バッティンググローブは使わないんでしょうか!」
スポーツ用品メーカーの営業担当の女の子であった。
女の子と言っても大介よりはもちろん年上であるが、圧が強い。
大介が話す前にまくし立てるが、勢いだけでどうにかなるものではないのである。
大介は高校時代からMIZUHOでおおよその用品を統一している。ライガース自体もユニフォームの提供はそうである。
ただバットだけは特注なので、それと合わせて営業をかけてきたというわけだ。
だが、大介のバット素材の名前を聞いて「!?」という表情になる。
「ひ、ヒッコリー? なんでそんな戦前の素材を使ってるんですか?」
日本の木製バットの主流は長くアオダモであった。軽くてしなり、反発力もある。
北米などはホワイトアッシュが多く、あとは両者の中間的なメイプルなども使われる。
ヒッコリーは確かにかつてMLBでよく使われていた素材で、硬くてよく飛ぶ。折れにくい。
だが決定的に重いのだ。
営業の女の子も理解不能という顔をしているが、これはほとんどの野球仲間から呆れられるものである。
平均的な重さのバットの約二倍の重さ。確かに硬いことは硬いのだが。
「え……それでさらにバッティンググローブを使わない意味が分からないんですが……」
バッティンググローブはなにもかっこつけのために使われる道具ではない。
バッティングは基本的に、握ることには極力筋力を使わない。そこに力を入れていると、スイングのスピードが足りなくなるからだ。
滑り止めのためにも、特にプロの木製バットなどは、バッティンググローブを使わない意味が分からない。
大介としても全部が合理的に説明できるわけではない。
ただ木製バットを使い始めた時に、バットに必要なのは反発力と重さだと思った。
そもそも同じスイングスピードがあるのであれば、重たい物ほどパワーになる。
あとはミートの瞬間に握力でバットを固定し、一瞬でぶった切るイメージだ。
スイングのフォームが崩れない限り、そしてスイングスピードが保てるならば、重いバットの方が飛ぶのである。
理屈としては正しいのであるが、軽いバットの方が扱いやすいのが現実である。
そしてバッティンググローブを使わない理由は、かつては金がなかったからだが、ミートの瞬間の感触をよりしっかりと確かめるためだ。
分厚くなってしまった掌は、カチコチのようでいて実は弾力がある。
いちいち細かいところまで、常軌を逸した大介であった。
×××
書き忘れてたけど、昨日Exエピソードを投下してます。
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