第138話 奇跡の記録

 オープン戦を全勝したチームというのはあったりする。

 その後のシーズンではボロ負けしたとうオチもある。

 だがこれまで、交流戦を全勝したというチームはなかった。


 既にここまでで、他のチームは一敗以上している。

 ライガースのみが12戦全勝だ。

 確かに今のライガースは強いチームではあるが、投手力で弱点があるはずなのだ。打線にしても強力だが、二桁得点で勝った試合はごくわずか。

 だがその弱点に至る前に、必要な点差がついてしまったりする。

 真田や大原といった、完投能力に優れたピッチャーがいたのも理由であろう。

 だがその真田は調子を落とし、勝ち星を逃した試合もあった。

 それなのにそこで、打線陣が援護をして、他のピッチャーがリリーフする。


 チーム全体が有機的に動いていると言ったらいいのだろうか。

 島野も選手時代やコーチ時代を含めても、チームがこんな動きをしているのを見たことがない。

 あるいは大介という得点源の、離脱やスランプを経験したことが、むしろプラスになっているのか。

 大介がいなくても勝とうとし、そして壊れるようなボロ負けの試合をしなかった。

 そこへ主砲が戻ってきて、ガンガンと打ち始めた。


 スランプの時も、チーム全体が崩壊したりはしない。

 ある意味大介は、チームの雰囲気を良くする選手ではあるが、上杉のようにチームを完全に牽引する選手でないのが良かった。

 ベテランから若手まで、誰もが勝とうとしている。

 自分の記録にこだわるものがいても、もちろんそれはいいことだし、結果的にチームに貢献していればそれでいい。

 神奈川を抜いてリーグ首位に立ったあたりから、完全にチームの自然とまとまってきた。


 これが優勝するチームなのだ、と島野は思う。

 実際に連覇したこの二年は、大介がほとんど機械的に、ホームランを量産し打線の中心となった。

 ホームランもすごいがもっとすごいのは、打点であったと島野は思う。

 入団一年目で打率と打点を更新し、特に次の年はまた打率の記録を作って打点も増やした。

 今年はそれに比べると、打点の量産が明らかに下回っている。

 そしてホームランの数が異常だ。


 とにかくソロホームランが多く、むしろホームラン以外のタイムリーで打点は稼いでいる。

 29本のホームランを打っていて69打点。さすがにこの部分だけは、去年を下回る。

 むしろそれだけ打たれるのなら、勝負を避ける方が当たり前だからだ。




 パ・リーグで福岡と首位を争う埼玉。

 それとの三連戦が、甲子園で行われる。

 ここまで60試合が終わった時点で、大介のホームランは29本。

 このままのペースが維持されるとしたら、ホームランは50本を超えるどころか、60本を軽く超えるであろう。


 離脱があったのにこのペースになるのは、むしろ離脱後の復帰で、甘く見られて勝負されたこと。

 そしてややスランプになったわけで、こいつも調子が悪くなることはあるのだと思われたこと。

 考えてみれば当たり前の話で、人間は甘く見た相手には強気に出てくる。

 大介がスランプになったのは、長期的に見ればむしろ良かったことになる。


 それにしても、甘いのではないかと島野は思う。

 もちろんピッチャーが大介と勝負してくれるのは、ありがたいことではあるのだが。

 おそらく今年は四割の打率には達しないが、それでも首位打者はほぼ間違いないだろう。

 スランプ期間には打率は二割を切っていたが、それもすぐに取り戻している。

 ピッチャーは大介を避けるだけではなく、正面から勝負して、少しでも情報を得なければいけない。

 そうでなければパのチームであっても、この投資が無意味になるのだ。


 あとは他のチームの監督は口に出せないことだが、このバッターが記録を更新するところを見てみたいという気持ちさえある。

 かつて昭和の頃などは、外国人選手が50本を超えたら、敬遠の嵐となったものである。

 だが大介のような人気者が、その見るからに不利な体格を覆して活躍するのは、野球界全体のプラスにもなる。

 もちろんピッチャーとしては、とにかくホームランを打たれることなどいやなのだが。


 今でも一試合に一個のペースでは、フォアボールで歩かされている。

 ただ去年までのように、無理にボール球をヒットにする数は減った。

 盗塁を増やして、そして大介の後のバッターが打つことによって、大介に打たれるリスクと、大介を歩かせるリスクを比べたのだ。


 今のところは、下手に歩かせるよりも勝負した方がいいと、各種数字では出ているらしい。

 そのおかげでホームラン量産体制に入るのだが、今日もそうであった。

 一打席目から三打席目までは、打球は全てライナーやフライでアウトになっている。

 だがランナーを一人置いた状態からの四打席目で、インローのボールをライトスタンドに放り込んだ。


 最近はライナー性の打球が減っているため、甲子園や千葉のマリスタでは、やや引っ張ったホームランが減ったように思えるだろう。

 だがいざという時に打てば、それで充分なのだ。

(そもそも引っ張った打球なら、余裕で飛距離は出せるわけだしな)

 甲子園のライトスタンド中段に突き刺さるホームラン。

 これにて本日もライガースは勝利である。




 プロ野球におけるシーズン中の連勝記録は、18連勝である。

 ただこの連勝記録は古いものが多く、ドラフトなどの戦力均衡がなかった時代のためだと、理由はつけられる。

 交流戦前の二連勝から続いて、これで15連勝。

 記録の更新が、現実的な視野に迫ってきた。


 大介は確かに記録を塗り替え続け、その自らの能力を示した。

 そして周囲も大介に触発されて、また大介の運用を考えることによって、チーム自体が強烈な強さになってきている。

 これを止めてしまうような、問答無用の存在である上杉とは、交流戦期間であるので当たらない。

 この埼玉戦と、続く東北戦は甲子園球場で行われるため、DHの存在がライガースのピッチャーにとっての不安要素にはならない。

 普段のセの試合と同じような感覚で、対決することが出来るのだ。


 埼玉との三連戦、二戦目の先発は大原である。

 完投するスタミナを備えた大原は、スロースターターだが馬力はある。

 いい意味での大雑把さがあるため、あまり調子を落とすということがない。

 リリーフ陣に不安が残るライガースとしては、大原ならば完投出来るのではないかと考えるのもおかしくはない。


 一回の表、立ち上がりはあまり良くない大原は、先頭打者を塁に出して、一点を取られた。

 だが甲子園の大応援団が、その大原の背中を押す。

 ここまでこれほどの応援を受けていなかった大原だ。

 高校時代は一度もこれなかった甲子園で、ここまでの声援を得ることになるとは思わなかった。


 なんだか涙さえ出てきそうになる気分で、後続のバッターは打ち取る。

 そして試合の後半になればなるほど、大原のピッチングはパワフルになっていく。

 やや荒れた制球力は残しながらも、ストレートを主体で投げるパワーピッチャー。

 球速もそれなりにあるのだが、それよりは思い切り良く投げ込んでくる球威によって、連打を許さない。


 しかし対する埼玉ジャガースと言えど、自分たちとの試合で、ライガースの連勝を止めたいという気持ちはあるのだ。

 大原のピッチングは確かに力強いものだが、失投がないわけではない。

 それに入団してからかなり鍛えられたが、フィールディングの技術はまだまだである。


 ライガースファンの応援は心強いものであるが、先制したジャガースに、なかなか追いつけない。

 大介は極端に警戒されて、まともに勝負をされない。

 次々に大介の場面で左投手を使って、ヒットまでに抑えこむのだ。

(これはもう、俺以外の誰かにどうにかしてもらうしかないよな)

 歩かされたら盗塁をして、チャンスを拡大することを狙う。

 だがジャガースのキャッチャー河原は、球界全体でも一二を争う強肩だ。

 大介が盗塁して、失敗するという珍しい場面もあった。




 九回の裏、ライガースの最後の攻撃。

 この日五打席目の、大介の打席が回ってくるかどうか。

 一点差でリードするジャガースは、ここでクローザーの津山を投入する。

 リリーフ一筋20年の津山は、同点からの勝ち越しで50勝している以外、150ホールド150セーブを誇る生粋のリリーフエースだ。

 かなり選手のFA移籍が多いジャガースで、ここまでスター選手が長くいるというのは珍しい。

 日本一になった時には、シリーズMVPを取ったこともある。

 ただし、大介には打たれている。

 

 九番から始まる打順で、一人出れば大介まで回る。

 ここでもちろん、ライガースは代打を出してくる。

 しかしそんな代打を、あっさりとしとめてしまうのが津山である。


 一人出れば。そんな期待がライガースベンチ以外、スタンドの応援以外からも、マウンドの津山にプレッシャーをかける。

 ここで記録を達成すれば、おそらく今年も、ペナントレースはライガースが制する。

 実は日本シリーズで対戦する相手を考えると、パとしてはスターズよりも、ライガースに勝ち上がってきてもらったほうがいいのである。

 なにしろスターズが日本シリーズに出てくると、上杉を中三日で三試合投げさせてくるので。

 スターズが日本一になると、必ずMVPは上杉になる所以である。


(でもだからと言って、俺らを勝たせようなんて気にはなってないだろうしなあ)

 大介の視線の先で、毛利がヘッドスライディングをしながらも、ファーストでアウトになった。

 まるで高校球児だが、ヘッドスライディングは怪我をしやすいので、普通に駆け抜けたほうがいいのである。

 それでも気迫を押し隠せなかったか。


 最後の打者になるのか、二番には石井ではなく、山本が入っている。

 真田と同期のこの大卒打者は、攻撃的な二番として、今年のシーズンで何試合か試されている。

 今のところどちらがいいかとは言えないのだが、出塁率自体は石井の方が高い。

(フォアボールを選んでくれてもいいんだけどな)

 そう思う大介の前で、山本はボールを高く打ち上げた。

 センターへのフライに、甲子園のマモノさんは、働かなかったようである。


 キャッチしてスリーアウト。ゲームは終了。

 この年最長となる連勝は、15試合で止まった。




 連勝の後に連敗が始まる、というのもよくあることである。

 選手たちの士気が低下して、それまでの蓄積された疲労が噴出すからだとも言われる。

 ただライガースの選手たちは、甲子園の応援をバックに、そんな疲れた様子は見せなかった。


 昨日勝利して連勝を止めたことで、むしろジャガースの方がいい気になっていたのかもしれない。

 大介が初回からスリーランホームランを打つと、そのまま一気に流れをつかまえた。

 逃げまくられた大介が、ホームベースを踏みまくった。

 前日の惜敗を払拭するような、完全なる二桁得点の勝利である。


 交流戦はこれで、14勝1敗。

 既に優勝は決まっている。

 しかしライガースは気を抜くことなく、甲子園で最後の、東北アルバトロスを迎え撃つ。


 ここを三タテとはいかなかったが、二勝一敗の勝ち越しで、交流戦を16勝2敗で終えた。

 実は何気に、前の二年は交流戦で優勝していなかったライガースである。

 だがここまで圧倒的な数字を残すと、ペナントレースの制覇までも、もう見えてくるというものだ。


 今シーズンは序盤で神奈川がスタートダッシュに成功し、他の五球団はしばらくどんぐりの背比べであった。

 しかしこの交流戦を終えたところで、ライガースは神奈川を逆転して首位に立つ。

 クライマックスシリーズ、一勝のアドバンテージを得るために、シーズン戦を優勝しないといけない。

 上杉というピッチャーをもつ神奈川相手には、それは日本シリーズ進出への大前提である。

 それにしても、また今年も、大介がおかしなことをしているが。


 前半が終わる以前に、大介のホームランは30本を超えていた。

 日本記録の更新は、かなり現実的なものとなっている。

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