第137話 この世に打てない球はない

 現在のセ・リーグにおいて最強のピッチャーは上杉勝也であるが、おそらく二番目がライガースの真田である。

 二年目のピッチャーをどう評価しているのだという人間もいるかもしれないが、今年は既に10登板で5勝1敗、昨年は19登板で16勝1敗だったこの成績だけを見ても、完全にエースクラスなのは間違いない。

 一つ上に直史が、同学年に武史がいたせいで、甲子園の優勝を逃しているが、この二人がいなければ確実に、その栄光の履歴はさらに豪勢なものになっていただろう。

 ドラフトでは三球団から一位指名を受けてライガースに入ったわけだが、同じ高卒ピッチャーとして同期で千葉に入団した水野に比べると、この段階では圧倒的に優れた数字を残している。


 上杉と大介は別格としても、この数年は高卒で競合一位になった選手は、必ず実績を残している。

 だいたいどの選手が大成するかは、数年プロでやってみないとわからないもので、新人王を取った選手がすぐに故障で引退というのも、珍しい話ではないのだ。

 だがこの四年間の選手を見ると、沢村賞、三割30盗塁、三冠王、勝率二位と、完全にリーグトップレベルの選手ばかりなのだ。

 特に上杉は、昭和じゃねえんだぞと言いたくなるような登板間隔であっても、平気で完投したりする。

 大介はバッターの記録をことごとく塗り替えつくし、今年はいよいよ本塁打記録に手をかけるか、という期待を抱かせている。

 あの離脱やスランプはなんだったのかと、ファンやアンチのどちらもが、狐につままれたような感じである。


 一回の表に援護をもらえなかった真田は、特に気にもせずに初回から相手打線を抑えこむ。

 援護がないことには、もう慣れた。

 あの高校二年生の夏、15回を完封したというのに、あちらのピッチャーはパーフェクトを達成していたのだ。

 自分よりも完璧なピッチャーは間違いなく存在する。

 慢心とは全く無縁になれたという点では、真田は直史に感謝すらしている。

 それとは別にいつかどこかで、負け続けた高校時代の分、一回ぐらいは戦って勝ちたかったのだが。




 福岡の先発津久井は、まさに対大介用の兵器と、首脳陣も期待しているのだ。

 左バッター相手には、圧倒的に有利な配球が使える左のサイドスロー。

 もっとも左バッターの内角に投げるのは、コントロールによほどの自信がないと、デッドボールになるか甘い球になりやすい。

 今のところその期待は、完全に叶えられている。


 確かに左のサイドスローで、あそこまでの角度を使って投げてこられるのは初めてである。

 淳にも何度かサイドスローで投げてもらったことはあったが、ここまでの球速と球威はなかった。

 そのくせコントロールもいい。

 背中から向かってくるような球を打つのは、左バッターにはかなり難しい。


 かといって右バッターも打つのは難しい。

 そもそもの角度が外から中に入ってきて、アウトコースはボールになるように見えるし、インコースは胸を突くように入ってくるのだ。

(球速は140km台半ばぐらいだが、ボールに個性があるな)

 金剛寺は分析しながら打席に立つ。

 大介を主砲として認めながらも、金剛寺が一つだけ優るものがある。

 それは経験だ。


 ドラフト上位で入ってきて、数年大きく活躍しても、本人の慢心や怪我、バッターの慣れによって通用しなくなる、一流のピッチャーはいる。

 金剛寺はそういったピッチャーを、何人も見てきた。

 左のサイドスローは確かに珍しいし、この身長と腕の長さから投げてくるボールは、そうそういるものではない。

 だが似たような軌道は経験したことがある。


 経験を元に、頭の中で微調整。

 そして打ったボールは、レフトの真正面に飛んでアウトになった。

 方向性次第ではヒットどころか、長打になっていただろう。

 この世に本当に打てない球などは存在しないのだ。




 初見でいきなりあれを打てるのはさすがだな、と大介は感心していた。

 170kmをホームランにするようなバッターが、ずいぶんとおかしな感心の仕方である。

 ベンチに戻ってきた金剛寺曰く、あれは高速スライダーを意識したら、右打者には打てるとのことであった。

 大介は左打者である。

「左はどうやって打てば?」

「お前ならどうにでもなるだろ」

 ひどい。


 試合は進み、秘密兵器津久井は、別に大介に対してだけではなく、普通に他のバッターも打ち取っていった。

 高速スライダーを意識すると言っても、そもそもそれを体験した者の方が少ない。

 真田の高速スライダーに、確かに似ているかなと思わないでもないダイスケである。

 こちらも先発の真田は頑張っているが、やや調子が悪そうだ。


 プロ野球のローテーション投手は、基本的に一人しかベンチに入らない。

 序盤で負けが確実になったら、敗戦処理に任せるしかない。

 今まで真田は、そういった経験は一度もしていない。

 だがこの人の試合は、微妙に失点が嵩んでいる。


 北海道相手の試合では早めに点差がついたこともあって、あまり投げなかった。

 なので疲労もさほど溜まっていないはずなのだが、バッターだけでなくピッチャーにだって、調子の悪い日はあるものだ。

 上杉や直史のようなのは、正直訳が分からないが。


 三回に一点、五回に一点と、地味に打たれて失点した。

 それに対するライガースは散発の単打で、得点には結びつく雰囲気がない。

 だがその五回の裏、大介は勝利のために右打席に入る。


 大介が右打席でも打てることは、衆知の事実である。

 一年目などはスランプになりかけたところを、右で打って早々に復活したのだ。

 その事実を知っていても、このサイドスローを初見で打つことには変わりはない。

 普通の右打者にだって打ちにくいその球を、大介は初球から振っていった。

 そして打球は当たり前のように、スタンドにまで運ばれた。


 右打者にだって、初見で打てる球ではなかったはずだ。

 確かに大介は右打者としては最初の対決だったが、一打席目にはバットを振らずにしっかりとボールを見たのだ。

 軌道は見ていたので、別に右打席に入ったからと言って、本当に初見なわけではない。

 頭の中でひっくり返せば、既に一度は見た球が、打てるコースに入ってきただけのこと。

 福岡ドームをゆっくりと回る大介は、四打席目は左打席に戻って、この二本目の逆転ホームランを打つのであった。

 ちなみに途中で交代していた真田は、これで負け星が消えたのであった。




 福岡は選手の育成が上手いとよく言われている。

 実際にはFAで取得した選手もいるし、外国人選手も取ってきている。

 だが確かに、そのハズレがあまりないとも言われている。


 育成がちゃんと育つかは、もちろんその資質が重要であるのだ。

 FAの選手のそれまでの実績を見て、外国人を取るのも、全てはフロントの方に最終決定権がある。

 だからやはり育成よりも、それと連繋してはいるが、スカウトの目の方が確かと言えるのだろう。


 その点においてライガースはどうか。

 はっきり言って、純粋に強いチームを作るよりも、ファンを喜ばせることを重視している。

 球団経営としては、はっきり言ってそれも正しい。

 だが監督や首脳陣からすると、人気などとは全く別に、必要な選手を獲得してほしいのだ。


 実際のところライガースは三年前のドラフトでは、どうせ競合で取れないであろう大介を指名するなら、同じくスラッガーとして期待されていた大卒選手を指名すべきだという声もあった。

 その声というのは現場の声であり、二年連続でブービーであり、選手層の若返りが急務であった現場としては、やはり甲子園人気もあった上杉正也を確実に指名しようかという話もあったのだ。

 どれだけアマチュアで実績を残していようと、プロで通用するとは限らない。

 それは確かに事実であり、大介の一つ上で、世代では西郷と並ぶスラッガーであった実城は、いまだに福岡ではスタメンに定着していない。


 大介を指名して、そこでクジを引けずに次に誰を指名するか、しっかりと決めていたライガースである。

 だがまさか1/11の確率で引き当ててしまうとは思わなかった。




 そんな、はっきり言って運がよかったライガースに対して、福岡は効率的な育成を行ってきた。

 他の球団が目を向けていなかった選手を育成で取り、しっかりと主力にまで育てているのだ。

 その福岡との第二戦では、実城がスタメンで出てきている。前日に外国人が足首を捻挫したので、ファーストのポジションが空いたのだ。


 実城も運が悪いと言うか、本当ならもっと層の薄いチームに行くべきだったな、と大介は思うのだ。

 競合指名だったので仕方がないが、今ならファーストでスタメンを取れるチームが、色々とあると思う。


 高校時代の実城は、大介にとっても思いで深い対戦相手である。

 神奈川湘南の四番にして二番手ピッチャー。

 大介が在学中の白富東は、公式戦では数えるほどしか負けていないが、その敗北の相手の一つが、実城を擁する神奈川湘南であった。

 玉縄とのコンビで、帝都一と共に関東の二強と言われていたが、確かにすごいバッターであった。


「実城が案外伸びてない理由って、お前には分かるか?」

 そう問うてきたのは、本日の先発の琴山である。

 その問いに対する答えを、大介は持っていた。

「高校時点でのあの人は、実はまだ中距離打者が本質だったと思うんですよ」

 高校通算100本以上のホームランを打ってきたバッターを、高校通算170本のホームランを打った大介が評論する。

「ワールドカップでもそんなにポンポンと飛ぶ打球じゃなかったし、金属バットだった高校時代とは、勝手が違ったんでしょうね」

 たとえばプロ一年目の実城は、明らかにフォームが大きくなっていた。

 スタンドにまで届かない飛距離を、フォームを大きくすることで稼ごうとしたのだ。

 その結果、打率まで急降下して、苦しむことになった。


 盗塁もある程度出来る実城は、間違いなくいいバッターではあったのだ。

 だがスラッガーとしての才能は、明らかに西郷の方が優れていた。

 金属バットで打っていた通算100本などというのは、それほどアテにならなかったということだ。

 あとは守備位置が左利きでファーストになっていたため、なかなか実戦での経験を積むことが出来なかったことも、不幸な原因の一つである。

 それでもこうやってチャンスをもらっているのだから、間違いなく期待はされているし、それなりの成績も残せるようになってきた。


 なおこの試合、実城は一本のホームランを打った。

 だが大介もスリーランホームランを打った。

 そして試合はライガースが勝利し、琴山は今年三つ目の勝ち星がついたのであった。




 今年は開幕スタートダッシュに失敗したと言われていたライガースであったが、この交流戦全勝を含めて、これで13連勝である。

 去年は開幕から10連勝したのだが、今年はWBCの影響もあってか、ピッチャー陣の調整が遅れてしまった。

 大介が入団してから、これほど連勝が続いたことはない。もちろん真田が不調でそこそこ点を取られた試合もあったのだが、それでも負けなかった。


 クローザーは加わったものの、ピッチャーのリリーフ陣問題などは解決していない。それなのにチームとしては勝っている。

 これはある意味、首脳陣にとっても不気味なのである。

 シーズン序盤にいったん離脱して、そこそこ長く戻って来れなかった山田が、勝ち星を数えてみればもう五勝一敗である。

 真田は登板数は多いものの、去年に比べればやや勝ちが付きにくく、それでも勝敗は山田と同じ五勝一敗。

 完全に左右の両エースという状態である。


 リリーフ陣はやや崩れることがあるものの、リリーフのリリーフまでは成功することが多く、なんとか勝ちを拾っている。

 理想的な形ではない。

 それなのに連勝が止まらない。

 おかげで、と言っていいのかどうかは分からないが、リリーフピッチャーを二軍から上げて、試してみる機会が持てている。


 なんで勝てているのかな、と大介も首を傾げるし、金剛寺のようなベテランも、不思議には思っているのだ。

 真田が早々に二失点した試合なども、そのままリリーフも崩れて負けになりそうなところが、その後を上手く継投でピンチをしのぎ勝っている。

 特に首脳陣が上手くコントロールしているというわけではなく、なんとなく連勝が続いているのである。

 強いて言うなら、交流戦の直前から大介のホームラン数が、爆発的に伸びてきた。

 リーグ戦の順位には影響するが、それでもその影響度は低いということで、あえて勝負してくることが多くなったのが原因だろうか。




 そして福岡との三連戦、最終戦のピッチャーは大介と同期入団の山倉。

 一年目は九勝、二年目は少し落ちて七勝だが、ほぼ完全にローテ入り。

 この三年目もここまで六勝一敗と、実はチームの勝ち頭なのである。

 もっとも山田や真田ほどの絶対的な安心感はなく、そのため打線陣による援護が多い。

 防御率も奪三振も二人よりは劣るのに、勝ち星と貯金は上なのが、野球の不思議なところである。


 だがさすがに、そうそう全てが上手く行くはずもない。

 この試合は六回を投げて、八安打の四失点。

 リードされた場面でリリーフ陣に継投が行われる。

 ここでも大介がホームランを打ってしまえば、三連戦全てにホームランとなるところだったのだが、さすがにそこまで上手くはいかなかった。

 だが歩かされた大介は、足を使ってピッチャーの集中力を乱した。


 ここまで24試合連続安打。

 日本記録の更新が見えてきたのではというところで、三打席も敬遠気味に歩かされそうになって、一本は無理矢理に打ちにいって凡退。

 ただここまで大介を歩かされると、その後ろにいる責任感の強い金剛寺が、しっかりと打ってくれるのである。

 大介の連続安打記録は途切れた。

 しかしチームの連勝は止まらない。


 グラントの二本のホームランなどもあり、終盤に一気に逆転に成功。

 10-5にてこのカードも三連勝に終わるのであった。


 交流戦、ここまでチームはなんと12連勝。交流戦前まで含めたら14連勝。

 さすがにそろそろ負けるような気もするが、空前絶後の交流戦全勝というものが見えてきたのであった。

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