第139話 閑話 趣味

 交流戦が終わった。そしてラッキーなことに雨天などもなく予備日も使わなかったため、ほんの少しだけお休みとなった。

 もちろんその間も、普通に練習はする。

 だが一日中練習をするわけでもなく、それなりに暇は出来るというわけだ。

 まだ若く、精力に溢れた男どもが、何かをしようと思おうのは当然である。


 さて、白石大介は無趣味である。

 強いて言えば野球が趣味で、暇があったら練習か研究をしている。

 以前にこの男に似合わないハイスペックなパソコンを買ったのだが、今ではこれは完全に正解だな、と思っている。


 高価なソフトを入れて、リモートコントロールで色々と操作してもらって、色々なピッチャーの動作解析をしてもらう。

 ちなみに自分の動作解析は、以前にしてもらったことがある。映像解析だけでは足りない、様々な要素を調べた。

 すると、どう考えてもこんな成績は残せないはずだと、分析をしているトレーナーが発狂しかけたため、以降は対戦相手の研究だけに使っている。別に味方のバッターのために使ってもいいのだが、それをするとコーチ陣のやることがなくなる。


 つまりグラウンドにいる時も、寮にいる時も、ほとんど野球のことしか頭にないのである。

 SNSはしない方がいいと言われて、実際にしていない。

 主に見るのは過去や現在の名選手の動画なのだが、その中で一番自分に近いと思えるのは誰だろうかなどとも考える。

「似てる選手なんていないけど、強いて言うならやっぱりこの人かなあ」

 そんなことを言いながら、ホームランの世界記録保持者の動画を見せると、大原や真田は顔を引きつらせつつも、否定は出来ないのである。


 大介は今年三年目の高卒野手であり、シーズン途中のこの時までに、147本のホームランを打っている。

 世界記録を抜こうと思えば、一年平均40本を22年は続けなければいけないというもので、常識的に考えると無理である。

 日本よりも試合数の多いMLBでさえ無理であるのだ。だが大介のペースで打っていけば、15年で抜ける計算になる。


 どうしてこんなに打てるのか。

 そんなことを訊かれても、大介にも打てない時期があった。

 むしろどうしてあの時だけ、打てなかったのかが不思議であると言える。

 スランプと脱スランプについては、野球選手にとって永遠の課題であろう。




「けどほんとに、なんも趣味ないんですか?」

 大介の部屋は、それなりに若手が溜まることがある。

 さほど広くもない部屋だが、物を置かない大介なので、相対的に見て広くなる。

「音楽はそれなりに聞くぞ」

「でもテレビないよな。あれただのモニタだろ?」

「ネット契約はしてるからな。見たい番組はそっちで見ればいいし」

「マンガもエロ本もないって、どんだけ無趣味なんだか」

「マンガもエロも、全部パソコンとタブレットとネットでどうにかなるしな。鍛える時はトレーニングルーム使うし、マジでそれで足りるだろ」

 

 大原とは同期であるし、真田とも因縁は多い。

 これに毛利や山本といった若手も集まるのだ。

 ちなみに黒田は年俸が上がり五年目となったため、寮は出て行っている。

 寂しいのかよく遊びに来るが。


「飲みに行ったりしねえの? つーか金使えよ。首周りゆるゆるのTシャツなんて、年俸三億ある選手のもんじゃねえだろ」

 年俸2000万に満たない大原でさえ、もうちょっと贅沢なことはしている。もっともこいつは来年の年俸は、おそらく倍ぐらいには上がるだろう。

 だが大介は贅沢に興味がないというか、むしろ無駄に高いものを買うのを疎んでいる。

 それでもちょっとは贅沢にしたのは、車ぐらいである。

 だが年俸三億の人間が、500万以下の車に乗るのか。

 そう言われても、性能と用途で選べば、外車などは選択肢に入らない。


 それでも強いて言うなら、食事には金をかける。

 ただ美食というわけではなく、バランスよく良質の食事を摂るのだが。

 牙風寮の食事はバランスも味も全く問題ない。

 美食もまた、野球からは離れたものだ。

 体のメンテナンスも自分でやっているので、本当に金をかけることがない。


 逆に音楽ぐらいは聞くと言うのなら、どんな音楽を聞くのか。

「ケイトリーのCD。本人直筆サイン入り」

「!? 今どきCDって、けど本人!?」

 アメリカの女性シンガーの中では、トップ5に入る話題性を持った彼女は、名前は真田も知っている。

 だが白富東との、つまりイリヤを通じての関係は知らなかったらしい。


 なるほどな、と大介はようやく、白富東が大阪光陰に勝てた理由が分かった。

 特に二年の夏も三年の夏も、さらに言うならその後の夏も。

 セイバーが調べていたデータは、真田たち選手のデータだけではない。

 人間としてのデータをも、調べていたのだ。


 大阪光陰のチームとしての練習環境、設備、スカウトにおける重視すること、また監督の傾向や趣味など。

 いちいち聞かなかったが、正捕手であった竹中や、ピッチャーの真田に関しては、その趣味や性格まで分析していた。

 変化球投手の直史が、パーフェクトに抑えられた理由。

 それは相手のあせりなどもあったわけである。

「うちはセイバーさんが監督になってから、とにかく機材も人も金かけまくってたからなあ。それにイリヤが入学してきて、全校で野球部を応援するのが流行になったし」

 地頭のいい変人もいる公立進学校が、私立に勝てた理由である。


 セイバーは去り、イリヤは卒業し、ややチームが弱くなったのは、選手だけの問題ではない。

 頭のいい選手がスタメンに少なくなったからだ。

「そういや佐藤の妹も芸能人だったよな。今でも会ったりしてるのかよ」

「関東遠征したらけっこう飯食ったりするぞ」

「芸能人! 俺アイドルとかとお知り合いになりたい!」

「あ~……女子アナとかはともかく、アイドルだのはあんまりお勧めしないぞ。色々と黒い噂聞いてるし」

 まあ真田レベルなら問題ないだろうが、大原はもっと堅実な女性を選んだ方がいいとは思う。


 最近は例外が多いが、かつてのプロ野球選手というのは、まさに職業の花であった。小学生男子の将来の夢を独占していたものである。

 確かに今でも野球で稼ぐ者はいる。一億を超える年俸の若手は、芸能人との結婚が多い。あるいは女子アナか。

 プロ野球選手の特殊性を理解出来る、同じく特殊な職業の芸能人か、接することの多い女子アナなのだ。


 それよりやや低いレベルになると、一般人女性という名の元モデルなどとくっつくことが多い。

 あとは何かの怪我の時にお世話になった看護婦さん(旧称)と結婚したり、移動でなぜか接点のあるCAと結婚したり、また球団関係者やタニマチから見合いを持ってこられたりもする。

 この見合いというのは、かなり少ない割合である。

 他には愛人に飲食関連の仕事をやらせたり、夜のお仕事の女性を愛人にしていたりと、なんだかんだ言っても今でも野球選手の女性遍歴は派手である。

(俺にとっちゃ単に友達の妹で高校の後輩であっても、他から見れば普通に芸能人になるんだよなあ)

 織田などはケイティが来日するたびに会っていたりはするのだが、やはり将来的にはMLBに挑戦するのだろう。

 WBCでもピッチャーやボールの違いに関係なくアベレージを残していたので、守備力と走力を考えると、充分に通用すると大介も思う。




 そんなことを言っている間に、夜は外で食べることになった。

 山本などは後輩ではあるが年上であるので、もし誘ってしまったら野球界の序列に基づき、山本が払うことになる。

 それはまだ二年目の山本には気の毒なので、大介と同期の高卒、後輩の高卒を誘うことになる。

 するとすぐに人数が増えてしまう。


 最近のライガースは、大卒を取る割合が増えている。

 なのでまだ未成年の選手を連れて、肉を食いにいくわけだ。

 肉は正義である。

「つーか俺は飲まないからいいとして、他に車持ってるやついねーの?」

 大介は禁酒禁煙を己に課している。

 何かの祝い事の時に飲むならともかく、普段は全く大介は飲まない。

「俺もビール飲みてえ」

「俺はまだ免許ねえ」

「俺の車は他人に運転させたくねえ」

 というわけで残りの人数は、ここは自腹でタクシー代は払うわけである。


 大介が買った車はトヨタのプリウスである。

 買った場所は実は千葉であり、織田に紹介してもらったディーラーで勝ったのだ。

 内装品なども含めて、400万もしていない。 

 プロ野球選手にとってはごく普通というか、大介クラスなら外車に乗っていて当たり前という謎の基準があるが、実のところは燃費などで選んだ。圧倒的に日本車が優秀だったのである。

 壊れたのを自分で直して乗るアメ車、ちょうど寿命で壊れるドイツ車、寿命がきても壊れないのが日本車である。

 ちなみにオチとして、最初から壊れているのがイタリア車、などと言われている。


 ライガースの選手でも普通にBMWやベンツに乗っている選手はいるのだが、大介はまず燃費を考えた。

 ガソリン代をケチっているわけではなく、リッターあたりでどれだけ走れるか、それを気にしたのである。

 ベンツなどは同じ燃料で半分も走れなかったりする。

 ガソリンスタンドが少なくなってきている現在、地味にこれは重要なことなのだ。

 そんなわけで普通に調べただけで、少しは車に詳しくなったりした。


「乗り心地いいし静かだし燃費いいし、なんで外車を買うのか意味が分からん」

「ベンツは乗り心地いいぞ」

「BMWもいいぞ」

「お子ちゃまどもめ。車なら当然ポルシェだろ」

「「「はいはい、ポルシェね、ポルシェ」」」

 なぜか攻撃されるポルシェである。

 野球選手の車好きというか、男の子は車に限らずバイクだのパソコンだの、機械は好きなのである。




 肉屋についてそんな話をしていると、先輩選手たちのお高い趣味の話が出てくる。

 100万円クラスの時計を幾つも持っていて、1000万クラスの時計をオーダーしているとか。

 着道楽で年に四回は、仕立て屋に行ってジャケットやパンツを新調するとか。

 履きもしないバッシュを集めているだとか、靴は全てオーダーメイドだとか。

 まあ中にはAV収集が趣味で、毎年100本以上のペースで増やしていき、それ用の部屋だけを借りた猛者だとか。


「ああ、でも一番道楽っぽい趣味なら、金剛寺さんじゃね?」

 金剛寺は間違いなく、現在のライガースの選手の中では、生涯獲得年俸第一位の選手である。

 彼の趣味と言うか道楽は、馬である。いわゆる馬主だ。

 そもそも馬主になるというのは金持ちのステータスの一つであり、道楽の極みとも言える。

 昔は全ての馬主が貴族であったことを考えると、確かにお高い趣味というか道楽である。


「せっかくここまで出てきたんだから、もうちょっと行って女の子の店で飲もうよ」

「俺はそういうのはパスするぞ。モテるのってめんどくさい」

 モテがめんどくさいというのは、プロに入ってからとことん痛感している大介である。

 プロ入りが決まった段階では、まだしもちやほやされるレベルであったが、一年目の途中から新人王が確実になると、露骨なアピールが増えてきた。

 それを思うと完全な無名時代から応援して来ていたツインズの、なんと純粋なことか。

 大介が覚悟を決めた理由の一つである。


 それにつれて大介が普段は身を飾らない理由。

 金持ちだと思われたくないのと、ケチだと思われたいからである。


 他に金がかかりそうな趣味。

「ギャンブルはどうなんだ?」

「パチも公営もやらないからなあ。仲間内で麻雀ぐらいはするけど」

「あんた強すぎて呼ばれなくなってるでしょ」

「なんでだろうな。ああいう運がらみの勝負、まず負けたことがないんだよな」

 そのあたりは直感に優れているからだろう。




 かくして交流戦後の、短いお休みが終わった。

 別に大介が新しい趣味を見つけたわけではないが、野球以外のことに考える余裕が出来たというものはある。

 だがその後すぐに思うのだ。

 こんな面倒なことを考えているぐらいなら、野球のことを考えていた方が建設的だなと。


 全ての財産は野球によって獲得することが出来る。

 ならば今は全てのリソースを野球に注ぐべきだ。

 そんなことを考えて、寮の屋上で黙々とバットを振る。

 天才は、努力を努力とも思わずに、当たり前のようにしているから天才なのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る