第140話 また一つの記録

 今年の大介がどうしてここまでホームランが増えているのか。

 色々な人間がそれを考察するわけだが、塁に出してしまうと、それで得点が入りやすいから、というごく単純な理由が見えてくる。

 つまり歩かせても、二塁、あるいは三塁まで盗塁してしまうのだ。

 一年目は72盗塁でリーグ二位、二年目は66盗塁で盗塁王を取ったわけだが、今年は66試合が終わったところで45盗塁。

 単純計算でいっても、90盗塁はしそうな勢いなのだ。


 日本の盗塁記録は106で、それでも更新は不可能に思えるが、セの記録はそれよりも少ない76個。

 一年目は熾烈な盗塁王争いであったが、二年目はそれほどでもなく盗塁王を取れた。

 今年は歩かされることを考慮して積極的に盗塁をしかけている。

 そのために対戦するピッチャーの画像を集めて、外部委託で牽制と投球との差異を調べてもらったりもした。


 今年はセの記録は抜けそうである。

 しかしなんだか毎年、なんらかの記録を抜いている。

 逆に言うと走塁の力がないと単に歩かされる回数が増えるので、間違いなく走力は打撃成績を高めるのに関連している。

 大介の場合は、さすがに今年は打率は四割に達しないようである。

 下手に歩かせるよりは勝負した方が、得点の期待値が減るという計算が出ているからだ。

 それでもランナーが二人いる競った試合だと、ほぼ歩かせられることになるのだが。


 三冠王は出なくなり、トリプルスリーという新たな指標が出た。

 しかし大介は三冠王とトリプルスリーを、同時に取ってしまった。

 これは逆で、トリプルスリーを取るような総合力がなければ、打率やホームランも上がっていかないのではないか。

 OPSは打率よりも得点に結びついている数字だと言われる。

 だがOPSには盗塁の期待値などが入っていない。OPS+などの数値もあるが、バッターの成績の評価は、年々複雑になってきている。

 もっともそれはピッチャーも同じなのだが。




 わずかな休みがあったのち、またペナントレースが再開される。

 その最初のカードは広島との三連戦であり、先発は山田。

 だが三回で五点を取られて降板となり、打線陣も追いつけない。


 今年の山田は開幕から不調であったし、その後も試合ごとの出来がかなり違った。

 それでも打線陣によって敗戦の星を消したり、逆転をしたりもしていた。

 しかし負けパターンの時のリリーフは、あまり良くないライガースである。

 なぜか今日は意外と抑えていったのだが、上手くかみ合わないものである。


 翌日は雨で試合も順延。

 そして三連戦の最終戦を迎える。

 二戦目の先発予定であった大原は、一試合飛ばされてしまった。

 時期によっては後ろに一つずれるだけだったかもしれないが、休みがあったことで、先発が回復しているのが良かった。大原にとっては登板機会を奪われることになったが。

 この日の先発は飛田であり、ロースコアではあまり勝てないピッチャーだ。

 

 大介の32号ツーランホームランも出て、先制した勢いで序盤から試合の主導権を握る。

 こういう主導権が握れた試合では、ピッチャーもテンポ良く投げられるのだ。

 むしろ飛田はこの日元気一杯で、シーズン初めての完投をした。

 九回までを投げて三失点で、リリーフがいらなかったのである。

 山田のリリーフは成功したものの敗戦処理となり、飛田はリリーフに任せず完投した。

 首脳陣は少なくとも、まだリリーフ陣の調子が良くなったとは思えていないらしい。

 

 


 広島との試合の次は、名古屋に移ってドームの試合である。

 一番ホームランが出にくいと言われるこの球場で、大介は普通にホームランを打っている。

 だがフェニックスのピッチャーは、やはりホームの球場の条件を上手く使ってこようとするだろう。


 その試合前の練習で、大介は知った顔に声をかける。

「よう。うちの後輩の青木って、まだ一軍上がってこれそうにない?」

 大阪光陰における真田の先輩であり、大介は甲子園で最後の夏を終わらせた大谷である。

 まだスタメンではないがこの三年目は、守備固めや代走で使われることが多い。


 一緒に来ていた真田が、頭を下げていく。

「お久しぶりです」

「おう。なんだかなあ。宿敵と後輩が同じチームで、今から当たるってのはなあ」

 中学時代はシニアで敵同士、それが高校では同じチームということはある。

 逆にこうやって、高校時代は同じチームでも、プロでは分かれるということもあるのが当然だ。


 大谷にとって大介は、大阪光陰の全国制覇を妨げた宿敵である。

 だがそれを言うなら白富東のセンバツ初出場の時は、ベスト8で破っているのだ。

 プロ入り三年目ともなれば、アマチュア時代の成績などは、特に気にもしないようになっている。

「青木か。キャンプで一軍帯同したとこまでは知ってるのか?」

「そうそう。最近二軍から上がってきたんだろ?」

「監督は代走と守備固めで使おうって感じだけど、ポジションのコンバートはありえるかもなあ」


 だいたいにおいて、内野の守備が一番上手いのは、ショートを任せられることが多い。

 だがセカンドというのも守備力と、あとは連繋と判断の能力が求められる。

 哲平の場合はショートを守らされることが、二軍では多かったらしい。

「なんであいつ、高校時代はショートじゃなかったんだ?」

 逆に大谷はそれを訊いてくるが、一年生のときは大介がショートにいたし、一つ下には悟がいたのだ。

「同じ年に佐伯っていう守備職人がいたからさ。まあ練習したらショートも出来たんだろうけど、そこまでコンバートする余裕もなかったわけだ」

 そんな哲平が、今はショートへのコンバートを考えられている。

 つまり守備はかなり期待されているということではないのか。


 今年はまだしもまともな成績を残しているフェニックスであるが、ここまで三年間は最下位がポジションであった。

 それなりに使える選手はいるのであるが、それがバラバラに動いている。

 そして一人の調子が悪くなると、そこでチーム全体が機能不全に陥る。

 他のチームメイトが補うライガースとは、全く逆の状態にあると言っていい。




 大谷は出身は滋賀県で、そこから中京フェニックスに入団した。

 俊足巧打の外野手であるが、まだ打撃においてはそれほど目立った活躍はない。

 それでも一軍にいるのだから、たいしたものではあるのだ。


 哲平はとにかく、ショートへのコンバートが問題で、まだ二軍にいるそうだ。

 大介のような例外もいるが、他の球団を見ても打てるショートというのは、神奈川の芥ぐらいであろう。

 元々のショートを育てるより、ショートへのコンバートをされるというのは、むしろ期待度が大きいとも言える。

 

 そんな知り合いの話題をしてから、今の話を始める。

「つーかお前、なんでそんなに打ちまくってんだ? 今年はホームラン記録塗り替える気か?」

「ホームラン記録はともかく、セの盗塁記録は狙ってる」

 大介は二年連続の三冠王であるが、同時に二年連続のトリプルスリーも達成している。

 去年などは四割、50本、60盗塁を達成しているので、もうそれどころではないとも言えるが。


 今年は盗塁をしまくっているのは、歩かせないためである。

 フォアボールで歩かせて、そこから盗塁で二塁にまで進まれてしまっては、まだしも勝負した方がマシという計算さえ出てくるのだ。

 ただ最近はこの理屈を押し通していると、打順を変えた方がいのではと思われたりもする。

 先頭打者で毛利が出た場合、石井は基本的に、ランナーを進めるのが役割なのだ。

 すると毛利が二塁へ進んでも、一塁が空いていると大介は堂々と歩かせられてしまう。


 なので最近は、黒田や大江、山本が二番に入って、昔ながらの小技の通用する二番ではなく、打っていく二番のパターンも試されているのだ。

 この三人の打力は下位打線に置いておくのはもったいない。

 前と後ろを埋めれば、大介が勝負する舞台が整うというわけだ。




 優勝など全く見えないフェニックスにいる大谷は、とにかく今は自分の成績を伸ばす時だと考えている。

 スタメンを手に入れれば、もちろん年俸は上がる。

 だがそういったことを別にしても、プロ野球選手なら一軍のスタメンを目指すべきだろう。


 大谷は高校時代、一年の秋から大阪光陰のスタメンに入ることが多かった。

 特に三年の時は後藤の前の三番打者で、甲子園でも五割近くを打っていた。直史からは一本も打てなかったが。

 それだけの選手でもスタメンを取りにいくのが必死というのが、プロの厳しい世界なのである。

 大介や真田のように、一軍でトップレベルの成績を残す選手は、高卒では一つの期に一人でもいればすごいぐらいだ。


 大介の代で、いきなり一軍主戦力となった高卒選手は、セでは他にいない。

 一年目はタイタンズの井口も、二桁本塁打がやっとであったのだ。

 投手は新人王を争った、上杉正也と島が主力級の活躍はしたが、チームのエースとまではいかなかった。

 真田の代にしても、セの高卒では他におらず、パではやはり新人王を争ったアレクと後藤ぐらいである。

 高卒選手が活躍するなど、そうそうあることではないのだ。本来は。




 だがこの日も、高卒一年目から活躍する選手が、グラウンドでその肉体を躍動させる。

 大介は三打数一安打ながら、それが打点ともなり、歩かされた後はベースを踏んだ。

 先発の真田はいまいちつながらないフェニックス打線を、四安打完封で抑えてしまった。


 プロのピッチャーで、球団のエースと言われる者の中でも、狙って完封が出来る者などはほとんどいない。 

 だが上杉もそうなのかもしれないが、真田はどんな試合でも、なんならパーフェクトぐらいはする勢いで投げる。

 そこにあるのは一人のランナーも出さないという、まさにエースの意思。

 勝ち星にしてもこれで、チームトップと並んだ。


 フェニックスとの試合は、どこかちぐはぐな相手と、がっちり団結した自軍が、戦力をぶつけ合うものになる。

 大介はその中で、また調子を落とすというのか、普通のとんでもなくすごいバッターレベルに成績を落としている。

 だが三試合に一本は、普通にホームランを打っていくペースだ。


 フェニックスとの試合でも、一本のホームランを打った。

 だが他の二試合は打点どまりだったので、どこか調子が悪いのか、とさえ言われるのである。

 いや普通に三割打って、ホームランも50本ペースは守っているのだが、これでどうして調子が悪いと言われなければいけないのか。

 なにせ打率はこれから落ちていく可能性がないでもないが、既にホームランと盗塁はトリプルスリーの条件に達しているのだ。

 大介としてもそこまで無茶なことを言われてはたまらない。


 ただ、ホームラン記録の更新は狙っている。

 前半戦を折り返すよりもはるかに前の、交流戦終了時点で30本をオーバーしているのだ。

 ここから去年どおりのペースで打っていっても、余裕で60本オーバーにはなる。

 記録が更新できるかどうかはともかく、打点の方もリーグトップで、怪我でもしない限りは、三年連続の三冠王が視野に入っている。

 というか今年は、既に怪我でわずかだが休場したわけだが。


 怪我があってもスランプがあっても、それを大袈裟なことにせず、一年間を通して成績を残す。

 プロというのはやはり、アベレージを残さないといけないのだ。




 次の対戦相手は、甲子園にレックスを向かえて行われる。

 レックスもまた、ピッチャーが揃ってきている。

 甲子園時代、あちらの怪我によって対戦は叶わなかったものの、金原などはかなり今年もいい成績を残している。

 ただ吉村は完全に高校時代のトラウマがあるのか、上手く大介との勝負は避けようとしてくるが。


 吉村はサウスポーなので、さすがの大介も盗塁は難しいのだ。

 それでもクセなどを研究して、フォアボールで歩かせることが出来ないようにする努力は怠らない。

 そう、野球の練習を努力と思うことなどない大介であるが、ピッチャーのクセを見つけて盗塁を成功させるのは、さすがに努力の内だと思う。

 足があるから盗塁に成功するのではなく、足だけではなく他にも色々と調べているから、盗塁を重ねていっているのだ。

 もっともこのあたりは球団の分析班と、外注とで行っていることだが。


 高校時代、盗塁の難しかったピッチャー。

 それはもちろん、一番が直史である。

 試合の中で本当の本当に、ボール球になる球威の球を投げる以外は、全くクセのないフォームから投げていた。

 クイックも鬼ほど速いので、大介でも運に頼らなければ、盗塁を成功させるのは厳しかった。

(真田とも紅白戦ぐらいしか対戦しないし、あとはやっぱり上杉さんなんだよな)

 今年は既に対戦しているが、スランプ中には完全に抑えられてしまった。


 大介は、己自身と戦う機会が多くなっている。

 正確に言うと、過去の記録だ。

 それと戦うのは数字でははっきりしているのだが、実際の姿が見えてこない。

 偉大であた過去の名選手の映像を見ても、それは既に結果が出ているものなのだ。


 偉大な記録を自らが打ち立てる大介。

 しかしそれは、モチベーションを保つには難しいものなのだ。

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