第99話 八つ当たり

 クライマックスシリーズファイナルステージ第二戦。

 地元ライガースの先発は、今年はやや怪我があったものの、間違いなくエースの柳本。

 そしてスターズは大介の同期であり、甲子園や練習試合で、散々大介に打ちのめされた、160kmを投げる大滝である。


 白石大介被害者の会長は誰かとは、大変に議論の分かれるところである。

 甲子園で場外弾を打たれた真田や、県大会で散々に何度も打ち崩された大原が、有力候補である。

 だが大滝も初めて出場した甲子園で準決勝まで進み、そこで160kmを披露したところ、呆気なく打たれまくったという鮮烈な過去がある。

 真田と大原が既に大介と同じチームである以上、やはり会長の座は大滝に譲るべきだろうか。

 プロ入り後はタイタンズの加納あたりが、会長になりたそうな目でこちらを見ているが。


 ともあれ一年目はほとんど体作りに励んだ大滝であるが、シーズン終盤には短いイニングを投げていた。

 今年は満を持して挑んだ開幕ローテであるが、大介と当たって完全に粉砕されている。

 意地になって勝負しにいったのが、やはり悪い。

 プロは確かに興行であるが、大切なのは自分の成績だろうに。

 だが、そこで諦めてしまわないところが、この先につながるのかもしれない。


 


 今日も今日とてライガース側応援スタンドから、ダースベイダーのテーマで登場する大介である。

 一回の表は柳本がしっかりと抑え、その裏には先頭打者の志龍が出塁した。

 下手に進塁など考えず、打っていった石井はショートフライ。

 ランナーがいる状態で、大介なのだ。


 ここで大介は大滝などよりも、相手側ベンチの様子を見る。

 特に大きな動きはなさそうだ。ならば状況によってどう対応するかは、既に決まっているのだろう。

 挑むか逃げるか。

 逃げても恥ではない。それで役に立てばよいのだ。

 ただ一回から大介を歩かせると、金剛寺とグラントの大砲二発と対決することになる。


 今季も途中で離脱のあった金剛寺だが、それでも三割20本に乗せてくるのはさすがである。

 グラウントは打率こそ0.256と微妙であったが、ホームランは32本を打って、充分に金剛寺不在時の四番としての務めは果たしてくれた。

 この二人に回すのは怖いのではないか、と大介などは思う。

 もちろん一番怖いのは大介なのであるが、ここで安易に逃げだけを選択するなら、プロの世界では長く生きられないだろう。


 リードする尾田も、色々と考えている。

 大介は今年、打率を四割に乗せた、日本プロ野球史上最初の打者になった。

 しかしその内容を見てみると、ひどいものがある。

 あれだけ外に外したり、高めに釣り球を投げても、ホームランを打っていることがある。

 特に注意すべきは内角で、そのままならデッドボールのボールでも、上手く腕を折りたたんでヒットにしてしまう。

 

 これほどの強打者でありながら、今年の受けたデッドボールはわずかに一つ。

 顔面直撃コースのボールを、ミリ単位で見切って避けたという事例もある。

(まあ普通にストレート勝負はないな。インローにスライダーを)

 ここで首を振ってしまうのが大滝である。

 そうやって何本打たれたと思っているのか。

(じゃあまあ、打たれて思い知れ)

 アウトハイに外すボール球を要求すると、今度は頷いた。

 ゾーンのスライダーよりも、ボール球のストレートを喜ぶのか。

 そんなことでもっと高みにいけるのか。


 大介はしっかりと、大滝の研究もしてある。

 その投げるボールよりはむしろ、性格の方を。

 簡単に言えば自信家であるが、その基盤が脆い。

 と言うか、大介からすると、身の程知らずである。

(さすがにゾーンで投げてくるとしたら、アウトローだろうな)

 だがそんな球であれば、普通に打ってしまう。


 そして初球は高めに外れる。

 大介は普通に打ちにいった。


 本質的にはプルヒッターの大介だが、タイミングで見切れば逆方向にも打てる。

 さすがに外寄り高めのボールを、無理に引っ張る気にはならない。

 打った打球は、角度と軌道は充分。

 大滝はそれを見つつ、強烈に願う。

(切れろ!)

 そう思う方が図々しいと言うか、願望はそこまでにしておけと言うべきか。

 風を貫いたボールは、レフトスタンドに飛びこんだ。




 スコアボードを見る柳本は、肩から力が抜けている。

(四点か)

 昨日と違って、随分と楽な試合になったものである。

 大介の次に、金剛寺にはセンター前に飛ばされる。

 そして五番のグラントが、二本目のホームラン。

 速球の得意なメジャーリーガーに、ストレートメインで勝負しようとは。

 まあその後を切って、どうにか一回KOは防いだのだ。


 球速は大滝に劣る柳本であるが、ストレートの質だけでも、まだ大滝は発展途上だと思う。

 高校まではそれで通用したのだろうが、単に速いだけの球なら、いくらでも打てるバッターはいるのだ。

 ストレート一本でプロの打線を制圧しようなど、考えが甘すぎる。

 そんな大滝に、好きにやらせた尾田も尾田であるが。


 一試合目を勝てたからと言って、二試合目を捨てるというのか?

 今年の大滝は二桁を勝っていて、去年の登板数が少なかったため、新人王の権利を残していた。

 だが今年はもう、真田に完全に決まっている。

 真田はストレートも普段は150kmを出さないが、それでもしっかりと三振を取ってアウトを積み重ねることが出来る。

 必殺のスライダーだけではなく、ストレートも使って。


 大滝は高校時代、下手に小さくまとまらないよう、おおらかに育てられた。

 しかしプロは結果が全てだ。高卒とは言え戦力になるなら、数字を残さないといけない。

(まあそんな甘い気持ちで、プレイオフに入ってこられたら困ったもんだが)

 尾田はこの大事な場面で、それでも大滝を育てようとしたのか。

 確かに柳本の目からすると、今年の戦力ではスターズがライガースに勝つことは難しいように思えるが。


 上杉を消耗させたことが大きい。

 消耗しているはずである。

 消耗していてほしい。


 上杉の消耗を前提に、柳本は投げる。

 打たせるのと三振を取るのと、まだ若い滝沢よりは、自分で投球を組み立てる。

 尾田ほどのベテランであれば、大滝を制御することは出来たはずなのだ。

 大滝と違って、二回表も三人で切る柳本であった。




 本当に勝利だけを目指すのであれば、上杉には高橋などを当てて、完全に試合を捨てていってもよかった。

 だがそんなことをすれば、二戦目以降へ相手に勢いがつきすぎる危険があった。

 初戦で山田を使ったのは、最後までもつれこんだ時に、もう一度使うためである。


 二回からの大滝は、慎重なピッチングをしてくる。

 だがそれでも、上杉を打ち崩せなった大介の八つ当たりを受けて、外角低めに外したボール球を、またもレフトに持っていかれた。

 三回途中にて、ノックアウトである。


 プロに入って丸一年は、ほとんど体作りをしてきた。

 上杉の殺人的な練習量も、キャンプでは見てきた。

 一つ下の人間が、162kmを投げる姿もテレビで見た。


 上ばかりではない。ライバルは下にもいる。

 それに甲子園で自分に投げ勝ったピッチャーも、最近は中継ぎで出てきている。 

 競争なのだ。

 形は色々であるが、プロの世界は競争である。

 勝利だけを目指せばいいアマチュアとは、選手の意識が違う。

 キャプテンシーの強烈な上杉の影響が、神奈川にはある。


 大滝はベンチで試合を眺めていた。

 自分が壊してしまったこの試合だが、神奈川も選手を色々と使っていく。

 特にピッチャーは、敗戦処理用のピッチャーが、長いイニングを投げてくれる。


 申し訳ない。

 勝てなかったとか、我を通したとか、そういうものではない。

 こんな早いイニングから試合を終わらせてしまって、申し訳ないと感じる。

 アドバンテージがあるので、ライガースはこれで二勝。

 上杉以外では勝てないのかと、ファンに言われてしまいそうだ。


 決まってしまった試合でも、最後まで投げるのがプロである。

 敗戦処理は敗戦処理で、投げたイニングを増やしていかないといけない。

 それでも大介からは逃げていくが。

 だらだらと点を取られて、柳本は六回でマウンドを降りた。

 そこから逆転する力など、今日のスターズにはない。


 13-2という大量点差で、第二戦はライガースが取った。




 もし日本シリーズに行けなければ、その理由はチーム力の差である。

 特に打撃面だ。

 神奈川は上杉を中心に、ピッチャーの力で勝つチームである。

 ピッチャーの背中を、野手が守る。

 得点力は、平均して低い。


 上杉が投げる時の、援護点の少なさ。

 それでも上杉は負けないのだが、さすがにこの展開が多すぎる。

 チーム内で育ってないのも仕方がないが、どうにか外国人なりFAなりで、戦力を増加できないものか。

 ドラフトはそこそこ上手くいっているが、即戦力以外がなかなか育ってこない。

 上杉に寄りかかっているチームでは、上杉が倒れたら終わる。


 おそらく今年も、神奈川は日本シリーズへ行けない。

 だが、それでいいと思う。

 日本シリーズへ行けば、むしろ移動の時間があるので、上杉をそれこそ中三日で回せる。

 クライマックスシリーズのファイナルステージで、アドバンテージのない方が苦しいのだ。


 なすべきことは、現場の采配ではない。

 もちろん下から、ドラ一ぐらいしか上がってこないのも問題だが、やはり外国人スカウトに問題があるのだ。

(これが終わったら、辞任覚悟で話をするしかないか)

 スターズの監督別所は、上杉のおかげで自分が五年の政権を保てたことを分かっている。

 一年目の成績がひどかった時に、入ってきたのが上杉だったのだ。


 上杉がいれば、他のチームなら優勝出来る。

 それをフロントは理解しているのか。

 上杉を壊したら、それは現場の責任になってしまうのに。


 第三戦は、ライガースは真田、スターズは玉縄の対決である。

 真田の甲子園デビュー戦が、玉縄の甲子園最後の試合である。

 この二人にも因縁があるが、別に狙ってこの投げあいにしたわけではない。

(玉縄と真田か……)

 結果は、おそらくロースコアの敗北になる。




 新人王を取って、三年連続で二桁勝利と、玉縄のプロ野球人生は順風満帆に見える。

 だが上杉一人でチームの勝ち星の三分の一をあげている状態が、いいはずはない。

(今日は投げ勝たないとな)

 先発のマウンドに立つ真田を見て、玉縄は気合を入れる。


 大阪光陰の元エース。

 玉縄は高校時代ほとんどを、大阪光陰のせいで全国の頂点に立つことが出来なかった。

 特に最後の夏は、まさか一回戦で当たるとは。


 大物狙いではないが、途切れることのない打線。

 あれを二点で抑えたのは、それなりに立派なことだと自分でも思う。

 だがそれは、今から思えばだ。

 一点もやらなければ負けない。

 それを準決勝でやってみせた化け物がいた。

 延長まで一人のランナーも出さず、ひたすら封じていた。


 あれを見てから、玉縄の中のピッチャー像というのは変わったと思う。

 ワールドカップで身近に見て、よりそれを感じた。

 エースというのは負けてはいけないのだ。


 去年に比べれば、第一試合を取ることが出来たので、一勝一敗なだけマシだ。

 この試合、真田に勝つ。

 そのためになら、自分は罵声を浴びてもいい。

(上杉さんのために)

 自分のためでなく、チームのためでもなく、上杉のために。

 玉縄もまた、上杉のカリスマに心酔している。


 上杉が、もう一度投げる。

 中二日で、明日投げる。

 そのためには最低でも、ここは引き分けで終わらせる。

(今度は負けんぞ)

 真田はランナーこそ出したものの、さほど危なげもなく初回を終える。

 この裏のライガースの攻撃が、一番の問題だ。

(勝つんだ)

 おそらく今、スターズの中で一番、玉縄がそれを願っていた。

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