第164話 ピッチャー事情

 上杉正也の投球は、かなりクレバーなものであった。

 そんなかっこいいことは言わずに、率直に言ってしまえば身の程を知っていた。

 大介には絶対に勝てない。

 だが強烈なライガース打線でも、金剛寺相手でもそれなりには抑えられる。


 時折ヒットは打たれるが、どうにかホームは踏ませない展開。

 だが八回には一点を入れられたため、その回で降板。

 最終回はクローザーの津山に任せて、5-2でジャガースの勝利。

 地元で連敗となるとさすがにまずいので、正也はいい仕事をしたと言えよう。


 大介は二打数二安打の一ホームランであったが、正也は危険なところでの勝負は一度のみ。

 二つのフォアボールは少数のライガースファンからはブーイング物であったが、打とうと思えばあれでも打てる。

 大介は出塁を優先し、なんと三盗塁。

 だがそれでも負けるあたり、正也も立派なピッチャーである。




 一勝一敗で甲子園に戻り、これから三連戦。

 出来れば三連勝して、一気に優勝を決めてしまいたい。

 ライガースも三戦目の先発は山田で、当然ながら勝ちに行く。

 地元で優勝を決めれば、また大阪はお祭り騒ぎである。


 移動に一日をかけたが、その日も体を動かすのが大介である。

 明日の試合はライガースは山田、ジャガースは種村と、両チームのエース級ピッチャーの対決だ。

 関東は雨が降るようだが、関西圏は曇りどまり。

 そういえば大学のリーグ戦も、またやってるな、と思い出す大介である。


 今年の六大学のリーグ戦は、直史がえぐいことをやっている。

 東大相手には他のピッチャーが投げていたが、法教と立政相手には先発完投し、両方の試合でパーフェクトをしている。

 しかも法教との試合では、79球しか投げていなかったという。

 高校時代から省エネ投球を信条としていたが、まさかこれだけの球数で終わらせるとは。

 ちなみに甲子園で大阪光陰相手に15回パーフェクトをした時は、九回までで97球を投げていた。

 後藤や真田、毛利などの優れたバッターはいたが、それでも法教の方が平均的には、バッティングの力は優れているであろう。

 そこを完全試合というのだから、とことん頭がおかしい。


 直史が聞いたら、お前が言うなと言っただろう。

 大介は今年67本のホームランを打ったが、出場した試合は134試合。

 つまりちょうど二試合に一本は、ホームランを打っていたことになる。

 甲子園ではおおよそ三試合に二本は打っていた。

 最終学年では金属バットを使ってなかったのにだ。

 まさに五十歩百歩であろう。




 山田と種村のピッチャーとしての能力を比べたら、おおよそ互角ぐらいではないかと、首脳陣は予想している。

 勝敗ではなく防御率や、球速球種などを総合的に比較した結果だ。

 ここで勝っておかないと、日本一はかなり遠ざかると言っていいだろう。

 大原で勝てたのは本当に予想外の結果であったが、やはり真田がいないのが痛すぎる。

 どうにか打撃戦というか、そこそこのハイスコアゲームに持ち込まなければ、おそらく勝てないだろう。

 それに困ったこととしては、左のピッチャーがいないということだ。


 一応真田が抹消されたので、ワンポイントで使えるかと、高橋が残してある。

 だが本当に頼りになる左のピッチャーがいない。

 そもそもこんなことがなかったとしても、左の中継ぎピッチャーは、一人ぐらいは置いておくべきなのだ。

 来年は先発は真田が復帰するとしても、左の中継ぎをどうにか増やして欲しい。


 予告先発をしているので、試合前には明日のピッチャーも決めておかなければいけない。

 シーズン中の先発から持って来るなら、他には琴山と飛田がいる。

 第五戦ともなれば、中三日で先発は山倉にしつつ、継投でつないでいくということも考える。

 どうせ捨てるのであれば、第二戦はもっと明確に捨てていくべきではなかったろうか。

 ただ勝ち負けの数はともかく、投球内容だけならば、琴山や飛田と、山倉や大原の間には大きな開きがないのだ。


 第三戦のその日、甲子園に戻ってきたライガースを待っていたのは、神奈川スタジアムを超える大観衆。

 ついこの間、観客席を改修しより多くを動員出来るようになったのだが、またすぐに追加の改修案が出ていたりする。

 特に今年は完全に座席数が足らず、さらなる収容が可能になる改修を考えている。

 ただこの野球の再ブームはどこまで続くのか。

 今はリーグの試合が全て見られる、ネットの時代である。

 球場に足を運ぶ人間には、限界があるし、ネットでの視聴で充分という人もいるだろう。

 だが大介がいる限りは、甲子園から客が減ることはない。

 それでもたった一人のスターに、球団が依存しているというのはまずい状況だが。


 上杉前後から日本の野球界は、明らかに爆発的にレベルの違う選手が出てきた。

 圧倒的なフィジカルを誇る選手もいるが、技能派も相当に多い。

 例えば淳なども、左のアンダースローなどは、ずっと出てきたことのない存在であった。

 佐藤三兄弟は次男以外は、技巧派である。

 もっとも淳も上から球速だけを求めて投げたら、145kmほどは出るのだが。


 甲子園、大学野球、プロ野球の全てにおいて、観客動員数は伸びている。

 きっかけは上杉で、毎試合見られる野手の大介の存在が大きいとはいえ、スター選手がまだMLBに行っている今も、日本の野球は完全に最盛期に近い人気を取り戻したと言ってもいいのではないか。

 パ・リーグの試合もネットを使えば普通に見られる今、ネットによる放映権は高騰し、球団間格差は少なくなっている。




 甲子園での第一戦は、この試合から先頭打者に戻っている、アレクの先頭打者ホームランから始まった。

 敵地での第一線ということで、先制点を取りたいジャガースの考えが、ぴたりと当たったわけである。

 アレクは他の強打者に隠れ、また高校時代も一番バッターを打っていたので勘違いされるが、本来は長距離よりの中距離打者である。

 現役時代の五回全てで甲子園の決勝に進んだと言っても、通算九本のホームランはスラッガーの資質を持っていなければ打てない。

 またお祭り騒ぎが好きなので、アウェイの野次の中でも、平気で自分のバッティングが出来る。

 日本で一番柄の悪いと言われるライガースファンであるが、アレクにとっては母国のサッカーファンに比べれば、お上品なものである。

 なにしろあちらの試合ではフーリガン同士の抗争で、普通に死者が出る。

 運動神経抜群のアレクが、サッカーを選ばなかった理由である。

 ちなみにサッカーはアメリカの四大スポーツに比べても、フィジカルよりはテクニックやロジスティックが必要だと言われる。


 一番打者の第一打席、迂闊な投球であった。

 アレクは先頭打者ホームランを、高校時代も含めて何度かやっている。

 だが日本シリーズではもちろん初めてだ。

 しかしアレクは高校時代から、一番打者と言うよりは打線の中で独立した動きをしてきた。

 それを思えばやはり、油断であったとしか言いようがない。


 その後の打者は封じたものの、本拠地でエースが投げて一失点。

 あまりいい立ち上がりではない。

 ここで期待されるのが、一回の裏に必ず打席が回ってくる大介である。


 種村もピッチャーとしてはだいたい毎年二桁は勝つ、ジャガースのエースクラスだ。

 ピッチャーとしての総合的な能力は、正也よりも上であろう。

 だがツーストライクを際どいボールで取ったあと、欲張ってしまった。

 インローへのスプリットは、ボールに外れる球。

 だがこれを大介は救い上げる。

 高く上がったフライは、ライトスタンドまで軽々と運ばれたのであった。




 一回の表裏にホームランが飛び出すという派手な展開。

 だがそこからは、投手戦へと移行する。

 しかし試合も終盤に入ると段々と、ライガースのランナーが出やすくなってくる。


 七回で種村はお役目終了。

 ジャガースの誇るリリーフ陣へと、役目は移行する。

 ここからどうやって点を取っていくか。

 ライガースとしても山田を、継投するタイミングを計っている。

 

 島野監督の頭に浮かぶのは、真田がいたらなあという益体もないことである。

 ここはリリーフをどう使っていくかという場面なのだ。

 最終戦までもつれこめば、必ず山田はもう一度出番がある。

 球数的にもこのあたりで交代させ、それに備えさせたい。


 八回の表、ツーアウトから出たランナーは、二塁まで進んだ。

 リリーフに出した青山が、打たれた結果である。

 ラストバッターに対して、ジャガースは普段、DHの選手を代打に出してくる。

 なんとかここを無失点で抑えてほしいものだが、そうそう上手くいくはずもない。

 タイムリーヒットによって、ジャガースは勝ち越し。

 幸いにも失点は一点で抑えたが、やはり山田を引っ張るべきであったかという考えがよぎる。


 ただしこの回には、大介の打席も回ってくる。

 ホームランを打てれば、そしてその前にランナーが出ていれば、逆転が可能だ。

 九回にウェイドを温存しているので、確率的にはそれで勝てるはずなのだ。

 もっとも同点どまりであると、青山をもう一イニング投げさせるのかという判断が必要になる。


 八回の裏、先頭打者は一番に戻って毛利。

 第三戦のクライマックスはすぐそこに迫っていた。

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