第163話 こちらの上杉

 日本シリーズ第一戦は、クライマックスシリーズではやや影の薄かった大介が二点に絡む活躍であった。

 埼玉ドームでの第二戦、ライガースは先発が山倉、ジャガースは上杉正也である。

 高卒と大卒の違いはあれど、同期でプロに入った二人。

 大卒の山倉は即戦力を求められていたが、正也もまた高卒ながら、即戦力としてジャガースのリーグ優勝に貢献した。


 山倉は一年目、16先発で10勝2敗と、例年であれば新人王が取れるような成績を残した。

 だが同期に、しかも同じチームに、新人で三冠王を取るような化け物がいたのは不幸である。

 ただその化け物が打撃で援護してくれたので、自分の成績にもつながったとも言える。


 二年目は数字を落としたが、それでも15先発で7勝4敗と、それなりにローテを回して貯金を作った。

 今年は完全にローテを守って、24先発の12勝4敗と、この数字だけならチーム二位である。

 だが実際の防御率や奪三振率、打線の援護などを見ると、まだまだ山田には及ばないレベルである。

 なんだかんだ言ってライガースは、山田と真田の二人が左右のエースなのだ。


 三番手争いをする山倉に対して、ジャガースは上杉弟。

 まだ打てる方の上杉とか、常識の範囲内の上杉とか、そんなことを言われてはいるが、一年目から新人王を取っているのだ。

 三年目の今年も、二桁勝利を達成。

 ただなんとなくではあるが、高校時代の方が、攻略の難しいピッチャーだったような気がする大介である。




 兄の方の上杉が史上最強なのでどうしても色眼鏡で見られるが、正也もまた、高校野球史上屈指の好投手ではあった。

 高校ナンバーワンとか言われていて、プロでは全く通用しない選手もいたりするものだが、正也の場合はなんだかんだ言って、その年の新人ピッチャーの中では、大卒なども含めてナンバーワンだったという評価である。

 なにしろ直史がいなかったので。

 この年のピッチャーで他に既に主力となっているのは、ライガースの大原と山倉、レックスの金原、北海道の島といったあたりである。

 あとは岩崎や豊田なども一軍に定着しているが、主力と言うほどではない。

 期待ハズレなどと言われているのはスターズの大滝であるが、正直プロ三年目ながら、まだ体が出来上がっていないのではと言われたリもする。

 ただ今年は、ローテの中でそこそこ活躍出来たのだが。

 160kmのMAXストレートというのは、やはり字面は魅力的なのだ。


 そんな正也は当然のことながら、ライガース打線を甘くは見ていない。

 大介だけを注意しているのではなく、ライガースの打線全体が注意対象だ。

 なにせあの兄から、ホームランを打ったのが金剛寺である。

 長いシーズン中には、どうしてもそれなりに巡り合いの悪さで、黒星がつくこともあった。

 だがプレイオフでは負けなしだったのが、上杉であったのだ。

 

 あのホームランを分析すると、前の打者の大介相手に、力を使いすぎたのだと想像がつく。

 170kmオーバーを普通に投げる上杉が、165kmの甘い球を投げてしまったのだ。

 それでも普通のバッターになら、充分に通用したのだろう。

 だがライガースの四番を10年以上務める金剛寺は、狙いを絞って振りぬいた。

 初球だった。

 完全に狙った球を、問答無用で持っていった。

 あれが四番の一撃なのだ。


 打率よりも得点に直結する数値として、OPSがメジャーでは主流になっている。

 日本でもかなり浸透しているこの指数によると、金剛寺はいまだに、日本人の四番打者の中では、トップレベルの数値を誇る。

 シーズン中はあちこちを痛めて通算の打点やホームランは、あまり伸びていかない。

 だが打率三割を保ったまま、長打率も高いというのが、今時ではない古きよき強打者の貫禄なのである。


 高校時代、兄を慕って集まった上級生と、そして誰より樋口のおかげで、甲子園優勝投手になった正也。

 だがプロに入ってからは、完全に兄の方が優れた成績を出してくる。

 毎年沢村賞を取っていて、今年も間違いなく選出されるであろう。

 優れたピッチャーがたくさんいるプロ野球であるが、その中でも完全に、上杉勝也は傑出している。


 一応一人だけ、それに対抗出来るほどのピッチャーはいるのだ。

 ただしそれはアマチュアであり、プロ入りしないことは明言している。

(あいつと兄貴の投げ合いとか……)

 すげえ見たい。

 正也は一人の野球人として、その対決を見てみたい。

 もっとも高校生の頃から樋口を通じて、全くプロに進む意思がないのは知っているのだが。


 ともあれ今の正也に求められるのは、兄の仇討ちだ。

 そんなことを言ったら10年早いといわれるのかもしれないが、ライガースには負けたくないのは本当だ。

 日本シリーズ第二戦。

 ここを落としたら一気に四連勝されかねない、そんな気配さえ感じる。

 正也はそんな逆境の中、ライガース打線に挑むのである。




 やっぱり日本シリーズは違うな、とマウンド上の正也は思う。

 兄のチームがセ・リーグを勝ち進んでくれば、ここで投げ合うこともあったのだろうか。

 だがとりあえず、対決するのはライガース。そして大介だ。


 甲子園における絶対強者。

 一年の夏には出場していないのに、白富東の白石大介は、甲子園のホームラン記録を持っている。

 それもおそらく今後、二度と破られないであろう記録だ。

 センバツでは二試合で五本、その夏には一試合で五本。

 合計30本以上を打ち、最後の三年の夏には、打率も七割を超えていた。


 そしてそれに加えて、化け物ピッチャー二人がいたのだから、連覇してもおかしくはない。

 むしろ二年の夏、よく勝てたものだとさえ思う。

 あれはおそらく、三年の執念や、兄が甲子園に残してくれた記憶が、自分を後押ししてくれたのだろう。

 どうせこいつと戦うなら、甲子園が良かったな、と思う正也である。


 ツーアウトから大介とは勝負をせずにボール球で歩かせる。

 状況によっては勝負しないといけないのかもしれないが、まだ今はその時ではない。

 金剛寺には打たれたが、外野の守備範囲内。

 これでスリーアウトで、まずは一回の表は無難に終わらせた。


 大介との勝負を、全てのピッチャーは要求される。

 大介自身よりは、野球ファンと言われる大勢にだ。

 外から見ていたら凄いだけだろうが、対戦するピッチャーにとってはたまらない。

 打たれた瞬間には点を取られるだけではなく、メンタルを粉々に砕かれる感覚があるのだ。




 あの年の白富東は、強すぎておかしかった。

 その攻勢する一員であるアレクが、今は仲間にいるのは頼もしい。

 一年目から新人王で、実はジャガースはライガースと同じく、二年連続で新人王を出している。


 ジャガースは別に選手の扱いが悪いわけではないのだが、色々と環境面での不満から、FAで出て行く選手が多い球団である。

 だがその代わりにと言うべきか、新人をドラフトで当てる確率と、育成で新人を戦力にする力に優れている。

 持続的に力を保ち続けるのは福岡よりも高く、ベテランの占める割合は他のどの球団より少ない。


 そんなジャガースは一回の裏にランナーを出して、三番のアレクである。

 ホームランはともかく、単打と長打を上手く打ち分けられるアレクは、まさに三番らしい三番と言えるだろう。

 このシーズンも序盤は一番を打っていたが、終盤には三番を打つことが多かった。

 本人は一番打席が多く回ってくる、一番が好きらしいが。


 そのアレクの打球はライト線を破り、ファールグラウンドの方へと転がって行く。

 一塁ランナーが早めにスタートを切れていたので、これでまずは一点である。

 さらにその後、四番の打撃でもアレクが帰ってきて、これで二点目。

 幸先のいいスタートを切るジャガースである。




 打たれてるな、と予想はしていたが苦い思いの島野である。

 第一戦を勝利したので、この試合は落としてもいいだろいうという気持ちはある。

 だが負けるにしても、負け方というものがあるのだ。


 甲子園に戻って行われる第三戦以降、出来ればそこで三連勝して優勝を決めたい。

 だが真田が欠けたことが、チームにとっては大きなダメージになっている。

 今のライガースは打線がかなり充実しているため、ピッチャー次第では強いチームになっているのだ。


 山倉にしてもシーズンのローテーションを守って、12勝で八つの貯金を作ったピッチャーだ。

 だがその数字だけを見ていると、本質を誤解してしまう。

 第一戦で投げた大原に比べると、完投数が全く違う。

 山倉はある程度リリーフの援護がなければ、勝ち星が積み重ならないのだ。

 

 そしてリリーフ陣がいまいちな原因には、キャッチャーの問題もある。

 現在は主に滝沢と風間との間で繰り広げられている正捕手争いであるが、この二人が併用されることにより、ピッチャーに要求するものも変わっていく。

 真田がいればな、とつくづく思う島野である。

 どのみちこの試合には投げなかったが、甲子園でかなりの確率で勝利できるピッチャーがいれば、あとはピッチャーの総力戦でどうにかなったと思うのだ。


 ジャガースの場合は正捕手の河原が、36歳のベテランである。

 以前ほどは打撃面での貢献は少なくなっているが、いまだにキャッチャーとしては高い数値を多数の面で残している。

 キャッチャーの実力の違い。

 これもまた両チームの実力差につながっている。

 ピッチャーとしても自分と相性が良ければ、キャッチャーは一枚であった方が分かりやすいのだ。




 三点を取られた状況で、四回の表、大介には二度目の打順が回ってくる。

 ノーアウトランナーなしの先頭打者。

 ジャガースとしては足もある大介は、出来れば塁に出したくない。

 ミスショットを期待して、注意しながらの勝負。

 それがベンチからのサインである。


(勝負か)

 正直なところはっきりと、申告敬遠でもしてほしかった正也である。

 ピッチャーとしての矜持を胸に、強打者に対しても向かって行く。

 正也は普段なら、そういった勝負をしていくのだ。

 だがこの相手だけは、例外にしたい。


 高校時代に散々、頭のおかしなこいつのバッティングを見てきた。

 一年の夏、春日山の練習グラウンドにやってきた、SSコンビ。

 どちらも非常識であったが、あの時から兄が、大介に対して特別な興味を抱いているのは知っている。

 三年連続の三冠王で、毎年何かの記録を作る相手に、正面から勝負するというのか。

 ただ、これもプロの世界だ。

 逃げてばかりいては、興行として成り立たないだろう。


 打たれる気配は、大介が打席に入った時から、びんびんと感じている。

 だが打たれるにしても、ただ打たれるだけでは能がない。

 今の自分がどんな位置にいるのか。

 それを知るために、正也は初球からストレートを投げる。


 キャッチャー河原もまた、強打者の気配は感じている。

 だからどうせ打たれるならば、はっきりとした結果が出てしまったほうがいい。

 下手にランナーとして残したら、いろいろと塁の上でうるさそうだ。


 インハイへのストレート。

 157kmのそれを、大介は腕を折りたたんで打つ。


 ライト方向への打球は、明らかにホームランであった。

 ボールはどんどんと伸びていって、観客席の最上段より上、ドーム部分に激突して落ちた。

 観客席では大介のホームランボールを安全に手に入れられて、ラッキーなものである。

(本当に初球から打つかよ)

 前の打席で歩かされたのだから、一球目は見てきてもいいだろうに。

 だが弾丸ライナーの打球は、間違いようのないホームランボールになった。

 ドームでなければ場外である。


 まだまだ勝負が出来るレベルでないのは分かった。

 だがいつか、まともに勝負出来る高みへ自分は至れるのだろうか。

 史上最強のバッター相手には、何をしても無駄なようにさえ思える。




 一球目で打たれて済んで良かった。

 我がことながら、あまりにも打球がすごすぎて、苦笑いが出てくる。

 だが上杉の仕事はここからである。


 四番の金剛寺が打ったことによって、ライガースは日本シリーズに進むことが出来た。

 今年も途中離脱はあったものの、20本以上のホームランを打っている。

 それに金剛寺は打率も出塁率もいい。

 若い頃は盗塁も多く、トリプルスリーに近い数字を出したこともあるのだ。


 渾身のストレートを打たれた正也としては、まずは変化球から入りたい。

 それを読んでいたのか、金剛地はスライダーを強烈に叩く。

 ファースト正面のライナーであったが、これもあと少しずれていたら、長打になっていただろう。

 やはりライガースの打線は、注意して投げても恐ろしい。


 ライガースの得点力を考えるに、あと三点は点がほしい。

 そう思うジャガースのバッターは、山倉を打っていく。

 一つでも先の塁を目指すという機動力野球は、ジャガースの十八番である。

 そうやって五点を取られたところで、ライガースの先発山倉は降板。

 リリーフで投げてくるピッチャーからも、ジャガースはヒットを打っていく。


 六回の表には、ワンナウトランナーなしから、大介の三打席目が回ってくる。

 ベンチからの指示は、ここも勝負である。正也の今日の調子はいい。

 フォアボールが出ておらず、打たれたのも大介のホームランを除けば全て単打。

 だが正也はここは、歩かせることも視野に入れて勝負していきたい。

 あまりにポンポンと打たれすぎると、この試合に勝っても、大介が調子に乗ってしまう可能性がある。

 そして甲子園での対決では、圧倒的にライガースの応援のアドバンテージがあるのだ。


 二打席目のような無茶苦茶なホームランを打たれれば、普通のピッチャーなら完全に戦意喪失するだろう。

 だが正也は生まれてからずっと、自分の身近でもっと巨大な才能を見てきたのだ。

 大介を相手にして打たれても、正也自身はトラウマになどなったりしない。

(でもチームとしては痛いだろうなあ)

 外角の変化球を中心にして、組み立てていくバッテリー。

 結局はフォアボール出歩かせることになり、大介としては不満が残るところである。

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