第264話 チームバランス
クライマックスシリーズファーストステージを第三戦まで戦い、ファイナルステージ進出を果たしたライガース。
この勢いのままにレックスも撃破、とはいかない事情があった。
投手起用の問題である。
ファーストステージとファイナルステージの間には、間隔が一日しかない。
そしてファーストステージの第三戦で投げた真田は、九回を完投し151球を投げている。
シーズン中であれば中六日を守らせるところだ。真田は故障明けなのだ。
それにキャッチャーの滝沢からも、確かに途中からあまり球が来ていないように感じた、という話を受けたのだ。
監督の金剛寺と、首脳陣は話し合う。
レックスのピッチャーは中六日以上の間隔があるので、武史が初戦を投げてくるだろう。
また他のエースクラスのピッチャーも、万全の状態で投げてくるはずだ。
この点では正直、山田と真田を直近で使ってしまっている、ライガースの方が不利である。
特に島本は、真田の登板間隔は空けるべきだと主張した。
対して年配のコーチ陣からは、精神論が飛び出てくる。
このあたり金剛寺は、若輩の監督だけに、意見を無視しきれないところがある。
優勝したくないのかと問われれば、それはもちろん優勝はしたい。
だが来年も、再来年も優勝するのなら、真田は絶対に大切に使わないといけない。
五年間で70勝もしているピッチャーなのだ。
昨今は主力選手でもFA移籍が多いが、真田がFA権を取るまでにはまだ三年かかる。
この三年の間に、どれだけの貯金を作ってくれるのか。
常勝軍団を作るためには、絶対に失えない戦力である。
そもそも今年の離脱を考えれば、もっと休養の期間を増やすべきだったのだ。
上杉相手に当然のように敗北した大原であるが、完投したことは素晴らしい。
これでリリーフ陣の消耗を、かなり抑えることが出来たのだ。
真田も同じことが言える。だがこちらは、真田でなければ負けていたかもしれない。
その真田を、使わないと言っているわけではないのだ。
だが自らは痛みを訴えない真田を、下手に使うのはどうなのか。
せめてシーズン中と同じぐらいは、登板間隔を空けたほうがいいというだけなのである。
大原、真田、山田と、シーズン中の勝率が高かった三人を、初戦で使うのは難しい。
相手のホームである神宮というのも、状況は悪いだろう。
ただライガースの打線にはホームランを打てる者が多い。
その点ではバッター有利の神宮は、それほど悪い球場ではない。
今年のローテを守りきった中で、残っているのはキッドと山倉。
ただし山倉は9勝9敗と、貯金が作れていない。
「エース同士をぶつけるかどうか……」
金剛寺は呟いたが、それは無理だと分かっている。
休養たっぷりのレックスは、第一戦は武史を投入してくるだろう。
万全ならばともかく、消耗した現在の状態では、真田や山田を当てるのも無理がある。
キッドと山倉を武史に当てるのは、正直に言って勝算が薄い。
二戦目以降に持っていくのが順当であろう。
「琴山はどうかな」
金剛寺はそう提案するが、島本も含めて難しい顔をする。
今季は真田の離脱期間や、谷間に11試合を先発し、6勝3敗。
ただ後半は主に中継ぎとして投げることが多かった。
「正直、佐藤の力量をどう認めるかですね」
今年の沢村賞投手は、時々うっかりミスをする。
だがシーズン序盤では大介と対戦したときも、しっかりと抑えている。
今年負けなしのピッチャーに、誰を当てるかというのは難しい問題だ。
強気でいくなら良いピッチャーを当てて、あとは打線での勝負となる。
ライガースの攻撃力は、レックスを確実に上回る。
それでも武史などは、無得点に抑えてくるのだ。
大介としては今度は打つつもりでいるのだが、首脳陣からはそれは見えない。
結局選ばれたのは、ここのところは中継ぎでの起用がほとんどであった飛田。
発表された瞬間にレックスは、すぐにその対策に舵を切ったのである。
当然のように第一戦に起用された武史は、とりあえずプレイオフもさっさと終わらないかな、と思っている。
武史にとってこのルーキーシーズンは、それほど大変なものではなかった。
大介ほどの体力バカではないが、樋口と組んでいたというのがやはり大きい。
間違いなく今年の最優秀バッテリーとなるだろう。
他にも色々と取材などで時間を取られるが、せっかく勝ち残りのチームを待っていたのに、集中することが出来ていない。
ただ、それでも問題ないだろうな、と樋口は思っている。
武史はそもそも、そんな集中してピッチングを行うタイプではないからだ。
第一戦の先発と伝えられたときも、全く動揺はなかった。
監督室から出て、普通に練習場に向かうだけである。
ちょっと待て、と樋口だけが止められて、不安そうに相談される。
「なあ、本当に大丈夫だったと思うか?」
いや、監督がそんな心配をしてもらっては困る。
ただ樋口としても分かるのだ。
武史はやらかす人間である。
だがそのやらかす状況は、それほど恐ろしいものではない。
だいたいが自分で自分の大記録を台無しにするというもので、単純に大事な試合でポカミスをするというものではない。
むしろ大事な試合では、どうにかして勝ってしまうものなのだ。
「婚約者が見に来るらしいし、大丈夫だと思いますよ」
「張り切って空回りしたりしないか?」
「あいつは張り切った時の方がいいピッチングしますから」
佐藤家の人間は、だいたいそうである。
武史はシーズンオフの結婚に向けて、色々と考えている。
はっきり言って試合に対する集中も、プレッシャーも関係ないだろう。
悩みのない時にいいピッチングをする。
おそらくはノーヒットノーランもどきか、完封もどきかをしてくれるだろう。
樋口の判断に間違いはない。
神宮で行われる、クライマックスシリーズファイナルステージ。
飛田を先発としてきた意図を、レックス側は正しく理解する。
ライガースはこの第一戦を、半ば捨てている。
だがライガースの打撃力を考えると、ハイスコアの殴り合いになってしまう可能性もあるのだ。
それを防ぐためには、この一回の表をしっかりと抑える必要がある。
大介に絶対に回る一回の表だが、そこまでにランナーを出さないこと。
粘るのが得意な一番毛利が、バントヒットを狙って失敗しワンナウト。
そして攻撃的な二番の大江が空振り三振。
う~んと首を傾げる金剛寺である。
上杉との対決のあとに思った、一番打者大介。
それをこの場合にも使ってみるべきだったかもしれない。
(ただ上杉に比べると、そこまで絶望的な差は感じないんだよな)
引退した大打者の嗅覚としては、武史のピッチングには、分かりやすい凄みをかんじないのだ。
直接打席で対戦したら、また違う感じなのかもしれないが。
ライガースはここのところのクライマックスシリーズを、主にスターズ相手に戦ってきた。
上杉はチームの大黒柱であり、それを倒すことが即ち、勝ち抜いて日本シリーズに達することであった。
ただレックスはスターズよりも打線がしっかりしていて、武史以外にも大きく勝ち越しているピッチャーがいる。
ロースコアではなく、ある程度のハイスコアになることを考えて、試合の展開を見ていかなければいけない。
なんとも楽しそうな顔でバッターボックスに入るよな、と武史はこちらも笑いたくなる。
大介を打席に迎えても、さほどの恐怖もプレッシャーも感じない。
それは打たれることになれているのと、味方の打線を信じているからだ。
真田ならともかく、他のピッチャーであれば、三点ぐらいは取ってくれるだろう。
そして大介が相手でも、全打席をホームランなどということはないだろうと考えている。
ただ、大介を甘く見ているわけでもない。
大介はプレイオフの成績を見れば明らかに、レギュラーシーズンよりも勝負強くなっている。
過去の記録を見れば、上杉のいるスターズ相手に、それも上杉が出てきていても、五割以上は確実に打っている。
高校時代の甲子園を舞台にしても、八割以上を打っていたのが大介だ。
まともに勝負しに行った大滝が、160km/hを投げても三打席連続でホームランを打たれている。
一昨年のタイタンズとの試合では、20打数16安打の5ホームランと、打率ではなくホームラン率が二割五分であったりする。
その年はジャガース相手に敗北し日本一には届かなかったが、大介はあからさまに勝負を避けられる外に外した球を打って、18打数の12安打などの数字も残している。
パワーを抑える必要のないこのクライマックスのプレイオフでは、まともに勝負したら負けると思った方がいい。
だが樋口はどうやら、この一打席目は真っ向勝負するつもりらしい。
攻撃的な配球に、武史は一応首を振ってみせた。
だが二度目のサインも同じ。
樋口はこの打席だけではなく、試合全体を見て配球を組み立てることが多い。
ならば武史もそれに、乗っていった方がいいのだろう。
初球インハイストレート。
他のバッター相手なら空振りが取れるが、大介を相手にしては危険度が高い。
まして今はまだ一回の表。
武史のストレートが魔球化するのは中盤以降である。
(まあ打たれてもいいってことか)
ならば全力で投げようではないか。
大介としてはこの一打席目、樋口は敬遠気味に配球してくるだろうと考えていた。
武史のストレートの下を叩いて、外野フライを打ってしまうことが多かった今季。
ただ本当に伸びてくるのは中盤以降で、それは高校時代と変わらない。
(さて、どう攻めてくるかな)
樋口の思考は、大介には読み切れない。
なので反射で打つしかない。
サインが出た気配がして、そこで武史は首を振った。
なんだ、と大介は疑問に思う。
武史は基本的に、リードは全て樋口に任せているはずだ。
それが首を振ったのだから、よほど予想外で、納得できないものであったのだろう。
しかし二度目のサインには、わずかに間をおいて頷いた気がする。
インコースのストレートが来る気がする。
だが大介ならば、武史のストレートでも、スタンドに運べる。
あるいは首を振ったのは、そういう欺瞞のためのサインであったのか。
大介は少し考え、そして無心になった。
来た球を打つ。
それだけに集中する。
武史にもいずれは、大介と真っ向勝負して勝ってもらわなければいけない。
プレイオフの本気になった大介の数字を見ても分かる通り、この不世出のバッターは、存在感がありすぎるのである。
一応それなりに抑えているピッチャーは数人いるが、正面から叩けるのは本当に上杉ぐらいだ。
真田もかなり左バッターに対しては強いが、よりにもよって大介と同じチームである。
FA権が発生したらレックスで取らないかな、などと樋口は考えているが、行くとしたらパのチームかなとも思う。
そんなことはまた別の話で、今はこの打席、この一球に集中する。
初球から大介が、どれだけ反応してこれるか。
樋口のサインから、プレートを踏んだ武史は、タメを作ってから投げ込んできた。
インハイストレート。バットに当てるのはそれほど難しくはないが、最もボールのスピードを速く感じるコース。
大介は完全に、反射でスイングした。
バットに当たった打球は、高くライト方向へ舞い上がる。
大介の普段のホームランの打球とは、全く違う軌道である。
ここが甲子園だったらな、と樋口は思った。
いや、この時期ならあまり関係ないかな、とも思ったが。
神宮球場は広さもあまりない、ホームランが出やすい球場。
NAGOYANドームあたりなら打ち取ったのかもしれないが、神宮においてはライトスタンドぎりぎりに入った。
センター方向ならば、それもまたどうにか外野フライになっただろうが。
先制のソロホームラン。
今年のシーズン戦では、大介には一本もホームランを打たれていない武史であったが、ここで打たれてしまった。
もっとも本人としても、打たれるのではないかなとは思っていたのだが。
(まあ今日は相手のピッチャーも考えて、それなりに点は取れるんだろうな)
打たれた武史には、案外ダメージがない。
やはり、と言うべきなのだろうか。
樋口は大介と武史の実力を、しっかりと計測しておきたかったのだ。
特にシーズン戦ではなく、このプレイオフの大介を相手に。
結果としてはホームランであったが、樋口は絶望していない。
そしてマウンドの武史も、下を向いたりはしていない。
まだ一回の表、つまり序盤。
武史がスロースターターなのは、誰もが知っている。
(問題はこれ以上点を取られないことだな)
(次はせごどんなんだよなあ。なんだよこの100本コンビ)
正確には今年は、二人合わせて110本以上のホームランを打っているのだが。
続くバッターに打たれないのが重要だと、樋口は分かっていたし、さすがに武史も分かっていた。
わざわざ球場に来ている恵美理に、情けない姿は見せられない。
大介に打たれただけに、余計にそう感じるようになった。
打たれてからようやく本気になるあたり、やはりスロースターターである。
西郷にも外野にまでは運ばれたが、これは平凡な外野フライ。
スリーアウトチェンジで、ベンチに戻るレックスナインである。
「なんか打たれちゃいましたけど」
「試合全体を見ればいいんだ。この試合は一点を争うような試合にはならないしな」
「すると次からも勝負していくと?」
「いや、状況に応じて考える」
樋口の思考は柔軟であり、そして冷徹だ。
相手に取られた以上に点を取れば勝てる。それが野球というスポーツだ。
まさにそれを体現するかのように、樋口は一回の裏にツーランホームランを打って、早くも逆転に成功する。
武史もまだ、この上がある。
樋口としてはその潜在能力を発揮させるには、大介ぐらいが相手でなければ、相手としては不足だと見た。
普通に投げていても、簡単にアウトが取れる。
それが武史というピッチャーなのだ。
ホームベースを踏んで、チームメイトとのハイタッチを決めていく。
その間にも樋口は、この試合で武史のレベルを、一段階高いところに持っていこうと考えているのであった。
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