第214話 ベストポジション

 大介の過去を見れば、一番打者というのはむしろ、四番などよりはよほど馴染みが深い。

 中学時代には俊足とミート力を買われて、守備を重視する時には、一番に入ることが多かったからだ。

 まずは塁に出ること。

 それが本来の長打力の発現を、縛ってしまっていたのだ。


 今はそれを使う。

 ホームランを捨てたスラッガーが、どれだけ打てるのか。

「いやあんた、去年のプレイオフの自分の成績知らないのか?」

 真田は呆れたように言うが、過去は振り返らないのが大介である。

 

 ちなみに去年のプレイオフ、スターズとジャガースと戦った試合の合計出塁率は0.682である。

 打率はもちろんそれより低くて、0.566であった。

 さらにちなみに、今年のプレイオフのここまでの出塁率は0.791である。


 ジャガースの先発は、今年も二桁勝利、円熟味を増してきた武内。

 山倉よりは二枚ほど上手である。

 ただお互いのチームの打力を考えれば、先発をどこまで引っ張れるかが問題となるだろう。

 そしてライガースは上位打線に真田を当てるという、勝利の方程式を手に入れている。


 だがそこはジャガースも考えてきた。

 助っ人外国人を三番に入れて、三割二桁を四番から六番へと移動させたのだ。

 こういう打順変更は、コロコロとしたら混乱をもたらす。

 だがその危険を考慮してでも、真田対策を考えてきたというわけか。

 本来なら一人ぐらいは代打にしておきたかったのかもしれないが、それぞれ守備力も高いので、そうそうはベンチに置けない。

 試合の前のオーダーから、観客たちは楽しめるものであった。




 さて、ジャガースの本拠地開催なので、一回の表はライガースの攻撃。

 一番ショート白石である。

 

 またもこれか、とは思われるが、それでもある程度の衝撃はある。

 島野監督としてはこれで負けるなら、采配のミスと言うことが出来る。

 大介が長打を打ちにくくなっているのは事実だ。

 だがそれを別にしても、出塁率は化け物じみている。


 観客は大介のホームランが見たいのだろう。

 日本シリーズならば興行であるから、それに応える必要もある。

 だが同時に、冷徹に勝利の可能性を高めなくてはいけない。

 結局人間は、結果でしか評価出来ないものであるのだ。


 先頭打者ホームランを期待したのは、ライガースファンだけではなくジャガースファンもであったかもしれない。

 なにしろ第一戦では甲子園で、アレクがかましているからだ。

 ただしその期待は裏切られた。

 大介は第一打席、際どい球も見逃していった。

 そしてフォアボールを選んで塁に出たのである。


 味方のファンにブーイングされるのは気の毒であったが、大介としては助かる。

 長打が打てなくなっている今の状態を知られれば、絶対に勝負されることは多くなるだろうからだ。

 塁に出た大介は、スラッガーではなくなる。

 今年は90盗塁を決めた、史上屈指の盗塁王だ。

 プロ入りから四年間、盗塁数が本塁打数を下回ったことはない。

 打って、走って、守れる。

 それこそが最高の選手で、打つだけで満足できないのが、大介の貪欲なところである。


 盗塁を最大限に警戒しながら、それでも盗塁成功。

 シーズン中とは逆に、打撃にリソースを振っているので、盗塁は少なくなっている。

 だが本気になれば、数だけは増やせるだろう。

 失敗も多くなりそうなので、総合的にはやはり長打を狙っていくべきだ。

 そのための調整のためには、やはり本拠地甲子園球場へ戻る必要がある。


 打撃戦になるであろう、この試合。

 それでもやはり重要な先制のホームを、大介は踏むことが出来た。




 ライガースとジャガースは、総合的な打力はおおよそ互角。

 そしてリリーフ陣も、現在は上手く機能している。

 だがライガースでは先発として試合を作るピッチャーの能力が、ジャガースよりは低い。


 一点でも勝っていれば、あちらのクリーンナップを抑えることが出来る。

 だがそのためには先発からリリーフまで、リードを保つピッチングをしてもらわなければいけない。

 二打席目の大介は普通にヒットで出塁したが、後続が続かずに残塁。

 やはり自分で打たなければ、確実な点は取れない。

 そして徐々に、ライガースはジャガースに引き離されていく。

 この試合ライガースは、パの球場側の試合なので、DHを使うことが出来る。

 だが普段はDHではなく代打で出ることが多い山本などは、四打席に集中力を分散させることが出来ないらしい。


 お互いの先発から、継投が開始される。

 ここで点差が開くことは止まった。

 リリーフ陣の質の良さは、ジャガースは完全に計画的に、ライガースは結果的に成立したものだ。

 実力的には差はなくても、意図して作り上げたかどうかで、その運用方法が変わる。

 場当たり的な起用の多いライガースに比べて、ジャガースはかなり計算されている。

 どちらにしろなかなか点は入らない。


 三打席目の大介は、内野の頭を超えたライン際に、ぽてんと上手く落とした。

 ある程度の勢いはつけてあるので、長打になる。

 外野の間を抜けたり、頭を越えていくタイプの長打ではない。

 だがバットコントロールでそれが可能なのが大介である。


 体軸の曲がり。それによって飛距離が出ない。

 スイングスピードはわずかにも落ちていないのかもしれないが、最後の一押しをする瞬間に、力が入っていないのか。

 それがその力を入れるのに、体軸が曲がっていればまずいということ。

 ただこれまでは体を投げ出すようにスイングしても、体軸のブレはなかった。

 なので問題はもう少し別のところにある。


 上手く二塁まで進んだため、大介は二度目のホームを踏む。

 リードオフマンとしては驚異的な成績だろう。

 だが試合全体で見れば、まだジャガースの方が上回る。




 大介を一番にしたのは、確かに正解だったろう。

 ホームランを捨てれば、これだけのバットコントロールが可能なのか。

 下手をしなくても五割は打ちそうで、監督の島野はもう、何度目かは分からないが大介には呆れた。

 しかしそれでも、試合の趨勢に影響はほとんどなかった。


 真田に投げさせる機会もなく、8-4で試合は終了。

 大介は五打席三打数三安打と、10割の打撃を記録した。

 ただし打点が一つもついていない。


 大介が打たなければ勝てないのか。

 シーズン中には絶不調や怪我などで、離脱することもあった。

 確かに勝率は下がったが、全く勝てないというほどではなかった。

 しかし大介は大きな舞台であるほど、そのパフォーマンスを向上させている。

 その最大の舞台である日本シリーズで大介が打たなかったら、それは確かに難しいのかもしれない。


 これで勝敗は二勝一敗でジャガースのリード。

 残り二試合の地元の試合を勝てば、日本一が決定する。

 日本シリーズなどのお祭り騒ぎでは、地元でやたらと強いライガースを考えれば、一気に勝ってしまいたい。

 大介にこのシリーズ、ホームランが出ていないというのも、好条件ではある。


 どうにかして、甲子園に帰る。

 二試合のうち一試合勝てば、甲子園でまた試合が出来るのだ。

 そしてあの舞台であれば、チームの雰囲気も変わる。

 何より大介が打たないと、チームが勝てない。


 四番打者ではない。だが、実質的なチームの四番。

 エースの次ぐらいには大事で、プロにおいてはローテで回るピッチャーよりも大切な存在。

 それが打てないのだから、やはりチームはいまいち機能していないのだ。

(白石が打てなくても、仕方がない)

 一番に任命した島野に、その責任はある。

 これまで順風満帆に歩いてきた大介を、日本シリーズの戦犯にするわけにはいかない。

 もっとも期待値が大きすぎるだけで、このまま優勝出来たなら、やはりMVPは大介なのだろうが。




 第四戦のライガースの先発には、もう本格的な先発は残っていなかった。

 ローテを回していたという点では、若松と琴山がそれなりに登板している。

 だが琴山はシーズン途中からリリーフに回った。

 その代わりにローテに入った飛田は、八先発で四勝三敗である。


 第一戦で投げた大原は、回復力も高いので、中三日で投げさせることも出来るだろう。

 だが根本的な問題として、それほど短期決戦に有利なピッチャーではないのだ。

 それなのでやはり、若松を先発という形になってくる。

 ただし若松は、完投力があまりない。

 継投の大変さが、ここから出てくるだろう。


 ライガースのシーズン序盤からの復活は、リリーフ陣が上手く機能したことによる。

 特に真田などは同点の場面や一点ビハインドから投げて、それだけで八勝もしてしまった。

 しかしここで、先発の弱さが浮き彫りになる。


 山田の欠けたのが、やはり致命的であった。

 大介が打ったとしても、殴り合いでは今のジャガースには勝てない。

 それが分かっている島野としては、とにかく誰かに責任が変に行かないように考えなければいけない。

 怪我人が多かったシーズンである。

 だからある程度は、言い訳が立つ。

 それに自分の長期政権は、そろそろ終わって目新しさが必要だろう。


 負けるつもりはないし、もちろん勝つ方が望ましい。

 だが負けても仕方のない理由がいくらでもあり、それがむしろ来年以降につながるかもしれない。

 そんな監督の雰囲気を、選手はともかくコーチなどは察するのか。

 ちなみに大介は、自分のことが大変なために察していない。




 第四戦はほとんど継投ばかりで、ライガースは戦うことになった。

 先発の若松は三回までで、そこから本来は完投力もある琴山などを投入。

 だが琴山もそもそも、今年は調子を落としていたのだ。

 試合を崩さないながらも、その流れはジャガースにある。

 

 スコアとしては9-6と、やはり殴り合いになった。

 ただ終始リードしていたのはジャガースであり、大介にもホームランが出ない。

 それでも打点を記録したことは、いいことではあるか。

 しかしやはり、序盤にリードされてそのままというのが、ライガースにとっては痛すぎる。

 左打者に特効を持つ真田であるのに、それを使う機会がないのだ。


 三勝一敗で、ジャガースは久しぶりのパへの日本一を持っていく準備は整った。

 まだ先発として使えるピッチャーはいるし、何より地元開催である。

 ここで優勝して、久しぶりの王座奪還と狙う。

 チームとファン全体が、優勝を強く現実的に意識している。

 明らかに流れは、ライガースにとって逆流なのだ。


 しかしそんな中、島野のホテルの部屋を訪ねた選手がいた。

「ここで長く投げるしかないと思うんです」

 今シーズンリリーフに転向後、圧倒的な数字を残している真田である。


 それしかないか、と島野も思ってはいた。

 幸いと言うべきか過去の二戦、リードした展開がないので真田を使っていない。

 クローザーとして投げてから、中三日が経過している。

 ここで投げるにしても、肉体的な問題はない。

 ただし球威は、まだ戻っていないのだ。


 ジャガースは主力選手に、本当に左が多い。

 ただの左バッターというだけではなく、左投手にも強い左バッターだ。

 しかしながらそのジャガースの左打線を、真田は第二戦で封じた。

 だから短いイニングであれば、やはり真田という札は強力なのだ。


 いや、いいだろう。

 真田が志願してきたことだが、失敗しても自分が責任を取る。

 どうせフロントとしても、後継人事はある程度考えていたはずだ。

 全てを潔く自分が被れば、むしろそれは世間にはよく見えるだろう。

「分かった。やけどあまり長いイニングは投げさせへんからな」

 既に先発自体は、予告先発で決まっている。

 なので真田が投げるのは、第二先発という形になる。

 一点でも取られたら交代。

 それぐらいのつもりで、次の試合を戦う。


 思えばキャンプから、色々な選手の怪我に悩まされたシーズンであった。

 特に主力である、真田、山田、金剛寺など、大事なシーズン序盤や、ローテ崩壊、日本シリーズで起用不能など、運が悪かったのは間違いない。

(せやけどまあ、もう三年も連続で勝ってるんやしな。ジャガースも強いし、博打打っていくしかないやろ)

 保身も考えず、島野はただ、見ていて面白い試合になることを考える。

 そして面白い試合というのは、大胆な試合であるのだ。


 様々な苦難を乗り越えてきたライガース。

 その連覇がようやく止まるというのか、野球ファンの視線は集まっている。

 島野に言わせれば、不滅の勝者などは存在しない。

 ここまで勝ち続けてきたことが、むしろ奇跡であるのだ。


 夜が更ける。

 そして埼玉での第三戦の朝となる。

 大介は早くに起きて、恒例の素振りを始める。

 西郷がそれに付き合う。

 ホテルの中で素振りを行うのは、危険なのでやめなさい。


 そして真田はゆっくりと目覚めて、体をあちこち動かし始める。

 今シーズンは、不本意なシーズンであった。

 もちろんホールドにセーブと、数字的に年俸が減ることはないだろう。むしろ上がるはずだ。

 だが期待していたほどの上昇は、このままではない。

 

 だから、投げるのだ。

 しかしそんな理由をつけなくても、真田には投げる理由がある。

 山田がいない今、ライガースのエースは誰なのか。

 それはもちろん大原ではなく、自分であろう。

 勝ち星や勝率などではなく、投げれば打たれないという説得力。

 それを持つほどのピッチャーは、間違いなく真田であるのだ。


 日本シリーズ第五戦。

 ジャガースが勝てば、優勝が決まる。

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