第215話 三つ目の結果

 高校時代は当たり前のように勝っていたが、プロに入ってからは当たり前のように負ける。

 それでなければ興行として成立しないのだから、当たり前の話ではあるが。

 ただしこの話に関しては、武史が野球の戦力均衡については、アンフェアなほどのバランスが取れていると言った。


 シーズン優勝をするためには、おおよそ六割の勝率があればいい。

 優勝は出来なくても、確実にプレイオフには進める。

 過去には七割超えというとんでもないシーズンもあったが、かなり昔の話である。

 ライガースのここ数年も今年は六割も勝っていないし、大介入団後も六割台前半で優勝している。

 これに対して武史の大好きな、NBAバスケットボールは、過去と言っても21世紀に89%の勝率で優勝したチームがあるという。


 まあぶっちゃけると、プロ入り後の上杉などは、勝率が92%という、一人で試合を決める万能人型決戦兵器であるのだが。

 そんな上杉でも、甲子園では優勝できなかったのだが。

 ちなみにその89%の勝率を記録したチームは、記録更新に力を入れすぎて、シーズン終盤に主力選手を休ませることが出来ず、プレイオフで敗退したというオチもある。

 上杉も個人では92%の確率で勝っているのに、大介加入後は一度も優勝できていないし、今年は日本シリーズ進出を争うことすら出来なかった。


 だからと言って大介の打つ試合で、九割勝てるかというとそうでもない。 

 そもそもの話をすれば、大介の打率は高くても五割しかない。

 色々と意見はあるだろうが、野球はもっとチームとしての力が必要で、だからチーム全体が弱ければ一人が頑張っても、どうにもならないわけである。

 もっとも上杉入団までの神奈川はBクラス常連の最下位が長く続いていたし、大介入団以前のライガースは二季連続の五位であったりした。

 その前もBクラスである。


 スタープレーヤーがチームを変えてしまうということは、あるのだ。

 ただしそれでも、確実に優勝出来るわけではない。

(う~ん……)

 気分を変えて右打席に入った大介は、普通にヒットを打って出塁した。

 さてここから走るか、とピッチャーを睨みつける。

 そのうち一シーズンあたりの盗塁記録も更新するのではと思われる大介。

 だが個人的には盗塁というのは、出来る足があると思わせるだけで充分なのだ。


 高校時代に比べると、プロのキャッチャーの守備力は鬼のように高い。

 そしてピッチャーの技術も秀でているので、だいたい90%も成功率はない。

 おおよそ80%の確率で一塁から二塁に行ける。

 そんなランナーを背負って、まともにピッチングの出来るピッチャーが何人いるか。

 けっこういるのがプロの世界である。


 一回の表は大介がホームを踏んで、まずは先制点。

 ただし一点だけである。

 そしてライガースの先発の飛田は、短いイニングと承知の上で投げていく。

 しかしヒットとフォアボールで、いきなりノーアウト一二塁。

 ここで三番は日本代表にも選ばれた、トリプルスリー達成の経験もある咲坂。

 最初にストライクがほしい飛田から、甘い球をフェンス直撃に運んだ。


 これで二点が入り、しかもまだノーアウト。

 炎上しそうなここで、ライガースのベンチは早くも動いた。

 ピッチャー飛田に代わって真田。

 予定していたとは言え、あまりにも早い交代であった。




 いくらなんでもまだ早いのではないか、というのがテレビの向こうでも言われる。

 これがシーズンの中の試合なら、もう少し飛田を引っ張って、敗北を許容出来ただろう。

 だがこれは日本シリーズで、あと一つの敗北で優勝が決まる。

 ここでは飛田のプライドを後回しにして、非情の決断をしなければいけない。


 真田にしても初回からある程度、心の準備はしていた。

 それでもいきなり、ノーアウト二塁からとは。

 ただ表の攻撃で一点が入っているので、まだ一点差。

 当然ながら一点差は、逆転可能な範囲内である。

 しかしジャガースは真田からは、あまり点が取れない。


 左打者ばかりを多く揃えている弊害か。

 仕方がないにしろ、右の強打者もいなければバランスが悪い。

 このシリーズ中にも打順の変更はしてみたのだが、上手くつながらなかった。

 打率のいい右打者がほしい。長打力はそれほどでなくてもいい。

 それが現在のジャガースの問題点である。


 強力な三枚札だが、FA市場にいずれは出ていく。

 だが一人はMLBへの挑戦を口にしていて、ポスティングでの移籍を希望している。

 そしてアレクもいずれはメジャーと、最初の頃から言っていた。

 ポスティングシステムを使うことによって、ジャガースは資金調達をして、その金で戦力の補強が出来る。

 球団にあまりメリットがないFAよりは、ポスティングを素直に認めた方が、万一日本に戻ってくる時も、迎え入れることが出来るだろう。


 左右が適度に混じった、強力な打線。

 それをジャガースは目指しているが、今はとにかく左に偏っている。

 左ピッチャーを苦手にするわけではないが、とにかく真田の左打者との対戦は、被打率が一割前後で推移するのだ。




 真田の第二先発は成功した。

 ライガースは中盤にかけて、しっかりと逆転。

 流れは明らかに、ライガースの有利に変化してきている。

 やはり流れを変えるのは、エースの投入か主砲のホームランなのか。

 その意味では大介は、この試合もホームランが出ない。


 島野は少しだけ気分が良くなるが、根本的な解決にはなっていない。

 このシリーズ、お互いがそれなりに打ち合う打撃戦になっている。

 それでも先発には、ある程度の試合を作ってもらわないと、序盤だけで試合が決まってしまう。

 ライガースで今、先発として頼れるのはキッドぐらいだ。

 大原がプレイオフでここまで相性が悪いとは、思っていなかった。

 イニングイーターは、全力で勝ちにいくプレイオフでは、必要性が薄いらしい。


 そして真田にしても、全てが思い通りなわけではない。

 今年は序盤から先発としての役目が果たせなかった。

 リリーフ崩壊により左のリリーフとして、後半はかなりの活躍が出来た。

 しかし今年の自分の、シーズン前のプラントは違うのだ。


 年々成長していかなければいけない。大介のように。

 まだ体に無理をしてでも、鍛えていく年頃なのだ。

 怪我をするのは論外だが、去年の成績を上回りたかった。

 大原のようなタナボタと言うか、運の要素の強いものではなく、真正面から上杉と対決したかったのだ。

 結局はそれも果たせなかったことだが。


 そしてこの試合においても、消耗が思ったよりも激しい。

 リリーフに慣れてきていたため、短いイニングに全力を尽くすのが当然になってしまっている。

 リリーフとしては肩を作ってから出てくるので、そこまでスタミナが落ちているとは思わなかった。

 いやスタミナではないのかこれは。

 自己分析の出来る真田は、これが集中力の持続力だと分かった。


 肩を作るならば、力を急に入れすぎないように、とにかく無心で投げていればいい。

 だがマウンドに立てば、相手がいるのだ。

 バッターの思惑をキャッチャーと一緒に考えながら、その狙いを外す球を投げる。

 コントロールにかなりの精神力が消費される。

 そしてこの心理的な疲れが、肉体にも影響している。


 自分から言い出したのに、情けないことだ。

 完投する気持ちですらあったのに、ここまでひどいものなのか。

 今年のオフには完全に、長いイニングを投げる練習をしなければいけない。

 だがまずは目の前の試合だ。




 左打者への真田のピッチングは、確かに効果的であった。

 だがその質の低下を、高校時代から宿敵のように、何度も対決してきたアレクは気付いていた。

 確かに、全てのボールを打てるわけではない。

 だがスライダーかカーブを打つことに絞れば、ストレートやシンカーをカットするぐらいは簡単である。

 ほとんどのピッチャーが一番良く知る変化球、ストレート。

 この球質が今の真田は、確実に低下している。


 一回のノーアウトからの継投なので、ほぼ完全に先発と同じだけの球数を投げている。

 スライダーは確かに効果的で、ずっとここまで左打者を抑えている。

 そして右に対しても、カーブを中心に組み立てれば、どうにか単打までで抑えられる。

 しかし八回、さすがに真田は、自分の球威の落ちてくるのを感じていた。

 ここでバッターはアレクである。

 嫌な時に、嫌なバッター。

 交流戦においても、おおよそカモにしているバッターであるが、脅威度自体はおそろしく高い。


 アレクとしても真田の今日の出来には、欠点がちゃんと分かっている。

 そしてもう八回で、その欠点は明らかになっている。

 早くライガースはピッチャーを代えるべきだったのだ。

 しかしここまでの真田のパフォーマンスを見ると、代えるのが難しいとも分かる。


 ジャガースは既に三人目のピッチャーを使い、四人目も用意してある。

 この八回の裏、同点に追いつけなくても、九回はピッチャーを交代する。

 それに対してライガースは、やはり真田を、大介と同じように頼りすぎた。


 真田のスライダー。

 左バッターにとっては、魔球とも言える存在。

 これを攻略したら、たとえ第六戦や第七戦にもつれこんでも、ジャガースの方が有利になる。

 四打席目のアレクは、完全にこれを待っていた。

 ストレートやカーブならば、もうカットすることは出来る。

 なのでやはり、使えるのはスライダーだけだ。


 外に逃げていくスライダーなら、まだ検討の余地はあった。

 だが当たるコースから内角ぎりぎりに入るスライダーを、アレクは打席の後ろあたりで迎えうった。

 普段なら少しでも一塁に近い、前目のバッターボックスに立つ。

 しかしここで必要なのは、一塁への距離を縮めることではない。


 待っていたスライダーを、アレクは早く体を開いた。

 それではヒットにはならないと、多くの者が思っただろう。

 だが体を開くのは早かったアレクであるが、腕の方は体を巻き込むように、まだ残っている。

 しっかりと視界に入れてから、鞭のように撓らせてスライダーを打つ。

 そのスライダーも、ややキレは落ちていた。


 高くライトに上がったボールは、甲子園ならば押し戻されていたかもしれない。

 だがここは埼玉ドームである。

 ライトスタンドぎりぎりに入ったボールは、ソロホームラン。

 ジャガースはこの終盤で、やっとライガースに追いついたのであった。




 まだ同点であり、実はライガースの方が、ベンチに残っているピッチャーは多い。

 ここで真田を代えるかどうか、島野は迷う。

 だが、事実をそのまま受け止めるべきだ。

 必殺のはずのスライダーが、必殺になっていない。

 ここが限界だ。


 ピッチャーの交代が告げられる。

 島野は自ら、マウンドに真田を迎えに行った。

「ええピッチングやった」

 一回にいきなりリリーフとして登板し、そこから八回まで。

 わずか一失点である。これはこのシリーズにおいて、ジャガース相手には最もいい内容であった。

 真田は俯いたままベンチに戻る。


 帽子を深く被ったまま、そのまま小さくなっている。

 ピッチングコーチが隣に座り、少しずつ声をかける。

 大介はグラウンドから、その様子を見ていた。


 真田の出来は良かった。

 はっきり言って今日の初回から使っていれば、この試合は勝てただろう。

 それでもまだ、去年の真田と比べると、本調子に戻ってはいない。

 金剛寺と山田の怪我も含め、今年のライガースはプレイオフ運が悪かった。

 だが真田は、まだまだこれからの選手なのだ。

(つっても九回には得点入らないんじゃないか?)

 そう考えていた大介の前で、ウェイドはジャガースの強力打線を抑えた。

 ここで点を取られたら終わりというものだが、ウェイドをここで使うのか。

 ピッチャーの枚数では余裕があるはずだが、ライガースもかなり総力戦になっている。




 この試合は、結局引き分けとなった。

 強打のはずの両チームであったが、延長には一点も入らなかった。

 ランナーはそれなりに出たのだが、守備の意地であるのかもしれない。

 何よりライガースは、今日も大介のホームランが出なかったのだ。


 どうにか首の皮一枚をつないだ。

 大介は甲子園に戻れば、自分のスイングの調整にかかれるだろう。

 ピッチャーもキッドが中五日で使える。

 それも含めて、完全にピッチャーはフル稼働させるだろう。


 ただ、今日ここまで投げた真田が、まだ残りの試合投げられるのか。

 打たれはしたがまだ、真田の左バッターに対する信頼度は高い。

 アレクは完全に、スライダーをあえて狙って打ったのだ。

 おそらく次の打席で戦っても、またスライダーを打てるとは限らない。

 だが真田自身の状態はどうなのか。


 本当に、傷だらけの勝負になった。

 その中で大介は、まだ一度も決定的な役割を担えていない。

 とんでもない出塁率を誇っているので、その後を打つバッターが不甲斐ないとも言えるのだが。

 それでも点を取らなければいけないのが、大介の役割のはずなのだ。


 甲子園球場に、決戦の舞台は戻る。

 もう一度引き分けても、ジャガースの優勝。

 またピッチャーのローテ的にも、ジャガースは有利である。

 ライガースは追い込まれた。

 しかしそれでも、甲子園にまで戻ることは出来たのだ。


 今年のプロ野球も、多くて残り二試合。

 決着の時が迫ってきていた。

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