第216話 全身全霊
本拠地に戻った大介は、分析班の人間に事情を話し、自分のフォームの修正に着手する。
まずは現在と過去の状態を比較すれば、単純に今は手打ちになっていた。
過去は足の踏み込みがなくても、腰の回転で打っている。
「成果を出してる人に言うことじゃないかもしれませんけど、これって体が壊れませんか?」
「どうだろ? でも今は体よりも、結果を残す方が重要だしな」
高校時代、散々に怪我のリスク排除を言われていた大介であるが、プロになってみると甘いことは言えなくなる。
自分や真田のような、恵まれた存在は珍しいのだ。
黒田などが今、金剛寺の負傷を心配しつつも、自分に訪れたチャンスだと考えているのははっきりしている。
綺麗ごとではなく、ちょっとして怪我で休んだらポジションがなくなる。
ただ個人的には真田などは、代えの利く存在ではないので、休ませてでも完全に回復してから使うべきだったと思うが。
それをやっていたら、おそらくリーグ優勝には届かなかった。
大介は今のところ、体が壊れることなど感じたことはない。
体は小さい代わりにというべきか、頑丈に産んでもらった。
もっとも体が小さいからこそ、膝や腰にかかる負担も少なくなる。
少なくとも大介の肉体の出力のバランスは、充分にホームランが打てて、そして怪我はしにくいものになっているのだ。
まったく成果が出ていて実際に怪我もしていないのだから、あんなことは言わないでおいてほしいものである。
大介はそうではないが、不安になることを言われただけで、パフォーマンスが十全に発揮できなくなる人間というのはいるのだ。
いや大介にしても、実際に怪我をしてしまえば、あの言葉が甦ってくるかもしれない。
(不用意だよなあ)
球団の人間としては、実際に危険なプレイに見えるなら、それを指摘しないといけないのだろうが。
室内練習場を使い、元のスイングを取り戻そうとする。
大介の打撃はやはり、打線の途中で使った方がいい。
というかそれをしないと、充分な得点にならない。
室内練習場での大介は、やはり打てるのだ。
フリーバッティングでも、難しいところをわざと投げてもらっても、普通に打てる。
打てないのはやはり、実戦であるのだ。
大介は実戦向けであり、大舞台向けのプレイヤーであった。
タイタンズ戦も最初は不調であったが、後半は打ちまくった。
だがその打ちまくったスイングが、今の大介の調子を崩している。
ツインズの話によって、どこがおかしいかは分かった。
そして映像で解析してもらうと、確かにわずかに軸が曲がっている。
いや曲がるのは普通なのだが、そのせいか回転のスピードが出ていない。
最後の一押しが足りない。
回転が不足していると、スピードが出なくて、スピードがなければ手応えも悪くなる。
右利きの左打者として、大介はミートとスピードをリンクさせて打つ。
そのスピードが足りないのか。
ならばどうするかは、ある程度分かっている。
甲子園に戻った第六戦。
どうにか戻ってきた本拠地であるが、ファンの熱意には不安が宿る。
金剛寺と山田の離脱。今シーズンリリーフとして大活躍した真田も、ほぼ一試合を投げてここで使うのは難しい。
なによりも前の試合で、決定的なホームランを打たれてしまった。
そして大介が、一本もホームランを打っていない。
打率自体はとんでもなく、ホームベースを何度も踏んでいる。
だが打点すらほとんどないのだ。
チームもファンも、観衆も全てが、大介にはホームランを望んでいる。
打てない大介は、ただの超打率のいいバッターで、ものすごく優れたショートである。
いやそれなら充分ではないかと言いたいが、チーム的にはやはり、大介が打たないと始まらないのだ。
悲壮感漂う、この第六戦。
この三年間のライガースはむしろ、日本シリーズは圧倒的有利に進めてきた。
だがもう一つも負けることはおろか、引き分けることも許されていない。
これだけのひりひりした勝負は、プロ入り後初めてかもしれない大介である。
懐かしいと感じるのだ。
負けてしまってもあっさりと、次の試合を意識しているプロ野球の世界で、本当に負けられない一戦。
自分の記録やリーグ成績とは違う、本当に日本一を決める戦い。
ここで優勝しないと親会社がバーゲンなどをしなくなる。
すると入るはずだった金が入らず、選手の年俸にも優勝のご祝儀がない。
いや、そんな世俗的なこととは関係なく、大介は勝ちたいのだ。
負けたらもう、今年のシーズンは終わり。
プロ入りから三年、負けてシーズンを終えたことのない大介だ。
高校時代も三年夏の甲子園で最後だと考えれば、大介は今まで負けたことがない。
もちろんプロ野球において、一つのチームが延々と優勝し続けることはありえない。
だからといって粛々と、敗北を受け入れるはずもないのが大介だ。
一回の表ジャガースの攻撃。
不動のリードオフマンアレクが、珍しくもしっかりとフォアボールを選んできた。
走るかなと思っていたら、なんとヒットエンドラン。
ノーアウト一塁の場面だが、初回だからこそ仕掛けられる思い切った作戦だ。
ジャガースは明確に、この試合で決めにきている。
悟のヒットで、ノーアウト一三塁。
負けたら終わりだというのに、ライガースは先手を取られている。
あちらが先行だから仕方がないとはいえ、ここでの先取点は痛い。
キッドが早めに捕まったら、誰がリリーフに行くというのか。
一応大原は準備をしているが、そもそも制圧力が足りないため、第一戦でしか投げていないのだ。
スロースターターであることを考えると、第二先発として考えるのも難しい。
ライガースベンチは、首脳陣も選手も、ひやひやと状況を見守っている。
ここでのキッドのピッチングは、間違ってはいない。
しっかりと指にかかった球を投げて、詰まった当たりを打たせることに成功した。
しかしこのポップフライが、内野の頭を越えて、外野の手前に落ちた。
当たり前のように、一点先制である。
全体的にライガースに不利というか、嫌な流れがある。
第五戦でぎりぎりまでリードしながら、最後には引き分けに持ち込まれた。
あれがなくてもこの試合を落とせば、それで敗北は決まるのだが。
一回の表のキッドは、先頭打者こそフォアボールで出したものの、それ以外の球は長打のジャストミートはない。
だが内野を抜けていくか、内野の深くまで飛んだボールが多かった。
マトモにジャストミートはされていないが、当たり損ないがヒットになる。
スリーアウトまでの時間が、かなり長かった。
ベンチの椅子にグラブを叩きつけるキッドだが、その気持ちも分からないではない。
「四点か……」
連打のジャガースに相応しいと言うべきか、長打は一つもないままに、四点が入っていた。
大介としてもスコアボードの数字を見ると、舌打ちをしたくなる。
キッドの状態が悪くなかっただけに、この点差は想定外だ。
だが四点であれば、ライガースは普通に返せる点差だ。
もっともこれ以上に点差が開けば、それも難しくなってくる。
一回の裏は、先頭打者は毛利から。
大介は完調ではないが、それでも単打にしかならない状況とは、スイングは変わったと言っていい。
外野の奥深くまでに飛ばせば、前のランナーを返すことが出来る。
しかし先頭の毛利は凡退。
ジャガースのアレクが、珍しくも粘ってランナーに出たのとは、正反対のバッティングである。
もう緊張の糸が切れてしまったのかとは、思えない表情の毛利。
カットしにいって失敗というのが、今の打席の内容である。
しかし先頭打者としての役目は果たせなかった。
悔しさを感じているなら、まだ試合は終わっていない。
しかし二番の大江も、ジャストミートした球がサードの正面。
ライナーアウトで、流れは明らかに悪い。
誰かなんとかしてくれ。
そんな雰囲気の中で、大介は右の打席に入った。
大介が右でも打てることは、実際の試合でもやっていたので、観客もほとんどは知っている。
だがジャガースにとっては、意外と言うべきか。
少しでも有利にと、左の秋元を第一戦以来の先発にしたのに、これで左の有利は消えた。
もっとも右の大介がどの程度、左ピッチャーを打てるのかは、ジャガースのベンチでもすぐには把握していなかった。
ここは歩かせてでも、情報を集める場面だろう。
外角攻め。
だがサウスポーの外角攻めは、場合によっては内に入ってきたりする。
それでも右の大介は、左の大介よりは、マシな存在であるだろう。
大介としてもここでは、なんでもかんでも打っていくというわけにはいかない。
ここで必要なのは、ホームランだ。
四点差を追いつくには、この初回の攻撃でなんとしてでも、一点は取っておかないといけない。
後ろに続く西郷たちは当てにはしない。
傲慢であろうが、主砲としての役割を果たす。
アウトローを攻められた。
よく伸びたストレートを、大介は思い切り引っ張った。
普段とは逆の打席で、どうしてそんな結果が出るというのか。
高く上がった打球は、そのままポール際に入った。
不安を吹き飛ばす、主砲の一発。
ライガースはまだいけるという、宣言の一発。
大介は、打つべき時に打つのだ。
普段と逆の打席で、アウトローをスタンドまで引っ張るという、本当に頭のおかしなことをしてくれる。
それが大介である。
4-1と、点差はまだ大きい。
しかしライガースは死んでいない。
主砲の一発から目覚めたライガース。
この回はさらに一点を返して、4-2と迫る。
キッドにもまた火が入った。運の悪い前のイニングは、もう忘れてしまえばいい。
二巡目に入ったジャガースだが、ジャストミートしたアレクの打球が、今度はライガースの野手の正面に飛ぶ。
運の悪い打球のこともあって、ここでジャガースは追加点を取れない。
この二回の裏にライガースは、下位打線ということもあって三者凡退。
一気に逆転するほどのパワーはなかった。
ここからだ。
ライガースは代打でも山本がいて、かなり今年は打っている。
島野は試合を諦めていない。
若返りだとか長期政権過ぎるとか、そういうことも考えない。
今はただ一人の野球人として、チームの勝利を目指すだけである。
×××
※ 本日は大介の方が高校編に出張しております。
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