第51話 タイトル

 プロ野球のシーズン戦が終わった。

 セ・リーグの最終的な順位は、以下の通りである。


1 大阪ライガース

2 神奈川グローリースターズ

3 広島カップス

4 巨神タイタンズ

5 大京レックス

6 中京フェニックス


 首位ライガースは前半戦が終わった時点で、45勝35敗0分であり、一応この時点でも首位には立っていたが、二位の神奈川はもちろんその下まで、あまり差はなかったのである。

 ただ六月に勝率が五割だった以外は、他の月で負けが先行したことはなかった。そして後半戦が始まって一気に勝ち続け、やや鈍化してもまた勝ち、最終的には90勝。

 勝率は0.629と、歴代で見てもかなり高い勝率で優勝したのだ。


 これからまだクライマックスシリーズがあり、その後に日本シリーズがあり、日本一が決定してからMVPや新人王、ベストナインといった部門の発表がある。

 だがそれとは別に、各種タイトルについては既に決定している。数字によって明確に選ばれるからだ。

 ライガースからはそれらの個人タイトルホルダーが二人出た。

 もう少し詳しく言うと、この年のセ・リーグのタイトルホルダーは、六人しかいなかった。

 野手成績、投手成績で、現在存在するタイトルは、野手タイトルが六つ、投手タイトルが六つの合計12個。

 それでなぜタイトルホルダーが五人しかいないのかと言うと簡単な話で、一人が複数のタイトルを取っているからである。

 首位打者、最多本塁打、最多打点、最多安打、最多盗塁、最高出塁率。

 最優秀防御率、最多勝利、最高勝率、最多セーブ投手、最優秀中継ぎ投手、最多奪三振。

 バッターはこのうちの全てを、投手は三人までで、独占することが理論上可能である。


 この中で大介が取ったタイトルが、首位打者、最多本塁打、最多打点、最高出塁率の四つである。

 そして実は最多セーブ投手に、足立が選ばれたのである。

 試合の展開などから、セーブ機会があるかどうかは決まるので、これはある程度運の要素もある。

 また年によっては他の数字にも同じことが言えるが、多くても取れなかったり、少なくても取れたりする。

 足立の場合は少なくても取れた年である。

 通算三回目のセーブ王であり、セーブ王記録の最高齢記録の更新でもあった。


 だがこれがほとんど話題にならなかったのは、最後までこのタイトルの行方が微妙だったのと、あとは野手のタイトルが目立ちすぎたせいである。

 大介の取った首位打者は、シーズン記録を更新し0.391。

 本塁打は日本記録にあと一本と迫った59本。

 そして打点は従来の日本記録を大幅に更新する190打点。

 出塁率もまた、日本記録を更新し、そしてついに五割を超える0.519。ただこれはタイトルの存在しなかった時代には、上回る記録がある。

 最多安打と最多盗塁もリーグ二位ということで、とにかく圧倒的すぎたのである。

 そしてこれらのタイトルを取ったということは、もちろんあの称号も手にする。

 三冠王である。


 他にも史上最年少での各種タイトルを総なめということもあるし、新人としての記録は安打数も盗塁数も更新している。

 100%どころか、1000%間違いなく、新人王は大介のものであろう。

 ちなみに投手タイトルは、先発投手の取れるタイトル四つを上杉が手に入れていた。二年連続である。

 実は最多完封も取っているので、二年連続の投手五冠である。


 今年のシーズンMVPがどうなるかはまだ分からないと、言いたがる人もそれなりにはいるだろう。

 確かに大介は三冠王にプラスして様々な記録を更新していったが、上杉も相変わらず投手タイトルを独占し続け、間違いなく今年も沢村賞を獲得するだろう。

 また上杉はプロ入り三年目の今年、優勝したライガースを相手に完全試合を達成している。

 ただ今年のライガースが圧倒的な打力を誇ったのは、大介がいたからには間違いない。

 完全試合をやられたと言っても、大介と上杉との対戦成績を見れば、大介が明らかに勝ったと言える数字である。


 バッターに三冠王がいて、そしてそのチームが優勝しているのだから、上杉を選ぶのは不適当だろう。

 それにルーキーイヤーでのMVPというのは、一年目の今年しか機会はない。

 まして大介は新人記録のほぼ全てを更新した。

 そして何より、半世紀以上更新されなかった打点を、大幅に更新しての三冠である。

 これで大介がヒールの役割を演じさせられているならともかく、甲子園の頃から大介は人気者なのだ。

 大介と上杉の対決。

 大介がどうしても神奈川だけはと言ったので、これが成立した。


 プレイオフの強さからいって、おそらく神奈川がクライマックスシリーズのファイナルステージに上がってくる。

 そこでまた、上杉と大介の対決があるはずだ。

 ただ、そこでの二人の対決はどうなるか分からないが、おそらく勝ち残るのはライガースだ。

 一勝のアドバンテージがあるし、移動もなく短期間で終わるため、上杉以外の投手の奮戦が必要となる。

 そして上杉以外は、大介が打ってしまえるだろう。


 日本シリーズに進んでくるのは、おそらく埼玉か福岡。

 埼玉自慢の投手陣と、福岡の最強打線の戦い。

 埼玉との激突となれば、大介が打ったとして、あとは味方のピッチャーの仕事となる。

 福岡が勝ち上がって殴り合いになれば、福岡の方がライガースを上回るかもしれない。

 交流戦では福岡以外のチームには勝ち越しているが、福岡だけには三タテを食らっているのだ。

 もっともあの時は山田が短期離脱していたのと、ローテの関係でエース柳本を当てなかったという事情はある。

 既に来年を見据えているチームもあれば、これからが本当の戦いだと燃えるチームもある。

 だがまずはそれより先に、合同記者会見が行われる。




 セーブ王となった足立であるが、自分は主役でないと弁えている。

 なにしろ大介の成績が凄まじすぎる。

 単にタイトルを取っただけではなく、数々の大記録をまとめて叩き潰した。

 足立もかつて二度の沢村賞に選ばれているが、それでも大介の異常さは分かる。


 沢村賞はよほど成績が割れない限り、その年の先発投手のナンバーワンが選ばれる。

 参考ではあるが基準はあるし、先発完投型というのが原則だ。

 しかし三冠王など、もう20年以上も達成されていない。

 それに重要なのは、この三冠王が、打率と打点の新記録を伴って果たされたことだ。


 タイトル獲得において開かれたこの合同記者会見。

 足立には先にいくつかの質問などが飛んだが、すぐに大介に質問や感想が集中する。

 大介としては素直に答えていくだけだが、既にシーズン中から何度もされた質問もある。

 そして次の目標はと質問されたりもするが、大介としてはあまり関心がない。


 はっきりと考えているのは、おそらく今後の大介は、四死球で逃げられるのが多くなるであろうということ。

 ルーキーで体格も小さいからと、ムキになって勝負してきた部分はある。

 マスコミとしてはこういった舞台では、何か景気のいいことを言ってほしい。

 だが基本的に大介は、実現出来そうなことしか口にしないのだ。

「基本的はやっぱり、数字を少しでも積み上げていくのが大切だと思います」

「来年も三冠王を狙うと?」

「いや、ルーキーイヤーの今年は、どうしても相手のピッチャーの侮りがあったと思います。侮っていなくても、まさかルーキーを敬遠するわけにもいかないでしょうし」

 それにしては敬遠同様の四球が、大変に多かった大介である。

 127個というのは歴代にしても第七位の数字だ。

「一時的には打率四割ということもありましたが」

「いや、それよりはチームの優勝が優先だったんで」

「来季はホームラン記録の更新の期待などもかかると思いますが」

「う~ん、もちろんより良い成績を達成したいというのはありますけど、まだまだ鍛えていかなければいけないことはありますし、怪我をせずにシーズンを戦うのが大事だと思います」

 大介のホームランは豪快であるが、基本的に彼は謙虚な人間なのだ。

 今の自分は、多分な運に恵まれている。


 スーパースターには、破天荒なところがあってもいい。

 ただ大介の場合は、恵まれなかった時期が長く、下手に大言壮語を吐こうものなら、マスコミが一気に叩きだして、デッドボールをピッチャーが投げやすくしてしまうだろいうという計算もある。

「来季への展望などは」

「まだ日本一になったわけではないですからね。そこは勘違いしないように、気を緩めずにいきたいです。来年のことは、全ての試合が終わってからで」

 かくして優等生然とした、大介の会見は終わったのである。




 だいたい世の中というのは、対立する二者を善悪の二つに分けてしまいたくなる傾向がある。

 だがライガースもスターズも、そんな隙を見せたりはしない。

 大介と上杉の二人が、そういったタイプではないのだ。


 そもそもこの二人の対決に、そんな脚色は必要ないのである。

 上杉というピッチャーが甲子園に現れた時、日本中が熱狂した。

 その最後の甲子園の夏、試合には負けたが上杉は勝ったと言われ、春夏連覇を果たしたはずの大阪光陰は、ルールのおかげで勝てたなどと言われたものだった。


 上杉卒業後のこととは言え、大介の属する白富東の初優勝を阻んだのが、春日山高校だ。

 そして上杉にとっても大介にとっても強敵となった大阪光陰は、分かりやすい野球エリートを集めた学校として、地元にとってはともかく、全国的に見れば悪役であったのだ。

 強すぎて面白くない、などと言われたりもしたものだ。

 今は大学野球で、直史が同じことを言われているが。


 クライマックスシリーズのファイナルステージで、勝者を待つライガースであるが、ここで気の毒なのが、シーズン戦を三位で終えた広島カップスである。

 世間の誰もが大介と上杉の、クライマックスシリーズでの対決を望んでいるので、ただでさえアウェイでの戦いとなるのに、圧倒的に応援で負ける。

 そしてライガースファンは、スターズファンよりもはるかに強烈である。

 大介はファイナルステージを待つ間、普通に練習をする。もちろん他の選手もだが、シーズン戦後半の疲れをここで抜く者も多い。


 ライガースはここ数年はBクラスの常連であったが、それよりちょっと遡れば、普通にAクラスの年もあった。

 だがリーグのシーズン優勝は、本当に久しぶりのことだ。ベテランの選手の中でも、何人それを体験しているか。

 唯一の日本一を経験した年からすぐ、ライガースの暗黒時代が始まった。

 21世紀に入ってからは成績も上向き始めたが、それでもリーグ優勝でさえほとんどなかった。

 一応足立や高橋が本当に若い頃に優勝経験はしているが、日本シリーズでの日本一には届かなかった。

 その頃金剛寺は完全に、二軍で燻っていた。




 甲子園球場で練習しながら、大介は物思う。

 確かにこの間に疲労は抜けるが、試合勘が抜けてしまう者も多いのではないだろうか。

 だが練習試合などをして、怪我をしては元も子もないので、各自での調整が難しい。

(最後の試合から……二週間近く、間が空くのか)

 そう思いつつ反射的に打った打球が、外野の最上段の看板に当たったりする。

「大介はゴルフやっても飛ばしそうやな」

「ああ、なんか野球選手ってオフに、ゴルフやってる人多そうっすね」

 そう言う金剛寺も、ゴルフをやっているらしい。

「シリーズ終わったら回ってみるか? 教えたるで」

「ゴルフって金がかかるスポーツだから、あんまりいいイメージがないんすよね」

 大介は長らく、貧困というほどではないが、贅沢をする機会には恵まれてこなかった。

「俺も若い頃はそう思ってたけどな。あれ、けっこう野球のバッティングとかとつながるとこあるねん。古い道具持ってるやつおるやろうから、いっぺんやってみたらどうや?」

「オジキがそこまで言うなら」


 金剛寺の言うことも、分からないではない。

 ゴルフのボールを打つという動作は、確かにバッティングの置きティーに似たものがあるのだろう。

 それに接触プレイのないスポーツなので、怪我の心配もまずない。


 全く邪魔の入らない状態で、ボールを打つ。

 それなのにミスショットがあるというのは、よほど肉体の制御を上手くしなければいけないということか。

 なんだか直史にやらせたら上達しそうである。

「ゴルフは体を使う言うよりは、メンタルと集中力のスポーツやな。あと歩く時間が長いから、リラックスの効果もある」

「ああ、それはなんとなく」

 ただ、金がかかるのは確かである。

 誘われたなら行かないでもないな、という程度の大介だ。


 シーズンオフの話になりそうだが、まだこれからクライマックスシリーズを戦うのだ。

 変にシーズンオフのことを考えるよりは、まず目の前の試合が大切だ。

 万全の状態で待ち構えるのが有利なのか、それとも勝利の勢いを持って乗り込んでくるほうが有利なのか。

 大介は今年、オールスターにも参加していたため、休みらしい休みがなかった。

 それで息切れもなかったので、問題はなかったのである。

「そんなに試合勘鈍らせたくなかったんなら、ファームの試合に出たらよかったんちゃうか?」

「あれはでも、アピールする人間が多くて怪我しそうだったんで」


 この時期には二軍の東西優勝チームにより、ファーム日本選手権という優勝決定戦が行われる。

 そして二軍の若手選手はこの後、フェニックスリーグという宮崎県において行われるオープン戦に出場したりする。

 ただ大介は、シーズン全試合出場を果たしたし、最後まで記録の関係で手が抜けなかった。

 なので首脳陣も、休ませようとしてここに置いていったのである。

 大介が自分で調整出来る人間であるということは、この一年で既に分かっている。


 だがやはり、二軍の上を狙う飢えた連中と、同じグラウンドで戦うべきであったろうか。

 もちろん甲子園球場でも毎日練習はしているのだが、どこかむずむずしてしまうのだ。

 かといって普通にバッティング練習などをしたら、やはり場外近くの席まで飛んでしまうのだが。




 どこか燻る物を感じながらも、大介は闘志を切らさないように、対戦相手が決まるのを待つ。

 神奈川と広島の戦いは、広島がシーズン終盤に怪我をした主力もいるため、神奈川有利とは言われていた。

 と言うよりは、ファンが神奈川の上杉が出てくるのを望んでいたと言うべきか。


 野球の神様は、おそらく自分でも見たかったのだろう。

 地元の圧倒的な応援の元で広島を迎えて、あっさりと二連勝してファイナルステージへの進出を決めた。

 第一戦を上杉で圧勝し、第二戦は投手の継投で勝ったのである。

 神奈川は地味に、投手の力が揃ってきている。

 同じことはレックスにも言えるはずなのだが、あちらは打線の援護が少ない。


 クライマックスシリーズファイナルシリーズが始まる。

 甲子園で行われ、先に四勝した方が勝ち進み、パの球団と日本一を賭けて戦うことになる。

 優勝チームであるライガースには一勝のアドバンテージが最初からあるので、先に三勝すればいい。

 対する神奈川は、やはり上杉の登板間隔が短いのが不利である。


 第一戦は、前回の上杉の先発から、中三日である。

 その第一戦を神奈川が勝利したとしても、次に上杉が中三日で投げるとして、その三日間を全て勝ってしまえば、ライガースが優勝だ。

 神奈川は上杉を有効に使うため、第一戦で投げさせるのは間違いないだろう。

 本当ならライガースは、この試合を捨てて第二戦目以降にエースクラスを投入するのが、勝つためには有効な選択と言える。


 だがライガースは、空気を読む球団である。

 第一戦、神奈川が上杉を先発させるのに対し、ライガースもエース柳本を投入する。

 下手な小細工などはしない、ガチンコのクライマックスシリーズファイナルステージが始まろうとしていた。


×××


 実際の日程とは演出の都合、少しイベントがずれていたりします。

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