第3話 一軍帯同
一月も中旬になると、自主トレをしていた選手たちも寮に戻ってきて、賑やかになってくる。
おおよそはこの段階で、特に高卒の新人などはプロとの実力差に一度心が折れるものなのだが、今年は違った。
それまでの時点で既に、二人の新人がピッチャーもバッターも、心を折りまくっていたからである。
ピッチャーのプライドを叩き潰していたのは、超弩級の核弾頭と言われ、11球団競合という前代未聞の事態を引き起こした、白石大介。
コーチたちの話を聞くに、既にプロ意識は二軍レベルではなく、内々のことだが二月からのキャンプは一軍帯同が決まっているとか。
打撃コーチは戦慄しながら語る。
マシンのボールであれば、ほぼ100%の確率で、狙った打球にミート出来ると。
コースとか、速度とか、変化とか、そういったものは関係ない。
しょせん機械は機械というわけで、毎日のわずかな機械部品のずれを最初の数球で確かめてしまえば、あとは何も問題がない。
そして守備に関しても、とにかく瞬発力と肩の強さが半端ではない。
羽のように軽々と走り、独楽のように回転して一塁へ送球する。
とにかく肉体を動かす基礎的な部分が、既にプロの基準値に軽く達している。人間として超越していると言っていい。
強い当たりでも深いところで捕球し、一塁でランナーをアウトに出来るスペックを持っているのだ。
これとは別に野手として入ってきた新人の心を折りまくっているのが、大卒即戦力と言われる山倉である。
東京六大学で先発ピッチャーとして25勝を挙げ、ベストナインも獲得した。
左で150kmを投げられるというこのスペックに、当然ながら球団は期待している。
大学の同じリーグから入った選手はいないため、対戦歴はそれほどなかったバッターたちは、おおよそ完全に打ち取られている。
ストレートの球速も魅力ではあるが、それをコーナーに投げ分けて、変化球を混ぜれば新人にはまず打たれない。
ヤマを張られたら打たれる場合はあるが、それでも他のリーグ大卒野手たちは、マウンドから投げてもらっても打率一割前後しか打てていない。
さて、ではこの二者が対決した場合はどうなるかである。
もちろんプロのピッチャーとなればメニューはコーチが決めるもので、他の新人相手に投げることは、それほど多いことではない。
だがたまには対人相手に投げることもあり、山倉が大介に投げたらどうなるか。
変化球を投げたら、ほぼ100%打たれる。それも単なるヒット性の当たりではなく、外野の頭を越えていくライナーだ。
ストレートは見逃したり空振りしたりもするのだが、変化球の中でも特にスライダーをレフトのスタンドに持っていくのを意識しているらしい。
大学時代は、このスライダーで左打者を翻弄していた山倉としては、最初は茫然自失としたし、何度投げてもほとんどジャストミートされることは衝撃であった。
それだけ左打者をカモとしていたわけであるが、大介からすれば真田のスライダーの方が速くて鋭いのだ。
即戦力のはずのピッチャーをここで壊してはいけないので、途中からは完全に大介の相手はさせなくなった。
大介に対してはバッティングピッチャーも、主に左を希望される。
「右で160km投げられるならともかく、それ以外ならだいたい打てるんで」
左投手への苦手意識というのは、右ならほとんど打てるのに、左の変化球は打ちづらい、という程度のものである。
なお160kmあっても普通の右なら打ってしまえる。
マシンでは170kmでも簡単に打っていて、他のバッターをびびらせたものである。
ちなみにライガースは一軍も二軍も、キャンプ前のこの時期には同じグラウンドを使う。もちろん中には自分だけの専用メニューで調整する者もいる。仲間連中で他球団の者と組む者もいる。
本拠地である甲子園球場は、基本的にシーズン中の本番前の練習でしか使わないのだ。
よって一軍であっても同じグラウンドで大介を見るわけで、つくづく化け物かと感じるわけである。
「ホームランにばかり目が行くけど、本当にすごいのは出塁率だな」
改めて大介の高校時代の成績を見てみれば、特に最終学年では九割の出塁率を誇っている。
打率もさほど変わらず、むしろ一打席でも抑えたらすごいとピッチャーに言いたいぐらいだ。
バッティングピッチャーによるフリー打撃では、グラウンドの視線を集めてしまう。見学のファン相手に、屋台が出てはそこそこの売り上げを出したりしている。
レベルスイングからの打球が、一塁ベースや三塁ベースに当たり、そして右と左のライン沿いを長打コースで抜けていく。
そこからは野手の守備位置を意識したのか、センター前に軽く飛ばしたり、フェンス直撃の打撃も見せてくる。
いよいよ視線を集めてからは、右にも左にも正面にも、ネットを突き破るような打球を放っている。バックスクリーンの上を抜けていく打球を打つのには驚いた。
バッティングピッチャーというのはコントロールがいいピッチャーが引退した後、球団職員として雇用されていたりするので、普通に140kmぐらいは出たりする。
それに好き勝手に変化球を混ぜてもらいながらも、確実にミートして柵越えの打球を連発する。
まだ移設して新しいライガースのグラウンドには、近くに公園などがあることもあり、しっかりとネットが高く張ってある。
しかし大介がその気になれば、高い打球でネットを越えてしまいそうだ。
ライガース不動の四番の金剛寺でさえ、そんなことは無理である。
高卒ドラ一の野手が、いきなり一軍デビューしそうである。
おおよそプロ野球選手というのは、期待の競合ドラ一であっても、必ず成功するとは限らない。
だがそれでも、この段階で周囲に確信させるほどのことはしている。
さて、となるとポジションをどうするかと、打順をどうするかである。
首脳陣としては、アメリカに帰ってしまった外国人の代わりに、三番に入れることに大賛成である。
これが誰かを押しのけてというなら別だが、空いてしまっていたのだ。
またこれで先発かセットアッパーのどちらかを、外国人で取ってくることが可能になる。
そのあたりは現場ではなく編成の仕事だが、もちろん現場の声を無視するわけではない。
ポジションは問題である。
確かにノックや連繋守備ではスムーズで躍動感溢れる動きをしている。肩の強さも内野の深いところからの一塁送球に向いている。
だが実際の試合でどうなるかは、試してみないと分からない。
「まあ石井は内野やったらどこでも出来るしな」
「石井ですか? でも打撃だけ見るんやったら他の選手使ってもいいんちゃいます?」
「どうせまた誰か怪我で休むやろ。まあキャンプからの動きを見たらええし、そこは暫定的いうことで」
どのチームもショートは難しいだろう。内野の守備としては、難しいし判断力も問われる。
ここ数年は生え抜きの石井が成長して守っているが、守備型の選手であり、打撃は下位を打つことが多い。
「でも石井をセカンドで使うたら、かなり内野は良くなるんちゃうか?」
「それもまあ、オープン戦から見て決めたらいいでしょう」
ここ数年のライガースは怪我人が多い。
特に中軸の三番から五番を任せられる選手が問題だった。
金剛寺も規定打数は軽くクリアするものの、年間では10試合以上は普通にアクシデントが起こる。
五番は暫定的に誰かを持って来ることが多いが、20本打てる選手がいない。
去年の即戦力として取った大卒ドラ一も、いきなり怪我でオープン戦に出ることが出来ず、その後も二軍での出場がほとんどだった。
ほぼ全試合を問題なく出場出来るのは、社会人から入ってきたプロ九年目の一番西片。
打率も出塁率もよく、そして盗塁王の座を毎年争うリードオフマン。
そして金剛寺と並ぶ超ベテラン、キャッチャーの島本。
打席では六番か七番あたりを打ち、総合的に高い能力を持っていると共に、怪我をほとんどしないありがたいキャッチャーだ。
あとはクローザーの足立も超ベテランであり、これに金剛寺あたりが加わって、ベテランの柱三本と言っていいだろう。
「近藤もまあ、なんやかんや言うても年間100試合ぐらいはちゃんと出てくるからな」
ファーストのベテラン近藤も、30代の半ばを過ぎたベテランである。
だが今期の戦力を並べて、コーチ陣は溜め息をつく。
「おっさん多いなあ……」
「まあ若手がそれを破れへんのもあかんのやろうけど……」
現在のスタメンは他にも二人ほど30代半ばの選手がいて、ピッチャーも若手がなかなか出てこないのだ。
FAで入ってきた柳本と、育成選手から覚醒した山田を除いては、ほぼ35歳以上でローテーションや中継ぎを回している。
「ベテランがずっと強いのも悪いわけじゃないんやけど、怪我するの多いからなあ」
「ちゅうか怪我せんように手ぇ抜いてるから、ローテーション回しても勝ちきれへんのちゃうか?」
「あ~、高橋はそういうとこあるかもなあ。椎名もか。藤田は手ぇ抜いてるわけやないけど、全盛期の力はないしなあ。青山が延々と勝ち星の頭いうんもな」
「もう編成も、そのまま投手コーチ兼任にさせたらええのに」
現場にも色々とあるらしい。
プロ球団の本格的なキャンプの始動は二月に入ってからである。
そしてライガースの場合は、一軍と二軍でキャンプ地が違う。
一軍は優雅に、というわけでもないのだが沖縄に。そして二軍は高知県の安芸にキャンプを張る。
沖縄の方が暖かいが、高知県も暖流の影響で比較的暖かいのだ。
なおライガースのみならず、沖縄で春季のキャンプを張る球団は多い。
他に多いのが宮崎県で、こちらは季節に晴天が多い日が続くという特徴もあるらしい。
また前半と後半でキャンプ地が変わる球団もいて、そのあたりはお金がよく動くということだろうか。
一月も下旬になり、寮に住む若手には、一軍か二軍かの伝達がされる。
この年の新人選手では、大介と山倉が一軍への帯同に選ばれた。
他は高知県で基礎からみっちりである。
その夜は当然ながら、諦めと悔しさを抱きながらも、二軍でのアピールを誓う者が多い。
「やっぱり大介は入ったか」
「まあカズはポテンシャル重視だろ。他の高卒も」
だいたいこのあたりになると、同じ高卒の新人は、それなりに仲が良くなってくる。
大介以外の三人は投手で、完全にポテンシャル重視だ。
まだボールを投げる技術的なことよりも、フィジカル強化に重きを置かれている。
ただ大介の知る、ピッチャーの当たり前とは違う。
四人でテーブルを囲みながらするのは麻雀である。
もちろん未成年なのでタバコは吸わない。それでなくても寮内は禁煙であるので。
「佐藤とか岩崎って、どんなメニューしてたんだ?」
大原の問いに関心を示すのは、育成枠で入団した園田と三谷。
どちらもバッピで既に、大介に心を折られてしまった。
大介は思い出す。白富東のピッチャーたちを。
それぞれが別のメニューをしていたので、何がいいとは大介も言いにくい。
ただ単純に肩の強さだけを言うなら、武史の次に優れていたのは自分ではないかと思う。
野手投げをしたら自分が一番だったのではないか。
「たぶんピッチャーとしてのタイプは、カズに一番近いのはタケだったと思うんだよな」
ゴリゴリのスピードを持つパワーピッチャーだ。変化球が苦手というところも似ている。
「ガンもストレート主体だったけど、コーナーを狙うタイプだったし。だけどまあナオが率先してピッチャー全員にやらせてたのは、ストレッチとインナーマッスルの強化かな。逆に絶対にやらせなかったのがウエイト」
「ウエイトやってなかったのかよ」
地方大会のベスト4あたりで負け、甲子園経験のない二人は、少し遅れた科学的トレーニングしかやっていない。
「やってないっても、分かりやすいウエイトをやってなかっただけだけどな。軽いダンベルとか使って、腕を捻ったりとか地味なことはしてた。けどナオは本当にやってなかった」
「やってたら150km投げられたんじゃないか?」
「でもあいつが甲子園でノーノーした時は、140kmも出てなかったぞ」
実績が言葉を封じてしまうのである。
他の高校の、旧態然とした指導法の出身者からすると、大介は異質に見える。
マスコミへのお披露目や、監督などの確認の時はともかく、自分ではマシンの投げる球はほとんど打たない。
必ずバッティングピッチャーの球を、それよりも何倍も打つ。そしてティーバッティングもしない。
コーチの言うことを全く聞かないということでもないのだが、質問攻めにして最後には、じゃあ自分のやり方でやてみろ、となるのだ。
高校野球までは、はいはいと指導者の言うことを聞く選手が、監督としても扱いやすかっただろう。
だが白富東は、指導者はあくまでも提案とアドバイス、そして理論を説明するだけで、あとは選手が考えるのだ。
かつては散々、県営やマリスタのスタンドに放り込まれてきた。
しかし仲間となった今は、恥を捨てて尋ねることが出来る。
「俺が早く一軍に上がるには、何をすればいいと思う?」
大原の言葉に、大介は眉をしかめるしかない。
「つっても俺はピッチャーじゃないしな。ただ高校時代のチームメイトと比べると、圧倒的に股関節が固いと思う」
大原に一番近いタイプの武史であっても、柔軟性はかなりのものであった。
「あと投げる時に、肩から肘へのしなりが少ないかな? つっても実際にやるなら、ちゃんとコーチに相談しろよ」
「じゃあ俺たちは?」
「ソノとミッタンは……とりあえず体幹がまだまだだわ。フォームのばらつきが大きい。それで140km台後半が出るんだから、今はまだ上半身だけで投げて、それもかなり力が逃げてるんじゃないかな」
そして大介は牌を取る。
「おっとツモった。四暗刻で8000・16000だな」
麻雀でも負けない大介であった。
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