第39話 です・ろ~ど
ライガースファンにとっては憂鬱な、デス・ロードと呼ばれる季節に入った。
本拠地甲子園球場を高校野球に奪われる、ビジターからビジターへの異動暮らし。
だが、新しきライガースファンよ嘆くなかれ。
今は大阪ドームがあるだけ、まだマシであるのだ。
かつての本物の暗黒時代は、デス・ロードの季節に入る前に、既にライガースは来季の展望に夢を抱いていたのであるから。
そんなデス・ロードの中ではあるが、案外といってはなんだが、ライガースはあまり負けない。
何が原因なのかと監督の島野は思うのだが、とにかく選手たちから戦意が失われてないのだ。
疲労はあるのだろうが、注意深くプレイをしている。
むしろこれまでよりも、ずっと勝率が高くなっている。
練習中にぶつぶつと、あと二つ、などと大介は呟いていた。
「大介、あと何が二つなんや?」
思わず問いかけた島野に対して、口に出していたのか、と自分でも驚いた大介であるが、回答自体は簡単なものであった。
「あと二回は最低、上杉さんと当たるってことです」
なるほど、と島野は思った。
今季のライガースが失速したのは二回、両方ともが上杉の投げた神奈川と当たった後だ。
神奈川のローテーションを考えると、雨で中止にでもならない限りは、最低二回上杉と当たる。
今季の上杉相手には一勝一敗のライガースであるが、その後に大介が調子を崩して、それと連動するようにチームも成績を落とした。
上杉との対決をどうこなすかで、シーズンは決まると言ってもいい。
なにしろ前回は完全試合だ。上杉ならいつかはやるだろうと思われていたパーフェクトを、よりにもよって自分たちがやられてしまった。
苦手意識は払拭しておかなければいけない。
プレイオフにおける短期決戦で、上杉は間違いなく短いスパンで投げてくる。
二試合のうちのどちらかで、正攻法でどうにか上杉に勝てないものか。
いや負けたとしても、大介が調子を落とさなければそれでいいのだが。
クライマックスシリーズで勝ち上がり、日本シリーズに進出するには、やはりシーズン優勝が必要だ。
アドバンテージのある状態でプレイオフに入り、出来れば疲れた上杉と当たりたい。
まあ上杉を疲れさせて勝つという手段は、去年も他の球団が失敗しているのだが。
目の前の八月、甲子園が終わるまでに、トップを維持する。
そこから九月には早々に優勝を決めて、ベテラン陣の体力を回復させたい。
甲子園が始まると、色々とそれに関した取材で大介の周りも騒がしくなる。
なにしろ甲子園の大スター。おそらく制度的に抜本からの改革でもない限り、大介のホームラン記録が破られることはない。
白富東が勝ちあがると、自然とそれへのコメントも求められる。
「優勝かあ。大阪光陰の真田が、センバツでは故障してたっすからね」
三期連続の優勝というのは、ある程度のツキというか、相手の不運で達成したものだ。
今年は夏の千葉大会決勝で武史がノーヒットノーランをして、甲子園はあわやパーフェクトというところであったが、お笑い的においしい形でそれは果たされなかった。
大介が気になっているのは、三番のショートの一年生である。
高校球児としてはやや小柄で、ショートで、ホームランも打てる。
わざと真似してるのか、と思わないでもない。
取材陣はどうも、大阪光陰と白富東がまた対決するような論調であるが、甲子園でこれまで何度当たったと思っているのか。
(最初のセンバツに当たって、一回だけあっちが明倫館に負けたけど、それ以外は全部か)
さらに神宮でも当たっている。
白富東が三連覇する前には、春日山が一度優勝しているが、その前は大阪光陰が三連覇である。
何やら因縁めいたものさえ感じさせる。
大介としても母校の応援はしているが、こちらのペナントレースも壮絶なものである。
金剛寺や島本は首脳陣と同じように分析して、シーズン一位で勝たなければ、クライマックスシリーズで神奈川に勝つのは難しい。
そしてここまでシーズン中に上杉と二度戦って、勝敗こそは五分であるが、その後の影響はライガースの方が失速している。
長いシーズン中の一試合と考えるなら、上杉の先発の試合は、最初から捨ててしまえばいい。
そして他の試合に全力を尽くし、神奈川と差をつけるのだ。
もちろんそんなことをしても、お客さんも選手も納得出来ない。
金剛寺はとにかく、上杉の影響を最小限にするべきだと考える。島本も同意見だ。
さすがにパーフェクトをやられてしまったのは、
「しかし、あいつは本当に打つな」
金剛寺が言ったのは、ここのところの大介の成績である。
デス・ロード中は勝率が悪くなると聞いて頑張っちゃったのか、甲子園が開催されている現在、ホームランの数を44本まで伸ばしている。
あと丸々一ヶ月、とは言っても今年は天候が良く、九月に回る試合は少なそうなのだが、それでもホームランの記録にまだ挑戦出来そうなペースだ。
あと打点も、今より試合数が多かったシーズンと比べても、明らかな異常値である。
盗塁も専門家が意地で一位を守っているが、例年だったらもう決まっていてもおかしくない数字になっている。
それにOPSだ。
古い野球ファンには分かりにくい、点数に直結するこの数字が、一年目で歴代シーズン記録を更新しようとしている。
11球団が競合で指名した時はさすがに馬鹿かと思ったが、完全に正しい選択であった。
クジを引き当てた島野監督は、それだけで政権が延命されたと言っていい。
実際のところあの時までは、解任の噂もあったのだから。
伝説的なピッチャーと、伝説的なバッターがそろった時代。
いくらアマチュアでは圧倒的な成績を残していても、すぐに解析されて成績を落として平均的になっていくのがプロの世界である。
だがこの二人は確実に別格だ。
「ひょっとしたらこの時代の表を見たら、ホームランとか打点とかOPSがずっと白石になるのかもしれないな」
島本は苦笑しながら言うが、実のところは本心である。
三冠王はMLBではここ半世紀で一人、NPBも平成以降では一人しか達成していない。
打つバッターはそれなりに敬遠されてしまい、打席に対して打数が少なくなり、打率以外の数字を積み上げにくくなるからだ。
かつてMLBでは四割打者が珍しくなかったように、野球の形は変わっていく。
その中で三冠王はもはや現実的ではなく、トリプルスリーという言葉が出来てきたりもする。
しかし今、それが甦ろうとしている。
なんと高卒一年目のルーキーの手によって。
打率と打点は、おそらくもう安全圏だ。
あとはホームラン数で、まだ逆転可能な数で追っているのが一人いる。
ここで金剛寺たちがするべきは、歩かされてしまった大介を、着実にホームに帰していくことだ。
塁に出したら終わりとなれば、まだしも勝負してミスショットを狙うだろう。
あとはそれを着実に大介が打っていくだけだ。
そしてこちらのピッチャーも、競争相手を抑え込んでほしい。
ライガースはここのところ、あまりタイトルに輝く選手がいなかった。
金剛寺はホームラン王を一回と打点王を二回取っているが、二度目の打点王を取ったのが四年前のことだ。
あとは一軍に定着した西片が、五年前に取った盗塁王ぐらいか。
地味なところでは青山の最優秀中継ぎ投手というのもあるが、もう五年以上も前の話である。
ベストナインも金剛寺は最近は選出されず、西片のゴールデングローブ賞も三年前の話だ。
大介はまず、打点と打率は間違いなく取ってくるだろう。
盗塁はあくまでも打撃のオマケと考えていい。
それにショート部門のベストナインと、ゴールデングローブ賞も取れるはずだ。
絶対に抜けると思った打球を、セカンドベースの真上でキャッチしたりなどしていたのだから。
他には新人王も確実である。
シーズンMVPが取れるかは、上杉との対決次第である。
ただ予感するのは、クライマックスシリーズまで進めば、おそらくまた大介は爆発する。
お祭り騒ぎのオールスターで派手だったように、クライマックスシリーズではさらに高いパフォーマンスを発揮するかもしれない。
金剛寺はこのシーズンの中盤からは、打率は少し落としてでも長打を意識的に狙っている。
大介が歩かされた場合、その前の二塁にもランナーがいる場合が多く、金剛寺に長打があると点数が入りやすいからだ。
おかげで打率はやや下がったもののOPSはやや上がり、打点が休んでいた期間があった割には多い。
ただこの時期、暑さの中で注意力を欠き、成績を落としたり怪我をする選手もいる。
助っ人外国人のロイはホームランこそそこまではないものの、中距離打者として断ずるわけにもいかない程度には、ホームランを打っていた。
だが七月辺り、日本の夏の湿度の高い暑さに参って、かなり成績が落ちている。
体力の回復と温存を優先し、朝と夕方の短い時間だけに練習するのだが、その時間帯に練習するのはシーズン中は難しい。
よって彼はお昼ねタイムなどを確保していたりする。
白富東でも合宿中は昼寝の時間があった。なんでも人間は本来、睡眠を一日に二度に分けて取った方が自然らしい。
昼食後にやたらと眠くなるのはそのせいで、国によっては仕事でも昼寝が許されているのはちゃんと理由があるのだとか。
まあ野球選手は野球で結果を残せばそれでいい。
大介などはむしろ、この暑さが心地いい。
本場アメリカではむしろドーム球場が少ないというのは聞いている。野球は青空の下でするものだとは、今でも思う。
それに確かに、人工芝は足を取られることがある。ドーム球場では人工芝なので、スパイクが引っかかるという外野手もいる。
この時期は確かにライガースが一番球場でのハンデはあるのかもしれないが、暑さで疲れが出てくるのはどの球団も一緒だ。
どう選手を起用して休みを入れていくかは、首脳陣としても悩ましいところである。
今年はトレード期限の大型補強などはなく、二軍で調子のいい選手を上げて、そこそこ使ってはまた下ろすということが多い。
おそらくあせりもあるのであろう。
プロ野球選手にとって恐いのは、対戦相手などではない。
同じチームにいる、実力は自分と同じ程度の、若手の選手だ。
20代のうちに首を切られる選手もまた多いが、球団としては他の職に就くためには、それぐらいの年齢までに切ってやった方がいいという意思もあるのだろう。
パッとしない成績でも30過ぎで残っている選手は、フロントで使って行こうと考えられている選手だったりする。
ただ球団側は、これまで野球しかしてこなかった野球バカが、野球以外に何も出来ないということまでは責任を負えない。
この時期黒田と大江が仲良く、一度二軍に落ちていった。
暑さの中で週休一日で試合をやっていれば、それはおかしくもなるというものだ。
練習よりも試合の方が楽などと言う者はいて、確かに出身の高校や大学によってはそうなのかもしれないが、単純に運動量などを比べればそうなのかもしれない。
ただし練習による技術の向上などを考えると、試合をしながら練習もしなければいけない。
移動による精神的な負担なども考えると、やはり疲れの溜まる時期ではあるのだろう。
大介は眠る、無理はしない。
ロイと同じようにお昼寝タイムを取りながら、回復すれば練習をする。
バッティングの基本は素振りである。
大介はセイバーの教えを忠実に守り、いわゆるティーバッティングはしない。
置きティーはそれなりにするが、やはり素振りが基本である。
動作解析まで行うなら、甲子園では使われない室内練習場を使えばいいため、自分のどこがどうなっているかが分かる。
甲子園が終われば、神奈川との三連戦があちらのホームで行われる。
ローテーションの順番を見るに、そこで間違いなく上杉は登板してくるだろう。
優勝を狙う。そのためにはペナントを制しないと、ポストシーズンのプレイオフで勝ち抜くのは難しいと言われている。
今は首位にいるが、神奈川との上杉との試合の後は、チーム全体が調子を落とした。
上杉と戦うのはその試合だけではなく、しばらく後に引きずるのだ。
ただ他のチーム相手だと、そこまでの影響はないらしい。
開幕戦でライガースがタイタンズを破って、前半戦全体に引きずるほどのダメージを与えたように、上杉にもそういった圧倒的なピッチングが出来るのだ。
ただそれをすると、自分も辛いのは確かである。
大介と上杉が同じリーグにいるのは、いいことなのか悪いことなのか。
もし二人が別のリーグにいて交流戦も当たらなかったら、大介は四割を打っていたかもしれないし、上杉は今シーズンも無敗だったかもしれない。
しかし逆に、お互いの成績を落とすほどの対決があるからこそ、さらに能力の絶対値は上がっているのかもしれない。
目覚めると、試合までの時間が迫っていた。
また少し汗をかいてから、試合に挑もう。
シーズンの試合はあと30試合。
甲子園で試合が出来るのは、あと10日後。
デス・ロードと言われてはいたが、逆に二位の神奈川との差は大きくなっている。
甲子園が終われば、神奈川との試合になる。
ローテーション通りなら、今年もハーラーダービーのトップを走る上杉との対決だ。
こちらの先発は山田で、手術の復帰からこっち、悪い影響は出ていないように思える。
(ここで勝って、クライマックスシリーズで勝てば、日本シリーズ優勝か)
二ヶ月先の話ではあるが、もうすぐ目の前にも感じるし、まだずっと先の話にも思える。
(まあ今は目の前の試合だ)
そしてこの日も、大介は打点を積んで打率を上げる。
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