第40話 記録連発

 大好きな野球をやってお金がもらえる。しかもいっぱいもらえる。プロ野球選手というのは素晴らしい職業である。

 心の底からそう思う大介であるが、とにかくこの世は誘惑が多すぎる。

「ほなら飲みに行こか」

 ナイターの終わった後に、こんな発言が出てくるのである。

 もちろん大介は飲まないし、周りも飲まそうとは思わない。

 昔ならちょっとぐらいのヤンチャで済んだのが、今では謹慎だの罰金だのの処分が下るご時勢である。

 もしも記録の達成を前に、飲酒喫煙などで謹慎で試合に出られなくなったりなどしたら、はっきり言って武史のサッカーよりもバカな記事になる。


 愛妻家であり恐妻家でもある西片は、妊娠中の嫁に変な話が伝わらないように、いそいそとホテルへ戻る。

 大阪のマンションには嫁の母親が来てくれているらしいが、それで安心と遊びに行ける性格ではない。

 大介としてはこの時期にこんなことをしていいのかとも思うのだが、これで案外気晴らしにはなっているらしい。

 そもそも大介も、煙草はやらないが飲酒程度なら梅酒など、正月に飲んだことはある。

 もっともいつどこでスクープを狙うマスコミという名のカメラマンがいるのか分からないので、プロ入り後は完全に禁酒である。元々別に好きでもない。

 来年の五月には成人なので、それから普通に飲めばいいだけである。


 銀座に連れられてきた大介は、美人のお姉さんを横に侍らせていながらも、不機嫌であった。

「可愛い」の一言が原因である。

 その点では大介は、己のことを「かっこいい」というツインズを嫌いではない。

 体が小さいことで色々と省エネにはなるが、それでもデカイ体は欲しかったなと思う大介である。

 両親共にそれなりに大きいのに、なぜにこんなに小さいのか。

 セイバーはそれに関してもちゃんと調べたが、どうやら生後数ヶ月、母乳の飲みっぷりが悪かったのが原因ではないかと言われたものだ。

 なんでも人間は生後数ヶ月に摂取する栄養の量によって、自分の体をどれだけ大きくしても食べていけるかを判断するという説がある。

 食事も睡眠も人並以上の大介が小さいのは、その辺りしか他に原因が見えない。


 ただサイズと引き換えに、大介は絶大なる運動神経を得た。

 いや引き換えというのはまた違うだろうが、小脳の活発な働きは、運動の面を司っている。

 それに瞬間的な判断力や骨密度など、優れたところは他にもいくらでもある。




 だいたい20代半ばから30代前半にかけての選手が、こういうところに繰り出すことが多い。

 あとは大学や高校を卒業してすぐに、変な遊びを覚えてしまう者もいる。

 新人王からタイトルまでを取って引退したレジェンドが、生活のレベルを落とせずに浪費を繰り返し、破産してしまうという話もある。

 なおアメリカの場合はプロスポーツ選手の破産の度合いはさらに多い。


 セイバーは気の早いことだとは思いながらも、大介たちに教えていた。

 スポーツ選手、しかも超一流のタイトルホルダーなど、日本とは桁違いの20億とか30億の年俸をもらう選手が破産する理由。

 それは誤った全能感である。


 スポーツ選手というのは確かにその分野では、天才的なパフォーマンスを発揮する。

 その分野においては確実に偉大な存在だ。誰もがそれを讃える。叩く者もいるが、年俸という評価によって、その価値は認められる。

 金が全てを許してくれるわけではないが、人生の自由度を上げてくれるのは間違いない。

 そういった人間が破産するのは確かに生活の質を落とすことが出来ないというのもあるが、それ以上に不自由に耐えられないからである。

 幼い頃には選択肢がなく、自分の力だけで成り上がった人間には、よりそういうタイプが多いという。

 だから金の有効な使い方を知らない。無意味に消費するだけだ。


 プロスポーツの選手が大金を稼げるのは、基本的に選手である間だけだ。

 それなのにその収入がずっと続くと思って、現役時代に無意味にパーティーなどをしたりする。

 それをすることに自分のセカンドキャリアが関わっているならいいが、ただ有名人を招いたり、自分の財力を誇示することだけが目的なら、ただの成金である。

 賢いスポーツ選手は、そういったパーティーを自分の伝手にちゃんとつなげる。

 だがあくまでも忘れてはいけないのは、自分の価値はその肉体と、生み出す成績にあるということを忘れないことだ。


 あとはプロスポーツ選手はやたらと寄付をしているように見えるが、これはアメリカとの文化の差でもあるが、同時に節税の手段でもある。

 こういった金の使い方で、選手のセカンドキャリアは決まる。

 実のところアメリカのスポーツ選手は大学出も多く、ちゃんと勉強していた人間は引退後に破産することも少ない。


 スポーツ選手はあくまでそのスポーツにおいて天才的なだけで、それ以外の部門にも適性がないわけではないだろうが、何をやっても上手くいくなどということはない。

 現役時代は有象無象の輩に祭り上げられるが、現役引退後もそれが通用すると思うのは間違いである。

 白富東は公立で進学校で、しかし変人が多かった学校だったので、大介も野球だけではない視点を養うことが出来た。

 そしてだいたい、プロ野球選手よりも大手企業のサラリーマンの方が、生涯年収では上回ることを知っている。


 スーパースターが馬鹿騒ぎするのを、大介は止めようとは思わない。

 だが自分はそういったことは出来ないであろうとも思う。

 調子に乗りそうになったら思い出せばいい。

 中学時代にまともに試合に出られなかったことや、打席でバントのサインを出されたことなどを。

 実力だけではどうにもならない運命というのが、やはりこの世界には存在するのだ。




 付き合いで盛大に飲み食いした後も、ホテルに戻ればさっさと眠り、次の朝には早くからバットを振る大介である。

 二度寝をするにしても昼寝をするにしても、まずスイングの調子を確認しなければ気持ちが悪い。


 直史は基本的にノースローの日でも、必ず何球かは投げていた。

 あれに関してはセイバーもジンも反対したものだが、毎日確認をして、ちゃんと投げられていないかと確認しないと気持ちが悪いのだと言っていた。

 ピッチャーがそうであるのだから、バッターは常にバットを振ってフォームをチェックするのは当然だという意識が生まれた。

 もっともセイバーもジンも、他のピッチャーにはそれは必死で止めたが。

 直史でもさすがに、肘を痛めた時は休んだし、血マメの出来た時はシャドーピッチングしかしなかった。


 世間は直史のことを天才とか精密機械とか言うが、天才と言うには直史は努力をしすぎている。

 本人に言わせればそれは努力ではなく、ただの習慣であったそうだが。

 そして精密機械であれば、日々のメンテナンスは必要不可欠である。


 一人、意識が完全に違う選手がいれば、チームが生まれ変わることはある。

 それは監督であったり、オーナーであったりする場合もあるが、ライガースの場合は若い力だ。

 選手の平均年齢が高くなり、がむしゃらに率いて行くには、どうしても体が動かない。

 金剛寺などにしても、どうにかチームを崩さないようにと、必死で限界ぎりぎりの状態でやっている。

 島本もあくまでもベンチ入りはしながらも、若い二人の捕手に、コーチ以上に技術を教えている。


 大介は皆を率いていくという、そういうタイプの人間じゃない。

 本質的には一匹狼であり、中学時代からも監督の指示より自分の感覚を重視してきた。

 そういう部分で高校時代からは問題が起こっていないのは、セイバーも秦野も大介の個性を把握していたからであり、大介がプロでも何も言われないのは、明らかに練習やトレーニングの質が、球団の持っている情報を上回っているからだ。

 中にはやっとまともなトレーニングを受けてくれる選手が来たと、喜んでいるトレーナーもいたりする。




 間もなく甲子園の季節が終わる。

 ライガースは甲子園球場に戻ってきて、いよいよラストスパートが始まる。

 そしてその一戦目が神奈川である。

 ローテーションから考えて、間違いなく先発は上杉となる。

 あと一回当たる可能性はかなり高いのだが、試合の日程をかなり順調に消化出来ている今年は、終盤の上杉連投クローザーという手段にはならないだろう。

 ただ神奈川も甲子園も野天の球場なので、ここからまた試合がずれる可能性はある。


 神奈川スタジアムで行われるデス・ロード最後のアウェイでの勝負は、おそらく過酷なものになるだろう。

 ここまでの大介の成績は、完全にほぼ全ての新卒ルーキーの記録を抜いていた。

「デス・ロードで成績は落ちるんじゃなかったのか……」

 誰かはそう言ったが、落ちなかった現実は認めるしかないだろう。


 打率0.380 出塁率0.509 OPS1.343

 打席  500

 打数  392

 安打  121

 得点  98

 打点  150

 本塁打 45

 盗塁  65

 四死球 105

 

 打率はここから下がる可能性があると言っても、得点、二塁打、打点、本塁打、盗塁、四死球の新人記録は大幅に更新してしまった。

 おそらく上杉との対決の影響で、また一時的に下がるかもしれないが、それでもおそらく打率も更新する。

 ちなみに打率は日本記録ではなく、新人の世界記録を抜きそうだ。

 残り試合数から考えると、打点の日本記録も抜くだろう。新人のではなく、歴代の記録だ。

 本塁打はこれもあと五本で、新人の世界記録を抜くことになる。


 それらももちろんすごいことであるのだが、一番凄いのはOPSだ。

 日本の歴代シーズン記録を大幅に更新することになる。

「こんな打つバッター相手に、なんで勝負するんや……」

「そりゃ普通に歩かせたら盗塁されるからでしょう」

 打点に比べると得点がかなり低いのは意外である。

「つまり白石をあんまりホームベース踏ませてない言うことやんな? やっぱもっと逃げていった方がええんちゃうんか?」

「結果論から見ればそうですけど、ルーキー相手に逃げるのは、あんまり見栄えが良くないですからね。白石は体格も小さいですし」

「そんで二塁打より本塁打の方が多いのなんでなん?」

「調べたらメジャーの記録でも、そういう打者いましたよ」

 あと、長打率がメジャーの記録をも抜いている。

「長打が0.834って、こんなん勝負する方がアホやろ」

「残りのシーズンと来年のシーズン、ライガースと他のチームが、どう戦うかは見物ですね」




 大介の本塁打が50本にいったら、大神百貨店などは大きなバーゲンセールをすると宣言している。

 残り試合数から考えて、達成の可能性は高い。

 試合の消化が早いと言っても、ほぼまるまる一ヶ月は残っているのだ。

 今から見ると、スタートダッシュだけだろうと思われた三月と四月の成績が、一番悪かったのだと分かる。

 笑うしかない成績だ。実際にスポーツ紙のベテラン記者なども、この数字を見るたびに乾いた笑い声が出てくる。


 チームとしても独走と言っていいほどの差を二位との間につけている。

 よほどのことがない限り、チームの優勝も決まるだろう。

 個人タイトルは意地で盗塁記録を抜かせまいとしている選手がいるので届かないかもしれないが、そんなものはどうでもいい。

 大切なのは三冠王だ。ここから打点が逆転されることは考えにくいし、打率もなんなら全休しても、規定打席は達成している。

「まあマンガならここで怪我とかで戦線離脱、日本シリーズ前に復帰してMVPとかになるのかもしれないけど」

 大介は冗談のように言うが、確かに怪我だけは恐い。


 大介はショートとしても、あれだけ飛んで跳ねて取って投げているのだが、故障しない。

 高校時代に散々言われたアップやストレッチをしているからなのだが、こればかりは直史に感謝するべきであろう。

 セイバーも柔軟とストレッチの大切さは分かっていたが、直史ほど徹底してはいなかった。


 大阪は既にお祭り騒ぎの予兆が出ているらしいが、選手たちはまだここで安心するわけにはいかない。

 特にレギュラーとしては、ここから怪我なくプレイして、短期決戦のプレイオフを戦うことを考えなければいけない。

 さらに言うなら自分の成績にこだわって、来年の年俸大幅アップを狙うのだ。


 大介としても、油断するわけにはいかない。

 ホームランの数だけは、可能性は低いが逆転される可能性が残っている。

 ルーキーに三冠を取らせるわけにはいかないと、ここから勝負してくるピッチャーは、大介に対してだけは打たれまいと投球術を駆使してくるだろう。

 だがもう遅い。

 大介もまた、プロのピッチャーのボールには慣れてきたからだ。


 結局今年、セ・リーグのピッチャーで大介を抑えたと言えるのは、上杉を別にすればタイタンズのサウスポー荒川と、基本歩かせる方針で際どいところを突いていった吉村ぐらいになるか。

 それでもある程度は打たれていて、とても抑えたと胸を張ることは出来ないだろうが。

 特にセットアッパーやクローザーは、大介と勝負して大やけどということがあった。

 二年目以降はもっと根本的に、大介だけに通用するシフトでも考案するか、さらに歩かせていくぐらいしかないだろう。

 まあこんな成績になた一番の原因は、デッドボールのボールをことごとく避けられたからだろうが。

 当てられて歩かせられるのを拒否して、ヒットやホームランにされた球がどれだけあったことか。




 そんな一年目の栄光も、この次の試合で決まる。

 八月も終盤の、神奈川との三連戦。

 もしもここで三タテなどをくらったら、可能性は薄いがシーズン優勝も失うかもしれない。

 一応マジックは点灯しているのだが、まだ優勝確実と言えるほどの状況ではない。


 神奈川スタジアムに、ライガースの選手たちは向かう。

 この試合の行方が、おそらくシーズンを決めるだろう。

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