十六章 プロ五年目 覇者の追撃
第229話 復活の三冠王
※ 今回のお話は大学編を先に読んだ方が面白いかも、と言われました。
×××
せめて交流戦が終わってから復調してくれよ、とげんなりするのはパ・リーグのチームである。
既にカードを終えていた神戸と福岡は、ホッと胸を撫で下ろす。
そして四カードめの埼玉とも、二勝一敗で勝ち越し。
大介はここでは最後の一試合にしかホームランを打たなかった。
……標準的なペースである。
五月度も終わり、さて大介の打撃成績はどうなったか。
簡単に言うと、打率が上がって、出塁率が下がって、OPSが上がった。
大介を敬遠するのは、時と場合にすべしと、野球の神様が言っているらしい。
それにしても、まだシーズンの三分の一が終わっただけなのに、敬遠を含めた四球の数が76というのは多すぎる。
それでも五月は色々と批判されまくったおかげで、30個にまで減ったのだが。
ホームラン競争も、井口と西郷を逆転してあっさりとトップ。
打点は元々トップだったが、今年は打点よりも得点が多いという、大介にとっては珍しいシーズンとなっている。
だがそれも西郷が入った去年からは、確かに得点も伸びているのだ。
どれだけ優れたバッターでも、一人が突出している状態では、ホームラン王にもなれない。
大介ぐらいに逃げられてしまっていたら、それでもどうにもならないが。
残る二つのカードは、東北ファルコンズと北海道ウォリアーズ。
どちらもホームで戦えるため、ライガースの応援団も気合が入っている。
ファルコンズとの第一戦は、珍しくも真田が序盤から打たれた。
中盤までリードした内容で、ファルコンズはピッチャーを総動員する。
一人のピッチャーでは大介から逃げ回ることは難しい。
だがピッチャーの数が多ければ、責任を分散できる。
六人もピッチャーを使ったファルコンズと、真田が八回まで投げたライガース。
それはもうファルコンズの全力がはっきりと分かった。
そして第二戦は、先日やっと今季一勝目を上げた飛田に代わって、大卒ルーキーの村上。
左の本格派はここまで、11登板して6ホールドを上げている。
プロにも慣れてきたところだから、先発させてみようというところだ。
チームとしても首位のタイタンズから、3ゲーム差にまで縮めてきている。
ただすぐ後ろに1ゲーム差で、スターズがいるのだが。
つい二年前の左不足が、嘘のようなライガース。
先発ローテには真田とキッドがいて、品川は左のサイドスロー。
ついにはローテに三枚目の左を入れるかというテストである。
それに伴って飛田は、本日ベンチイン。
不本意でもリリーフでの出番があれば、そこで実績を残していかなければいけない。
飛田も今年で25歳になる。
去年は先発で投げたのは八試合だけで、三勝三敗と微妙な成績であった。
だがその前年には23試合も先発し、8勝5敗という貯金をしっかり作るピッチングだったのだ。
先発だけがピッチャーではないし、チームとしては必要な役割で、なくてはならないのが中継ぎだとは分かっている。
分かってはいるが納得は出来ないというのが、人間の困った部分である。
しかしその困った部分が、人の向上心につながることもあるのだ。
初回から村上は、好調な滑り出しを見せた。
大学時代は最初は直史の、そして二年目からはさらに武史が加わったため、ほとんど目立つ活躍や実績がない。
だが間違いなくエース級の実力を持っていて、他の六大学なら主戦となっていただろう。
こういう人材をしっかり取ってくる。なかなか出来ないことである。
北海道と共にファルコンズは、ピッチャーの層が薄いと言われている。
勝ち頭であっても二桁勝利をしておらず、確かに言われても仕方がない。
だが第一戦はピッチャーを総動員して、真田に投げ勝ったのだ。
なのでこの試合は、おそらくライガースが勝てるだろう。
初先発の村上という不安要素はあるが、おそらく今日は勝てるだろう。
だが一回の裏は、毛利と大江が共に凡退。
ツーアウトランナーなしで、大介との勝負である。
意外とこの状況は、大介を歩かせるのには丁度良いのだ。
現在のNPBで、一人で一点を取るのが一番優れているのは、間違いなく大介である。
それを歩かせるというのは、理に敵っている。
もっともそれで炎上するのが、現在のプロ野球なのだが。
観客も視聴者も、スーパーヒーローが勝負を避けられるのを見たいわけではない。
ファルコンズとしても第一戦を勝てたので、この二戦目は積極的に対応しようとしてくる。
つまりこの打席の大介とは勝負し、そして予想通り打たれた。
ライトスタンドの上段に突き刺さる、ライナーホームランであった。
大介はこれだけのスラッガーでありながら、意外なほどホームランの固め打ちが少ない。
だが調子の乗ったときは、一試合に三本のホームランを打ったりもする。
ここまでのプロ生活で、最高は一試合に三本まで。
ただしほとんどは、三本を打った後の打席で敬遠されるからだ。
ファルコンズ相手の大介は当たっていた。
一打席目がホームラン、二打席目が単打、三打席目がツーベース。
スリーベースが出ればサイクルヒットという場面であったが、大介はこの日二本目のホームランを打ってしまい、サイクルヒットはならず。
スリーベースよりもホームランの方が、圧倒的に簡単に打てると思っている大介である。
それは大介に限らず、ほとんどのバッターにとっては事実である。
おかげでこの日、初先発であった村上は、六回を四失点ながらも勝利投手となる。
リリーフ陣が一点も取らせず、打線は11点を取ったのだから。
交流戦の最後に残った北海道ウォリアーズとの試合も、ライガースの勝ち越しで交流戦は終了。
だが珍しく今度は、キッドが肩の痛みを訴えてきたりした。
診断の結果は大事はなかったものの、二週間の休養となる。
ただし全体としてはライガースは、かなり勝率を上げてきている。
五月は大介が不調の期間もあったのに、19勝8敗。
確実に一人の力だけには頼らないチームになってきている。
そして交流戦も終わった六月。
ついに金剛寺が戻ってきた。
フェニックスとの第一戦、先発は真田。
ここまで真田は10先発で7勝2敗と、去年の大原と似たような、打線の援護を受けている。
大原ほどではないが、チーム二位のイニング数。
また去年の鬱憤を晴らすかのように、完封を三つもしている。
点差がついた試合はもうちょっと休ませてもいいのではとも思われるが、本人がとにかく元気一杯なのである。
負けがついた試合も二失点だけと、防御率は1点台の前半。
これで最優秀防御率が取れないのだから、今のセのピッチャーは気の毒と言うしかない。
金剛寺は大介が歩かされた一打席目、自分もフォアボールを選んで出塁。
そしてランナー二人がたまったところで、西郷が甲子園のスタンド上段へのホームランである。
この試合は真田が、七回までノーヒットピッチング。
そこでヒットを一本打たれたが、交代はしたくないらしい。
点差もそこそこ開いているので、出来ればここはリリーフに回してほしいのだが。
ただ真田の、飢えを満たすようなピッチングを、止めてしまうのも野暮かなと考えるのだ。
去年は一年間、もちろんリリーフとしては活躍していたが、不本意な成績であったろう。
それが今年は爆発している。
大介が封じられても、ライガースが勝てる理由。
それはシーズンに入ってきてから、ピッチャーの調子が良くなってきているからだ。
やや休養から調整に時間がかかった山田も、次のレックス戦から復帰。
これで完全にメンバー全員が揃ったライガースに、敵はない。
そう思った。
「うげえ」
新聞で他の試合結果を読んでいた大介は、思わずそんな声が出た。
一面ではライガースの五連勝が大々的に報じられているが、昨日は試合の終わりに、結果だけを見て寝てしまったのだ。
「どした?」
寮の食堂では他にも、朝食を食べている選手がいる。
大介がまだ寮を出ていないのに付き合っているわけでもなかろうが、大原も今年一杯は寮にいる予定である。
その大原に対して新聞を見せて、該当の部分を指で叩く。
「レックスか。タイタンズ戦で、丸川負傷。しかしその代わりにマスクを被ったのが――」
樋口である。
レックスはその試合、タイタンズ相手にサヨナラ勝ちをしている。
それもまた、樋口のタイムリーツーベースであった。
「樋口って、どんな感じなんだ?」
チームメイトとして戦ったこともある大介と違い、大原には全く接点がない。
ただ遠くの席から真田もやってきた。
樋口は今季、これまでの正捕手であった丸川とは、五月以降2:1の割合ぐらいで、先発のマスクを被っている。1の方が樋口である。
パッと計算で出てくる成績などはないが、大介は注目していたので知っている。
樋口がマスクを被っている方が、失点が平均で一点ほど少ない。
もちろんまだ、統計として考えるには、母数が少ないのだろうが。
ただ、これでおそらくレックスは、投手力が底上げされることは間違いない。
「樋口は……あいつのせいで、甲子園の優勝一回出来なかったからな」
二年の夏のことである。
史上最強と言われるSSコンビであるが、一年生の夏には甲子園には出ていない。
しかし残りの四回は出場を果たし、三年の春と夏で連覇。
二年の春はベスト8で大阪光陰に負けて、二年の夏は決勝で春日山に負けている。
樋口の逆転サヨナラホームランによって。
「あの映像散々使われるけど、ガンのやつが打たれた時のだから気の毒なんだよなあ」
直史が指の怪我で投げられなかったが、最後の最後まで白富東が勝っていたのだ。
大原はいまいちピンときていないが、真田はそれなりに分かったらしい。
「バッティング成績だけ見ても、けっこうえぐいかな」
真田の操作したスマホを見て、大原も顔を歪める。
「四月までは代打メインで、今は打率三割八分で打点12にホームラン四本かよ」
五月最初の三連戦、ライガースが三連勝して圧倒してから、起用がスタメン寄りになっていたらしい。
すると、あまり対決することのないパのピッチャーから、これだけの高打率を記録したということか。
軽く計算した真田は、すこしニヤついて大介に示す。
「規定打席はいかないっぽいな。行ってたら首位打者取られてたんじゃね?」
煽った真田であったが、大介は腕を組んで考える。
樋口はデータで野球をする。パの分析にまで力を裂けたのか。
大介が油断できないプレイヤーの一人が、樋口である。
いや、他の相手と対戦しても別に油断しているわけではないので、要注意の人物の一人と言うべきか。
高校時代に大介が白富東において、公式戦で負けた相手はごくわずかである。
一年春のトーチバ、一年夏の勇名館、一年秋の神奈川湘南、二年春の大阪光陰。
そして二年夏の春日山。
つまり春日山に負けて以降、大介は高校時代無敗であったわけだ。
最後の夏には、再戦して勝利した。
だがそれでも、あの夏の敗北は心に残っている。
何かペテンにかけられたような、サヨナラ負けであった。
「来年はタケのやつもレックスに行くらしいし、面倒なことになりそうだな」
その言葉に反応したのは、真田の方である。
「佐藤の次男……」
結果論ではあるが、真田が一度も甲子園で優勝出来なかったのは、佐藤兄弟のせいである。
実は今でも時々、負けた試合を夢に見ることがある。
既に予告先発はされている。
「……吉村さんと樋口のバッテリーか……」
共に、白富東に勝利している、ピッチャーとキャッチャーである。
何か因縁を感じる。
「まあ俺も、あれからかなり強くなったとは思うけど……」
樋口と言うよりは直史であるが、二年前の春、完全に抑えこまれた壮行試合を、大介は忘れていない。
大介は知らない。
直史が大介に勝つために、どれだけ樋口と一緒に分析を行ったか。
なおその分析には面白がって、セイバーもデータを提出していたりする。
「なんかやな予感がするんだよな」
舞台は甲子園球場。
地の利は大介にあると思われるが、甲子園にはあの樋口の、劇的なホームランを憶えている者も多いだろう。
大学四年間と、プロに入ってからは神宮の人間であったが、これまでにも一応代打で、ライガース相手に打席に立ってはいる。
通常時であれば、強敵の予感には、魂を燃やすのが大介である。
しかしながらこの組み合わせには、何か嫌な予感がするのだ。
それは戦闘民族の本能ではなく、勝負師の勘と言ってもいいものであろう。
「なんか変な感じだなあ」
上杉や直史と対決するのとは、また違った形での勝負。
少なくとも嫌な予感を感じる時点で、大介はやや萎縮してしまったのかもしれない。
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