第208話 追い詰められたケモノ
本拠地である甲子園で、三連敗。
三年連続で日本一となっているライガースだが、プレイオフでここまで追い詰められたことはない。
それも相手は上杉の投げるスターズではなく、確かにプレイオフで勝ち進んではいるが、タイタンズなのである。
野球はチームスポーツである、集団の力を競うものであるというのが、これだけ如実に表れることは珍しい。
上杉はライガースを完封出来るピッチャーであるが、タイタンズにもロースコアで抑えられるピッチャーならいるのだ。
そして取られた点以上に、ライガースの投手陣から点を取る打線陣。
まさにチーム力の差によって、タイタンズは勝っている。
上杉のいるスターズを破ったことを考えてみても、大介や上杉のような一人で戦局を変えるチートレベルの選手を、想定した上でプレイオフに入ってきたのか。
大介はこの三試合で、九打数の六安打。
しかし全てが単打であり、打点が一つもついていない。
相手の主戦力の無力化は、野球のみならず他のスポーツや、軍事においてもなされることである。
タイタンズは完全にシーズン中から、ライガース対策を考えていたということか。
確かにシーズン中の対戦成績は、12勝13敗となっている。
これがスターズ相手だと、実は15勝8敗2分という、ライガース有利の結果が出ているのだ。
上杉を確実に相手にするプレイオフの印象が強すぎて、統計上の数字をちゃんと考慮していなかった。
それにここまで徹底的に、大介を封じることが出来るとは。
もちろん打率だけを見れば、むしろ大介がタイタンズのピッチャーを圧倒していると言っていい。
だが点の取れないクリーンナップに、いったいどれだけの意味があるのだろう。
島野はチームのことを色々と考える。
偏った結果が出ないとしたら、残された三試合を全勝するというのは、いささか考えにくい。
二勝一分であっても、まだライガースが優先して日本シリーズに進める。
だがこの三試合、タイタンズには執念を感じる。
かつては島野も持っていたものだ。
監督に就任し、三年契約であったが二年連続で五位のBクラス。
シーズンのオフには任期を残して解任の話もあったが、大介を球団が獲得したことで、とりあえずもう一年様子見となった。
そして優勝して、さらに契約期間が伸びた。
自分の監督としての資質は平凡だと、もう既に分かっている。
六年もやれば充分だと思える。
だからここでまた日本一になれば、気分のいいままに退くことが出来ると思っていた。
現場ではなくフロントのポスト、そちらの方が自分には合っていると思えたのだ。
だがこの結果はなんだ?
シーズン中に優勝出来たのはいい。だがタイタンズにここまで一方的に負けている。
スコアを見ればわずかな差ではあるのだが、逆に采配のミスが自分でも分かる。
シーズンを一位で終えて、日本シリーズにも出られない。
さらに四連敗などしたら、確実に戦犯扱いだ。
ピッチャーもバッターも、致命的な不振や炎上はない。
強いて言えば金剛寺が明らかに不振であるが、四番を変えるような度胸はない。
最前と思われる平凡なことをして、大人しく負けるか。
あるいは博打と思われるようなことをして、盛大に転げるか。
どちらがいいかと言えば、少なくとも前者の方が見苦しくはない。
だが足掻き続けてでも勝利するのが、監督の役目であろう。いや、使命とでも言うべきか。
シーズン最終戦に投げたキッドは、今年は最初は日本のボールに手が馴染まず、二軍での調整をしていた。
そしてリリーフとして数試合登板してから、先発に回った。
19先発12勝5敗。そのうちの一勝はリリーフで上げた数字である。
対するタイタンズは、さすがにピッチャーの格は落ちるが、毎年ローテに入って、10勝ぐらいはしている森恒。
上の下の数字を10年以上残し続けるという、これまたシーズンの中では貴重なタイプのピッチャーである。
25先発の9勝8敗というのは、素晴らしいものなのだ。
ピッチャーとしてのタイプは全く違うが、シーズン中の運用としては大原に似ている。
FAで広島から移籍してきた選手で、彼がいなくなったことも、広島の微妙な低迷につながっている。
だがやはり短期決戦の決戦戦力としては、微妙な能力と言えるだろうか。
ライガースの首脳陣としては、もちろんここで負けるわけにはいかない。
タイタンズとしても、出来れば一気に勝負を決めたい。
パもファイナルステージを行っているが、どちらが勝ちあがってきても、勢いで日本シリーズまで制したいのだ。
スターズにライガースと、ずっとセが覇権を握っている現在。
その二つを任しても、日本シリーズで勝てなければ、喜びも半減というものだろう。
四連勝をして、日本シリーズに突入する。
それはピッチャーの消耗を減らすという点でも、重要なことではある。
もっとも勝ちたいと思っているだけで勝てるなら、この世に敗者はいないであろう。
アドバンテージの一勝があると言っても、既に三連敗。
一番痛かったのは、しっかりと投球間隔も空けていた山田が、初戦で敗れたことである。
完全に大介を封じるという行為が、単打までに封じると割り切られていたことだろう。
金剛寺と西郷も、特に金剛寺が不調なのは分かっている。
今年はシーズン序盤に間に合わなくて合流できなかったが、既に40歳を超えているのだ。
これだけの年齢で、まだ三割と20本を打っていたことが、驚きではあるのだが。
工夫をして数字は保っているが、外角ではなく内角が弱くなっているのは、データによると明らかである。
ただデータの見方が偏っていると、外角を上手く打っていることにしか気付かないだろうが。
ライガースはこの四戦目に、リスクや批判を承知の采配を取ることで決めた。
どうせもう、任期は六年目である。
コーチ陣は出来れば残してやりたいが、球団のフロントがそろそろ監督の顔を変えたいと思っていてもおかしくはない。
スタメンを見た時の両軍の反応は、戸惑いが最初の数秒であり、それから当惑と、訳の分からない興奮が巻き起こる。
一番ショート白石。
一番打席の回ってくる、出塁率が高くあってほしい場所に、大介を置いたのである。
大介としてもこの打順に異論はない。
そもそもこの打順というのは、以前に一度自分から申し出たことがある。
そう、パーフェクトをしてくるような力を持つピッチャーが相手ならば、一番打者は四打席目が回ってくる確率が、当然ながら高い。
上杉の場合は、それとは違ったものであるが。
島野が勝負をかけたのだ。
ならば応えるのが、大介の流儀である。
自分の敗北がそのまま、チームの敗退へとつながることを分かっているキッド。
だが下手なプレッシャーに潰されることもなく、一回の表を投げていく。
先制点を取って、勢いのまま勝ちたいタイタンズであるが、キッドのボールがその気迫を上回った。
三者凡退で、スタメン発表の時の高揚を、そのまま甲子園で維持する。
一番ショート白石。
バットを持って、ぐいぐいと背筋を伸ばす。
左打席に入るその姿は、特に追い詰められた切迫感もない。
鋭い視線で、ピッチャーを見つめる。
この奇襲は予測していなかったタイタンズであるが、あくまでも奇襲である。
先頭打者であり、下位打線の後であるということは、ランナーはたまっていない可能性が高い。
それなのに大介を入れるということは、ランナーがいない状態で勝負出来るケースが多いのだ。
三連勝をしていると言っても、アドバンテージが一つある。
タイタンズは全く油断していないが、期待値的にはこの打順は、むしろライガースの首を絞めるのではないだろうか。
ここは勝負でいい。
だがもちろん、甘いところに投げてはいけない。
森恒はコントロールのいいピッチャーである。
そのコントロールで、長くプロの世界で生き残ってきたのである。
初球はカーブを外いっぱいに。外れてもいい。
頷く森恒は、緩い球を外角に入れるなら、ホームランはないだろうと判断する。
サインに応えて投げる、ゆったりとしたカーブ。
それに対する大介のスイングは、かなり始動が遅い。
静止した状態からの、爆発的なスイング。
遅いカーブとは言え、外角いっぱいの球を、ライトへと引っ張る。
その打球は見事な弧を描いて、スタンドの中段に入った。
先頭打者の、初球ホームラン。
ほっと息を吐いてベースランを始める大介に、甲子園の大観衆は沸騰した。
四連勝で一気に勝ちたいが、それが許されるほど甘い相手ではない。
タイタンズは分かっていたはずだが、実感したのは今であった。
森恒は先制の一打の衝撃を引きずることなく、この回はこのホームランの一点のみ。
だが試合の趨勢を決める観客の雰囲気は、一気にライガース有利に流れたと言える。
やはり大介だ。
大介が打って、点を取らないと始まらない。
全てのファンが、チームメイトが、そう感じている。
この試合は勝つ。その確信をチーム全体が得る。
そして先発のキッドも、試合の流れを感じていた。
奇襲とも言える大介の一番。
それが狙い通りの結果を出した。
しかし左打者が、外角のカーブを右方向に引っ張って、中段まで運ぶとは、
そろそろまた場外弾が出そうな雰囲気すらある。
大介はホームランの、飛距離にまではこだわってはいない。
ただ風に乗せるのではなく、自分の力で打ったホームランにはこだわっている。
この一撃も、外角のボールを引っ張って、遠くへ飛ばしたものである。
普通のホームラン以上の一撃を、手の中に感じていた。
まだ一点差。
熱狂する甲子園球場の中で、タイタンズはそう言い聞かせる。
だがこれまでの三試合、ホームランどころか惜しい打球すらなかった大介が、見事に引っ張ってホームランを打ったのだ。
外角に投げて、しかも遅い変化球だったのに、あそこまで飛ばすのか。
速いボールであれば、バックスクリーンのビジョンをも破壊する。
それが大介の力であるのだ。
あの小さな体のどこに、そんな力があるというのか。
ドーピングを常に疑われる大介であっても、完全に反応は陰性。
そもそも多少のドーピングなどしたところで、ビジョンを破壊することなど出来ないが。
まだ一点差、というのは認識が甘かった。
まだ一点差というのを認識するキッドに、甘い球がない。
三回にはまたランナーのいない状態から、大介に打席が回ってくる。
ワンナウトランナーなし。
ここは大介を敬遠できる雰囲気ではない。
タイタンズの野間監督は、そこで気付く。
まさか、逆なのか。
ランナーがいないことによって、大介が打ってもホームランで一点どまり。
なので脅威度は低いと判断して、勝負してしまう。
期待値は低い。最高でも一点。
だがその一点を、確実に取るために必要なのは、ピッチャーが勝負してくること。
とても歩かせて納得される状況ではない。
そんな状況で大介の打席にするために、一番打者であるのか。
ランナーがいないというのも、ピッチャーのキッドから始まったこの回としては、ごく当たり前に思える。
だがあえてランナーを出さず、それで少しでもこちらの警戒を解くことが出来たなら。
無茶苦茶な想像であるが、それを可能にするバッターがいれば、無理ではない。
二打席目の大介は、デッドボールになってもおかしくない、内角のストレートを打った。
打球は一打席目と同じようにライトスタンドへ、しかし飛距離はより遠く、上段にまで達した。
何がなんでも、一つは勝つ必要があった。
島野の賭けは、結果から見れば大成功であった。
キッドは七回までを投げて無失点。
そして大介は、五打席四打数四安打二本塁打。
一人で六打点もたたき出して、確実にタイタンズ有利の流れを潰した。
タイタンズとしても大量点差がついてからは、さすがに敗戦処理にかかった。
ここまで3-0、4-1、3-2というロースコアで決着していたファイナルステージは、13-0というライガースの圧倒的な勝利で四戦目を終えたのである。
試合後のインタビューでは、島野監督もニコニコ顔である。
ここまで大介を、シングルまでに封じていたのを、打席に制約をつけないことにより、解放させた。
ホームラン二本にツーベース、そしてタイムリーと本日は猛打賞である。
スリーベースがあればサイクルヒットであった。
なお大介はこれまで、サイクルヒットを達成していない。
この大勝によって対戦する流れは明らかに変わった。
続く第五戦、ライガースはリリーフ陣を短いイニングでつないでいくという方法で、ロースコアに持ち込む。
大介は三番に戻っていたが、明らかに機能が変化していた。
元々三戦目までも、打率だけならば圧倒的だったのだ。
それが、打率を捨てて長打を選べば、そういう結果がついてくるのだ。
今度は四打数四安打で、レフトに一本のホームランを放り込んだ。
試合も5-0とリリーフ陣の継投完封で、完全にライガースに流れは渡ったように見える。
戦績としては、二勝三敗でまだ負けている。
だが一勝のアドバンテージがあるのだ。
この第五戦に勝ったことで、勢いは取り戻したどころか、完全にライガースのペースになっている。
第六戦を投げるのは、中四日で山田。
そしてタイタンズは祈るようなつもりで、やはり中四日で本多を先発に持って来る。
シーズン中の勢いを、完全に止められたようなクライマックスシリーズ。
だが大介の一発から明らかに流れは変わった。
そして雰囲気的にはライガース有利のまま、エースの投げる試合で最終戦が行われる。
勝てばもちろん、引き分けでもライガースが日本シリーズに進むことになる。
こんな状況でマウンドに登るピッチャーというのは、どれだけのプレッシャーがかかるものだろうか。
だがもちろん本多は、そんな生易しい神経の持ち主ではない。
クライマックスシリーズ、ファイナルステージ第六戦。
下馬評を覆して圧倒してきたタイタンズだが、ライガースは主砲の一発で一気に押し返した。
勢いだけならば完全にライガースであり、エースが投げて勝敗を決める。
「化け物退治といきますか」
タイタンズベンチで本多は、全く気負いもせずにそう呟いていた。
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