第212話 奇策の条件
クライマックスシリーズのタイタンズとの対戦は、間違いなく一番大介から逆襲が始まった。
ただしジャガースには、一番バッターで高打率、俊足の上に長打も打っていけるという選手が、味方として存在する。
ライガースの毛利は、はっきり言えばほぼ全てのスキルが劣化版となっている。
唯一優るのは、ちゃんと監督の指示に従うことだが。
ただしアレクは監督の指示以上のことをしてしまうので、なかなかそこを責めることも出来ない。
一番大介というのは、ジャガースベンチでは普通に受け止められた。
そしてライガースの先発は、山田の離脱した今は、大原よりも数字的には優れたキッド。
今年の序盤こそ日米の野球の違いに苦しんだものの、途中からは中継ぎを経て、先発の一角となった。
19先発12勝5敗。
このうちの一勝は、リリーフで上げたものである。
立派な成績であることは間違いない。
だがこれに対してジャガースは、上杉正也を当ててきたのだ。
一番ショート白石大介。
この攻撃的な打順は、ジャガースファンからも喜びで迎えられた。
大介の打席を、下手すれば五打席見ることが出来るかもしれない。
それだけでもこの試合の価値は、二割ほど高まると言えよう。
ただしマウンドの正也と、ジャガースベンチは冷静である。
一回の表、さすがに警戒したライガースによって、ジャガースの止まらない打線は始まらなかった。
だいたいシーズン中は、一回にこの打線の爆発が起こると、ほぼその試合は勝っていたのだ。
だがそのスタートダッシュに失敗しても、ジャガースとしては想定の範囲内。
かといって一回の裏、いきなり大介を歩かせはしない。
正也のボールは、割とあっさりとファーストストライクを取ってきた。
反射で打つ大介が、それでも反応出来ないぐらいであった。
正確に言うと、警戒感が本能に優った。
大介は本能で野球をしている。
一度打席を外して、軽く素振りをしてみる。
大丈夫だ。さっきの球は打たなくて正解だ。
おそらく打っても力が入りすぎていて、ミスショットしていただろう。
バッターボックスに入り、二球目を待つ。
それに対して投げてきたのは、スライダーであった。
甘いスライダーだ、
大介のスイングは速く、打球はレフトのフェンスを直撃する。
深く守っていたため、とても三塁には進めない。
だがチャンスを作った大介は、二塁ベース上で首を傾げていた。
レフトに打ってしまった。
ライトのスタンドに放り込んでしまうつもりであったのに。
あれをミスショットと言えば、さすがにそれはないと言われそうであるが、大介にとてはミスショットだ。
わざわざ勝負してもらう一番になったのは、最初に一発かますためだ。
だがジャガースベンチは静かなままで、何もサインは出ない。
正也も特に、大介を気にした様子はなかった。
完全に想定の範囲内ということだ。
大介を一番にしたのは、普通の殴り合いでは、ジャガースに勝てないと島野が思ったからだ。
しかし大介がヒットを打って、いきなり先制点のチャンスであるのに、ジャガースは普通の態度を崩さない。
大介をいきなり敬遠することもなかった。
つまりこれはまだ、普通の殴り合いであるのだ。
ただの殴り合いなら勝つ。
それが今年、多くの打撃戦を制してきたジャガースの自信であった。
もっとも今日はライガースの先発のキッドが強い。
あるいは確率的には、今日ぐらいは落とすかもしれないとは思った。
しかし第三戦は一日空いて、しかも地元の埼玉で行われる。
ライガースが多少殴り合いで勝っても、その勢いは止められる。
そのジャガースの首脳陣の考えは、完全に正しかった。
初回にライガースは、大介をホームに帰して一点を先取。
しかし三回からは、猛獣打線の反撃が始まったのだ。
本日のライガースは、一番を大介、二番を毛利、三番が大江で四番が西郷、そして五番グラントの六番黒田となっている。
ジャガースの花輪監督とは、自分なら大介を二番に置いていたな、と思っていた。
ライガースの打線の中では、出塁率は大介の次に高い毛利。
その俊足の毛利をランナーに出した状態であれば、最初の大介のツーベースで、既に点が入っていただろうからだ。
もちろん毛利がアウトになって、ワンナウトから一点も入らないことになったかもしれないが。
とにかく大事なことは、相手の打ってくる手を想定の範囲内にしておくこと。
あとライガースがやってきそうなことは、キッドの打席で代打として、今年はスタメンで出た期間もあった山本を出してくること。
ただ山本はランナーを返すタイプのバッターであって、スラッガーの前に出るタイプではない。
ファーストに西郷、サードは黒田というのは、金剛寺がいた頃に比べると、やや守備力は上がっているだろう。
金剛寺は40歳を過ぎても、まだ盗塁をしてくるような選手だが、やはり全盛期の俊敏性はない。
黒田の方が動きはいいが、安定感は西郷もどっこいどっこいか。
鈍足と言われる西郷であるが、内野に必要な周囲5mほどの打球に対する俊敏性は、かなりのものがあるのだ。
言うなれば相撲取りのぶちかましに似ている。
回が進むと、ジャガースが点を取ってきた。
ライガースも初戦と違い、ちゃんと得点は取れている。
だがその得点に、大介が絡んでこない。
何か変だ、と大介は思っていた。
上手くボールが飛んでいかない。
ミートの瞬間、ミスショットとまではいかないが、完全な一撃とは言えない感触が手の中に残っている。
難しいボールを投げているわけではない。
ただ初回のスライダーのように、変化球をメインでは投げている。
速球でなくてもスイングスピードで、打球にスピードを与えてしまうのが大介であった。
そのスイングスピードは現役の選手の中では、間違いなく一番速い。
だが、今日はそれが上手くいかない。
前日の打席は三打数の一安打と、確かにこれも良くはなかった。
だが悪すぎるとも言えないだろう。ただホームランは出ていなかったが。
長打という意味では、一打席目がフェンス直撃のボールである。
上手く角度をつけていたら、スタンドまでは届いただろう。
(なんか変だな)
感覚的にはそう考えているが、それを言語化出来ない大介である。
試合自体はそれなりの点の取り合いという、見ていて面白いものにはなった。
双方の先発がホームランだけは防ぎ、そして打線がつながって点になる。
だが大介に打点がつかない。
途中から頭を切り替えて、ヒット狙いにしていった。
ジャガースが敬遠をしかけてこないので、ヒットが重なる。
ただ大介の前に、ランナーがいない。
その状況ではホームランを打たない限りは、大介には打点がつかない。
試合自体は盛り上がっている。
甲子園のライガースファンは、なんだかんだ言ってイケイケの雰囲気が好きだ。
山田が欠けてしまっているこの状態では、ライガースはかなり厳しい。
それでも試合自体を楽しんでしまうのが、ライガースの応援団である。
双方のベンチから指示が飛ぶが、基本的にはバッターは自由に打っていく。
それである程度点は入るが、止まらない打線というのは発生しない。
う~むと大介は悩んでいるが、この試合自体には勝てそうなのである。
相手の打線では、アレクが長打ではなく、出塁にこだわっていることが分かった。
シーズン中は完全に自由に打っていったが、ここでは監督の指示に従っている。
微妙な場面でもボール球を打たず、確実に塁に出ている。
さすがのジャガースも下位打線はあまり塁に出ないので、そこから盗塁をしかけていくのがアレクである。
盗塁王は取れなかったものの、かなりの盗塁をしかけて、しかも成功率が高い。
ライガースのキャッチャー二人は、それなりの平均点こそ取れるが、盗塁を確実に殺すほどの、強力な肩は持っていない。
もっともランナーを刺すのは、単純な肩以上に、スローのテクニックが必要なのだが。
(なんっかおかしいんだよな)
そう思った三打数三安打の大介は、四打席目に仕掛けてみた。
三塁線への、セーフティバントである。
何がおかしいのか、分からない時にはバント練習をしろ。
これは今では遠く離れて過ごす、父が言っていたことだ。
ボールは転がって、深く守っていたサードは完全に裏をかかれた。
大介は余裕で一塁を駆け抜けたわけであるが、違和感の正体に気付き始める。
(ミートポイントが微妙にずれてるのか?)
だがなぜ、どういった理由でズレているのか。
それが分からないと、根本的な解決にはならない。
ジャガースとしては大介のバントヒットは、確かに意外であった。
だが大介が上手く打っていないというのは、タイタンズとの試合から予想していたものだ。
一番で出て打ちまくり、残りの試合も打ちまくって、タイタンズとの戦いには勝った。
だが昨日の試合で、そうではないかとスコアラーが分析したのだ。
そしてこの試合は、それを裏付けるような展開になっている。
試合自体は、ライガースが優勢に進めた。
両チームが継投を開始し、それでもそこそこ点は取られる。
ただしジャガースの打線には、一つ明確な弱点があった。
それは左打者が多いということだ。
アレクに悟、さらに五番まで、左打者が揃っている。
つまり終盤に勝っていれば、真田を投入すればいいということである。
左殺し。
完全に今季は、左の多い場面でリリーフをしてきた真田である。
なので最終回も、五打席目のアレクの打席に向かった。
高校時代、アレクとの対戦成績は、優れていた真田である。
そしてこの試合も、左打者をなで斬りにしていった。
7-6で、ライガースは第二戦を制した。
その中で大介は五打数四安打と、それなりの数字は残した。
だがホームを踏むことはあっても、打点が一つもない。
首をかしげながら、それでもベンチの中は勝利で満たされている。
ヒーローインタビューは、最後に試合を〆た真田が呼ばれていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます