第211話 止まらない打線
※ 群雄伝16話を先に読むことをオススメします。
×××
クライマックスシリーズ最終戦から、日本シリーズまでは三日間の間がある。
本当ならここでしっかりと疲労を抜いて、先に甲子園で行われる第一戦を迎えうつ。
しかし去年は真田、今年は山田と、先発の核となるピッチャーが離脱してしまっている。
(あいつら怪我しすぎだろ)
そういう大介も去年は離脱期間があったが、それでも怪我は圧倒的に少ない部類である。
あとは西郷も、新人ながら全く怪我などしなかった。
真田は高校時代から、小さな故障はあった。
一年目から真田が投げるようになった時、たまたまメッセージをかわす機会があったセイバーは、あまりよくないということを言っていた。
真田の体格はプロ野球のピッチャーとしては小さい。
もっと小さい大介の場合は、逆にそれが走塁や守備で体を捻っても、怪我になりにくい要因となっている。
だがピッチャーであれば、出力が必要になる。
筋肉の出力に、腱や靭帯、そして軟骨が耐えられない。
それがピッチャーの主な故障の要因になるのか。
肩甲骨が割れた足立などは、本当にすさまじいボールを最後に投げたのだ。
今回の山田の場合も、プラスとマイナスを考えれば、あそこまで執着してアウトを一つ取る場面ではなかった。
相手が上杉ならともかく、他のピッチャーからならちゃんと点は取れるのだから。
ただ反射的に体は動くのだ。仕方のないことだ。
しかし日本シリーズの対戦相手、ジャガースの強力打線を考えれば、山田はいてほしかった。
あちらは圧倒的な高打率バッターが間断なく襲い掛かり、ピッチャーもしっかりと揃っているのだ。
殴り合いになることは覚悟しているが、どれだけ殴られるかは、ピッチャーに期待するしかない。
あとは攻撃の面でも、金剛寺が四番にいないと、攻撃に隙が見える。
得点の期待値的に考えれば、西郷はもう金剛寺に劣るものではない。
だが一本直線的な西郷に比べると、金剛寺は状況に応じたバッティングをするのだ。
山田が抜け、金剛寺が抜けたことにより、外国人を除けばライガースのベンチは、若手ばかりになった。
もちろん実力を備えた若手ばかりではあるが、試合に勝つために必要な、実力以外のことはまだまだ不足している。
二軍グラウンドで体を動かしていると、早起きの選手たちも集まってくる。
もちろん激しい練習などはしないが、体を動かしてその調子を確認する。
そう、若手中心ということは、寮にいるライガースの一軍選手は多いのだ。
ちなみに今年のライガースの二軍は、良くも悪くもないという状態であった。
二軍で育った戦力が、順当に送り込まれているからだ。
それでも現在の一軍の姿を見て、向上心を高めている選手はいる。
だが若手の中でも、おそらくプレイオフ後に切られる選手はいるだろう。
大介の上のドラフトで取られた、高卒選手は何人かいなくなっている。
トレードという選手もいたが、普通に戦力外通告を受けているのだ。
そういった選手はトライアウトで他の球団に拾ってもらうことを期待するか、あるいは独立リーグ、海外のリーグを希望するか。
もちろんそのまま引退してしまう選手もいるものだが。
もう少し年齢が上で、実績のある選手でも、首を切られることはある。
そういった選手は、解説者やコーチの席が空いていたら、まだしも幸福なのである。
幸い大介には、そういった話は欠片も関係ない。
中学時代までは不遇だったが、高校に入ってからは上り調子がずっと続いている。
既に頂点を極めたような感じもするが、ならば次は下から上がってくる選手が相手となる。
何年間出来るか、過去の記録と戦うか、自分の記録と戦うか。
上杉がいてくれたことは、実は大介には幸運であった。
より上手く、より強くならなければ、上杉には勝てないからだ。
上杉のとっても同様のことが言えるのだが、人間は競い合わなければ強くなれない。
とりあえず大介は、走塁では毛利、打力では西郷を、一つの基準としていられる。
甲子園球場にジャガースを迎えて戦う、日本シリーズ第一戦。
ジャガースは今年のパを圧倒的な力で勝ち進み、クライマックスシリーズでマリンズと戦っても、スイープしかけた。
織田や鬼塚が一矢報いたとも言えるだろうが、ジャガースの監督花輪としては、むしろ楽勝ムードにならなくて良かったと思う。
山田と金剛寺、投打の強力な一枚を欠いたライガース。
もちろん打線はまだまだ協力であるが、金剛寺の存在は精神面での安定感の方が大きいだろう。
そして山田の代わりを務める者はいない。
一応数字だけなら、勝ち星や貯金は大原が上であるのだが、ピッチャーとしてはまだまだ山田の方が優れているのは、世間の共通認識である。
あとは今年は、真田が最初から先発から欠けているのも大きい。
これで勝てなければ、しばらくは本当に勝てないと、花輪は思っている。
もうセのチームの覇権が、スターズの時代から五年も続いているのだ。
いくらなんでもそろそろ覇権を奪還しなければ「人気のセ、実力のパ」が「人気のセ、実力()のパー」とでも言われかねない。
今年のジャガースの強さは、まず打線においては悟が加わったこと。
これで一番から五番までが、打率の打撃十傑に入るほどの、とんでもない高打率、高出塁率のチームに変わった。
パの新人王は誰が強弁しても、三割、20本、30盗塁を記録した悟であろう。
なおこれはアレクも記録しているが、アレクの場合はさらに盗塁が40を超えている。
その後はトリプルスリー達成者が三人続くクリーンナップ。
そして六番に助っ人外国人の大砲を置いて、少なくとも六番まではえげつない得点力を誇っている。
ライガースが言えたことではないのだが、打てるショートなどがいる時点で、ジャガースは反則なのである。
まあ他のチームからしたら、ライガースこそ反則であろうが。
良く動く守備陣はともかく、ピッチャーはどうなのか。
これもまた先発ローテ陣は、ほとんどが10勝前後の勝ち星を上げて、なんと貯金が作れなかったピッチャーは一人もいない。
ただし13勝という、いくつかの投手タイトルの基準に届いた者が、一人もいないのも不思議であった。
実のところは不思議でもなんでもなく、リリーフ陣も強力だったわけだが。
またも大観衆に埋め尽くされた、甲子園球場。
ライガースはなんだかんだ言って、大原を先発に出した。
ジャガースもベテラン秋元。この年で勝ち星が100勝に到達した。
確かにサウスポーのエースではあるのだが、今年のジャガースのピッチャーの中では突出した存在ではない。
ジャガースはその打線の特徴も見れば分かるが、一人の選手が強烈な支配力を発揮するチームではない。
だがどこを攻めても攻めきれない、層の厚さが存在する。
今年の交流戦自体は、ライガースが三連勝していた。
だがその内容は、大原から真田につないで勝った試合、山田の先発、キッドの先発と、ピッチャーがそろった形での勝負だったのだ。
大介もホームランは三試合で一本と、相性は決してよかったとは言えない。
今日はどうやって相手のピッチャーを攻略するか。
それを考えている大介であるが、まずは先にジャガースの攻撃である。
先発の大原に対して、先頭打者はアレク。
なんだか敵と味方が間違っているような、変な感覚である。
「あれ?」
何かが引っかかった。
しかしそれが何かを突き止める前に、爆弾は爆発した。
立ち上がりがいいとは言えない大原は、初球にストレートで入れてきた。
それをアレクは打った。
何度も見てきた光景であるし、高校時代に甲子園でやったことだ。
先頭打者ホームランで、ジャガースが先制したのであった。
ホームラン二本の結果も含み、初回三失点で試合はスタートした。
ライガースのホームではあるが、ジャガースはあまり野次を飛ばされることもない。
考えてみればジャガースはアレクと悟が、五大会連続で甲子園に出場して活躍している。
ライガースファンと言うよりは甲子園ファンが、どれ一丁、大きくなった姿を見てやるか、と思ってやってきているのだ。
アレクの場合は五大会のうち、四大会で優勝している。
そして全ての試合で、一番を打っていたのだ。
なんとなくジャガースが、勝っても不思議ではないという雰囲気がある。
それに対するとライガースの先頭毛利は、これまた大阪光陰で先頭バッターでありながら、一度も優勝したことはない。
甲子園で活躍した選手が、必ずしもプロでも成功するとは限らない。
だがなんとなく、雰囲気が全体的におかしい。
毛利と大江が倒れて、大介の打席が回ってくる。
ここは一発狙いたいなと思ったのだが、引っ張って高く上げたボールが、風で押し戻された。
いつもやってないフライ性の打球など打つから、こうなるのである。
三者凡退。
明らかに最序盤で、ペースを握られた感じがする。
ジャガースは二回にこそランナーを出せなかったが、三回はまたも先頭打者がアレクである。
大原は外に外した球を投げたのだが、これをアレクは無理打ち。
ただ高いバウンドになった打球を内野が処理する前に、ファーストベースを駆け抜けていた。
まさに機動力の本領発揮である。
こらあかん、とライガースの島野は思った。
先制パンチをガツンと食わされて、流れが完全にジャガースである。
ただおそらく負けることになっても、この試合は大原を引っ張りたい。
短期決戦の日本シリーズでは、負け試合でリリーフ陣の体力を削りたくないのだ。
だが、それも甘い考えか。
ランナーを一塁において、大原はストレートで押していく。
必死で練習はしたが、大原の牽制などは、まだ平均よりも少し下レベルである。
アレクの足は、今目の前で見た。
バントはさすがにしてこないであろうが、進塁打を打たれることは覚悟しなければいけない。
左の悟に対しては、外角の方が打ち取りやすいだろう。
ただし転がされると、また内野安打の可能性がある。
初球は厳しいところへという滝沢のサインに、大原は頷く。
さて、悟は今年、丁度20本のホームランを打っている。
そんなバッターに対して、右ピッチャーが内角に投げたらどうなるか。
大原のコントロールは、高校時代からはかなり改善している。
だがそれでも、甘く入るのは、序盤では当然だ。
打った打球は大介と同じフライ性のものであったが、こちらはスタンドまで届いた。
スコアは5-0へと変化する。
ヒット五本で五点というのは、あまりにも効率が良すぎる点の取り方である。
(五点か)
大介が満塁ホームランを打っても、まだ届かない点差。
(これはさすがに厳しいかな)
プロは負ける試合はさっさと見切りをつけて、次の試合に備えなければいけない。
だが圧勝されると、以降の試合にも響いていく。
結局、この第一戦は7-1でジャガースが勝利した。
大原は三回までは五失点だったが、五回までは投げてもらおうと思ったら、そこまではさらなる追加点はなし。
後にもポロリと点を取られたが、結局は完投してしまった。
それに対してジャガースは、四人のピッチャーを使ってきた。
大介に一発が出ることはなく、地元開催の初戦を、ライガースは失うことになる。
もちろんまだ、第一戦が終わったばかりである。
だが大介を上手く打点が入らないように封じられて、ジャガースの打線を止めることが出来なかった。
継投も含めて、確実にチーム力の差を感じさせるゲームであった。
帰りのバスの中で、大介は考える。
ホームランが打てなかったことではなく、ホームランを狙いにくい状況を作られた。
これはクライマックスシリーズの、タイタンズとの試合と同じではないのか。
ならばまた、一番大介の選択もありうるだろう。
そして本当に、一番がまた回ってくる大介である。
しかしこの一番大介の奇襲は、ジャガースには予想されていたのであった。
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