第210話 総力戦
タイタンズはクローザーを外国人に任せている。
プロ野球の歴史を見れば分かることだが、中継ぎや抑えで長期間安定した成績を残す選手は少ない。
もちろん先発も、100勝まで届く選手は少ないし、数年で消えていく選手はいる。
そもそも長く投げれるピッチャーは先発で使う方が勝ちが高く、クローザーはともかくセットアッパーなどは、どうしても価値が低く見られがちであったのだ。
そんな日本のプロ野球に、タイタンズはクローザーをMLBから取ってきた。
今年のタイタンズが強かった理由でもある、今年の最多セーブ王。
だが彼は八回の裏に行ってもらう可能性が高い、と試合の中盤から言われていた。
クローザーは一イニング限定。
九回の裏までは投げられない、と彼は主張する。
肩肘の消耗は、長く稼ぐにおいて、絶対に避けなければいけないものだからだ。
もちろん構わない、というのがタイタンズの首脳陣の話である。
一イニングだけ。しかも一点を追いかけている場面。
それで構わない理由が、彼には分かってきた。
白石大介。
シーズン中に対決したシーンは二度ある。
二度とも敬遠した。そしてその試合には勝った。
しかしシーズンと違いプレイオフでは、勝負しにいかなければいけないとい理由も分かる。
これはプレイオフなのだ。
ローテを回してピッチャーの消耗を回避する、シーズンの中の一試合とは違う。
力と力、技と技の勝負。
極めて合理的なメジャーであっても、プレイオフのカードは別だ。
シーズン中には100球で厳密に交代する先発であっても、ワールドシリーズになればガンガンと球数制限を突破していく。
全ては優勝のために。
おそらくアレは、いずれMLBの世界に来る。
WBCやワールドカップで、散々見せ付けられたあのパフォーマンス。
体が小さいことが、何もハンデではないと思い知らされる存在。
まさにリトルボーイがやってくるのだ。
八回の裏、タイタンズはクローザーのフィッシャーを出してきた。
今季48セーブを記録した彼は、50登板0勝1敗という記録も残している。
敗北した一つの試合は、交流戦でジャガースを相手にした時。
大量点差を最終回で一気に詰められ、もはや手遅れの状態で投げた試合だ。
左のサイドスローで、ストレートは162kmがMAXであり、球種のほとんどがカットボール。
その変化量の違いで、バッターを凡退させる。
そして必要な時には、ストレートで三振も奪える。
日本で一番恐ろしいクローザーかもしれないが、大介は今季二打席対戦して、二度とも敬遠されている。
二番の大江から始まるこの回、追加点を入れられれば、勝利へと大きく近付く。
ただタイタンズは代打の層がえげつないので、二点差でもまだ安心出来ない。
大江が出塁してくれて、大介がホームランを打つ。
三点差になれば、こちらには真田とウェイドが残っている。
そう思ったが、やはり防御率が1を切るピッチャーは違う。
大江は平凡なショートゴロでワンアウト。
ネクストバッターサークルから出た大介に、フィッシャーは目を合わせてくる。
既に今日、先制の一発を打っている大介。
だが少なくとも、申告敬遠はない。
そしてキャッチャーも座っている。勝負だ。
サイドスローでカットボールを使ってくる。しかも大きな変化はスライダーと言ってもいいほど。
つまり大介を打ち取れる条件を備えたピッチャーだ。
それが勝負を避けてきたのは、10%の可能性よりも、あとのバッターを打ち取った方がずっと楽だから。
自信はある。でなければMLBに戻ろうとは思わない。
単なるストレートなら、おそらく簡単に運ばれるだろう。
スライダーを主体に攻める。
特に内角を。
背中から抉りこむように投げられるスライダーなど、左バッターにとっては恐怖でしかないだろう。
それは大介ほどのバッターであっても、同じことである。
初球から膝元へ決まるスライダー。
大介はそれを振ってきた。
体は早く開くが、バットは後ろに残っている。
体全体を撓らせて、腰の回転を使って、バットを加速させる。
ミートした打球は、高く飛んだ。
甲子園の最上段、看板にまで当たる。
「惜しい」
待望の追加点となるソロホームランであった。
ブルペンでそれを見ていた真田が、思わず苦笑する。
「練習したら打てるんだからなあ」
弱点がいつまでも弱点であるはずはない。
それに大介には、シミュレートするのに都合のいい相手がいたのだ。
シーズン序盤から二軍に落ち、体の調子を取り戻すために投げていた。
特にセットアッパーとして使われるか、場合によってはクローザーで使われるのだから、磨くべきは決め球となるスライダーとカーブ。
そのスライダーを投げる時に、わざわざ二軍練習場までやってきて、大介はバッターボックスに入っていたのだ。
真田のスライダーほど手こずった球は、大介の人生おいて他に一つしかない。
上杉の本気のストレートである。
だが173kmであっても、ホームランにはした。
問答無用で制圧する上杉の投げる球は別である。
だが真田もそうであるが、あとは細田のカーブなど、サウスポーのスライド系のボールは、どうにかしておく必要があったのだ。
そして上杉のストレートと同じように、真田のスライダーも無敵ではない。
まるで優勝したかのような、ベンチ前での大騒ぎ。
手荒い歓迎に、辟易とする大介である。
マウンドの上から、フィッシャーはそれを見ていた。
初球、明らかに狙っていたスイングだった。
弱点であったはずなのに、完全に振りぬいていた。
「初球に投げるべきじゃなかった」
タイタンズの大ベテラン、森川がそう言う。
「ノー。大丈夫と思った」
フィッシャーも全力で投げたのだ。単純に相手が上回っていただけである。
まだ、九回の表がある。
二点差ならワンチャンスだ。タイタンズ首脳陣も、続くバッターを打ち取ってくれればそれでいい。
四番の金剛寺が抜けて、去年はスタメンだった黒田。
金剛寺がいない時は、クリーンナップを打っていたこともある。
だが大介に比べれば、圧倒的に脅威度は足りない。
そして西郷。今年のセの新人王大本命であるが、これまたカットボールで内野ゴロ。
さらにグラントも片付けて、結局は一点が入っただけで、試合は最終回に入る。
タイタンズもまだ、試合が終わったわけではない。
この回は先頭が三番の井口からであり、一発が期待出来る。
一発ではなくても塁に出れば、タイタンズの誇る重量打線が続く。
これに対してライガースも切り札投入。
左の井口に対して、左殺しの真田である。
今年の真田はまだ、ストレートのキレがあまり良くない。
本来ならもっと長い時間をかけて、元の状態に戻すべきだったのだろう。
だがチーム事情が、左を必要としたのだ。
セットアッパーとクローザーを、相手の打順に合わせて入れ替える。
三番四番と左打者が続くここで、真田を残していた時点で、ライガースは圧倒的に有利とも言える。
痺れる場面であるが、真田はそういうプレッシャーには強い。
ただ純粋に、自分の状態が万全でないことも分かっている。
言われることはストレートのキレだが、スライダーも微妙にまだキレがない。
だがもちろんこの二種を、特にスライダーを投げることなく、バッターと勝負することは出来ない。
左バッター相手であるが、真田は特に問題のない、高速シンカーを使う。
普段は肘への負担から、多投することはあまりない。
だがここで使わずして、どこで使うというのか。
シンカーは見せ球にして、カーブとスライダーを主に使う。
スライダーは真田の代名詞であるが、シニアまではカーブの方が決め球であったのだ。
左の井口を追い込んだ後、最後はスライダーでしとめる。
分かっていても打てないのを、魔球と呼ぶのだ。
四番は入れ替わりの多いタイタンズの外国選手で、今年から新入団のクラウン。
年齢的なこともあって、バッティング以外の部分ではかなり衰えているので、最後の稼ぎのために、日本にやってきたとも言われている。。
だがシーズンでは41本のホームランは打っていて、セ・リーグでは第三位タイの位置にいた。
これに対して真田は、カーブを主体に緩急を使って投げる。
内角と外角に少しずつ外して揺さぶってから、またカーブ。
落差の多いこのカーブに、手が出せずにアウト。
これで残りは一人。
右打者へと続くが、島野は真田に最後を委ねる。
思えば去年も、クライマックスシリーズで上杉に勝ったのが真田であった。
甲子園では一度も優勝出来なかったが、真田にはこういった大舞台での勝ち運があると思う。
それに甲子園で一度も優勝出来なかったのは、上杉も同じだ。
不思議な偶然と言える。
あの頃に甲子園で優勝したチームのピッチャーは、プロ入り後に日本一になっていない。
パでは優勝したライガースに進んだ正也は、一応優勝投手である。
だがパでの優勝が限界で、日本シリーズでは勝てていないのだ。
最後の打者となるか、入れ替わりの激しいタイタンズの外国人の中では、クラウンと違ってかなり長いのが五番のフォスター。
高速シンカーをここぞと使って、カウントを整える。
そして最後に投げたのは、ストレートでもスライダーでもなく、カーブであった。
かつんと当たったボールは、そのままピッチャーへの小フライ。
真田は特にジャンピングキャッチをするでもなく、数歩歩いてそのボールを捕った。
スリーアウト。
三連敗からの三連勝で、ライガースは日本シリーズ進出を決めたのであった。
結局大介が打ち出してからは、全くタイタンズを問題にしなかったライガースであった。
だがそれはあくまでも数字の話であり、大介を抑えることを徹底してれば、今日の試合も分からなかったのだ。
クライマックスシリーズのMVPは、当然ながら大介である。
20打数16安打5ホームランで10打点。
他のどのバッターが、こんな成績を残せるというのか。
ざっと計算してみたら、OPSが2を軽く上回っていて、勝負してはいけないバッターとして再確認される。
今年も日本一を目指す舞台に進むことは出来た。
だが監督の島野には、頭の痛い問題が残っている。
山田は今年はもう投げられない、当たり前である。
後半の三戦に使ったリリーフ陣は、かなり消耗しているだろう。
それでも日本一を目指すとしたら、もう一気にこの勢いを維持するしかない。
幸いと言うべきか、今年の日本シリーズは、セの球場側から始まる。
そこでピッチャーをどうやりくりするか。
本当なら山田には、二度は先発で投げてほしかったのだ。
今さら言っても仕方がないが、あそこで無理にアウトを取りにいく必要はなかった。
だがそんな割り切り方が出来るピッチャーは、プロにはいないだろう。
そしてもう一人、金剛地である。
右目付近を打った自打球は、見るからに膨らんで痛そうであった。
だが単純に痛いだけではなく、おそらく数日、悪ければ数ヶ月は影響が残りそうな、そんな具合であった。
それでも味方の士気を高めるために、ベンチに入ってもらう価値はあるだろうが。
三連敗した時点で、ある程度の覚悟はしていた。
だがそこから三連勝してしまったのだ。
日本シリーズに出られたことにより、最低限の仕事は果たせたと言っていいだろう。
だが今シーズンの序盤に苦労した、真田を先発で使えなかったことと、金剛寺の加入が遅れたという点は、全く解消されていない。
それに加えて山田が抜けたのだから、戦力のバランスがどれだけ変化したことか。
日本シリーズ進出を決めておきながら、満面の笑みとはいかないのが島野であった。
山田の左膝十時靭帯損傷は、手術が必要というようなものではなかった。
だが重傷であることは間違いなく、治癒に二ヶ月、リハビリに一ヶ月、本格的な投球練習に入るのはそれからと、三ヶ月以上は確実に離脱することになる。
11月から1月までの、オフシーズンの期間ではある。
だがとりあえず日本シリーズでは、全く戦力に数えられないのは確定した。
金剛寺も眼球自体が圧迫されて、しばらくはまともに遠近感が取れないとのこと。
つまりエースと四番なしで、日本シリーズに挑むわけだ。
まあ対戦相手も一人主力が脱落しているので、これはやはりスポーツに特有のことと言っていい。
自軍だけに起こる不運ではないし、それも受け止めた上で、試合に勝たなければいけないのだ。
去年も真田が日本シリーズには出られず、不安になったものである。
とりあえず考えなければいけないのは、打順の変更である。
四番に西郷、五番にグラント、六番に黒田。
今年の金剛寺が合流するまでは、よくあった打順になる。
黒田がサードに入るので、むしろ守備は強くなったかもしれない。
告げられた選手たちは、まあどうにかするしかないと、覚悟の決まった顔をしている。
選手たちがそれぞれ、自分の役割を考える。
その中では大原などは、かなり独特の考えをしていた。
たとえ負け試合でも、自分が最後まで投げきる。
一試合を完投しておけるのなら、たとえ負けたとしても、他のピッチャーを休ませることが出来る。
もちろんそれは、マイナスの面だけを考えての話であるが。
大介は変わらず、素振りを続ける。
味方の状況がどうであれ、相手がどこであれ、やることは変わらない。
とりあえず自分がホームランを打てば、どうにかなるのだ。
昔からそうだった。
自分がホームランを打てば、たいがいの試合はそれで勝てた。
もちろんプロの長いシーズンでは、そんな単純なわけでもなかったが。
だが今は、打つべき時に打つ。
そして日本シリーズこそが、打つべき時だ。
決戦は近い。
戦力が欠けた状態でも、なおライガースは勝ちにいく。
殴り合って勝つ。
大介はとにかく、ホームランを狙うバッティングをするだけである。
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