第256話 灼熱の中で

 夏がやってくる。

 この季節になるとどうしても、大介は野球の季節がやってきたな、と思う。

 開幕戦でもなければ、プレイオフでもない。

 夏のこの一番暑い季節に、プレイをし続ける。

 ライガースの場合は特に移動が多いので、その体力は削られていく。

 この夏場の消耗が尾を引いて、終盤に勝てないのだと言われていた時代もあった。


 大阪ドームが使える現在でも、完全なホームコートアドバンテージとは言いがたい。

 ここまでの間に、ペナントレースでどの位置にいるかが、最終的にシーズンを制する上で大切なことだ。

 実際に七月、ライガースの調子は良かった。

 首位レックスとのゲーム差は一で、ほぼないのと同じになってきている。

 七月が終わった時点で一ゲーム差であるのだから、ここからが本当の勝負と言える。

 ライガースもレックスも、本拠地は野天型の球場。

 ただしライガースはアウェイでの試合が多くなり、ホームでも大阪ドームを使わなければいけない。

 それが八月。

 ある程度の失速を予測した上で、九月に戦うための準備を整えていかなければいけない。


 それとは全く別に、期待されるものもある。

 大介は完全に、打者三冠に加えて、盗塁王のランキングでもトップにいる。

 その中でも特に、ホームラン記録が今年は更新を期待されている。

 95試合が終わった時点で、49本のホームラン。

 明らかに二試合に一本以上のペースになっている。


 過去の本塁打記録などと、単純に比較するのはナンセンスである。

 シーズンが130試合しかなかったときよりは、当然打席数が多くなり、それだけホームランも増えるからだ。

 しかし一試合あたり、もしくは打数あたりのホームランを比べればどうか。

 それはもうひたすら、大介がダントツでトップなのだ。


 既に350本オーバーのホームラン。

 安打数も下手をすれば、今年のうちに1000本を突破するかもしれない。

 打者六冠のうち五冠は普通に獲得し、そして最多安打でも二位。

 敬遠をされまくれない限りは、打者タイトルを全て取る可能性がある。


 大介は全ての部分が優れている。

 トリプルスリーのような万能型を超えた、全ての部門がほぼトップという、全能型と言うべき選手だ。

 これと満足に戦えている、上杉こそが異常だとも言える。

 同じく戦えそうな感じの武史とは、二戦してチームとして二敗。

 打席での成績は、六打数の二安打であり、勝ちとも負けともいいがたい。


 


 総体的に言ってこの時期、大介はかなり高いレベルで安定していた。

 欠場がなくてもやや少なめだった盗塁が、今年はまたホームラン以上に増えている。

 戦うべき相手は、己自身の記録。

 あとはチームの優勝を目指すだけだ。


 金銭的な面や生活的な面は、とにかく充実している。

 あとはどれだけモチベーションを持って、試合に臨めるかだ。

 ただそのモチベーションは、勝負を避けられまくると減ってしまう。

 減らないようにモチベーションを保つのも、かなり難しくなってくるのだ。


(残り48試合か)

 安定して数字を残していっているが、自分では物足りない。

 とりあえずホームラン記録の更新は目標としているが、それを競争する相手がいない。

 セ・リーグだけではなくパ・リーグを含めても、大介に並ぶ者はいない。

 織田とアレクが首位打者争いをしていて、あちらはあちらで盛り上がっている。

 セのピッチャーだと山田がようやく敗北したものの、上杉と武史が無敗同士で勝ち星を積み上げてきて、これもまた盛り上がっている。

 

 セ・リーグの打撃タイトルは、大介に匹敵する者がいない。

 唯一最多安打だけは大介がトップを取れていないが、ここまで長打が多いと、勝負を避けられることが当然だ。

 圧倒的に少ない打数では、さすがに最多安打のタイトルは取れない。

 とにかく勝負される回数が少ないのは、大介にとってストレスにはなっている。




 将来のことを考える。

 たとえば上杉のことだ。

 上杉は今年が八年目で、シーズン終了後にFA権が発生する。

 特に球団にこだわることのない上杉は、それを行使することもないだろう。

 九年目の海外FA権についても、考えてはいないだろう。

 ただもし本人にそのつもりがあるなら、このオフにはポスティングでMLBに行くことが出来る。


 上杉がいなくなるなら、自分も向こうに行ってもいいかな、と思う大介である。

 MLBは日本に比べると、はるかにチーム数が多い。

 つまり対戦するピッチャーが多いわけで、日本で試合をするよりも、新鮮な気持ちにはなれるだろう。

 武史も入ってきて、今のところ決定的に勝ったとは言えない数字が残っている。

 さらに甲子園などを見ても、プロにはまだまだ強力な新人が入ってくる。


 上だけを見ていたら、下にも色々と面白い相手が出てきた。

 だがずっと離れたところでは、対戦することのない面白い相手がいる。

 それでも大介には、MLBに行くような理由がない。

 別に行ってもいいのだが、そこには上杉はいないし、武史がポスティングをするとしてもかなり先の話だ。

 自分に似て俗物の武史は、ポスティングでメジャーに行くことは考えるかもしれない。

 だが俗物であるがゆえに、年俸が高くなるまでは、日本国内に残っているだろう。

 ただ上杉に比べれば、あちらに行く可能性は高い。


(そういや、来年はまたWBCか)

 前のWBCにおいては、大介はMVP級の活躍をしたが、直史の決勝のインパクトには勝てなかった。

 だがあの時は、悔しいとは思わなかった。

 ただ、何か釈然としないものはあったのだが。


 大介の人生は、野球を中心に回っている。

 出来れば50歳ぐらいまでは現役でやりたいなと思っているが、それはさすがに無理らしい。

 ピッチャーでは50歳までやっていた人間もいるが、バッティングの衰えはそれよりもずっと早い。

 根本的に動体視力に関する筋力が、それ以前に衰えていくからだ。

 もしそれでも選手生活を続けるなら、それこそドーピングに手を出すしかない。




 大介の思考は、かなり漠然としたものにもなっていく。

 まずは目の前の、チームの勝利を考えなければいけないのに。

(モチベーションと、ハングリー精神か)

 大介にとっては、凡俗のものと、求道的なものの二つがある。

 金持ちになって社会的に成功したいということと、あとは純粋に野球でどこまでのことが出来るかを試したい。


 六年目の大介は、今が24歳。

 もしも来年、七年目でMLBに行けば、どういうことになるだろう。

 FA権はまだないので、ポスティングということになる。

 ポスティングを球団が認めるかどうかだが、大介は認めると思っている。

 なぜならそこから二年待てば、海外FA権で普通にMLBに行けるからだ。

 国内のFA移籍であれば、大介の場合はライガースに、金銭と人的補償が発生する。

 ただ海外FAでの移籍は、球団には何も旨みがないのだ。

 それならば七年目でポスティングを認めて、MLBで通用しなかったときに、ごく普通に迎え入れられる体制を整えておいた方がいい。


 MLBに憧れなどはない。

 そこが挑戦する場だとも思えない。

 上杉以上の、直史以上のピッチャーが、そこにいるのか?

 いないならば、今ここでなすべきことが、挑戦である。

 ただMLBの高年俸だけは、ちょっと魅力的ではあるが。


 大介がアメリカに渡るなら、当然ツインズもついてくる。

 そしてイリヤは活動を、完全にアメリカに戻すだろう。

 自分一人の動きが、多くの人々の動きに関わってくる。

 自分はここまで大きな人間になってたのかと、考え込んでいる間にやっと気が付いた。


 白石大介、六年目。

 ホームラン記録の更新を期待される彼は、まだまだ日本に遣り残したことがあるのであった。

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