第257話 デッドヒート
八月、ライガースがペナントレースの首位に立ち、そこからまたすぐにレックスが逆転した。
つい二年前はBクラスの常連であったのに、どうしてここまでいきなり強くなったのか。
大介が考えるまでもなく、樋口の加入が大きい。
戦力の入れ替えがあったので、単純な比較は出来ない。
だが去年のシーズン中の数字を見ても、樋口が正捕手になってから、防御率がほぼ一点下がっているのだ。
今年もリーグの中では、一番の防御率を誇っている。
確かにピッチャーに武史が入り、一人で平均を良化させまくっている。
しかし去年の前半、後半、そして今年と比べれば、武史一人の存在よりも、樋口の存在の方が、シーズンにおいては大きい。
ただそれでも、樋口にシーズンMVPは取れないだろう。チームが優勝してもだ。
大介と上杉の成績が隔絶しすぎているし、それでなくても武史が同じチームにいる。
いや、二人でMVPという、MVPの語源に喧嘩を売るような事態だが、それならありうるのだろうか。
その点では上杉に大介、武史の個人成績も恐ろしいことになっている。
三試合ホームランを打っていないだけで不調を疑われる大介は、四試合目には打ってしまう。
そこからぽんぽんと、一試合に一本ずつを、計算するように打っていく。
結果が二試合に一本以上というペースである。
現在のセ・リーグはつまり、ライガースとレックス、スターズとフェニックス、タイタンズとカップスの三つに分かれているのだ。
もちろん一番注目なのは、シーズン優勝を決める一位争いである。
だがクライマックスシリーズへの出場を決める三位争いも、これからは熾烈になる。
ここで不思議なのは、ライガースとレックスはスターズ相手にそれほど勝ち越していないのに、タイタンズ相手には大きく勝ち越していることである。
それと得失点の点数を考えると、レックスは明らかに、ライガースよりもシーズンを戦略的に戦っている。
ただ判断はあまりに合理的過ぎるため、なかなか見ていて面白くないだろう。
武史の登板間隔を調整して、上杉とは当たらないようにしている。
それこそまさに、今のプロにおいて、もっともファンが見たい投げ合いであろうに。
そのくせ真田や山田には当ててくるのだから、間違いなく上杉は別格扱いである。
そしてその判断は正しいと、大介も同意せざるをえない。
上杉と武史の無敗記録。
わざわざ直接対決を避けているのは武史の方だが、それでも両者の差は、とても高い次元でのわずかなものだ。
それに上杉は今年、骨折で戦線を離脱した。
それは仕方のないことだが、その間に武史は数字を伸ばすことが出来たのだ。
またチームの打線による援護も、レックスの方が大きい。
色々と有利な条件が、武史には揃っている。
八月も半ばになると、レックスがゲーム差を少し広げて、優勝の現実感が増してくる。
そんな中でけが人が出て、ピッチャーのローテが回らなくなったりするが、そこは二軍から上げてきたピッチャーなどを試す。
今のレックスは、かなり投手の層が厚い。
またそれは、単純に勝ち星やホールドが狙えるピッチャーが多いというだけの意味でもない。
なんだかんだと、先発ローテ並のイニング数を投げているのが星である。
先発が序盤で崩れた時には、しっかりと長いイニングを投げてくれる。
セットアッパーほどの信頼感はないし、先発に起用するにも不安が残る。
だがこういった不利な状況からマウンドを背負い、試合を進めていくにはとてもいい選手だ。
プロ野球の世界というのは、どうしても全勝など出来ないものである。
普通のシーズンであれば、六割の勝率があれば優勝出来る。
だが今は六割五分の勝率を残しながらも、まだまだ余裕で一位とはいかない。
ライガースも同じぐらいに勝っているからだ。
負けが濃厚な試合でも、最後まで崩れることなく投げてくれる。
こんな役割は辛いだろうに、星はしっかりと投げてくれる。
最後まで不貞腐れないその姿は、間違いなくレックスのベンチにいい効果を与えている。
中にはそれを見て、奮起して逆転し、星に勝ち星がついた試合まであった。
勝ち星も、負け星も、ホールドも、セーブもあまりつかない。
そのくせイニング数だけは、ぐんぐんと伸びていく。
星の辛抱強さがあるからこそ、これは可能なことである。
(これ、もし今年優勝できたとしたら、影のMVPだぞ)
イニングイーターという言葉があるが、星はまさにそのイニングイーターでありながら、かなり意味は違っていた。
(負けてる試合でマウンドに登るのは、本当なら辛いだろうに)
樋口はそう考えるが、星はそれでも、投げること自体を楽しんでいるように見える。
こういった星の便利使いされる様子を見ても、樋口は思う。
プロ野球というのは、本当に不思議な世界だと。
基本的に大学野球までは、勝利が最優先に考えられるものであった。
だがプロの世界というのは、あの上杉でさえ、普通に何試合かは負ける。
この勝ち負けがあることを計算して、選手を運用していくわけだ。
勝ちパターンの時のセットアッパーと普通の中継ぎでは、役割が違う。
(まあイニング数も年俸には反映されるんだろうけど、ホッシーの場合は貢献度高すぎるぞ)
下手に谷間に投げる先発よりも、投げているイニングが多いのだから。
当たり前の話だが、高校から上のステージに上がっていくと、それだけ選手層が厚くなる。
その中でも星に、こういった役割が与えられる。
ローテとしても、リリーフとしても、それほど期待されているわけではない。
それでも確かに、こういった役割のピッチャーも必要になるのだろう。
(それに俺が、無駄に負けさせはしない)
樋口は星に対して、点差がついて負けている試合でも、しっかりとリードをしていく。
粘り強くバッテリーが投げていけば、その姿はファンの目には止まるものだ。
不思議な話で、リリーフ陣の中では、一番露出が多くなる。
すると自然とファンも出てきたりするのだ。
鉄也はこんな使い方をするために、星を選んだのか。
ならば確かに、その眼力は非凡であるが、同時に思考は非情である。
星はアンダースローで、肩や肘に大きな負担をかけて投げるタイプではない。
だが明らかに、登板間隔は短く、そのくせ投げるイニングは長い。
そのスタイル上、さほど肩を作るためにピッチング練習をしなくてもいいが、それでもこの使い方ではあまり長くはもたないだろう。
過酷であり、非情でもある世界。
だが必要とされている星は、今日も元気に投げている。
大介にとってタイトルというのは、自分が満足なバッティングをすれば、それに付随してくるものである。
昨年の悔しさ、というものはない。首位打者よりも打点王とホームラン王が、大介は大切だからだ。
それに歩かされたのが多いので、最高出塁率も誇っている。
一試合にほぼ一度、下手をすれば二度、敬遠されるのが大介である。
中にはもう巧妙に、敬遠に見えない歩かせ方を、研究している球団もいるのではないかと思うぐらいだ。
実際のところくさいところを突くというのは、難しいものである。
わずかに内に入ってくれば、そのボールを叩いてしまえばいい。
そんなこともあるので、勝負と見せかけた敬遠よりも、申告敬遠が多くなっていく大介である。
大介が打って、その点数をピッチャーが守る。
もちろん大介以外にも、ライガースの現在の打線は強力な破壊力を誇る。
また守備においても、大介はショートとして貢献する。
レフトからの返球があった場合は、中継することが多い。
そこで肩の強さを見せ付けて、ホームでランナーをアウトにすることも多い。
それにしても今年は、レックスがしぶとすぎる。
こちらは真田も戻ってきて、最初は少ししっくりこなかったようだが、今はもうしっかりと貯金を作ってくれている。
先発陣で大きく負け越している者はおらず、リリーフ陣も安定している。
こんな状況なのに、レックスと順位が入れ替わることがない。
こちらが勝てば向こうも勝ち、向こうが負けたと思ったら、こちらも勝ちを取りこぼす。
直接対決でも三タテということがなく、真田と武史が当たらないようにしている。
既に二度勝負したから充分というのか、ただこれも戦略のうちではあるのだろう。
八月も半ばを過ぎ、甲子園もおわり、九月が近づいてくる。
三位以下を大きく引き離した状態で、ライガースとレックスは争っている。
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