第94話 可能性

 可能か不可能かの間に、可能性がある。

 可能性があるということは、可能であるかもしれない。だが実際に達成できるとは限らない。


 大介の本塁打記録。

 去年は59本と歴代二位の記録であったが、今年は六試合を残して54本。

 可能か不可能かであれば、まだ可能性は残されていると言っていい。

 特に東京ドームでは、大介はよく打つ。

 元々ホームランが出やすい球場なので、それ自体は不思議ではないかもしれない。


 ここでタイタンズと二連戦。

 そして神奈川と二連戦し、あとは順延となった広島と中京と戦う。なおドームのはずの中京との試合が向こうのホームで残っているのは、天候で新幹線が走らなかったからである。

 タイタンズとスターズとは、あちらのホームゲーム。

 広島とは甲子園で戦い、最後はNAGOYANドーム。

 よりにもよってホームランの出にくい球場が、最後に二つ残っている。

 まあそれを言うなら、ホームランの出にくい球場をホームにして、どうしてホームラン王になれるんだ、という疑問も浮かぶが。


 それに神奈川は、上杉を出してくるだろう。

 上杉からホームランを打つことは難しい。だが一本は打っている。

 色々と考えるが、とりあえずこのドームで打っておかないと、記録への可能性は途切れると言っていいだろう。


 タイタンズの先発は荒川。

 在京の球場でしか投げない異質な契約を持つ男であるが、大介との対戦成績は比較的いい。

 それなりに勝負にいっているにも関わらず、三割ほどしか打たれていない。

 勝負しに行って三割しか打たれていないのを、いい成績だと感じてしまうあたり、何かがおかしい気はする。大介相手には、確かに珍しいことである。


 首脳陣の中には実は、大介の打順を一番にすればどうかという話もあった。

 足の速い選手であるので、別に一番でもいい。

 それにランナーのいない状況を試合の最初で必ず一度は作れるので、ランナーを言い訳にした逃げの投球はしづらいのだ。

 だがそんな小手先のことをして、バッティング全体の調子が狂っては困る。


 ホームランは来年以降に期待すればいい。今年はとにかく打率だ。

 もし大介がこのままの調子で、一試合に一度はフォアボールで歩かされたとする。

 他の打席を全部凡退したとしても、打率は四割を超えることは決まっている。

 問題はフォアボールで逃げることなく、そして一つも打てない場合だが、これでもぎりぎり四割に到達する。

 だから五打席以上回ってくる試合が二試合あって、そこまで含めて一本も打てなければ、四割を割る可能性がある。

 だがそれはさすがにありえないだろう。


 もちろん点の取り合いになって延長に突入し、六打席目が回ってくることもあるかもしれない。

 だから四割達成とはまだ言えないのだが、事実上はもう達成したも同然だ。

 打率四割がほぼ決まっているとなれば、タイタンズのピッチャー荒川も遠慮なく勝負してくる。

 大介は歩かせた方がいいと分かっていても、勝負するのがピッチャーの本能である。

 ここが折れてしまうと、ピッチャーはもう立ち直れない。加納が今年は成績を落とし、ライガース相手にはもう投げてこないのは、明らかに大介の影響だ。




 初回、ライガースの攻撃。

 ツーアウトからの大介の打球は、セカンド正面へのライナー。

 キャッチしたグラブで自分の鼻を打ち、涙目になっているセカンドのファインプレイであろうか。

 ほぼセカンドの正面だったので、偶然の要素が強いが。


 初回を三人で切った荒川のピッチングは、気合が入っている。

 対するライガースの先発は琴山で、今年はここまで23登板の10勝8敗と、見事にローテを守って貯金をつけている。

 去年は途中からローテに入って16先発だったので、確実に年俸は上がるだろう。

 あとは一つでも勝ち星を増やすか、負け星を増やさないか。

 ローテのピッチャーというのはある程度、貯金よりも勝ち星の数で評価されるところはある。

 それよりもさらに大事なのがローテをくずさないということで、柳本と山田の離脱があった今年は、その貢献度は数字に見えにくいところにある。


 ただここまでローテを守ってきたことで、逆に疲れは出てきている。

 この試合も序盤に一点を取られて、その後もランナーを出す苦しいピッチングだ。


 ローテから考えれば、最後にもう一度回ってきてもおかしくはない。

 だが疲れを取るという意味もあるし、暑さから回復したロバートソンを、しっかり試しておかなければいけない。

 この試合もあまり調子が上がらないようであれば、早めに交代して捨ててもいい。

 捨て試合にしてタイタンズに点を取らせれば、あちらも大介との対決を避けないだろうと思うからだ。




 二打席目の大介は、ライトフライと言うよりは、ライトライナーに倒れた。

 これももう少しずれていればヒットになっていただろうから、今日は運が悪い。

 

 そしてタイタンズが追加点を取ったので、五回を前にピッチャー交代をする。

 ここからならまだ逆転のチャンスはあるかもしれないが、それよりも首脳陣は、もう他のピッチャーを試していきたいのだ。

 大介の記録以外は、ライガースにとっては消化試合である。

 ピッチャーもバッターも無理をせず、クライマックスシリーズにかけて調整する。

 タイタンズの場合は四位との争いがまだあるので、勝てそうなら確実に勝っておきたいが。


 スコアは3-0と変わったところで、三打席目の大介である。

 ランナーは一塁に石井がいて、盗塁の気配など全く見せず、大介の打席を見守っている。

 荒川は球威はまだ充分であるが、やや制球は乱れていた。

 それを選んで石井は塁に出たのだが、大介に対して失投があれば、それは即ちホームランにつながる。


 二球目のスライダーが、やや甘かったか。

 膝元へのボールを掬い上げて、ゴルフのドライバーで打ったような打球となる。

 ライト最上段への特大のホームランで、ライガースは一点差に詰め寄った。


 なおこの試合は、ライガースが同点に追いついて琴山の負けを消したものの、その後にまた一点を取られて敗北する。

 しかし首脳陣としてはリリーフのピッチャーの調子を確認出来たため、悪いことばかりではない。

 それに明日は真田が投げるので、まず勝てるだろうという計算がある。

 タイタンズとしてはこれだけ勝てるルーキーであれば、取っておけば良かったというのが本音だ。

 だがタイタンズは次の世代の正捕手候補を取ったので、それはもう自己責任である。




 今年は開幕に柳本が間に合わなかったり、他の投手も調子を落として、ルーキーながら18先発した真田。

 なんとここまでの成績は15勝1敗と、20先発で11勝4敗の山田や、19先発で13勝2敗の柳本を抑えて、チームの勝ち頭である。

 しかも単に勝ち星が多いというだけではなく、黒星は一回だけであり、さらに完封を四度も達成している。おまけに先発陣では防御率も一位だ。

 ある程度は余裕を見ての起用間隔だったとは言え、完全に新人王の活躍であった。

 大介ほどではないが、来年の年俸は三倍ぐらいには軽くなるだろう。


 今年のライガースは、先発投手がとにかく安定していた。

 琴山も含めて10勝したローテが四人もいて、なんだかんだ言って高橋も、12先発で4勝4敗と、大きく負け越すことはなかった。むしろ10試合以上を投げて五分の成績なので、これだけを見れば立派だ。

 外国人も暑さに負けはしたが、17先発で8勝3敗というのは、貯金を五つも作ってくれた計算になる。

 他に山倉も15先発で7勝4敗など、ある程度ローテから外れても、他のピッチャーが埋めた計算になる。

 真田は単にルーキーなので大切に使われただけだが、他のピッチャーは調子を落としても、すぐに他の誰かがその穴を埋めていったことになる。


 残りの試合で、柳本と山田はまだ先発の予定があるが、とりあえず今年のエースは真田であったということでいいだろう。

 真田と山田と柳本で、32もの貯金をしているのだ。

 他のピッチャーが五分五分の星を残してくれれば、それだけで勝てるというものである。

 ただ去年ブレイクしかけた飛田は、主に中継ぎで使われることとなった。

 ホールドは記録しているので、年俸が下がることはないだろう。


 真田はシーズン最後の先発となるこの試合、序盤から飛ばしていく。

 そしてタイタンズも、半ば諦めてしまったムードになる。

 上杉ほどの絶望感はないが、真田もまた試合を支配するピッチャーだ。

 そしてそんな状況でならば、大介もホームランを打ってしまえる。

 これで56号。わずかに記録更新の可能性が残る。

 それよりも大事なのは、四打数一安打で、打率の低下をある程度に抑えたことだが。


 試合自体も五点差がついたところでリリーフ陣につなぐ。

 一点は返されたものの、そのまま決着である。

 これで真田の勝ち星は16勝となり、新人ピッチャーで21世紀以降においては、上杉に次ぐ二位タイの記録である。

 大介が超人的なことをしていたので注目度は低かったが、高卒ルーキーとしては信じられない成績であった。


 


 場所を神奈川に移して、二連戦の第一戦。

 先発は柳本。14勝目を狙っていく。

 今年は開幕と、そして六月にも離脱し、勝ち星自体は増えなかった。

 だがそれで上手く調整が出来たのと、疲労が溜まらなかったのが大きい。

 隠れたMVPはローテを完全に守った琴山だなとは思うが、それはそれとして来季のMLB移籍のために、一勝でも多くの成績を残しておきたい。


 上杉との対決がないのは、正直ありがたかった。

 試合の消化も順調なので、九月の後半とクライマックスシリーズのファーストステージで、休養を取ることが出来る。

 もっとも今年のライガースは、ピッチャーに疲労が溜まっていない状態だ。

 上手く途中でぼちぼちと離脱があったため、かえって疲労がたまらなかったのは、柳本以外の選手にも言える。

 去年は25先発で18勝4敗。

 今年は19先発の13勝2敗から、最後の試合で勝ち星がつくか否か。


 結果から言うと、勝ち星はつかなかった。

 五回までを投げて、チームがリードした状態でマウンドを降りる。

 もうあくまでも調整の期間で、無理をする状況ではないのだ。

 それよりはプレイオフで使うリリーフ陣の、様子を見ておきたいというのが首脳陣の考えだ。


 試合自体は勝ったが、途中で追いつかれたので勝ち星がつかない。

 先発にとっては一番腹の立つ展開だが、最終的な勝利のためには仕方がない。

 これがもしタイトルでもかかっていたなら、首脳陣も違った判断をしただろうが。


 大介が来るまでも15勝ほどをしていた柳本だが、打線の援護が増えたこの二シーズンは45先発の31勝6敗なのだから、紛れもないエースの数字である。

 13勝しているので勝率のタイトルの候補になるが、リーグでは上杉と真田に次ぐ三位である。

 加納は調子を崩して荒川が地元近隣の試合で勝ち星を稼いで、今年はタイタンズのエースとなっている。

 そしてあとはレックスの東条あたりが、柳本の意識する相手か。

 レックスはあれだけピッチャーがいいのに、なんで勝てないのか。

 まあ今年は去年より、一つ順位を上げそうではあるが。

 AクラスとBクラスでは、全く話が違う。今年はタイタンズまでがAクラスで間違いない。


 勝ちはつかなかったが勝率は維持できた。

 あとは優勝を手土産に、ポスティングでメジャーだ。

 今思えば、ジャガースの時代にポスティングしておいても良かった。あそこはそのあたりうるさくない球団だ。

 だが日本一のピッチャーになってからと思っていたら、上杉などが現れた。

 あれが、同じ人間ではない。今年の成績も異次元だ。


 来年は32歳のシーズンになる。ここで挑戦しなければ、もうアメリカには渡れない。

 日本最強という肩書きはほしかったが、それよりもまずは成功を手にする。




 翌日、二連戦の相手は、上杉である。

 ライガースも山田を持ってきているが、柳本と同じく、調整程度に投げてくれればいい。

 結局今年、上杉は一年目に続いて、年間無敗という称号を手に入れる。

 ピッチャーとしてのタイトルは、ほとんど上杉に取られると言っていい。

 先発ピッチャーなのにクローザー以上の防御率など、反則以外の何者でもない。


 そしてこれが、シーズン最後の、大介と上杉との対決になる。

 大介の打率は現在0.406で、もしこの試合で四打席を抑えられても、0.403でとどまる。

 残り二試合のうち、平均的に考えて一つずつは四球で歩かされるとする。

 六打数で一本ヒットを打てば、そこで丁度四割だ。

 無理をせずに避けられた打席で素直に歩けば、ヒットはもういらない。


 山田が頑張ってしまって、リリーフも頑張ってしまって、延長戦に持ち込まれるというのが、現状では一番厄介だ。

 考えにくいことだが、こと上杉であれば、大介を無安打に抑えることも出来なくはないだろうと思われている。

 おそらく大介も上杉相手には、ちょこんと打ってヒット一本、などというバッティングも行わないだろう。

 それに大介としては、最後の最後まで、ホームラン記録や打点記録の可能性が残っている。

 ここまで56本。上杉を含めた三試合で、何本のホームランが打てることか。

 打点は三試合で四点取れれば、去年の記録に並ぶ。


 既に三冠王は確定している。

 ここはもう、夢の四割を目指すべきではないのか。


 アウェイの神奈川スタジアムだが、それでもざわめきは多い。

 今日の試合の結果次第で、四割打者誕生が決まるかもしれない。

 はっきり言って上杉のボールを受けてデッドボールになり、そして残りの試合を欠場しても、四割は達成する。

 だが上杉はコントロールがいいし、大介もそんな形では望まないだろう。


 四割。

 その言葉に、日本中が注目している。

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