第220話 魂の安らげる場所
年末と年始、大介は実家に帰る。
大介の実家がどこなのかというのは、かなり微妙な問題である。
もちろん幼少期から中学までを過ごしたのは東京なのだが、アパートの一室は実家ではないだろう。
なので祖父母の家ということになるだろうが、ここには今、母がいない。
母の再婚先などは、大介は泊まったことはあっても暮らしたことはないので、もちろん実家ではない。
「いや、別にいいんだけど、他に行くところないのか?」
なので嫁(予定)の実家に来ていたりする。
「行くところに迷ったから来たんだけど、年末年始は婆ちゃんのところで過ごすよ」
ツインズは年末ぎりぎりまで、東京で仕事がある。
武史と淳はまだ東京にいて、武史は元旦ぐらいは戻ってくるが、淳は仙台の方に帰省する。
大介のルーツはどこにあるのだろう。
元は両親は共に、千葉の人間である。
だが父である大庭浩二は名前の通り次男であり、既に山口に家庭を築いて、骨を埋めそうな覚悟である。
母は新たに嫁いだため、そちらの家の人間と言える。
大介はどこに行けばいいのだろう。
新しく故郷から旅だって、新たに居場所を築く者がいる。
大介はそういうタイプの人間なのだろう。
そしてどこへ築くのか。
今はまだ、旅の途中の気がする。
甲子園の近くか、あるいは神戸の住宅地にでも、家を買ってもいい。
だが大介はなんとなく、甲子園は行くべきところであって、住むべきところではないと思っている。
ライガースの寮を出るのは、来年にしたい。
来年はツインズも卒業する。
今のように大学に行きながら芸能人として働くよりは、時間に余裕が出来るだろう。
まだまだ遠距離恋愛に近いかもしれないが、それでも距離は縮まる。
とりあえず大介は、もう普通のサラリーマンが稼ぐよりも、はるかに多い金を稼いだ。
グラウンドで稼いだ金は、特に浪費することもない。
ただし車を二台も買って、一台はツインズに渡しているが、二人がこちらに来たときのために、マンションも賃貸で借りている。
浪費なのか浪費ではないのか、かなり微妙なところであろう。
使った金によって、確かにツインズは便利になり、即ち大介のために使える時間も増えた。
なのでやや迂遠ではあるが、ちゃんと大介のためになっている。
ツインズは芸能人であるが、果たして何に分類すべきなのか。
歌手、もしくはミュージシャンであることは間違いないが、女優もやっている。
バラエティ番組には現役東大生双子として、かなりの需要がある。
言ってしまえばツインズは、ほとんどのことが出来る器用さを持っている。
だがこれと言って確実に誇れるのは、その身体能力と頭脳になるのだろう。
その二つが揃っていたら最強にも思えるが。
ついでに外見もいいのだから、それだけで羨んだり妬んだりする者は多い。
だがそれを直接的な行動にすると、妬みに相応しい悲惨な目に遭うのだが。
年末年始は家で過ごすと帰った大介であるが、初詣はツインズと一緒に行ったらしい。
そのうち嫁に出す娘二人の動きに、ハラハラとするのは両親である。
さすがに正月は家にいた武史も、すぐに東京に戻っていく。
この季節は大学は、当然ながら入試の準備で忙しい。
もちろん大学職員であって、野球部はそれとは関係なかったりする。
大学の野球部でも監獄のようなところはあるが、早稲谷はもうそんな印象は全くない。
良くも悪くも、直史が秩序を破壊してしまった。
大介は千葉にいる間は、何度もSBCに通っていた。
直史の協力のおかげで、かなりスイングの修正は出来てきている。
体軸に関しては、やはりその小さい体からは、全身の力を使わないとなかなかホームランにはならない。
そして普通なら三振も多くなるところを、異常な動体視力とバットコントロールで、ミートしていく。
OPSの数値から、長打が勝利に貢献していることが、明らかになっている現代。
スラッガーが同時にアベレージヒッターであるというのは、もうありえないと思われていた。
だがここの誕生した。史上初の四割打者、もちろんシーズン打率の記録を更新し、歴代でもトップの打率を残しながら、本塁打記録を塗り替えていく。
上杉のようなパワーピッチャーは、今後世界レベルで見れば、MLBには現れるかもしれない。
しかし大介の存在は、夢だ。
野球というスポーツにおける、誰かが、誰もが見た夢。
ショートを守ってファインプレイでピッチャーを助け、打者としては何も隙がない。
ホームラン王と盗塁王の両立など過去にもほとんど例がない。
そして三冠王が盗塁王まで取るのは、まさに空前絶後である。
この体格でと思うか、この体格だからこそと思うか、判断は分かれる。
年が明けてしばらくすると、大原も戻ってきた。
真田はどうやら自主トレは、大阪光陰組と一緒に行うらしい。
白富東も大概であるが、大阪光陰はもう何十人もプロに送っている。
その先輩選手と一緒に、沖縄で行うのだとか。
この二人に加わって、鬼塚と孝司、哲平までもがやってきたりする。
岩崎は東京で、アレクはブラジルに戻っている。
二人を除けば白富東出身の、プロ野球選手が集まっているわけだ。
「ガンが戻ってきてたらバッピも増えて良かったのにな」
大介はそう言うが、それが嫌だから戻ってきていないのでは、と他の者は思った。
哲平と孝司は高卒選手らしく、一年目はほとんど二軍で過ごした。
哲平はそこそこ一軍でも出番をもらったが、それも中盤まで。
スタメンが完全に固まった後半は、完全に二軍で修行のシーズンであった。
だがショートのポジションでたくさん試合には出ていたので、期待はされているのだろう。
キャッチャーとしてはさすがに、孝司は一軍登録がなかった。
ただ打撃力は認められて、二軍の打席に立つことは多かった。
他のポジションへのコンバートは今のところ考えられていないようで、ひたすらに二軍で技術を磨く日々。
キャッチャーは仕上がるのに時間がかかるものだ。
鬼塚はアレクほどではないが、既に一軍でかなりの試合をスタメンとして出ている。
ただ体のあちこちが、パンクしかけてもいた。
才能のない人間は、それだけの無理をしなければいけない。
無理なく鍛えるというのは、それはもちろん最善であろう。
だがそれで届かない人間は、無理をしてでも鍛え続けるしかないのだ。
致命的な故障以外は、若いうちはやってしまっても仕方がない。
それぐらいの気持ちの強さを持たなければ、さすがにプロの世界では通用しない。
もっとも大介はそうは思わない。
それが結果が出てるから言えることなのか、それとも本当にそちらが正しいのかは、統計的には明らかになるが。
壊れる覚悟で全力を尽くす。
いやそんな無茶をしなくても、人間は壊れる時にはあっけなく壊れる。
どちらが正しいかと言うと、それはもちろん壊れることを極力避けるべきなのだ。
上杉が肩でも壊して170kmを投げられないようになれば、日本のバッターのレベルはそれだけで下がるだろう。
ただチャンスをものにするため、壊れるかどうかぎりぎりのところを攻めるのは、間違っていないと思う。
鬼塚はなんだかんだ言って、基本に忠実だ。
バッティングのフォームなどを見ても、アレクのようにアクロバティックでもないし、大介のように瞬発力が異常でもない。
ただ高校時代に比べると、変化しているのは分かる。
「織田さんの影響か」
「それが一番大きいっすね」
大介もアレクも、正直他の人間のお手本になるようなバッティングはしていない。
特に大介などは、チャンスを逃さないために、ボール球でも平気で打っていくことがある。
それに比べると織田は、とにかく出塁してから足でかき回すことが多い。
長打力ではアレクの方が上回るが、出塁率の高さを活かして、盗塁を決めることもアレクよりは多い。
そのくせちゃんと、長打も打てるのだ。
敬遠気味でも打ってしまうというのは、大介を象徴するプレイだ。
おかげでどんどんと敬遠が増えてきて、四死球の数ではこれまた日本記録を達成してしまった。
だが当てられるはずの死球を、バットで弾き返してしまうことも多数。
逆に死球の数は、歴代のホームランバッターの中でも圧倒的に少ない。
昨年タイトルを取った大原は、このオフの間にも研鑽を積んでいる。
あくまでもタイトルは運によるものであり、防御率などから見ても、普通ならもっと勝ち負けの数は変わっているのだ。
タイトルホルダーのボールを打つのは、まだ二軍レベルの二人には難しい。
だが鬼塚にとっては、ちょうどいいぐらいの難易度か。
高校時代にも対決していたが、どちらもその力は伸ばした。
リーグが違うだけになかなか対戦もないが、どうやら卒業後の成長は、大原の方が大きかったらしい。
大介のバッピなどをしていれば、それはもう色々と工夫しなければいけないのも当たり前であるが。
大介と大原にとっては五年目、鬼塚は四年目、孝司と哲平にとっては三年目。
まだまだ成長する時期の、若者たちの一年が始まる。
そんな一年が始まるキャンプまでの間に、大介は色々と仕事を入れていた。
忘れてはいけないが大介は芸能事務所に所属していて、色々とスケジュール調整をしてもらっているのである。
基本的に業界は、大介のことをレアキャラ扱いしている。
本拠地は関西であるし、遠征の時も野球の練習ばかり。
こうやって実家の方に戻ってきても、基本的に練習を本格的に休むことはない。
まだまだ成長できる。
もっともっと成長しなければ、上杉を確実に打つことは出来ない。
なおその上杉が、電撃的な婚約をするのが、この年の二月なのであるが。
「で、これはいったいなんなんすかね」
「白石選手は自分の反射神経や動体視力が、他の人間より優れているという自覚はありますか?」
仕事ではなく、これは実験への協力であった。
セイバーが持ってきた、科学的に大介の肉体を計測するという方法。
これまでも何度か行ってきたが、最高の成績を残した去年から、どういった変化があるのか。
ぺたぺたと測定する機械を付けて、スイングやバッティングを行ってもらうわけである。
そして判明するのは、遺伝子の時点でこれは、スポーツ選手として天稟を持っているのではないか、ということである。
別にそこまで大袈裟なものではなく、大介は確かに両親とも、スポーツ万能ではあるのだ。
そしてやはり、小脳の働きが活発であることや、筋肉の収縮速度が異常であることが分かる。
筋肉の収縮も電気信号なことは大介も変わらないが、どうも判断してから動いていると言うよりは、反射で動いているというか、反射でしか動いていないと言うか。
骨格の頑丈さ、筋肉密度や靭帯や腱などの強靭さが、根本的に違うのだ。
あとは治癒力の高さも異常であるが。
捻挫した時にも、あれは本来二週間はかかる怪我であった。
それが10日間の故障者リスト入りだけで、あっさりと復活していたのだ。
治癒力の異常に高い人間というのは、大介以外にも実はちゃんといたりする。
天然でチートな肉体能力を持っていると、やはり大学の先生方の分析結果も変わらないらしい。
それは受け入れるとしても、ならば直史はどうなのか。
大介はいまだに、直史に確実に勝ったと思ったことがない。
上杉を相手にしてさえ、勝率はそれほど高くないが、今日は自分の勝ちかなと思える日はあるのに。
野球は才能も必要だが、技術も必要なスポーツだ。
そのために大介は、ひたすら練習をするのである。
間もなくキャンプも始まる。
それまでのわずかな間に、大介は東京にいることが多かった。
そして珍しい、ピンク色の日々。
ただし大介の体力には、ツインズと言えど二人がかりで、ようやく対等のものである。
キャンプ前の、わずかな日々。
直史と違ってそれなりにウエイトもしながら、大介は日々を過ごす。
パワーは、即ちスピードにつながっていなければいけない。
そしてその中には、柔軟性が重要な要素を占める。
怪我だけはしないように。
怪我をしてでもスタメンをという鬼塚の、気持ちだけは分からないでもない。
だが大介は怪我をして、プロを引退した父を知っている。
今でこそ新しい人生を送っている父だが、子供の頃は父のことを、ダメな大人だなあと思っていた。
それでもどうにか新しい生き方を見つけて、生き生きとしている様子も見てこれた。
優勝できなかったが、個人成績は最高であった去年。
今年はその結果を見た上で、どうやって過ごすことが重要なのか。
また新しい一年を、大介はプロとして生きていく。
五年目、ようやくプロの生き方が、自分なりに出来るようになったと思う大介である。
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