第221話 五年目の始まり

 五年目のキャンプが始まる。

 早めに寮に戻ってきた大介は、新しい後輩たちが、新人合同自主トレをしている姿を観察する。

 今年のライガースは八人を指名した。

 そのうちの五人がピッチャーであり、一位指名と二位指名でピッチャーを取ったのだ。


 二位指名の村上は、早稲谷出身のピッチャーである。

 つまり五年目の大介とは同年齢で、直史と同じチームにいたわけだ。

 二年生からは武史も入っていたので、リーグ戦でもなかなかメインで使われた経験はない。

 だが高校時代から注目の存在ではあったし、大学の公式戦ではかなりの実績を残している。


 大学などは学年の上の者が偉かったが、プロでは年功序列となる。

 実績差が大きすぎる大介でも、年齢が同じならそこは同列。

 もっとも向こうの方から、逆に多少は大介に遠慮を見せてくる。

 村上に対しては、大介の方から話しかけることが多かった。

「大学時代、ナオはどうだった?」

 これである。


 村上の目から見たら、直史は目の上のたんこぶになりそうなものである。

 直史さえいなければ、もっと多くの試合に出られたのは間違いない。

 そして潜在能力を考えれば、もっと勝ち星なども増えていただろう。

 その意味では直史が、監督からやや冷遇を受けていたことは、村上にとっては都合のいいことであった。


 大学の監督というのは、必ずしも勝利だけが目的なわけではない。

 特に六大学ほどの名門となると、その伝統を維持することが目的となってしまったりする。

 伝統を破壊してまで、勝利を目指すのは間違っている。

 おそらく辺見も最初はそうだったのだろうと、村上は考えている。


 だが辺見はともかく、世間はそうではなかった。

 甲子園でのスーパースターを、神宮でも見たがったのだ。

 それに敗北した試合では、直史を降板させて逆転されるというものが多かった。

 采配を疑問視されることが多く、自然と直史を多く登板させて、実績で全てをねじ伏せたと言っていい。

「あいつ、別に野球のこと好きなわけじゃなかったんだろうな」

 村上は四年間も同じチームにいたわけだが、直史との接点はかなり少ない。

 リーグ戦前には練習にやってきて、短い期間で仕上げて試合に出る。

 そしてそのたびに化け物のような数字を残していくので、心が折れそうになることは何度もあった。


 悲惨な話であるが、大介としては分からないでもない。

「あいつグラウンドにやってきてないだけで、個人練習はかなりやってたと思うぞ」

「高校時代もそうだったのか?」

「いや、高校時代は学校に設備とかあったからな。だけど一日に500球とか投げ込みしてたし」

 普通ではなくても壊れる数字である。




 今年の目玉である社会人は、富岳という高卒で社会人にいったピッチャーである。

 高卒なので社会人を三年経験し、その間社会人チームの大会で、チームの主力となっていたピッチャーだ。

 社会人野球というのは正直、大介にとっては遠い世界の出来事である。

 もちろん社会人出身の選手というのは、ライガースにもたくさんいるのだが。


 本当にすごいピッチャーならば、高卒の時点でプロに入ってもおかしくない。

 もしもまだ成長が不充分であるなら、大学で伸ばすという選択がある。

 ただ富岳の場合は大学に入るよりも、給料をもらいながら高卒で社会人をする方が、都合がよかったということだ。

 いきなり新人の心を折らないようにと、大介は新人との勝負を禁止されている。

 大介もそんな、節操のないことはしないつもりでいるのだが。


 ただ見ていた感じ、確かにいいピッチャーなのかなとは感じる。

 MAX152kmのストレートに、三振を奪うためのスプリット。

 そしてカットボールを使って、これもそれなりの変化量がある。

 変化球が両方、140kmを超えて曲がってくる。

 これは打ってみたい。

「コーチ」

「紅白戦まで待て」

 さっそくダメだしをされる大介である。


 だが今年の新人からは、この二人は一軍帯同のキャンプになるらしい。

 ライガースはここのところ、新人では多くの当たりをつかんでいる。

 大介から真田、西郷と新人王のオンパレードだ。

 競合して取った選手でも、プロでは全く通用しなかったという例はある。

 だがこの三人は、間違いなく超一級であろう。


「ところでお前、そろそろ寮出えへんのか?」

 寮長にそう言われた大介は、そういえば同期でも、寮を出ている者が増えたな、と思う。

 大原も去年で活躍が二年目なので、今年一杯で出るようなことを言っていた。

 大介としても出るつもりではあるのだ。そもそも寮の部屋も無限と言うわけではない。

 ただ大介は、実は寂しがりやのところもある。

 寮でワイワイとしていて、後輩を連れて食事に行くのは、それなりに楽しみであるのだ。

「今年いっぱいで出ると思います。まあ身を固めることとかも考えてるんで」

「お前、女おったんか。ホモ疑惑とか立っとったけど、ストレートやったんやな」

「いや! 俺めっちゃ女好きですよ!」

 ただ、愛のないセックスはしたくないだけで。


 


 そしてキャンプは、相変わらずの沖縄である。

 当然ながらライガースとしては、大介への取材が最も多くなる。

 大介はこのキャンプ、自分よりも他の選手のことが気になっている。


 とりあえず山田は、気合で怪我を治してリハビリを行い、キャンプに間に合わせてきた。

 金剛寺もコーチ兼任と言いながら、普通にバッティングを行ったりしている。

 大介もオフ中の練習によって、体軸の曲がりは修正できた。

 外角の球を引っ張って、スタンドに入れる。

 そんな調子である。


 投手陣では他に、真田がしっかりと作ってきていた。

 大阪光陰出身の選手たちと、母校で行ってきた自主トレの成果らしい。

 去年一年、ストレートのスピードが戻らなかった。

 しかし今年はキャンプ二日目から、いきなり投げ込みを行っている。


 冬場にもしっかりと、室内練習場で肩を作って、投げ込みをしていたらしい。

 あとは指摘されたように、アップをそれまでよりも増やした。

 大阪光陰時代に比べると、アップを少なくしていたのが、怪我の理由の一つだと考えたのか。

 準備運動が大切なのは、どのスポーツでも同じである。


 大介もまだ若手なので、そもそもキャンプの始まりには、仕上げてきている。

 このキャンプの間は仕上げてから、さらに成長する期間だ。

 昨年でついに四度目の三冠王という、世界史に残る偉業を達成した。

 あとはもう、どこまで記録を伸ばし続けていくか、相手のピッチャーだけではなく、自分との戦いでもある。


 143試合の全てに出場し、しかも全試合スタメンでフル出場であった。

 九月には怒涛の追い込みを見せたが、それでも本塁打は70本に届かなかった。

 ボンズやマグワイアはどうやって70本も打ったのかと思うが、そもそも試合数が違う。

 試合数換算をするならば、大介のホームランは世界記録級である。


 四割、70本、200打点。

 このうちの打点は、前のランナーが出てくれないとつかないので、一番難しい。

 前にランナーがいると、大介は歩かされる傾向にあるからだ。

 四割はもう一度達成しているので、やはり70本だろうか。

 マスコミや解説者も、色々と話を聞きに来る。


 いい加減に嫌になってくる大介だが、プロならマスコミ対応も仕事のうちである。

 それにマスコミさんの会社の金で、豪勢な飯を食うのはありがたい。

 後輩まで連れて行って、本日はどこの独占だの、そういうことを決めるのだ。




 金剛寺はマシンを使って、フリーバッティングを行うことが多い。

 キャンプに入る前に、体はしっかりと絞ってきた。

 だがやはり、致命的な部分がある。


 視力が衰えてきた。

 前年の怪我の影響もあるだろうが、それ以上にスピードのあるボールに対して、ピントが上手く合わない。

 ミートをするのが難しくなり、とにかくヒット性の当たりが出にくくなってきた。

 もう今年は、44歳になるのだ。

 食生活などにも気を遣ってきたつもりだが、大介などは昔の自分より、はるかに節制している。

「苦労してそうだな」

 金剛寺にそんな気安く声をかけられるのは、そうそういるものではない。

「足立さん」

「まだ、大丈夫なのか?」

 足立も最後は、肩の骨がぱっくりと割れるという、凄まじい怪我で引退したものだ。

 おかげで手術もしてリハビリもしたが、日常生活でもやや不便を感じる。

 自分でやったことなので、仕方がないことなのだが。


 金剛寺がまだ一軍に定着する前から、ずっとエースとして君臨してきた。

 そして体が先発にはもたなくなってからは、リリーフとして重要な仕事を任されてきた。

 そんな足立には、金剛寺も弱音を吐くことが出来る。

「おそらく、今年で最後です」

「後継者になれそうなのも、入ってきたよな」

 足立は大介のことは、ライガースにずっといる存在ではないと思っている。

 性格とか個人の意思はともかく、とにかくNPBでは突出しすぎているのだ。

 上杉のように国内にこだわっているわけでもないから、上杉との勝負に決着がつけば、いつアメリカに渡ってもおかしくない。


 金剛寺が後を任せるのは、西郷なども含めた上位打線だ。

 特に西郷は単純なスラッガーではなく、カリスマ性も持っている。

 大介が三番打者に納得しているので問題ないが、これが昔ならどちらが四番かという論争で、周囲が勝手にギクシャクした雰囲気を作ったかもしれない。


 今のプロ野球は、上杉が登場してからこっち、一番タレントが揃っていて面白い。

 大介が人間離れした記録をどんどんと樹立しているが、その周囲にも面白い選手がたくさんいるのだ。

「あと五年ぐらい投げられたら、面白かったのになあ」

「いや足立さん、俺より二つも年上でしょう」

「50歳まで投げられるって、昔は思ってたんだよなあ」

 確かにあの大怪我がなかったら、まだ今も投げていたかもしれない。

 ただ投げるたびに、痛みと戦っていたのを金剛寺は知っている。


 ライガースの時代が、完全に変わろうとしている。

 その最後の一人が、金剛寺である。

 既に兼任でコーチとして、今年からは働くようになる。

「やっぱ監督の声とかかかってるのか?」

「俺よりも足立さんはどうなんです」

「俺は解説者の方が向いてるな。監督ってタイプじゃないだろ」

 確かに足立は天才すぎて、平均的な選手を理解することは難しいだろう。


 金剛寺にも、将来的にはという打診は来ている。

 島本が先なのではとも思うが、チームの顔とも言える監督は、選手時代の実績がものをいう。

 第一島本は、バッテリーコーチとして優秀なのだ。

 あえて監督にまで、その権限を広げるのは大変だろう。


 足立以外にも高橋などもいるが、あのあたりはどうも監督というタイプではない者が多いのだ。

 高橋はそもそも年俸を使って始めた副業の方に、完全にシフトしている。

 もうプロの世界には戻ってこないのかもしれない。

「まあ、今年だよな」

「はい」

 去年もリーグ優勝こそ果たしたが、日本一には届かなかった。

 三連覇をしておいてなんだが、それでも引退する時には、有終の美を飾りたい。

 そして一年ほどヘッドコーチをして、監督になるか。

 金剛寺は選手たちからは完全に信頼を得ているので、そのあたりは監督として、最初から向いている人間とは思われている。


 今年が最後だと、金剛寺はこの数年、ずっと覚悟して戦ってきた。

 だが今年こそは、本当に最後ではないのかと感じている。

 自分の肉体の限界。それがはっきりと分かる。

 年々衰えていく中、技術と経験でどうにかしてきたが、それももう限界だろう。

「今年こそは……」

 そんな美しく引退できる、恵まれた選手がどれだけいるのか。

 それでも足立も、自分のように金剛寺が、最後までやりきってほしいとは考えているのだ。

 巨星の最後の輝きであるシーズンが、始まろうとしている。


×××


 ※ 群雄伝投下してます。

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