第222話 挑戦者の年
大介は今年の目標は、と問われた時は常に同じ答えをしている。
「もちろん優勝っす」
個人的な目標を尋ねているつもりなのかもしれないが、基本的に大介はチームの勝利を考える。
若いうちは自分の成績だけにこだわれと、プロの世界では言われる。
だが大介クラスになると、話は別なのだ。
大卒であれば新人一年目の年。
既に大介はライガースの最大戦力である。
その一人の働きで、試合の帰趨を決する。
それだけの力を持つプレーヤーは、NPB全体を見てもほとんどいない。
二年目のジンクスも、三年目のジンクスも通用しなかった大介。
いくらなんでもそろそろと思っているが、OPSは毎年成長を続けている。
既に年間のホームラン数においても、上位五位のうちの四つを占める。
安打数は間もなく700に達し、ホームラン数は250に達した。
四年間で250本。
もちろん歴代の誰よりも、早い試合数である。100ぐらいまでは助っ人外国人には、ぎりぎり競っている者はいたのだが。
大介一人の動きで、ライガース全体の動きが決まる。
ただ本人は、あまりそのことを感じてはいない。
大介は力だ。ひたすら純粋な。
だがそれを勝利に結びつけるのは、大介の役割ではない。
そもそも一人の特別な選手がいても、それを利用して勝利するのが、指揮官の役目なわけである。
ゾーンに投げられたら球種の関係もなく、ほぼ100%スタンドになるネットに持っていく大介。
場外級の当たりも、ぽんぽんと連発している。
ゾーン内の球なら簡単に打てるので、サウスポーのバッピにお願いして、ゾーン外へ逃げていく球なども打ってもらう。
体勢を崩しながらでも強く叩けて、簡単に外野の頭を越えていく。
プレイオフでの長打不足からは、脱却できた雰囲気がある。
今までのように、スタンドの客を殺すような、弾丸ライナー。
それに加えて反対方向に、上手くボールを浮かべるスイングもしている。
(こっちの方が簡単なんだな)
だがどちらの打ち方をするかは、さすがに事前に決めていないと咄嗟には難しい。
(いや、これを反射で選べるようになるべきか)
大介の成長はまだ止まらない。
キャンプに入ってからは、ピッチャーの方が仕上がりは早いと言われる。
それは同時に、バッターの方が遅いということでもある。
だが大介の場合は、初日から飛び跳ねているし、バッティングも鈍っていない。
若いからと言うよりは、まだまだ上を目指せるなら、目指すべきだというのが大介の考えだ。
それ以上の化け物になるのは勘弁してくれというのが、他のチームの選手たちだろう。
怪物が二人いる時代である。
上杉と大介、共に投打で傑出している。
今年もまた、この二人の対決を主軸に、プロの世界は回っていくようである。
真田が復活している。
オフの間にしっかりとトレーナーの言うことを聞き、体のケアをしながらも、全体的に筋肉を増やしていった。
左から投げるスライダーで、紅白戦の大介を三振に取る。
相変わらずの左バッター殺しで、まともなヒットを一本も許さない。
だがこれに対して、大介は右のバッターボックスに入る。
そして真田のスライダーを、ネットまで運んでしまうのだ。
左で打てないなら、右で打てばいいじゃない。
そんな単純な話ではないのかもしれないが、今季から大介の登録は、スイッチヒッターである。
右であると、引き手と押しての違いがあり、スイングスピードはどうしても変わる。
だがスイングを工夫してバックスピンのかかった弾道であれば、それでもスタンドまで届くのだ。
本気で右でも打つのかと、呆れる表情のチームメイトたち。
ただ去年にしても大介は、左打者のスライド系の変化を、しとめ損なっていた。
ちょっと耳にしたのは、タイタンズの荒川の、他球場での使用解禁である。
荒川は、母をこのオフに亡くした。
毎日顔を見せていた母が亡くなったことは、もちろん荒川にとっては悲劇である。
だが関東圏の球場に縛られていた荒川が、甲子園にもやってくるのだ。
これだけでタイタンズは、ピッチャーの枚数が一枚増えたぐらいの強化がなされる。
ただ荒川が、完全に縛りをなくして、日本にとどまっているかどうか。
年齢態に言うと、荒川は今年が34歳のシーズン。
今からMLBに挑戦するには、年齢的に厳しいものがある。
だが荒川はFA権を行使せずに持ったままなので、いつでも海外には行けるのだ。
もっとも関東限定投球という我儘を聞いてくれたタイタンズから、そうそう離れることもないのかもしれないが。
二月も半ばになると、同じくキャンプをしていた、他球団との練習試合が開始される。
その中には日本のプロ球団だけでなく、韓国のリーグのチームなどもあったりする。
初めて見るピッチャーにも、大介の容赦などあるはずがない。
三打席連続でホームランを打ったりして、相手の心をバキバキに折ってしまう大介である。
国内のチームとしては、まず東北ファルコンズとの試合があった。
ここでも大介は、普通にホームランなどを打っていく。
ファルコンズとしてもオープン戦は、大介の調子を見るための重要なものである。
もっとも大介は二打席ほどを打つだけで、他の選手に代わるのだが。
ライガースの選手の中では、山田も充分に復活していた。
だが金剛寺だけが、なかなか調子が上がらずにいる。
打率だけなら三割近くは打っている。
だが金剛寺に期待されているのは、長打であるのだ。
その長打の出ない金剛寺は、今年はコーチも兼任である。
二軍で調整ということも出来ないので、キャンプが終われば調子を上げていくのは難しい。
戦力補強に関しては、ドラフト以外は特にない。
FAになった一級の戦力は獲得していないし、トレードでも目立ったところはなかった。
ここはドラフトで、ピッチャーが期待通りに取れたということが大きいのだろう。
あとは外国人であり、レイトナーの調子が悪かっただけに、開幕までにはまだ戦力が追加される可能性はある。
ドラフトの一位と二位のピッチャーに関しては、かなりの当たりだと大介は思う。
もっとも長いシーズンであるので、クセなどを解析されてしまい、一気に打たれてしまうこともあるが。
あとはピッチャーとしては、対決の回数が増えるほど、ピッチャーには不利になっていく。
そんな恒例のキャンプであるが、他球団においては、上杉の電撃プロポーズなどがあった。(大学編参照)
無骨なタイプの上杉は、今まで浮いた話は全くなく、まさに武人としての魂を持っていたと思われていたが、まさか芸能人相手にくっつくとは。
大介も知っている相手だけに、たいそう驚いたものである。
直史から「詳しい状況を知らせろ」などという連絡もあったぐらいである。
だがそれはあくまでゴシップ的なもので、今年も上杉は上杉である。
去年のクライマックスシリーズ、スターズは上杉が打たれただけであっけなく終わってしまった。
その上杉は25歳になるこのシーズン、完全に仕上げてきてキャンプに入った。
一般的に最多勝や最優秀防御率などというタイトルは、プロ入り後五年目あたりから取り始める選手が多い。
上杉はその一般論に当てはめると、まだまだ伸び代があるわけである。
ちなみにホームラン王や首位打者というのも、それぐらいの時間がかかるとは言われる。
上杉と大介は、どちらもまだ伸び代があるというわけだ。
逆にプロに入ってから、そろそろ全盛期だろうという選手もいる。
ライガースは今年はとにかくピッチャーの補強をして、野手は下位でしか取っていない。
それでも一般的にバッティングを期待されて入った選手は、一年目から何度か一軍を経験するものである。
大介のような、例外中の例外もいるものだが。
金剛寺が間に合わなかったら、西郷がファーストを守り、サードを他の誰かが守ることになる。
去年も金剛寺のいなかった間、守っていた黒田が最有力ではある。
四番西郷、五番グラントとなれば、六番黒田でも悪くはない。
だが黒田は去年、長打があまり出ていない。
打数自体が少ないので、ある程度は仕方のないことなのだが、それでもOPSが低いのだ。
常識的に見るならば、大介はいずれMLBに行く。
上杉との対決で、それなりにちゃんと勝てるようになれば、敬遠されまくりの日本球界には、あまり未練もないはずだ。
数々の記録は、ことごとく塗り替えてきた。
次に挑むべき記録は、海の向こうにあるのだろう。
順当に考えるなら、25歳である。
高卒選手の大介は、八年目に国内FA権が発生し、九年目に海外FA権が発生する。
八年目の26歳であれば、国内の球団への移籍がありえる。
もちろん球団としては、大介には高額の複数年契約で、ライガースに残ってほしいだろう。
だが大介は、必要な分の金は稼いだ。
ここからは金の問題ではない。そもそも金は、MLBの方がよほど高くなるものだ。
NPBにおいて単年の契約が、10億を超えた選手はいない。
だがこのままなら上杉か大介が、その枠を超えていくだろう。
特に大介は、上杉よりも二年若いのに、同じ年俸に達した。
MLBであれば20億という年俸も、かなり高額ではあるが珍しくはない。
もっとも大介としては、毎年緊張感を持って試合をするために、単年契約ばかりを希望するだろうが。
もっと早めに複数年契約の準備をするべきだったかと思うのは、むしろ大介を有するライガースではなく、上杉のいるスターズである。
上杉はもう、実力だけを考えるなら、海を渡ってもおかしくない。
ただ本人が日本でプレイすることにこだわっているのと、そもそもMLBのレベルなどたいしたことないと思っているのが大きい。
逆に大介が向こうに行ってしまえば、追いかけていく可能性もあるのだろうが。
スター選手が、どんどんと海を渡っていってしまう。
だがむしろ、それでも国内の野球人気は、活気を増していると言っていい。
これはおそらくスター選手がアメリカで活躍することによって、日本の野球のレベルを証明しているからであろう。
スター選手の日米の野球における成績の差を考慮して、日本のプロ野球も見ることになる。
MLBに行くなら、行けばいいのだ。
空いた席にはどんどんと、新しい選手が入ってくる。
そして新しいスターとなって、プロ野球で輝き続ける。
特に上杉と大介の二人などは、MLBの多くの記録さえも更新してしまう可能性がある。
大介のような小さな選手が、MLBのホームラン王を争う。
それはとても、痛快なことだと思うのだ。
時が過ぎ、三月となる。
金剛寺の調子は、まだ上がってこない。
しかし試合はオープン戦に入り、他の球団との試合も増えていく。
そんな中でライガースは、また一人のピッチャーをアメリカから獲得する。
野球は一人の選手の力だけで、どうにかなるものではない。
だが、一つの試合に限るなら、絶対的なエースがいればそれも話が変わってくる。
上杉一人がいるだけで、スターズが日本一になっていたように。
ただし外国人に関しては、セイバーに話を聞いた方が、絶対にいいはずなのだが。
シーズンの開幕まで、あと少し。
だが騒動は、開幕前にやってくるのだ。
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