第227話 谷間

 交流戦開始時点では、大介の数字は普通の四番程度にまで落ちている。

 打率0.282 出塁率0.527 OPS1.212

 いや、OPSが1を軽く超えているのは、もちろん普通ではないのだが。

 これまでの大介はほとんどの期間が三割台後半の打率であり、スランプにしてもここまで長くはなかった。

 もっともこれをスランプと言ってしまえば、世間の大半の四番バッターは、そのスランプ以下になってしまうが。


 これだけ落ちていても、まだホームランと打点はトップクラスである。

 つまり打つと思った時には、確実に打っていっている。

 ホームラン王では四位まで落ちてしまったが、打点では二位。

 そして出塁率は一位である。


 勝負してもらえる数は確実に増えているのに、打率はどんどんと下がっていた。

 そのくせホームランを含めて、打ってほしい時には打ってくれる。

 これが四番だ、と言えそうなバッティングとも言える。

 ホームランよりもむしろ、打点にこだわる。

 その大介は、交流戦に入って復調の兆しが見える。


 なんでよりにもよってうちとの対戦の時に、と神戸の選手や監督立ちは思った。

 だがそんなことはダイスケにとっては知ったことではないのである。

 それに本人は、まだ全く完調にはほど遠いと感じている。

 調子が一定ではないのだ。


 大介はスラッガーだが、同時にアベレージヒッターである。

 ホームランや打点も、今日は調子がいいから固め打ちというのではなく、試合に一本の割合で、ある程度の打点を取っていく。

 シーズンを通して見てみれば、ほとんどの試合で一打点は取ってしまっている。

 だからこそ打点については、まだまだトップ争いを続けているのだ。




 チームとしては大介の復調は、もちろんありがたい話である。

 だがそれ以上にありがたいのは、大介を計算に入れなくても、それなりにチームが勝てているということだ。


 原因は投手陣の好調さによる。

 ローテがちゃんと組めていて、そして中継ぎも機能している。

 抑えのウェイドがそれなりに打たれてしまうことがあるが、相手のバッターに左が固まった時は、品川を試してみたりもした。

 そしてそれでしっかりと抑えてくれるのだ。


 去年は完全に先発で回していたキッドを、セットアッパーとして使う余裕さえある。

 サウスポーは真田が復活したからだ。

 ここまで真田は五勝一敗。

 負けた試合も七回二失点と、充分すぎる内容を残している。

 去年大活躍だった大原は、今年は実力どおりと言うべきか、四勝四敗。

 だが先発登板した試合の全てに勝ち負けがついているのは、それだけイニングを食っているということである。

 事実ライガースの先発陣の中では、一番多くのイニングを投げている。


 右のエースの山田も、真田と同じく五勝一敗。

 この二人が上手く機能しているのが、ライガースの好調の理由である。

 もっとも序盤は他のピッチャーの調子が上がらず、貯金もなかなか出来なかったものだ。

 他の先発は貯金は出来なくても、試合を壊さないピッチングをしてくれればいい。

 山田と真田の投げるところで、貯金を増やしていくのだ。


 そんな中、首脳陣は面白いことに気付いたりもする。

 大原は負け先行であるが、勝ちと負けを交互に繰り返しているのだ。

「問題は飛田やな」

 ここまで六先発で0勝四敗と、なかなか言い訳のしづらい数字となっている。

 防御率も五点近くと、明らかに調子は崩している。

「若松を入れましょうか」

「するとリリーフ陣が弱くならんか?」

「特にリリーフじゃないといけないというピッチャーでもないですし」


 若松は去年、18先発の5勝5敗と、目立ってはいないが先発した試合は10勝8敗と、それなりに試合を作っている。

 あとは品川がサウスポーのリリーフとして機能しているので、キッドを持ってきてもいい。

「飛田は一度二軍に落とすか?」

「そうですね。数字ほど打たれている印象はないですから、あと一試合だけ見て決めましょう」




 神戸との第一戦は、左のエース真田による、完封勝利でチームに勢いがついた。

 そして第二戦目は、飛田の先発である。

 大介はこの試合もヒットを打って打点を稼いだ。

 しかしながら飛田がそれ以上に点を取られている。

 リードされた状態から継投していったが、ライガースは追いつくことが出来ない。

 これで今年、勝ち星なしの五敗目となったわけである。


 飛田を二軍に落とした直後、山田が肘に違和感を発して二週間の離脱。

 そこで先発のローテに入ったのが、去年は先発としてもしっかり成績を残したキッドである。

 とりあえず神戸相手には、二勝一敗で勝ち越した。

 次の相手は福岡である。


 福岡は今年、まだ戦力の若返りを果たせておらず、現在リーグ三位である。

 パは今年も、ジャガース一強に、千葉が少しだけ食い下がることが出来ている。

 もっともそのジャガースでは、期待以上の活躍を蓮池がしている。


 元々ジャガースは高卒のピッチャーが実績を出しやすい球団ではあった。

 だが開幕から一軍に入っていた蓮池は、この時点までに四勝0敗。

 新人王どころか、MVPさえありえる成績を残している。

 もちろんシーズンの長さを考えれば、このままずっとということはないだろうが。


 蓮池に関しては、絶対にセ・リーグで取るべきだという声があったのだ。

 ピッチャーとしても超一流であるが、投げない時は外野で鉄壁の守りをこなし、甲子園でもホームランを何本も打っていた。

 むしろピッチャーよりも適性はあるのではと言われていたが、160km近いストレートを投げるピッチャーを、バッターで先に使う理由はない。

 ただしその打撃力がもったいないとは、確かにそうだろうとは思える。




 まだ今年はシーズンが始まって二ヶ月も経過していないが、早くも新人王の話題などは出てきている。

 パ・リーグは蓮池を筆頭に、大卒の谷と近衛がいい数字を出している。

 だがセ・リーグの方はどんぐりの背比べと言うか、突出した選手が出てきていない。

 大介などは樋口がいきなり出てこないかなどと思っていたのだが、さすがにキャッチャーのポジションは厳しいらしい。

 もっとも二軍の方では打ちまくっているので、後半だけでも一軍に上がってきたら、可能性はあると思う。


 今年は前年度のBクラスの中では、一気にフェニックスの調子が上がってきている。

 その理由は単純に、去年の終盤から正捕手に固定された竹中だろう。

 バッティングでの貢献も大きいが、竹中がマスクを被っていると、平均防御率が一点近くも下がった。

 東が相変わらず怪我が多いので、竹中を正捕手にしておいて、東を代打か二番手キャッチャーとして使えば、それは強くもなるというものだ。

 樋口が一軍に上がってきたら、似たような成績を残すのではないか。


 福岡と対戦したが、やはりまだ若手が、試合に慣れていないなと大介は感じる。

 そんな大介もまだ五年目で、若手の部類に入るのだが。

 23歳になった大介は、もはや完全にスーパースターの両雄の一方である。

 さらにライガースには、育成から上がってきた山田、六大学リーグでホームラン記録を更新した西郷、一年目からエース級のピッチングで新人王を受賞した真田など、スター性のある選手が揃っている。

 過去の実績から主力の選手を獲得している、タイタンズよりも人気はある。

 やはり生え抜きは強いのである。




 福岡との三連戦は、思ったほど強く感じなかった。

 やはり試合の中で育てているので、ある程度は不自然な動きがあるのだ。

 何より30歳オーバーのピッチャーが、かなり整理された。

 なんだかんだ言って経験を積んだピッチャーは、試合を崩さないピッチングをしてくれるものだが、それが上手くいっていなかったのだ。


 二年連続でジャガースにペナントレースを制されているので、契約最終年の今年で結果が残せなければ、おそらく監督は交代だろう。

 だがそれに動じることなく、福岡の矢野監督は、選手を育てていっている。

 三年前には日本シリーズに進出しているので、手腕自体には疑いはない。

 ただ結果が出ないと、どうしても監督は批判されるものである。

 日本シリーズに進出出来ていなくても、ずっとAクラスには入っている。

 強豪チームになると、監督への評価も辛くなってしまうのだ。


 ここでもライガースは、二勝一敗と勝ち越した。

 だが大介に対しては、二試合で三四球とそれなりに逃げていた。

 残りの一試合はちゃんと勝負してくれたのだが。


 その一試合というのが、第一戦だったのも悪かったのだろう。

 猛打賞でホームランまで打っていれば、警戒されても当然だ。

 大介としては三試合に一本はホームランを打っておかないと、大スランプと言われてしまう。

 確かに去年までの、二試合に一本ペースと比べたら、それでもかなり落ちるほうなのだろうが。




 そして次の三連戦。

 大介は久しぶりに帰ってきた。

 千葉マリンズとの三連戦は、マリスタで行われる。

 大介が経験した、一番最初の大きな大会。

 千葉県大会の決勝、またそれまでの準決勝なども、舞台はここであった。


 結局あと一歩が足りなかった最初の夏。

 あそこで打てていれば、何かが変わっていたのか。

 むしろあそこで勝てなかったことの方が、今となっては良かったのかなとも思う。


 どのみち直史が怪我をしていて、甲子園までには微調整が出来なかったかもしれない。

 それに甲子園に出て人気が高まりすぎれば、武史などは志望校を変更していただろう。

 結局あの年は、あそこで負けて正解だったのだ。

 今から逆算して考えれば、そうとしか言いようがない。


 マリンズの選手の中には、鬼塚がいる。

 三位指名は高いのではないかと言われたものであるが、チーム内での人気は織田の次ぐらいには高い。

 商売用に地元出身を指名したとも言われるが、それなら一位でアレクを指名しても良かっただろう。

 水野の一本釣りに成功し、そしてその水野は、ローテをしっかりと担うピッチャーになっている。


 大介の調子は戻ってきているが、それでも全盛期と比べることは難しい。

 このスランプは分析するに、明らかにメンタル的な要素が強いからだ。

 原点とも言えるマリスタで、どういった気分になって打つことが出来るだろうか。

 スランプから抜けられるかどうか、大介は期待すると共に、不安な気持ちも同時に持っているのであった。

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