第44話 ホームランをねらえ!!
神奈川との三連戦は、またも三タテで敗北を喫した。
だがその中で、大介は二戦目と三戦目でホームランを打った。
シーズンまだ20戦以上を残して、ホームランの数は47本。
打率は固め打ちがきいたのかまだ首位を完全に維持し、打点の152点も残り試合数から考えると、おそらく日本記録を更新する。
ただ、ここからは本当に順位争いがシビアになり、また各タイトルを自チームの選手に獲得させるため、敬遠なども多くなる。
だがそれなら打率は下がらないし、ホームランと打点も二位には差をつけた。
チームとしては普通に五割の勝率をキープしていけば、まずリーグ優勝は手堅いだろう。
個人としても新人記録の、打率、打点、本塁打、与四死球、盗塁、二塁打、得点を既に更新している。打率は今の時点で規定打席に達しているという意味でだが。
これだけは抜けないだろうと思われていた、安打数にまであと26本と迫っている。
関西の注目はライガースの優勝と大介の大記録達成に期待をかけているが、他の球団のファンであっても、特に対戦がもうないパのファンは、それを見てみたいと思ってしまう。
ルーキーによる三冠王。
出塁率や長打率など、そしてOPSでも一位に位置し、ぎりぎり取れないかもしれないのが盗塁王で、これは無理だと思われていた最多安打まで、照準の範囲に入ってきた。
ここで首脳陣はぶれてしまう。
長らく優勝から遠ざかっていたチームの悲劇か、個人成績とチームの優勝、どちらを取るべきか迷ってしまうのだ。
大介としてはもう、そういうことはどうでもいい。
目先のことは考えず、このプロの世界で生き残るためには、ただ選手としての自分を見つめなおす。
ホームランである。
一人の選手が、唯一自分だけの力で得られる点。
走ったり守ったりも、確かに数字は出ている。
だがやはり一番大切なのは、打撃力だ。特に得点する力だ。
ヒットを打ってランナーを帰すのは、そういう試合の時にするべきであったのだ。
神奈川との試合では、上杉との試合では、大介がホームランを打たなければ勝てない。
偶然ではあるが最初の対決は、大介もホームランを打てたし試合にも勝てた。
そしてパーフェクトをされた試合と先日の試合では、大介にホームランが出ていなくて試合にも負けている。
シーズン中に上杉と対決するのは、おそらくあと一度。
そこで必ず打つ。
状況などは考えない。上杉の方がそのあたりは完全に上なのだ。あちらは将軍で、こちらは前線の一兵士。ただし将軍の首に届く槍を持った兵士だ。
そして傷をつけておいて、クライマックスシリーズで討ち取る。
かなり思考が物騒になっている大介であるが、周りの雰囲気もピリピリとしている。
大介はこの時点で、もう記録を達成していると言っていい。規定打席には達しているからだ。
だからあとは、怪我をせずにシーズンを終えられるかと、クライマックスシリーズの対決と、その後の日本シリーズ。
ただ大介のこの成績は、一つとんでもないものが存在している。打率である。
神奈川との三連戦が終わった段階で、0.387は、日本のリーグ戦打率最高の0.389まであと少しである。
打点にしても半世紀以上更新されていない161打点にあと9点。
ホームランはさすがに二試合に一本ペースでも少し足りないので無理である。
……無理だよね?
そんな空気が、野球のみならず日本全体を覆っていると言っていい。
関西圏のテレビ局は、既に多くがネットに移行していたチャンネルを、この年の残りだけでも、高い金を出して放送できるようにした。
そして関東圏ではそれが見られないのかと、ネットへの移行を拒否していた旧来の野球ファンが、ネットの世界に手を染めた。
まさに二年前の上杉と同じような、いや、野手だけに上杉をも上回る経済効果が、日本をフル回転させている。
ライガースのフロントは幸福な不安の中にいた。
観客数がとにかくほぼ満員が続き、しかもその占有率はシーズンが進むほどに高くなっていく。
ダフ屋が大量に発生し、そのために警察が重い腰を上げた。
タイタンズ相手でなくても、普通の平日の試合でも、そんな犯罪行為が活発化しているのである。
経済の循環の中には、こういった負の部分の反映も、必ず存在するのである。
『ほんでな、大介君。どうにかチケット手に入らへん?』
大介に電話をかけてきたのは、大阪の大学に在籍している、母の再婚で誕生した義理の姉であったりする。別に大介に合わせたわけでもないが、三年で大学の履修課程を修了させ、大学院は大阪の方へやってきたのだ。
「直近は無理だけど、広報さんに聞いておく。あ、他の人と相席でもいい?」
『相席って、甲子園そんなんあったっけ?』
「VIPルームに選手の家族枠で入れるかもしんない。あと大金持ちに知り合いがいるし」
『なんか息つまりそうなんやけど……』
「まあやっぱ声が届くところで見たいやんなあ」
大介も徐々に関西弁に汚染されていっている。
これまでの多くの大記録に挑戦した者は、その手前でおおいに足踏みすることがあった。
どこの球団のどんなピッチャーも、そんな記録の達成される相手にはなりたくないからだ。
しかしここにおいて大介には、圧倒的に有利な素質と立場が存在する。
大介は小さい。そしてルーキーである。
そんな打者から逃げて、どこにピッチャーの栄誉があるというのか。
これは新聞などでも紹介される論調になっていった。
スーパーヒーローを作り出して流行らせたいマスコミが、本物のスーパーヒーローをどれだけ自分たちの思い通りに動かしたいか、今のところは大介にとっては追い風になっている。
だがこのままではまずいのではないかと、心配している人間もいる。
大成するまでの長い年月に、自分よりも上だと思っていた選手が、周囲の干渉や期待で壊れていくのを、何度も見てきた金剛寺などである。
ただ大介の場合は本当に格が違うので、自分のこれが杞憂ではないかと思わないでもない。
もう充分に野球で稼いだだろうに、まだ短いイニングなら投げられるということでクローザーをしている足立や、200勝へ本当にあと少しとなってきた高橋も、この不安は共有してくれるだろうか。
もっともあの二人は金剛寺と違って、本物の天才であるが。
足立は完全にマイペースであったし、高橋はひたすら職人であった。
同じ天才でも、上杉などはその素養に帝王学がある。
地方の名士である上杉の家は、権力ともマスコミともある程度のつながりがある。
ただ大介の場合はそういうものはない。本当に野球の才能だけで、ここまでのものになったし、これからも生きて行くのだろう。
あるいはアメリカに渡るのも、そう遠いことではないのかもしれない。
「60本はさすがに無理かなあ」
本拠甲子園球場に大京レックスを迎えて行われる三連戦。
試合前の練習で、ぽんぽんと打球をスタンドに放り込む大介である。
ライナー性の打球がきゅりきゅりと、空気の中の道を走っていくような軌道である。
「26試合で13本は、まあ……ホームランだけを狙って、向こうがお前と勝負してくれるなら、ありえるかもな」
次を待っている黒田は、大介のミート力に呆れる思いである。
試合では別だが、練習で単純に打つならば、最初に何球かはミスしても、そこからアジャストして全てホームランに持っていく。
ストレートだろうが変化球だろうが、それに緩急をつけようと、体の軸がぶれずに待てるのだ。
才能と言うよりは、体のスペックがおかしい。
あるいは小さいからこそ、コントロール出来るのかとさえ思う。
そのくせ柵越えを連発するのだが。
黒田も今季は一軍にいる時間が長く、固め打ちでここまで12本のホームランを打っている。
打率も三割近くを打っていて、高卒三年目の選手としては大成功と言えるだろう。
オフには大幅な年俸のアップが期待できる。そのためにも優勝しておきたい。
(こいつの年俸、来年どうなるんだろうな~)
遠い目をする黒田である。
現在の日本のプロ野球の打撃記録は、打率0.389、打点161点、ホームラン60本である。
大介はその全てにおいて、更新する可能性が残されている。もっとも打率とホームランは、どちらかに注力する必要があるだろうが。
打点はおそらく新記録を達成する。
半世紀以上も前の記憶を、ここで更新するのか。
ただあの時代は試合数が少なく、そのかわりに飛ぶボールが使われていたという事情はあるが。
大介が更新した記録の中には、連続試合打点というものもある。
これまでは13試合連続であったが、大介は16試合連続を二度記録し、これだけでも既にレジェンドである。
一年目でレジェンドというのもアレであるが、三冠に加えて最高出塁率まで達成していれば、それはもうレジェンドだろう。
(こいつがいるチームに、運が良かったとは言え勝ったのか)
黒田としてはそれだけで、なんだか自分でも信じられない気持ちになる。
大介の在籍中、白富東は公式戦で五回しか負けなかった。
一年の春と夏と秋、そして二年の春と夏である。
二年目の春と夏は、甲子園での試合だ。一年目も夏は県大会決勝、秋は関東大会決勝である。この二試合で負けたチームは、二つとも甲子園でベスト4まで勝ち進んだ。
チームメイトがチームメイトだったというのもあるが、信じられない成績である。
そしてこいつでもそうそうは打てない上杉に、この間の試合はやられた。
黒田としてもまたスタメンに復帰しただけに、打って打って打ちまくらないといけない。
次の三連戦はレックスが相手であり、おそらく高校の後輩である吉村が先発の試合もある。
ここまで九勝七敗であるのだから、立派にローテを守っていると言えるだろう。
ただまた少し肩が痛くて、一度ローテを飛ばされたが。
吉村は高校時代も一年の時に故障したし、昨年のプロ一年目でも少し二軍に落とされた。
後遺症が残るような、あるいは投手生命に関わるような、そんな怪我ではないのだが、あの体格を考えるとどうしても、パワーが足りないのではないかと心配してしまう。
高校時代はやんちゃな後輩であったが、プロとしては一年目から新人王候補になるなど、追い越された気分にはなる。
追い越されたというなら、全ての打者が一年目の大介に追い越されたとも言えるのかもしれないが。
八月も間もなく終わるが、まだまだ夏の気配が色濃く残る季節。
甲子園は終わったが、プロ野球はまだまだ終わらない。
また今年も色々とあった甲子園であったが、全ては過ぎ去った過去である。
ローテがずれて、吉村が一戦目の先発として出てきた。
大介には散々苦労させられている吉村は、大介との対決を避けることに躊躇がない。
しかし甲子園では罵声がすごい。
「なんやお前ルーキーから逃げて恥ずかしうないんか!」
「そんな球しか投げへんのやったら東京へ帰れ!」
吉村も甲子園に出た時はかなりの声援をもらたものだが、甲子園の観客とライガースファンは、ある程度かぶるが別なのである。
完全アウェイであるが、別に吉村に限らず、後半に入ってファンの応援には狂気が混じり始めている。
大介の記録は、色々な面で報じられすぎている。
中でも一番なのは、ライガースの本塁打記録を抜けるかどうかというところか。
54本という記録の上には、もはやレジェンドの数字しか残されていない。
吉村としてもこれだけ罵倒されるよし、真正面から戦って、もっと納得のいく勝負がしたい。
レックスは現在最下位をフェニックスと争っているため、首脳陣としてもそれだけは避けようと、必死で勝利を目指しているのだ。
それが傍目から情けなく見えるのは仕方がない。
ピッチャーのメンタルに対して、ライガースの応援の野次は凄まじい。
かつて暗黒時代と呼ばれた頃は、自軍にまで野次が飛んだというのだから、吉村でもこれには耐えられない。
大介がボール気味の球でも勝負されたのは二打席。そのうちの一打はサード正面のライナーで、もう一本はサードを頭を越える打点となる一打であった。
なお盗塁も一つ増やしていて、こちらのタイトルもどうにか狙えないかと最後まで諦めない。
試合自体にも勝利して、優勝が近付いてくる。
シーズン終盤において首位を走るライガースは、甲子園を埋めて応援で圧倒する。
吉村以外の二戦においてもライガースは勝ち、大介は確実に各種タイトルへ迫っていく。
いや、もはや盗塁王以外は決まったものと言っていいだろう。
特に打率と打点は決まったようなもので、あとは歴代の記録を塗り替えるかどうかというレベルである。
三塁打の数だけは、無理だとほぼ確定している。
極端な大介シフトのせいで、ヒットは二塁打までが精一杯で、あとはホームランを打つ方がはるかに容易い。
「やっぱり場外までは飛ばないよなあ」
三連戦においてもまたホームランの数を増やした大介は、そんなことを言った。
この圧倒的な成績は、八月最後の巨神戦でも全く衰えない。
今シーズンはリーグ優勝を磐石の態勢で迎えたはずの巨神だが、途中で故障者が続出。
それもこれも全ては、開幕戦の大介の猛打賞から始まったようなものだろう。
三位の広島との差は広がり、それを縮める決定的な機会を得ることが出来ない。
結局八月もまた、セ・リーグの野手部門のMVPに選ばれたのは大介であった。
もちろんショートとしても確実にゴールデングラブ賞に選ばれるようなパフォーマンスを見せているが、打撃成績が圧倒的すぎる。
プロで活躍する姿を見たいと言った者は多かったが、旧来の球界の人間は、この超人的なパフォーマンスに、自分たちの全ての業績を否定されるかのような感触も覚えたものである。
九月の神奈川との三連戦。
おそらくそこで勝てば、優勝も決定するだろう。
×××
なお前の「ホームランをねらえ!」よりは!マークが一つ多い。
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