第251話 不完全燃焼の五月

   ~白石大介の迷言~

  「スリーベースヒットを打つのはホームランを打つより100倍難しい」

 白石大介はその選手生活において、スリーベースヒットのおよそ10倍の数のホームランを打っている。

 ホームランは狙って打てるが、スリーベースは相手の捕球や送球のミスが関わってくるため、狙って打つのがほぼ不可能というのが白石の持論である。




~~~




 千葉マリンズとは甲子園にて、埼玉ジャガースとは埼玉ドームにて、交流戦の三連戦を消化する。

 今年もパはジャガースがトップを走っていて、他のチームを一歩も二歩もリードした戦力を持っている。

 だがライガースはマリンズにもジャガースにも、二勝一敗で勝ち越した。

 ここで五月が終わる。


 四月度の成績はわずかに三月の分も含めるとはいえ、今年は雨での中止がかなり多かった。

 だが真田のいない間に、あまり試合がなくて良かったとも言えるか。

 もっともこの五月は、大介にとってもライガースにとっても、不本意なものであった。

 打率は四割を切ったし、ホームラン数も劇的には伸びていない。

 それでも三冠部門に加えて、打者五冠でトップにはいる。

 49試合が終わった時点で、ホームランは24本。

 今年こそ奇跡の70本到達かと、色々と騒がれている。


 大介としては自分の記録とチームの優勝、どちらが重要なのかの優先順位がついていない。

 総合的に成績を残すなら、また打率四割を狙っていくべきか、それともホームラン記録を狙うべきか。

 ホームラン記録というのは、その瞬間の破壊力が大きい。

 しかし打率を四割で維持することは、興奮を持続させる。


「どっちも狙えよ。あんたに出来なければ誰も出来ないでしょうが」

 手術には無事に成功した真田が、下半身強化のためにクラブハウスでトレーニングをしている。

 大介もまたその前で、ウエイトをしていたのだ。

 直史の影響というわけでもないが、大介もウエイトの効果にはどちらかというと懐疑的だ。

 だが完全に否定的というわけでもないので、試しにこうやってベンチプレスなどをやってみる。


 たとえその増加分が筋肉であっても、体重の増加は足腰にかかる負荷を大きくする。

 その分アップやストレッチで、腱や靭帯の柔軟性を維持しないといけない。

 いずれは、と思ってしまう。

 打力を維持するために、走塁や守備をやや控えめにしてしまうようになるのか、と遠い未来のことを考える。

 ショートという、内野で最も守備負担の大きなポジション。

 そこを守りながら打つというのは、大介の重要なモチベーションとなっている。




 五月度が終わり、調子が悪いと言いつつ、この月度も三冠王の記録を達成した大介である。

 おおかたはその件についての取材であったが、ようやく一人になった時に、目ざとく声をかけてきた記者がいる。

 頻繁に目にする顔ではないが、大介はしっかりと記憶に残っていた。

 何しろプロ野球の番記者ではないので。

「白石さん、今日のレース、サンカンオーは惜しかったですね」

「ああ、そういやね」

 さすがにテレビでしか見られなかったが、逆に言うとテレビに映る活躍はしていたのである。

「これで二冠目も二着で、シルバーコレクターになってますよね」

「う~ん、同じ男としては種馬にしてやりたいんだけど、なかなか勝つのは難しいもんなんだなあ」

「いや、ここまで七戦四勝はかなり強いですよ。重賞も勝ってますし」


 大介の持ち馬であるサンカンオーは、皐月賞に続いてダービーも、二着であった。

 それほどレースへの知見がなく、熱意も持っていない大介としては、惜しかったなあの一言で済ませるものである。

 甲子園準優勝と考えることが出来たら、そのすごさも分かるのだろうが。

「実際あいつ、本当に強いのかね?」

「強いですよ!」

 武史並の天然を、他の分野では発揮する大介である。

「それに種馬になるのも不可能じゃないと思いますよ。サンカンオー、どれだけ賞金稼いだのか分かってます?」

「買った時の金額はもう回収したって聞いたけど」

「今日の賞金だけで8000万ですよ。下手なGⅠの一着より高いです」

「……一レースで俺の年俸の10分の一も稼いじゃうのか」

 地味にショックな大介である。

「重賞二勝に全部三着内ですからね。血統的にも父だけは流行ですけど、母方にあまり流行の血統は入ってないから、種馬としての需要はあると思いますよ」

「さすがに記者さんは詳しいすね」

 のほほんと大介は言うが、種馬の価値というのは、その競争成績だけではないのだ。


 馬主というのは大介にとって、趣味でもないただの付き合いだ。

 だが最初はただの付き合いであっても、ずっとそんな関係であるわけではない。

 仔馬のころから見ていて、もうレースで走っているのだ。

 サラブレッドは、特にオスは子孫を残しにくいと聞いた大介は、その子供が活躍出来るようになればいいな、と素人だからこその大それた夢を見ている。

 この時点の成績で、既に少しは可能性は見えているのだが。


 この時期、大介にとって大事なのは、何よりもチームの成績である。

 二年連続で日本一を逃し、現在はエース離脱でリーグ二位。

 ただしこの数年、ほとんどリーグ優勝を争ってきたスターズが、今はBクラスに沈んでいる。

 レックスは去年から強くなりはじめたが、今年はライガースと2ゲーム差の首位である。

「秋のレースでは菊花賞を狙うんですか? それとも古馬路線に? 血統からすると長距離でもいけそうですが」

「いや俺、本業の方が大変だから、そのへんは完全に任せちゃってるのよ」

 一度クラシック登録料とかいう話がツインズとの間で出たが、さほどの金額でもないので払っておいた。

「菊花賞ですと、ちょうど日本シリーズと同じ時期になりますが」

「じゃあ今年はまるきり見れそうにないですね」

 日本シリーズには行く。それを、決めている大介である。




 交流戦をライガースは、11勝7敗という成績で終わらせた。

 東北と福岡には意外な負け越しを喫したが、後は三タテか勝ち越しであった。

 だがレックスはここを12勝6敗と勝ち越して、交流戦優勝と共に、さらにゲーム差を広げる。


 この交流戦、大介は驚異的な成績を残す。

 打率は0.446で、18試合で10本のホームラン、26打点を上げた。

 だが交流戦MVPは、守備での貢献度の高かった樋口である。

 その樋口の場合は、決勝打が多いという評価であった。


 大介は10打席以上ノーヒットなどというスランプはあまりない。

 だが逆に固め打ちも少ないのだ。

 二打席目までにヒットとホームランを打つと、まともに勝負されなくなるからである。

 樋口もいいかげんに勝負強いと認識されてきているが、大介の場合はその日がノーヒットでも、最後の打席で一発が出る可能性が高い。

 そこで勝負してもいい点差なら勝負してきて、あっさりとそれをスタンドに運んでしまうため、また警戒されるようになってしまうのだ。


 好打者というのは、失投を見逃さない。

 だが大介の場合は、打てる球を打つのであり、しかもその打てる球という範囲が大きい。

 外角のボール球を打ってしまうので、打たせたくないならさらに外さなければいけない。

 するとほとんど露骨な、四球が増えていくというわけである。

 ただそんな露骨なボール球でさえ、打てる場合は打ってしまう大介なのであるが。




 大介を打撃成績で超えることは、ほぼ不可能なのが野手である。

 なので評価されるとしたら、守備での評価となる。

 しかしそれも大介は、ほとんど鉄壁のショートである。

 普通ならヒットの打球でも、ショート側のゴロならたいがいキャッチしてしまう。

 ピッチャーの頭の上を越えるライナーを、ジャンピングキャッチした映像などは、まさにニンジャであった。


 そんな大介よりも守備の貢献度を高く評価するなら、もうキャッチャーぐらいしかない。

 ガンガンと防御率を下げていき、最小失点で状況を抑え、打席に立てば決勝打を打つ。

 それでも大介の方が圧倒的な打撃成績のため、そうそう月間MVPに選ばれることはない。

 だが他のスラッガーよりは、観点の違いから評価を得やすくはなっているらしい。


 大介としても要注意人物のリストには、樋口を入れている。

 今年のライガースはここまで、レックス相手には負け越しているのだ。

 オールスターも迫ってくるわけだが、野手としては完全に一位独走の大介に、キャッチャーとしては樋口がトップに立つ。

 これでピッチャーに上杉と武史が出てくるので、明らかにこの数年のドラフトのバランスは、セの有利に進んでいるのだ。


 交流戦の後、今年はわずかに日程が空いている。

 四日間のお休みであるが、ここで本当に休んでいたら、上には行けないのが競争社会である。

 プロ野球選手などは、力が衰えたら代わりはいくらでもいるのである。

 正確に言えば、残った者が代わりをせざるをえないのだが。


 大介の場合は、まだまだ野球に飢えている。

 この飢えを満たすために練習するのが、一番効果的なのである。

 努力と言っているうちは、まだ足りていないのだ。

 向上心の化け物こそが、記録を延々と作っていく。

 才能だけでやっている人間は、やがてどこかで行き詰るのだ。

 武史の場合は、どうせ樋口がしごいているのだろうが。


 上杉も一年目は無敗で、脅威のスーパールーキーと言われていた。

 武史は上杉に比べればまだしも防御率などは悪いのだが、運に関しては上杉より高いだろう。

 そしてこう言ってはなんだが、チームメイトに恵まれている。


 上杉は確かに一年目に負けなかったが、リードした状況から交代して、逆転されて勝ちを消されたことはある。

 武史の場合は長いイニングを投げていることもあるが、レックスの打線はスターズより強いこともあって、先発した試合で全て勝利がついている。

 もちろん相棒のキャッチャーとしては、尾田も樋口に劣るようなものではなかったろう。

 だが確実に性格の悪い樋口は、上手く武史をコントロールしている。

 大学時代から組んでいるので、その呼吸が合っていることは間違いない。


 それでも大介からすると、ずいぶんと武史の割には隙がないな、とは思ってしまう。

 失礼ではなく単なる事実として、武史は微妙に惜しいことをしてしまう人間なのだ。

 それを踏まえても充分に活躍出来るのだが、今年は本当に別人のようである。

 どんな理由があるのやら、と絶対に出てくるであろうオールスターでは、捕まえて話を聞くつもりである。

 彼女に結婚のOKをもらうためと聞いたら、全身で脱力するであろうが。




「しかし今年のタイタンズは弱いな」

 交流戦後の最初のカードは、タイタンズとの三連戦であった。

 山田、大原、キッドが先発し、三連勝。

 大原はそこそこ点を取られたのだが、それ以上に点を取って勝ち星をプレゼントした。

 キッドは終盤まで同点で試合を作り、リリーフへとつないでいく。

 そしてそのリリーフである品川に、勝ち星がついたりする。


 大介は品川に、高校時代のことをよく聞く。

 品川は実の父である、大庭から指導を受けていたからだ。

 もっとも品川の時は一度監督からは離れ、コーチとして高校とシニアのチームを見ていたのだが。


 大庭は巨漢とまでは言わないが、野球選手としての平均値を超える体格を持っている。

 そのバッティングのセンスは、極めて分かりやすいものであった。

 プロでやっていた人は、やはりこれだけ凄いのかと、品川は思ったものである。

 実際にプロに来ると、確かにプロは凄いが、特に大庭が凄かったことが分かったのであるが。


 品川から見れば、あの父があってこそ、この子であるか、という感じである。

 もっとも品川が大介から聞くのは、情熱を失っていた頃の大庭の話であるが。

 大介は父親が野球人として輝くところを、敵対した時にしか見ていない。

 そこはちょっと気の毒だな、と品川は思うのだ。




 タイタンズから三連勝し、レックスとのゲーム差が縮まる。

 そこから最近調子を上げてきた、フェニックスとの対決があったりする。

 それでも今のセ・リーグは、レックスとライガースとの二強状態である。

 それに次ぐのがスターズとフェニックスで、かつては球界の盟主と言われたタイタンズは、どうしてここまで暗黒期が続くのか。

 暗黒期と言っても、最下位にはなっていないあたり、他のチームとは意識が違うのだが。


 続くは神奈川だな、とフェニックスとのカードを勝ち越して、大介たちは考えていた。

 そこに知らされる、予告先発。

 上杉が戻ってきた。

「早いよ」

 全治二ヶ月と言われていて、もう一ヵ月半は過ぎたのだ。

 大介だったら回復していてもおかしくない時間である。

 

 スターズは上杉がいなくても、勝率五割は維持していた。

 だが精神的な支柱が戻ってくれば、一気にまた調子を上げてくるかもしれない。

 上杉とはそういう選手なのだ。

「で、こちらはよりにもよって……」

 真田がいない以上、間違いなくエースである山田である。


 山田は今年、ここまで11先発し、9勝を上げている。

 そして実は、負け星がない。

 さらに言えば、同点のままリリーフに任せた試合も、最終的には全て勝っている。

 今年の持っている男は、ライガースは間違いなく山田であった。


 予告先発を変更した場合、ペナルティが発生する。

 それを考えてでも、正直上杉とぶつけるのは避けたい金剛寺である。

 だがもちろん、そんな山田のプライドを傷つけることは、出来るはずもない。

 せめて真田の時のように、事前に登板が予測できたらよかったのだが。


 神奈川は逆に、最も調子のいい山田に、上杉を当ててきたのであろう。

 ここで一番の勝ち頭の勢いを止めることは、おそらくシーズン後半に向けて、重要なことになる。

 ライガースの去年の試合で、大きく貯金を作ったのは、真田と山田である。

 真田が戻ってきて、山田と共にまたローテを回し始めれば、レックスと一緒にトップを争い続けるかもしれない。

 スターズとしてはこの時期は、まだシーズン優勝を諦める段階ではないのだ。


 上杉が帰ってくる。

 首脳陣は選手の目のないところでため息をつくが、大介は楽しそうに、バッティング練習を続けるのであった。

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