第49話 最後の挑戦

 ペナントレースもセパ共に順位は確定し、残りは消化試合となる。

 ここで話題になるのは、もうタイトル争い程度であろう。

 セ・リーグにおいてはほとんどの球団が残り二試合となり、各タイトルも決定し、あとは個人成績をどこまで伸ばすか。

 だが例年であればさすがに、この時期は今シーズンを振り返ってみたり、クライマックスシリーズの予想をしたり、悲しみに満たされた球団のファンは来季の展望を語ったりする。


 しかし、この年は違った。

 二年前の上杉の、最終戦ロングリリーフによる優勝決定も、若いプロ野球ファンの記憶にはあるだろう。

 だがそれとは全く別のベクトルで、今年のプロ野球球団のファンは、誰もが大介の成績に注目している。


 ほとんどの新人記録と、いくつかの日本記録を更新してしまった。

 あとはこれがどれだけ伸びていくかである。

 期待されているのは、まずシーズン日本記録の0.389を超えられるかどうかということ。

 現在の打率は0.390なので、このまま残りの試合に出場しなければ、これは更新出来る。

 ただしもう一つ期待されているのが、安打数の180で、これは新人記録の日本記録タイ。つまりあと一本はヒットを打たなければいけない。

 打点は日本記録を抜き、あとはどこまで伸ばすかだが、とりあえず更新自体はしているので、来年以降のお楽しみにも出来る。

 そしてやはり、バッターの華のホームラン。

 現在は56本で日本歴代二位であり、残りの二試合で従来の記録の60本に並ぶのはかなり難しいと言われている。

 あとは出塁率やOPSは日本記録を塗り替えたので、このあたりの注目は集まっていない。


 つまり単純に言うと、打率、安打数、本塁打数の三つが特に期待されているのだ。

 この中で一番難しいのが、打率の維持である。

 安打と本塁打は数を積み重ねるだけだが、打率は落ちる可能性があるからだ。

 大介はデス・ロードなどと呼ばれる不調のはずの八月に、打率0.427を記録したので、それがここまでシーズン打率を上げる要因となっている。


 シーズンは残り二戦、まずは順延となっていたタイタンズ戦である。

 これは珍しいドーム球場の順延であるが、天候で移動が出来なくなり、一戦少なくなったというのが理由である。。

 現地入りしたライガースの選手はさっそく練習を開始する。

 大介も今季最後の東京ドームで、相変わらずのライナー弾頭を飛ばしていた。

 東京ドームはホームランが出やすいというが、確かに風の影響などはない。

 空調の関係で球が伸びやすいのだとは、一般的に言われていることである。




 今季のタイタンズは、神奈川打倒を目標に、戦力の補強を入念に行った。はずだった。

 だいたいオープン戦ぐらいまではそれも良かったのだが、あの開幕戦でケチがついた。

 大介以外にもボコボコに打たれて、完敗したあの試合。

 あそこからエースの加納は、しばらく調子が上がらなかった。


 とにかく四月のスタートダッシュの失敗。それが後々まで響くことになった。

 怪我人続出、補強選手の不調、それが問題でさらにチームの雰囲気は悪化。

 二年連続でシーズンは二位だったのだが、今年はクライマックスシリーズに進むことも出来ない。

 特にタイトル争いをしている選手もなく、完全に消化試合である。


 こういう消化試合は、来年を見越して新戦力を試してみたいというのも、首脳陣の考えとしては分かる。

 ただ一軍のベンチ入りは嬉しいが、ライガースとだけは戦いたくない岩崎である。もっと正確に言うと、大介とは戦いたくない。


 開幕から二軍スタートではあったが、それなりに試合には出ていた。

 先発で二回使われてパッとしない成績を残し、そこからはトレーニングを行いつつ、主に中継ぎなどの短いイニングでそれを確認。

 シーズン後半はイースタンで五連勝して、一軍に来たら一先発を含む五登板、九回を投げて被安打五、四球二、失点五という微妙な成績である。

 なおドラフト一位の井口は、後半戦からはスタメンで出ることが多くなっており、打順も七番から始まり、今では五番を打っている。

 打率は0.283と悪くない。打席数が少ない割にはホームランを七本打ち、ほぼスタメンに定着している。


 この試合も、先発は岩崎ではない。

 高卒三年目の今村。今季は一軍で14登板して、五勝二敗と、シーズン途中からはリリーフから先発にへ移動し、かなりいい感触を掴んでいるらしい。

 そんな今村に大介攻略のことを聞かれて、岩崎は一言で答えた。

「敬遠」

 先発でもリリーフでも、大介と対決するなら、常にその選択肢を頭の中に入れておかなければいけない。

 ただ入団して改めて分かったことだが、タイタンズは面子を気にするところがある。


 コーチ陣に現役時代すごい実績を残した者が多いせいか、とにかく本格派の投手を鍛えたがる。

 技巧派重視もいないわけではないのだが、いざという時にストレートで勝負できないピッチャーでは困る、などと広言していたりする。

 そりゃ既に引退したあんたらはそれでいいのかもしれないが、実際に打たれるのは自分たちである。

(大介相手なら、ホームランさえ打たれなければそれでいいんだけど)

 岩崎は大介が、ホームランだけを打つなら70本は打てるだろうし、ホームランと打点を気にしないなら打率四割を打てると確信している。




 一回の表、先頭打者西片がヒットで出塁したが、続く石井は送りバントの気配も見せず、内野フライに倒れた。

 一死一塁と一死二塁の場合、当然ながら後者の方が得点の確率は高いように思えるが、バッターが大介だと逆になる。

 一塁が空いているという理由により、歩かせる名目が立ってしまうからだ。


 それでも大介に対し、今村は外角に外れるボール球を二球続けた。

(内角にデッドボールの球を投げても、下手すりゃ打っちゃうからな)

 ブルペンで試合を見ている岩崎は、このままカウントを悪くして歩かせるのが一番正しいとは分かるのだが、どうやら首脳陣はそう考えないようである。

 確かに今年のタイタンズの成績は、開幕戦でライガースに、さらに言うなら大介によって台無しにされたという味方が出来るので、どうにか抑えたいらしい。

 インハイにボールを投げるように、ベンチからサインが出ていた。


 大介は体が小さく長いバットを使っているため、バットのスピードで外角を打つ方が得意なのではと思われることもある。

 岩崎は、どのコースでもゾーンないなら八割ほどはジャストミートしていた大介に、苦手なコースがないことは知っている。

(せめて左ピッチャーを使えればなあ)

 最終戦に左のエース荒川を残しているが、どうせならここで当てればよかっただろうに。

 大介に若いピッチャーを当てるのは、トラウマになりかねない。


 今村は指示通りにインハイのストレートを投げたのだが、大介は速めに下半身を開きながらも、バットはまだ出てこない。

 その圧倒的なスイングスピードを腰から生み出し、ボールを軽々とライトに飛ばした。

 東京ドームの中段に突き刺さる、57号アーチであった。




 この試合もライガースは強い。

 あと少しで名球界入り200勝を達成する、41歳の大ベテラン左腕高橋が、粘り強いピッチングを繰り広げる。

 大介は二打席目もヒットを打って一打点。

 そして他の選手も奮起していて、今村は早々に降板した。

 こうなると敗戦処理で、岩崎も短いイニングを任される可能性がある。

 ただおそらくは、左ピッチャーを優先して使うことになっていくだろうが。


 ライガースの打線は止まるようで止まらず、実際に岩崎の出番もやってきた。

 思っていた通り、大介が歩かされて一塁の、四番金剛寺からの対決である。

(何気に大介の後のバッターが怖いんだよなあ)

 四番の金剛寺は、岩崎が子供の頃からライガースの四番を打っていた大打者だ。

 今年も怪我での離脱があったにもかかわらず、打率は三割をキープしホームランも20本に達した。

 これと勝負するのはかなり怖い。


 しかし五番のマッシュバーンも、打率はさらに金剛寺より高く、打点ではチーム二位を誇っている。

 六番に入っているのは去年のドラフト一位山倉で、七番には高校時代に千葉で対戦した黒田と、どれも対戦したくないバッターが並んでいるのだ。

 ただそれでも、大介と対決するよりはマシである。


 岩崎は一回と三分の一を投げて、無失点。

 防御率を良化し、登板数を増やしてと、まあ満足のいく出来である。

 次の回は左の西片に回るので、代打に交代で最低限の役割は果たした。


 高校時代はともかく、プロに入ってほとんどバッティング練習はしていない岩崎である、

 昔に比べればピッチャーの打撃は重要視されないということになったが、そのあたり交流戦でパに負けるセ・リーグが、対抗する余地にもなりそうである。




 三打席目、四打席目のピッチャーは勝負を出来ず、歩かせてドームの中のタイタンズファンから出さえブーイングが沸き起こる。

 そりゃあそうだ。大介がどこまでホームランなどを記録を残していくのか、敵でなければ岩崎だって見たい。いや、敵であってもマウンドに自分が立つのでなければ見ていたい。

 だが来年の年俸に反映される対戦ピッチャーだけは、そうも言っていられない。

 加納などのエース級であれば別だったろうが、そこはチーム首脳陣も、上手く加納を使わない言い訳が立つように、ローテーションを微調整している。


 試合は終わった。

 点数としては7-2で、ライガースの高橋に勝ち星がつく。

 高橋も全盛期の面影はまったくないが、岩崎が子供のころからライガースで投げているピッチャーで、あと五勝で200勝投手となる。

 今季も難しい試合ではローテーションを飛ばされたりしたが、クオリティスタートはそれなりに保っていた。

 ライガースのフロントの補強がもう何年も上手くいかないので、来年も使われる可能性は高い。


 しかし今年のライガースは、やはり若い力が目立ってきた。

 岩崎も打たれたことのある黒田が、スタメンを掴もうとしている。

 ピッチャーもこの数年の若手が、数年をかけてようやく使えるところにまで成長してきた。

 もちろんそれは、古くからのライガースのベテランがいなくなることを指すのだが。


 単に実績のある選手がそろっているというなら、タイタンズはライガースよりもはるかに上だったろう。

 だがライガースは助っ人外国人が当たりだっただけではなく、他球団からの移籍以外に、ドラフトで獲得した選手が伸びてきている。

 実は編成部門のドラフト部長が、この数年に獲得してきた選手が伸びている。

 ジンの父である鉄也とも、敵対する球団ではあるが、人材を見る目を持つスカウトとしては認め合う、大河内である。

 五年で一軍で使える選手を育てると言って、その五年目が今年であった。

 大介の獲得は運であったが、それにしても言葉通りにライガースは強くなったのだ。




 そしてシーズン最終戦は、レックスの本拠地神宮。

 ここでもまた球場は満員で、考えてみれば大介にとっては、中学まで育った西東京から近く、頭角を現した千葉からも近い。

(あいつらも見に来てるはずだけどな)

 ふと試合前にはそう思った大介であるが、目の前の試合に集中する。


 この最終戦前の大介は、打率を0.393とし、安打数は新人記録を更新した。

 打点は自身の記録を伸ばし続け、ホームランも57本。

 かなり難しいが、一試合に三本というのは、過去に例がないわけではない。


 プロ野球の歴史を見れば、一試合に四本というのはある。

 もしもこれが達成出来れば、日本新記録となる。

「意外と可能性はないわけじゃないと思うぞ」

 試合前、一人でアップをしていた大介に近寄ってきたのは、監督の島野である。

「いや、でも俺、一試合に四本はプロじゃ打ったことないですからね」

「ワールドカップとか甲子園じゃ打っとたやろう」

 まあ、相手が勝負してくれるなら、確かに打ったことはある。


 勝負してくれるかどうか、その選択権はピッチャーの方にある。

 大介はちょっと外れた程度のボール球なら打ってしまうが、さすがにそれはホームランにはなりにくい。

「相手は東条を出してきとるさかいな」

 レックスのエース東条は、タイトルホルダーである。

 上杉登場以前は、加納や柳本の少し下の世代としては、ナンバーワンのピッチャーであったのだ。

 もっとも数年前までは、レックスで計算出来るピッチャーは東条だけなどと言われて、確かに孤軍奮闘していたのである。


 レックスは去年吉村を獲得し、あわや新人王かという成績を残した。

 今年も短期間の離脱はあったが、二年連続で二桁勝利を記録した。

 そして今年の新人としては、豊田と金原がいる。

 豊田は大阪光陰の、甲子園でも成績を収めた、ジンたちとは同じシニアのピッチャーであった。

 そして金原は、甲子園で一気に有名になった怪物左腕であるが、県大会での酷使もあり、再起不能レベルの故障で、甲子園で散った、と思われた。

 ドラフトで指名されたときは、もう壊れたポンコツを、とスカウトの間では言われたものである。


 だが金原は普通に、ライガース戦で投げてきて、ルーキーの今年から勝ち星を上げてきた。

 確かにまだ不安は残るのか、完全にローテーションに入ることはなかったが、先発のローテーションの一人として、長い目で見られるような使い方をされている。

 そして豊田は普通にこの新人の年から、リリーフとして投げて結果を残してる。


 レックスは今年も五位でシーズンを終えたが、少なくとも投手に関しては、この数年で一気に改善してきている。

 そのレックスが最終戦で、東条を使ってくるのだ。

 おそらく勝負はしてくるだろう。

「今年はうちとは当たってないんですよね」

「確実に計算出来るピッチャーやからな。打撃好調のうち以外の試合で、貯金を増やすのが上策や」

 そうは言ってももちろん、他のチームとの試合で全て勝てるわけではないが。


 しかしこのシーズンの最終戦、明日からはシーズンオフとなるレックスが、今年の優勝チームであるライガースに当ててくる。

 明らかに来季の対戦を考えてのものだ。

 ライガースとしても先発は山田であり、これまた計算出来るピッチャーである。


 東条はジンの父である鉄也のチームの選手であったので、大介も入団時から「ぶっ倒すリスト」の中に名前を書いておいた。

 この最終戦で当たるというのも、何かの縁であろう。

 サウスポーではないので、大介の苦手なタイプでないのは確かだが。

「大介、全打席ホームラン狙いやぞ」

「うっす」

 ヒット一本で勝てる場面、大介はホームランではなく、それ以外のことも選択肢に入れていた。

 だが監督命令である。さすがに確率は低いが、一応記録達成の可能性は残っている。


 この年のシーズン最終戦。

 大介と戦うのは、相手ピッチャーでも自分自身でもなく、過去に存在した記録となる。

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