第64話 パワーアップ
二月、プロ野球のキャンプが始まる。
これに合わせて当然ながら、一軍キャンプに参加する大介である。
真田と毛利はとりあえず二軍スタートだ。ただ真田の場合、途中から一軍に合流してきてもおかしくない。
大介に期待されているのは、当然ながら今年も去年のような成績を残すことだろう。
だが当の大介からすると、まず打線をどうにかしてほしい。
大介の前に塁に出てくれる選手がいないと、打点が増えないしすぐに歩かされる。
そして後ろに打てるバッターがいないと、大介を歩かせるのはやはり簡単であるし、盗塁をしても点に結びつかない。
金剛寺だけでは、まだ不安なのだ。
重要なのは、金剛寺もそのキャリアは晩年に入っているということだ。
打率も長打力もまだ期待出来るが、それよりは四球を選ぶことが多くなってきている。
まあホームランの打てるスラッガーなら、まだメジャー崩れがやってくる可能性はあるが。
ただ最近では助っ人外国人であっても、日本の野球に対応出来ない選手が多い気がする。
キャンプ初日、大介は早速マスコミに囲まれる。
上杉に対してはマスコミも、どこか遠慮した雰囲気があるのだが、大介に対してはそんなことはない。
やはり人間としての格の違いなのか。それとも単に体格で舐められるのか。
普通にやんちゃ小僧っぽさが抜けないので、それを愛されているのか。
「ええ、誰かの自主トレに混ぜてもらうってこともなく、とりあえず知り合いのトレーニングセンターに行きました。大原と、岩崎と一緒に」
「効果ですか? まあこれから分かるんじゃないですかね」
「どんなメニューかって? う~ん、まず最初は採血から入って、心拍数とか計って、あとはCTにかかってチェックしてもらって」
「高いっすよ。まあ俺の場合は知り合い価格にプラスして、実験台にもなってたんで安かったですけどね」
「どこって? 名前言って良かったのかな? 千葉と埼玉と神奈川にあって、一般人も利用してるところだけど、スポーツ選手がトレーニングしてることも多いしな」
『セーブ・ボディ・センター』
それがセイバーの作った、最新型トレーニング施設の名称である。
とりあえず関東圏にあるのは、需要を考えてのものである。
いずれはセイバーの考える球界再編に従って、日本各地に拡大するかもしれないが。
キャンプ初日の大介の動きを見て、監督の島野は満足していた。
(もう仕上げとるな~)
プロのキャンプというのは、シーズンに合わせて休ませていた体を試合用に変えていくものだ。
本当にプロのレベルというのは肉体を絞ることになるので、下手をすればここで怪我をすることも多い。
ゆっくると戦闘用の肉体に仕上げていくのであるが、大介の動きは俊敏で、さっそく入ったバッティングゲージでも、いきなり柵越えを連発していた。
それはシーズン本番に取っておけないのか、と思わないでもない島野であるが、去年も大介はこうであった。
キャンプでの動きはよく、簡単に柵越えを連発する。
ただし紅白戦やオープン戦になるとぎこちなくなる。
それも後半になると勘を取り戻し、凄まじい数字を叩きだしてくる。それが去年の大介であった。
(まあ心配なのは他にようさんおるからな~)
金剛寺はベテランの域なので、既に自主トレの期間から、ゆっくりと調整をしてくる。
そして明らかにまだ仕上がってないのは、去年それなりにブレイクした黒田と大江である。
この二人はどちらも、長打力を買われて獲得した選手である。
うち、大江の方が外野の守備もやったことが多いので、今はレフトかライトに回ることが多い。
黒田がサードで、そこはかなり固定されつつある。
やはりあと一枠、外国人を取ってきてほしいものだ。
ただ、やはり一番打者がいない。
打率か出塁率が高く、走れる人材。
石井などはどう見ても二番か下位打線が精一杯で、先頭バッターというタイプではない。
かと言って外国人で走れて打てる選手など、日本に来ることはまずない。
そういった人材はMLBでも貴重なのだ。スラッガーは余っているが先頭打者は少ない。それがMLBの傾向である。
今年のドラフトで取った中では、高卒の毛利が一番でセンターを守っていたが、やはり高卒の選手に即戦力は難しい。
金属バットから木製バットに慣れるので、かなりの時間が必要なのだ。
高校生の頃から既に木製バットを使っていた大介のような例外は、ほとんどないと言っていい。
ピッチャーはピッチャーで、やはり足立の抜けた穴が大きい。
レイトナーは残留してリリーフの弱体化は防げたが、クローザーの務まる者がいない。
暫定的には青山にクローザーをしてもらうつもりでいるが、するとやはりリリーフ陣が薄くなる。
琴山がローテーションをかなり回せるように戻ったのに、リリーフにしてしまえば本末転倒である。
幸いと言うべきか、先発陣は去年よりも強くなっている。
だが高橋をまだ引き摺り下ろすほどには、計算出来るピッチャーが育ってはいない。
高橋もあと六勝。
球団としては名球界入りの選手を、どうにか増やしてやりたい。
ただ現在の高橋では、勝ち負けのつく五回まででも、かなり辛くなっている。
同点のリリーフに出して、そこから勝ちがつくような起用も考えてみるか。
だがそこまでして200勝に到達させるのは、それも本末転倒である。
とりあえず確実に言えるのは、この戦力では優勝には届かないということだ。
トレードするにもこちらの選手で余っているのは……強いて言うなら黒田と大江が、ポジション被りがそこそこ多い。
若手で去年も結果を出したので、これでいい戦力を補充出来ればとも思うが、ようやく芽吹いたばかりの選手を、トレードするのはリスクが高いというかもったいない。
どのみちそこまでの編成は、島野の専任事項ではない。
やはり外国人との契約を、どうやってまとめてくれるかだ。
キャンプには間に合わなかったが、どうにか開幕までに探してこれないものか。
こればかりはどうにもならない島野である。
野球選手というのは、セイバーにとって商品である。
それもワンオフの商品だ。数字だけは似ていても、そのパーソナリティは違う。
ライガースのみならず他の球団にも、外国人選手を紹介するルートが出来つつある。
やはり去年のロイの活躍が大きかった。それとレイトナーもだ。
少なくとも外れを掴まされることがないと分かって、セイバーは代理人として完全に成功しつつある。
日本だけではなくアメリカでも、ロイの契約にこぎつけた。
三年契約で2000万ドル。若手の選手としてはかなり高い。それでもMLBでの経歴の少なさを考えれば、契約期間が短いことが、むしろプラスになるだろう。
代理人の取り分であるフィーは5%ということが多く、セイバーはロイ一人の契約で、100万ドルを稼いだ計算となる。
もっとも彼女の動かす金額の中では、100万ドルというのははした金である。
ロイの価値が本当に高まるのは、次の契約からである。
27歳とまだ若いロイが三年間に結果を残せば、単年で2000万ドル程度の条件は普通に出てくる。
五年程度の契約で一億ドルの契約を取れれば、500万ドルの取り分となる。
うまくFA市場で回せば、さらに高い契約を取れる可能性もある。
そこからが彼女の本当のビジネスだ。
現在のライガースは、もちろんそれなりに外国人選手はいるのであるが、ロースター枠で必ず入れているのはレイトナー一人である。
先発、抑え、中軸と、それぞれに一人ずつ取っても、年俸次第だが使いまわせなくはない。
「一番打者はやっぱり出回らないか……」
移動する車の中で、セイバーは選手のリストに目を通す。
この時期であるとほとんどの選手は既に契約を終えているが、3Aの中にはまだいい物件があるのだ。
フライボール革命以来、MLBはとにかくパンチ力のある打者ばかりを求めすぎている。
センターを守れて足のある先頭打者が、不当に低く評価されている。
それでもMLBの契約は、NPBの同じ選手に対するよりは、最低でも五倍はある。
だからあとは3Aだ。
能力的に足りている選手はそれなりにいるのだが、問題は日本でプレイすることを受け入れるかという、根本的な部分にある。
中継ぎか抑えかはともかく、ピッチャーは一人手配した。
先発と中軸も、どうにか開幕までには間に合いそうである。
問題は日本の野球と、日本の環境に適応できるかだが。
特にバッターの場合は、日本の内角のストライクゾーンに、適応することが出来ないことが多い。
「全部を満たすのは、やっぱり無理なんじゃないの?」
早乙女の言葉に、確かに、とセイバーは頷く。
「じゃあ、他の市場を探してみましょうか」
心当たりがないわけではないのだ。
キャンプも序盤を終え、大介は練習やトレーニングだけではなく、投手の研究も始める。
マスコミが他球団のキャンプを流してくれるので、それも目にしている。
大介はあまり高校時代には利用していなかったが、現在の環境では大いに利用している。
他人から見た自分というのは、なかなかに興味深い。
大介のお気に入りというか、よく見るのは元千葉の球団で長年正捕手を務めた戸崎氏のチャンネルである。
だいたいのプロ野球選手のMytuberが、単なる四方山話になるのに対して、戸崎のチャンネルは数字も出してくるし、根拠が明確である。
去年の大介の成績予想は完全に外れていたが、それはちゃんと理由も含めて説明してあるし、今年の大介の成績があまり伸びないであろうことも、理由を添えて説明してある。
去年の成績にしても、大介が木製バットに対応しているのと、直史が同じチームにいたことでプロ球の変化球も経験しているから、三割30本は充分にいけるというもので、あとは一年を通して戦えるかどうかという説明だったので、外れた中ではまだ普通である。
成績を残した大打者ほと、大介を過剰に持ち上げるか、とことん貶すかのどちらかであったと思う。
そのどちらをも上回る成績を叩きだしてしまった大介に、おおよそは掌返しをしてきたのだが、戸崎のチャンネルでは冷静に分析をしていた。
高校時代と、そして去年の島本を見て、大介の中ではかなりキャッチャーというポジションの重要性が再認識されている。
中学時代とは、明らかに違う高校生のキャッチャーのレベル。
上級生も頑張っていたし、下級生のキャッチャーはむしろジンをも上回るバッティング能力を持っていたが、大介にとってはキャッチャーに一番大切なのは、ピッチャーを活かしきるということであると思う。
はっきり言ってピッチャーをちゃんと活かしきれるなら、他のバッターで点を取って、完封して勝てばいい。
もっともこれは主流の考えではなく、キャッチャーもまた打てることが評価はされる。
そんな戸崎のチャンネル予想では、今年の優勝はタイタンズであるらしい。
まだドタバタと契約をまとめているライガースと違い、タイタンズは既に今季の構成がしっかりとしている。
元々チーム力ではタイタンズが、セ・リーグの中では一番だと去年も言われていたのだ。
戸崎もそう順位予想はしていたが、序盤にドタバタとして崩れて、中盤に故障者が出て、結局タイタンズはそこから立て直せなかった。
監督交代の話もあったのだが、故障者続出という事態は監督だけの責任にするのは酷ということで、三年契約の最終年もこのままでいくらしい。
そしてライガースも、そろそろ他球団とのオープン戦が始まるという直前で、ぽんぽんと外国人選手を取ってきた。
結局今年の補充は、中軸一人、先発一人、抑え一人、先頭打者のセンターという、まさに必要とするポジションである。
ただ中軸と抑えはアメリカから持ってきたのだが、先頭打者のセンターというのが、台湾人であるというのは少し驚きであった。
だが世界の情勢を考えると、アジアの選手には比較的、先頭打者の適性が備わっていると思う。
スモールベースボールは、出塁と盗塁を重視する。
「けどこれ、外国人枠どうすんだ?」
今年は開幕からローテーションに入れられる山倉が、新聞を読みながら話題にする。
今年のライガースの先発は、柳本と山田の二人をエースに、琴山、山倉の四人までは決定している。
そしてロマン枠として高橋がいる。
残りの一人を狙っているのは、去年それなりに好投した飛田や二階堂となるのだろうが、ここに外国人が入るのか。
しかしレイトナーがいるのだ。
ここで先発、抑え、中軸、先頭打者を取ってしまえば、誰かが一軍選手登録から外れることになる。
取ってきた四人が全員使えるとは限らないから、そのあたりも考えたのかもしれないが、かなり大盤振る舞いである。
支配下登録から二名ほどを解雇したというのもあるが、ロースター入り出来る29人のうち、外国人選手の登録は四人まで。
一時期は拡大したが、それがまた戻っている。
「まあ正確には、ベンチ入りが四人までなわけだから、こいつが先発の時はピッチャーを一人減らすんだろうな」
「何それ?」
大介は野球に関してはそれなりに勉強しているが、基本的なところではまだまだ抜けていることが多い。
「だから、29人の登録のうちで、五人が外国人でもいいんだよ。その中から当日のベンチ入り出来るのが四人だけって話。お前、知らなかったの?」
「知らなかった……」
だがつまり、このピッチャーが先発する時には、レイトナーかクローザー候補を外すことになる。
自転車操業である。
だが実際のところ、大介は外国人枠はあまり心配していない。
助っ人のはずの外国人が、全く頼りにならずにシーズン中に解雇されるというのは、ライガースではよくあることなのだ。
それよりはピッチャーの方である程度抑えてくれれば、打線はある程度は点を取れる。
単純に自分の成績を考えるだけなら、前と後ろが強い打線の方が、勝負してもらえることは多くなるだろう。
だがチームのためには、ピッチャーがいた方がいい。
外国人選手への依存度が高くなりそうな、大介の二年目。
ライガースはその王座に、安穏としていられる立場ではなかった。
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